ポイント
- 日本は論文を引用しているパテントファミリー数は米国に次いで多く、パテントファミリーに引用されている論文数は、米国、英国、ドイツに次いで多い。
- 日本のパテントファミリーから論文への引用の28.5%が日本の論文に対するものである。日本のパテントファミリーが最も引用しているのは米国の論文(39.8%)である。いずれの主要国においても、各国のパテントファミリーが最も引用しているのは米国の論文である。
- 日本は、「一般機器」、「電気工学」、「機械工学」のパテントファミリー数の割合が世界全体の割合と比べて高いが、これらの技術分野で論文を引用しているパテントファミリー数の割合は、他国と比較して低い。
- 日本の論文で自国のパテントファミリーに多く引用されている分野は「物理学(54.3%)」と「材料科学(45.8%)」である。他方、「臨床医学(12.4%)」、「基礎生命科学(12.7%)」、「環境・地球科学(15.8%)」は自国のパテントファミリーから引用されている割合は相対的に低い。
(1)パテントファミリーと論文の引用関係に注目した分析
科学と技術のつながり(サイエンスリンケージ)を見るために、パテントファミリーに記述されている論文の情報を用いて分析を行った。パテントファミリーと論文の引用関係についてのイメージを図表4-3-1に示す。。

注:
論文とパテントファミリーの間を結ぶ線は引用関係を示す。
この節では、論文を引用しているパテントファミリー数(1) やパテントファミリーに引用されている論文数(2) を各国・地域で集計した結果を示す。また、どの国の科学と、どの国の技術がつながっているのかを分析する。さらに、技術分野ごとの論文を引用しているパテントファミリーの割合や、論文分野と技術分野のつながり等について分析する。
なお、ここではパテントファミリーは2012~2019年(ファミリーを構成する出願の中で最も早い出願年)を、論文は1981年~2019年(出版年)を対象として分析を行っている。
(2)論文を引用しているパテントファミリー数とパテントファミリーに引用されている論文数
パテントファミリーに引用されている論文数
図表4-3-2には、(A)論文を引用している国・地域ごとのパテントファミリー数と、(B)各国・地域のパテントファミリー数に占める論文を引用しているパテントファミリー数の割合を示す。
日本は論文を引用しているパテントファミリー数が米国に次いで多い。ただし、日本のパテントファミリー数に占める論文を引用しているパテントファミリー数割合(図表4-3-2中の(B))は6.7%であり、他国と比べて低い。この要因として、以下の2つが考えられる。まず、使用したサイエンスリンケージのデータベースには日本特許庁が含まれていないため過小評価となっている可能性がある(3) 。次に、この割合については、各国・地域のパテントファミリーの技術分野バランスも関係しており、論文を引用しやすい技術分野のパテントファミリー数の多さが関係している可能性がある。

注:
1) サイエンスリンケージデータベース(Derwent Innovation Index(2024年2月抽出))には日本特許庁は対象に含まれていないので、論文を引用している日本のパテントファミリー数は過小評価となっている可能性がある。
2) オーストラリア特許庁をパテントファミリーの集計対象から除いているので、オーストラリアの出願数は過小評価となっている。
3) パテントファミリーからの引用が、発明者、審査官のいずれによるものかの区別はしていない。
4) 整数カウント法を使用した。
5) 論文は1981-2019年、特許は2012-2019年を対象とした。
資料:
欧州特許庁のPATSTAT(2023年秋バージョン)、クラリベイト社Web of Science XML(SCIE, 2023年末バージョン)、クラリベイト社 Derwent Innovation Index(2024年2月抽出)を基に、科学技術・学術政策研究所が集計。
参照:表4-3-2
図表4-3-3には、(C)パテントファミリーに引用されている国・地域ごとの論文数と、(D)各国・地域の論文数に占めるパテントファミリーに引用されている論文数の割合を示す。
日本はパテントファミリーに引用されている論文数が米国、英国、ドイツに次いで多い。また、論文数に占めるパテントファミリーに引用されている論文数割合(図表4-3-3中の(D))は、25か国中15位の3.2%であり、ここに示した25か国・地域の平均程度である。他国に注目すると、シンガポール、スイス、米国、オランダ、ベルギーが上位5に入っている。

注及び資料:
図表4-3-2と同じ。
参照:表4-3-3
(3)主要国間の科学と技術のつながり
次に、どの国の科学と、どの国の技術がつながっているのかについて、図表4-3-4に示す。ここでは、主要国を対象に、各国間のつながり(図表4-3-1の線で示す国のペア数)を集計することで、知識の広がりをみる。
日本のパテントファミリーから論文への引用の28.5%が日本の論文に対するものである。しかし、日本のパテントファミリーが最も引用しているのは米国の論文(39.8%)である。いずれの主要国においても、各国のパテントファミリーが最も引用しているのは米国の論文である。米国において自国の次に多く引用しているのは英国の論文である(10.5%)。
中国のパテントファミリーでは自国の論文を引用している割合が、他の主要国に比べて低い傾向がみられる(11.2%)。

注及び資料:
図表4-3-2と同じ。
参照:表4-3-4
(4)技術分野別に見た論文を引用しているパテントファミリー数割合(4)
主要国を対象に、論文を引用しているパテントファミリー数の割合を技術分野ごとに集計した結果を図表4-3-5に示す。ここでは各国における「バイオテクノロジー・医薬品」が1となるように正規化した値を示している。
論文を引用しているパテントファミリーの割合が最も高い技術分野は、いずれの国においても「バイオテクノロジー・医薬品」であり、「化学」がそれにつづく。これらの技術分野は、論文の知識に注目し取り入れている分野であるといえる。他方、論文を引用しているパテントファミリー数の割合が低い技術分野は、「輸送用機器」、「その他」、「機械工学」である。
日本は図表4-2-11で見たように、「一般機器」、「電気工学」、「機械工学」のパテントファミリー数の割合が世界全体の割合と比べて高い。これらの技術分野では、「バイオテクノロジー・医薬品」と比べて論文を引用する度合いが小さいのに加えて、同じ技術分野内でも論文を引用しているパテントファミリー数割合が欧米と比較して低い傾向がある。このことから、日本は技術分野のバランス、個々の技術分野における論文の知識の利用の両面で、科学と技術のつながりが構造的に小さくなっている可能性がある。

注:
全パテントファミリー数(2012~2019年の合計値)に占める論文を引用しているパテントファミリー数(2012~2019年の合計値)の割合を集計し、各国におけるバイオテクノロジー・医薬品が1となるように正規化した。左記以外の注は図表4-3-2と同じ。
資料:
表4-3-2と同じ。
参照:表4-3-5
(5)論文分野と技術分野のつながり
図表4-3-6には、世界においてどの論文分野がどの技術分野とつながっているのかを示す。
パテントファミリーに多く引用されている論文分
野は、「基礎生命科学」、「臨床医学」、「化学」である。また、これらの分野の論文を多く引用している技術分野は、「バイオテクノロジー・医薬品」、「化学」、「バイオ・医療機器」であることが分かる。

注及び資料:
図表4-3-2と同じ。
参照:表4-3-6
(6)日本の論文と主要国のパテントファミリーのつながり
日本の各分野の論文が、主要国のうちどの国のパテントファミリーに引用されているのかを示す(図表4-3-7)。
日本の論文で自国のパテントファミリーに多く引用されている分野は「物理学(54.3%)」と「材料科学(45.8%)」である。他方、「臨床医学(12.4%)」、「基礎生命科学(12.7%)」、「環境・地球科学(15.8%)」は自国のパテントファミリーから引用されている割合は相対的に低い。
日本は「臨床医学」の論文数は増加傾向にあるが(図表4-1-9)、日本では、それを最も引用するパテントファミリーの技術分野である「バイオテクノロジー・医薬品」の割合は低いことから(図表4-2-11、図表4-3-6)、現状では日本の科学知識が日本の技術に十分に活用されていない可能性がある。

注及び資料:
図表4-3-2と同じ。
参照:表4-3-7
コラム6:自動車産業に関連する代替エネルギー型特許と従来型特許
本コラムでは自動車産業に関連する特許について、電気自動車などの開発に有効な代替エネルギー型技術とガソリンエンジンに役立つ従来型技術の分類(5) (コラム図表6-1)を基に、パテントファミリー数の状況や科学とのつながりを見た。
(1) 代替エネルギー型及び従来型技術のパテントファミリー数
代替エネルギー型及び従来型技術のパテントファミリー数を見ると(コラム図表6-2(A))、代替エネルギー型パテントファミリー数は1981年では113件であり、従来型パテントファミリー数(1,536件)と比較すると1/10未満であった。その後、従来型パテントファミリー数は1990年代半ばから伸び続けたのち、2015年をピークに減少に転じた。代替エネルギー型パテントファミリー数は1990年代後半から伸び続け、2018年には従来型パテントファミリー数を上回り、2019年では4,519件となった。パテントファミリー全体に占める割合を見ると(コラム図表6-2(B))、従来型パテントファミリー数割合は2015年まで2%前後で推移していたが、その後は急激に低下した。代替エネルギー型パテントファミリー数割合については、数と同様に順調な伸びを見せている。


注:
資料:
フィリップ・アギヨン、セリーヌ・アントニン、サイモン・ブネル著, 村井章子訳, 「創造的破壊の力」(2022.12)を基に、科学技術・学術政策研究所が作成。
参照:コラム表6-1


注:
パテントファミリーの分析方法については、テクニカルノートを参照。
資料:
欧州特許庁のPATSTAT(2023年秋バージョン)を基に、科学技術・学術政策研究所が集計。
参照:コラム表6-2
(2) 代替エネルギー型及び従来型技術のパテントファミリー数:上位12か国・地域
コラム図表6-3(A)に代替エネルギー型パテントファミリー数の上位国・地域を示した。2017-2019年において日本が世界第1位であり、ドイツ、米国と続いている。多くの国・地域が10年前よりパテントファミリー数を増加させており、中国の増加が特に著しい。
従来型パテントファミリー数を見ると(コラム図表6-3(B))、2017-2019年において日本がトップであり、米国、ドイツが続いている。10年前と比較すると代替エネルギー型とは反対に、多くの国・地域のパテントファミリー数が減少している。特にドイツ、イタリアで減少率が大きい。


注及び資料:コラム図表6-2と同じ。
参照:コラム表6-3
(3) 代替エネルギー型と従来型のバランス
代替エネルギー型と従来型のパテントファミリー数のバランス(コラム図表6-4)を見ると、韓国を除くいずれの国でも10年前と比較して代替エネルギー型パテントファミリーの割合が増加している。特にドイツでは30ポイント近く増加した。中国については、2017-2019年において代替エネルギーの割合が約8割となっている。

注及び資料:コラム図表6-2と同じ。
参照:コラム表6-4
(4) サイエンスリンケージ
論文を引用しているパテントファミリー数の割合(コラム図表6-5)を見ると、代替エネルギー型技術では7.2%、従来型技術では1.5%となっている。つまり、代替エネルギー型技術については、従来型技術より科学的知識との関係が強いと言える。

注:
注及び資料:図表4-3-2と同じ。
参照:コラム表6-5
(5) まとめ
2050年のカーボンニュートラル実現に向けた取組が世界的に実施されている。本コラムで見たように、自動車産業に関連する特許においても、代替エネルギーのパテントファミリー数は1990年代後半から伸び続け、2018年には従来型パテントファミリー数を上回った。代替エネルギーはサイエンスリンケージも強いことから、これらの開発には大学等で得られる科学知識及びその活用のための取組も重要と考えられる
(伊神正貫、村上昭義、神田由美子)
テクニカルノート: パテントファミリーの集計
特許出願数の国際比較可能性を向上させるために、科学技術指標では、パテントファミリーによる分析を実施している。
パテントファミリーとは優先権によって直接、間接的に結び付けられた2か国以上への特許出願の束である。通常、同じ内容で複数の国に出願された特許は、同一のパテントファミリーに属する。したがって、パテントファミリーをカウントすることで、同じ出願を2度カウントすることを防ぐことが出来る。また、パテントファミリーをカウントすることで、特定の国への出願ではなく、世界中の特許庁への出願をまとめてカウントすることが可能となる。
しかしながら、パテントファミリーの分析結果については、利用したデータベース、パテントファミリーの定義の仕方、パテントファミリーのカウント方法に依存する。
そこで、以下では、他の分析との比較の際の参考とするため、科学技術指標のパテントファミリーの分析に用いた手法をまとめる。なお、説明の中で、「tlsXXX」として参照しているのは、PATSTATに収録されているテーブルの名称である。
A) 分析に用いたデータベース
欧州特許庁のPATSTAT(2023年秋バージョン)を使用した。PATSTATには、主要な先進国および途上国の1億件以上の特許統計データが含まれているとされる。
B) パテントファミリーの定義
パテントファミリーの定義にはさまざまなものが存在するが、科学技術指標では欧州特許庁が作成しているDOCDBパテントファミリー(tls201_appln)を分析に用いている。
C) パテントファミリーのカウント
パテントファミリーのカウントの際には、OECD Patent Statistics Manualに準拠し、ファミリーを構成する出願の中で最も早い出願日、発明者の居住国を用いた。国を単位とした整数カウントを行った。
D) 発明者情報の取得方法
PATSTATの発明者情報や出願人情報には欠落が多いことから、各パテントファミリーと国の対応付けは以下のように行った。発明者情報及び出願人の情報は、tls206_person、tls207_pers_appln、tls227_pers_publnを用いて取得した。
① パテントファミリーを構成する全ての特許出願を検索し、発明者が居住する国の情報が入っている場合は、それを用いた。
② 発明者が居住する国の情報が入っていない場合は、パテントファミリーを構成する全ての特許出願を検索し、出願人が居住する国の情報が入っている場合は、それを用いた。
③ 上記の手順でも国との対応付けが出来なかった場合は、最初の出願は、出願人が居住する国に行うと仮定して、最も早い出願の出願先の国の情報を用いた。
E) パテントファミリーの同定
DOCDBパテントファミリーのうち、1つの特許受理官庁に出願されたものを単国出願、2つ以上の特許受理官庁に出願されたものをパテントファミリーとした。
過去の指標では、PCT国際出願制度による出願のうち、1か国のみに国内移行したものも、データベース上は受理官庁が2つ以上となるためにパテントファミリーとして分析していたが、2019年度からはPCT国際出願制度による出願についても、2か国以上に国内移行したものをパテントファミリーとした。この結果として、パテントファミリー数が過去と比べて変化している。
なお、国際公開されたPCT出願や国際調査報告書等で論文が引用されることがあるので、サイエンスリンケージの分析の際には、それらも含めて分析を行っている。
F) 技術分野の分類
国際特許分類(IPC)を用いた技術分野の分類には、WIPOが公表しているIPC-Technology Concordance Table [http://www.wipo.int/ipstats/en/statistics/technology_concordance.html] (February 2016)を用いた。
一つの特許出願に複数の技術分野が付与されている場合は分数カウントにより各分野に計上した。
G) パテントファミリーの最新年
パテントファミリーは、2か国以上に出願されて初めて計測対象となる。PCT国際出願された特許出願が国内移行するまでのタイムラグは30か月に及ぶ場合がある。したがって、パテントファミリー数が安定し分析可能な最新値は2019年である。なお、出願先の分析については2018年を最新値とした。パテントファミリー+単国出願については、2020年を最新値とした。
H) その他の留意点
・ PATSTAT中に出願情報は収録されているが(tls201_applnにレコードはある)、公報等が出版されていない出願(tls211_pat_publnに該当するレコードがない)については、出願が取り下げられたと考え分析対象から外した。
・ オーストラリア特許庁のデータについては、集計値が異常値と考えられたので、分析対象から外した。
・ 短期特許、米国のデザイン特許や植物特許は分析対象から外した。
(1)図表4-3-1で見た場合、論文を引用しているパテントファミリー数は日本の場合は2件、米国の場合は1件と数える。
(2)図表4-3-1で見た場合、パテントファミリーに引用されている論文数は日本の場合は2件、米国、英国、ドイツの場合は1件と数える。
(3)本項目で用いたサイエンスリンケージのデータベースには主にUSTPO(米国特許商標庁)、EPO(欧州特許庁)、WIPO(世界知的所有権機関)への出願中の論文への引用情報が含まれる。また、科学技術指標2022から論文とパテントファミリー(特許)のマッチングの精度向上のため、特許文献の種別まで考慮するようにした。このため、科学技術指標2021までの結果と比べると「論文を引用しているパテントファミリー数」などの実数が変化しているが、分析から得られる傾向には大きな変化は無いことを確認している。
(4)特許の分野分類を精査したことにより、図表4-3-5及び図表4-3-6で、一般機器の値が科学技術指標2023以前より小さくなっている。
(5) フィリップ・アギヨン、セリーヌ・アントニン、サイモン・ブネル著, 村井章子訳, 創造的破壊の力, 東洋経済新報社, 2022, p.234 の表9.1を参照した。