コラム:大学研究組織における科学コミュニケーション活動

 AI・デジタル技術やバイオテクノロジーの飛躍的発展と社会への急激な浸透により、科学技術が社会にもたらす正負の両面への注目が高まり、科学技術の専門家と社会との間のより良いコミュニケーションの重要性はますます高まっている。
 日本では、2001年度からの第2期科学技術基本計画において、科学技術と社会のコミュニケーションの重要性が示され、科学コミュニケーション人材の育成などが提言された。その後20年経ち、科学館、資金提供機関、学協会、国立研究所・研究開発法人などで様々な科学コミュニケーション活動(15)が行われている。また、研究者個人が、Twitterやブログ等で、社会に発信をすることも増えてきている。
 それでは、研究者が所属する機関・組織においては、科学コミュニケーション活動は、いかに制度として組織に根付き、また文化として浸透しているのか。これを明らかにする実証的なデータ・調査は少ないが、国際比較調査(MORE-PE: MObilisation of REsources for Public Engagement)から、一部の結果を紹介する。
 この調査では、研究者が非専門家に対して行うコミュニケーションや、双方向のやり取りなど多様な活動を包括して、科学コミュニケーション及びパブリック・エンゲージメント活動と定義している。研究者個人の個別の取り組みではなく、組織における活動を把握するため、また、科学分野間の違いや、より研究現場に近いところでの実態を把握するために、大学の下部組織を調査単位としている。そのため、大学本部の広報室の活動は含まれていない。

(1) 研究組織における科学コミュニケーション活動の概要

 国間で科学コミュニケーションに関する政策内容や、研究組織の文化の違いなど多くの要因により、定量的な国際比較は容易ではないが、図表5-5-5では、研究組織を分析単位とした、過去12カ月におけるイベントの開催回数、伝統的メディアへの露出数、ソーシャル・メディアなど新たなメディアの活用回数の推計値を示しており、科学コミュニケーション活動の大まかな実態を把握することができる。それぞれの活動内容の詳細は図表注を参照頂きたい。
 イベント開催と伝統的メディアへの露出に関して、ブラジル・イタリアの活動水準が高く、オランダ・米国・ドイツが中位、その後にポルトガル・英国・日本が続く。新たなメディアの活用状況についても、ブラジルは非常に高い水準であるが(16)、英国、イタリア、米国、ポルトガル、オランダが中位水準であり、ドイツ、日本の水準が低くなっている。

【図表5-5-5】 コミュニケーション種類別活動水準(2017-18年)

注:
研究組織を分析単位とした、過去12カ月におけるイベント(一般向けの公開講座、展示会、ワークショップ、サイエンスカフェ、公開討論会等)の開催回数、伝統的メディア(新聞・ラジオ・テレビのインタビュー、記者会見、プレスリリース等)への露出数、ソーシャル・メディアなど新たなメディアの活用回数(ウェブサイト、ブログ、Facebook、Twitter、Youtube等)の推計値の平均。ポルトガルのデータは2014年のもの。
資料:
Entradas M, Bauer MW, O'Muircheartaigh C, Marcinkowski F, Okamura A, Pellegrini G, et al. (2020).
Public communication by research institutes compared across countries and sciences: Building capacity for engagement or competing for visibility? PLoS ONE 15(7): e0235191. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0235191 より作成。

参照:表5-5-5


(2) 日本においてコミュニケーション活動の頻度は増えている

 日本の状況をみると、回答を得た研究組織では、多数(工学、医学、人文科学で約5割、理学、社会科学で約7割、農学で約8割)が10年以上前にコミュニケーション活動を開始している。工学、農学では約4割、社会科学では約5割、理学、人文科学では約6割が5年前よりも活動を増やしている(図表5-5-6参照)。


【図表5-5-6】 非専門家に向けたコミュニケーション活動の頻度(最近5年間とそれ以前との比較)

注:
「あなたの組織で実施した一般市民等の非専門家へ向けたコミュニケーション活動の回数について、最近5年間は、それ以前と比べて変化していますか?あなたの組織のコミュニケーション活動が開始された5年を超えない場合、開始以前と比較してください。」
資料:
政策研究大学院大学. 「科学技術に関するコミュニケーション活動の実態及び文化についての全国調査」. 2018.

参照:表5-5-6

(3) 何故科学コミュニケーション活動を行うのか

 また、科学コミュニケーション活動を行う理由についても聞いている。最も重要な理由として選択されているのが、「自分たちの研究を一般に広めたい」「大学の方針/ミッションへの対応」「市民からのサポートを得たい」(上位3位)であり、最も重要でない理由として選択されているのが、「研究上の業績を上げたい」「市民の意見を聞き、市民に研究に関与して欲しい」「資金提供機関の方針への対応」(上位3位)となっている(図表5-5-7参照)。
 多くの研究組織にとって、科学コミュニケーションやパブリック・エンゲージメントが、組織レベルでの研究業績を向上させるものとして認識されていない(研究活動そのものの評価とリンクされていない)ことや、資金提供機関がそれらの活動に対してインセンティブを与えていないことが示唆される。また、市民に対して研究を広めるという方向性は考えられていても、市民に研究に関与して欲しいという双方向でのやり取りについてはほとんど期待されていないことが分かった。


【図表5-5-7】 非専門家とコミュニケーションを取る動機

注:
「あなたの組織が一般市民等の非専門家に対してコミュニケーション活動を行う理由について教えてください。最も重要なもの、二番目に重要なもの及び一番重要でないものについてお答えください。」
資料:
政策研究大学院大学. 「科学技術に関するコミュニケーション活動の実態及び文化についての全国調査」. 2018.

参照:表5-5-7

 

 今回紹介した調査は、大学における下部組織での活動に着目しており、大学本体の広報活動は含まれていない。また、科学コミュニケーション活動を担うのは、学協会や資金提供機関、博物館・科学館、国立研究所・研究開発法人、産業界等多くあるし、個人としての研究者が担う部分もある。これらを総体的に把握することで、科学コミュニケーション活動の実態をより網羅的に把握できるようになるだろう。

(岡村 麻子, Marta Entradas)

 

全体注:
MORE-PEプロジェクトでは、大学等研究機関における、科学コミュニケーションやパブリック・エンゲージメントに関する国際比較可能なデータベースを構築し、当該活動の評価に資する指標を開発するために、ブラジル、ドイツ、イタリア、日本、ポルトガル、オランダ、英国及び米国で質問票調査が実施され、総計で2030組織から回答を得た。国際比較の概要及び調査結果については、Entradas et. al (2020)において一部紹介されている。調査内容は、研究組織が、科学コミュニケーションやパブリック・エンゲージメントとして、どのような対象者に対してどのような活動を行っているのか、どの程度のリソースを動員しているのか、動機や障害は何か、政策の効果や科学分野間等の属性による違いは何かを把握することを目的とした。調査単位は大学の下部組織としての学部学科、研究所・センター等である。日本の調査は政策研究大学院大学が担当し、国公私立の66大学に所属する1134組織に質問票を送付し、321組織から回答を得た。


(15) 科学コミュニケーション活動とは、科学技術やそれに伴う社会的影響等について、研究者が非専門家に対して行うコミュニケーションや各種のやり取りを総括して定義したものであるが、知識の普及・啓発活動だけではなく、対話型・双方向性のコミュニケーション等の活動を含む。
(16)「産学官連携による共同研究強化のためのガイドラインについて」(平成28年11月30日イノベーション促進産学官対話会議)