コラム:流言蜚語(りゅうげんひご)

 現代社会において、人々は従来型のメディアのみならずオンラインメディア、ソーシャル・メディア等のより幅広いメディアから情報を得ており(図表5-5-1)、その結果、玉石混合な情報を受け取る可能性も出てきたと考えられる。
 本コラムでは、主要国における人々の情報に対する意識やオンラインニュースに対する信頼度等を把握し、国際比較をする。具体的には、オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所(Reuters Institute for the Study of Journalism)から発行された“Digital News Report 2020”の詳細データを用いて、分析を行った。この調査は、さまざまな国でニュースがどのように利用されているかを理解するために、オンラインアンケートを実施している。2020年版では40の国・地域で約8万人に対して、2020年1月末から2月初めに調査(12)を実施した。

【図表5-5-1】 主なニュースソース

注:
「先週、ニュースのソースとして使用したもののうち、主なニュースソースはどれですか」に対する返答。
資料:
Reuters Institute for the Study of Journalism,“Digital News Report 2020”

参照:表5-5-1


(1)ニュースが持つ視点に対する嗜好

 私たちが利用できるさまざまな種類のメディアの一部では視聴者を惹き付けるため、独自の視点を持ったニュースを提供する場合がある。そこで、どのタイプの視点を持った情報源を好むのかを見た(図表5-5-2)。
 ほとんどの国で「特定の視点に寄らない情報源」を好む傾向にあるが、韓国、米国では「あなたと共通の視点を持つ情報源」を好む者が一定数おり、特に韓国で顕著である。

【図表5-5-2】 どの視点を持つ情報源を好むのか

注:
「あなたが利用できるさまざまな種類のニュースの中でどの情報源を好みますか」に対する返答。
資料:
図表5-5-1と同じ。

参照:表5-5-2


(2)オンラインニュースへの懸念

 オンラインニュースが本物か偽物か心配しているかという質問に対して、「とてもそう思う」、「そう思う」と回答した者、つまり、オンラインニュースは偽物かもしれないと懸念している者の割合は、多くの国で半数を超えており、特に米国では約7割を占める。日本は約6割である。これに対して、ドイツでは「どちらともいえない」、「そう思わない」が最も多く、他国とは異なる傾向を見せている。なお、日本は、「どちらともいえない」の割合がドイツの次に多い(図表5-5-3)。


【図表5-5-3】 オンラインニュースの真偽について心配しているか

注:
「オンラインニュースが本物か偽物であるかについて心配しています」という文章についてどう思うかに対する返答。
資料:
図表5-5-1と同じ。

参照:表5-5-3

(3)情報の信頼度

 米国、ドイツ、英国、韓国について、新型コロナウイルス感染症に関するニュースと情報の信頼の度合いを見た(図表5-5-4)。
多くの国で、「科学者、医師、その他の保健の専門家」を「信頼できる」と答えた者の割合が最も大きい。また、「国内の保健機関」、「国際的な保健機関」への信頼の割合が大きい国が多い。特に英国は他国と比べて「国内の保健機関」や「国際的な保健機関」を信頼できると答えた者の割合が最も大きい。また、「政府」や「ニュース配信機関」については、英国、ドイツ、韓国において信頼の割合が大きいが、米国ではいずれも小さい傾向にある。


【図表5-5-4】 新型コロナウイルス感染症に関するニュース等に対する各情報の信頼度

注:
「それぞれの媒体からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関するニュースと情報はどれほど信頼できると思いますか?」に対して、以下のスケールを使用した返答。スケールは1から10段階。0は「まったく信頼できない」、10は「完全に信頼できる」である。信頼できる:6-10、どちらでもない:5、信頼できない:0-4
資料:
図表5-5-1と同じ。

参照:表5-5-4


(4)まとめ

 これまで見てきたように、主要国の回答者は客観的な視点を持つ情報源を好み、オンラインニュースに対しては懸念を持っている。また、未知なるウイルスに遭遇した場合、専門家の意見を信頼する傾向にあることがわかった。
 メディアは、必ずしも人々に正しい情報をもたらしてくれる訳ではない。たとえば、新型コロナウイルス感染症に関する誤情報の拡散は、日本(13)のみならず世界中で問題視されており、世界保健機関(WHO)のウェブサイトでは、新型コロナウイルス感染症に関する誤情報にだまされないための情報を提供している。各個人が情報を見極める力が必要となってきており、「科学的知識」を持つことの重要性が高まってくるであろう。科学技術と社会とのコミュニケーション活動の促進を深めることは、その一端を担うと考えられる。
 なお、このような状況は今に始まったことでなく、歴史的な災いが生じた際には繰り返し起こっていることであり、寺田寅彦の随筆にも綴られている(14)。最後にその一部を示す。
 「適当な科学的常識は、事に臨んで吾々に「科学的な省察機会と余裕」を与える。そういう省察の行われるところにはいわゆる流言蜚語(りゅうげんひご)のごときものは著しくその熱度と伝播能力を弱められなければならない。たとえ省察の結果が誤っていて、そのために流言が実現されるような事があっても、少なくも文化的市民としての甚だしい恥辱を曝さらす事なくて済みはしないかと思われるのである。」

(神田 由美子)

 


(12)コラム中で紹介する新型コロナウイルス感染症に関する質問については、2020年4月上旬に6か国(英国、米国、ドイツ、スペイン、韓国、アルゼンチン)のみに、再度アンケート調査を実施した。
(13)総務省「新型コロナウイルス感染症に関する情報流通調査」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000693280.pdf
(14)流言蜚語(りゅうげんひご)「寺田寅彦全集 第七巻」岩波書店
https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/43260_17028.html