コラム1:感染症研究の論文動向

 2020年現在、世界各国・地域において新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を振るっている。これまでも世界的な流行を見せる感染症は発生してきたが、そうした感染症に関する研究はどのように展開してきたのだろうか。
 本コラムでは、感染症に関する論文分析を行うことで、感染症研究の動向を概観する。なお、ここではWeb of ScienceのSCIE(Science Citation Index Expanded)において、サブジェクトカテゴリがInfectious Diseasesである論文を分析対象とした。

(1)感染症に関する論文数・雑誌数の推移

 図表1-1は、1981~2018年にかけての感染症に関する論文数と、それらの論文が投稿された雑誌数の推移を示している。論文数・雑誌数ともに全体を通して概ね右肩上がりに増加している。論文数は1981年時点で年間2,468件であったのが2018年には15,676件へと約6.4倍に増加しており、2008年以降は年間1万件以上の論文が刊行されている。雑誌数についても1981年の17誌から2018年の100誌へと約5.9倍増加しており、感染症研究が研究領域として徐々に成長していることが伺える。


【図表1-1】 感染症に関する論文・雑誌数

注:
分析対象はサブジェクトカテゴリがInfectious Diseasesである論文(Article, Review)である。整数カウントにより集計。年の集計は出版年(Publication year, PY)を用いた。
資料:
クラリベイト・アナリティクス社Web of Science XML(SCIE, 2019年末バージョン)を基に、科学技術・学術政策研究所が集計。

参照:表1-1


(2)国・地域別論文数

 図表1-2は、1996~1998年、2006~2008年、2016~2018年の3時点での感染症に関する論文数・シェアを国・地域別に集計したものであり、上位15か国・地域までを並べている。論文数の集計は分数カウントにより行い、時点ごとに3年間での平均値を示した。
 突出して論文数が多いのは米国であり、一貫して第1位に位置している。論文数をみると、1996~1998年で2位(英国)の約4.2倍、2006~2008年で2位(英国)の約3.8倍、2016~2018年で2位(中国)の約4.0倍と3時点を通して2位との差は縮まっていない。他方で、シェアは1996~1998年の40.5%から2016~2018年の25.7%へと大きく低下しているが、これは1996~1998年と比べて現在では16位以下の国・地域における論文数が増加している影響を受けているためと考えられる。
 日本の論文数は1996~1998年の190件から2016~2018年の493件と約2.6倍に増加しているが、シェアは3時点ともに3%程度で一定しており、順位も6~9位の間で推移している。
 中国は1996~1998年では欄外、2006~2008年では12位、そして2016~2018年時点では英国を超えて世界2位の論文数・シェアであり、20年間で急速に存在感を強めている。

【図表1-2】 国・地域別の感染症に関する論文数(分数カウント):上位15か国・地域

注:
分数カウント法による。3年平均。その他は図表1-1と同じ。
資料:
図表1-1と同じ。

参照:表1-2


(3)感染症に関する論文の主題の変遷

 図表1-3は、1980年代、1990年代、2000年代、2011~2018年の4時点における感染症に関する論文のタイトルで用いられている単語のうち特に重要なものを示している。具体的には、論文タイトルからワード(連続する3語)を抽出し、全体(1981~2018年)に対する年代ごとのワードの相対的な重要度(TF-IDF)を計算し、特に重要と考えられるワードを年代ごとに20まで示した。なお、同一の概念を示すと判断されるワードが複数存在する場合、一つのワードに統合する作業を行っている。
 1981~1990年では、米国や欧州で流行が認められ始めた後天性免疫不全症候群(AIDS)が見られる。また、同年代ではC型肝炎ウイルスが特定されておらず非A非B型肝炎という語が使われていたことが分かる。
 1991~2000年では、AIDSの原因であるヒト免疫不全ウィルス(HIV)に関する研究が出現している。また、1989年に特定されたC型肝炎ウイルスに関する研究が見られるほか、この頃より腸管出血性大腸菌O抗原(O157など)に関する研究が盛んに行われていることが分かる。
 2001~2010年では、2002年に中国広東省において流行が始まったコロナウイルス(SARS-CoV)による感染症である重症急性呼吸器症候群(SARS)や、1999年頃より米国において流行したウエストナイル熱を引き起こすウエストナイルウイルスが主題として現れている。
 2011~2018年では、2012年より中東において流行がみられたコロナウイルス(MERS-CoV)による感染症である中東呼吸器症候群(MERS)や、2014年や2018年にアフリカにおいて大規模な流行が確認されたエボラウイルスによるエボラウイルス病(エボラ出血熱)、2015年頃より中南米などにおいて流行したジカウイルス感染症(ジカ熱)、2014年前後に中国やエジプトなどにおいて流行がみられた鳥インフルエンザウイルス(A(H7N9)、A(H5N1)等)、2009年に世界的に流行しパンデミックとなった2009年新型インフルエンザなど、記憶に新しい感染症が主題として現れている。
 ここでの分析はあくまで論文タイトルに含まれる語に着目した表層的なものにとどまるが、全体を通してみると各年代において新たな感染症が出現しており、人類と感染症の戦いは過去繰り返し行われてきたことが分かる。将来同様の分析を行う機会があれば、2020年現在流行のただなかにある新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も主題として見出すことになろう。
(西川 開)

【図表1-3】 感染症に関する論文の主題の変遷(20ワードまで)

注:
主題の日本語については、著者による翻訳であり、より適切なものが存在する可能性がある。英語については単語の語幹を取り出した形で示している。ここでの「男性間性交渉者(MSM)」という語は主としてHIV等の感染症のクラスターという文脈で用いられる。「XpertR MTB/RIF(オンデマンドPCR検査)」は結核菌のPCR検査キットである。
資料:
図表1-1と同じ。

参照:表1-3