STI Hz Vol.8, No.1, Part.12:(レポート)「全国イノベーション調査2020年調査統計報告」からの所見-ディジタリゼーション利用とCOVID-19への対応に焦点を置いて-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00289
  • 公開日: 2022.03.22
  • 著者: 伊地知 寛博
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)


「全国イノベーション調査 2020年調査統計報告」からの所見
-ディジタリゼーション利用とCOVID-19への対応に
焦点を置いて-

第1研究グループ 客員総括主任研究官 伊地知 寛博

概 要

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、科学技術・イノベーション政策の企画、立案、推進及び評価に必要な基礎資料を得ることを目的とした政府統計として「全国イノベーション調査」を実施してきており、イノベーション実現企業やイノベーション活動実行企業の当否に関わらず、国全体としてのイノベーション・システムについてより良く理解できるように図っている。本稿は、主として2017年–2019年における状況を観測した最新の「全国イノベーション調査 2020年調査統計報告」からの主な所見を紹介することを目的とする。前回調査等とも対照させて、安定的な結果が得られており、我が国におけるイノベーション等に関連した様々な観点からの企業が分布する状況が定量的に示されている。継続する変化としては、中規模企業に関する特異な傾向等も(うかが)われる。また、ディジタリゼーション利用に関して、イノベーション活動実行企業ほどより多くの割合の企業が該当するなど、幾つかの特徴が示唆された。さらに、2020年において、COVID-19対応を目的としたイノベーション実現が比較的多くの割合の企業でなされたことや、COVID-19のイノベーション活動への効果・影響はさほど多くなかったことも示された。

キーワード:イノベーション,統計,科学技術・イノベーション政策,ディジタリゼーション,COVID-19

1. はじめに

世界各国・地域において科学技術・イノベーション政策が推進されており、それぞれの国・地域における研究やイノベーションのシステムの状況を把握するために、統計調査が実施され、またこれも含めた各種のデータや情報を用いた分析がなされている。我が国でも、科学技術・イノベーション政策を推進する上でその基礎をなす科学技術・イノベーション基本法について、2021年4月に改正が施行され、その中で現行の名称に変更されたことからも(うかが)えるように、科学技術の振興及び研究開発の成果の実用化によるイノベーションの創出の振興注1がなされており、科学技術・イノベーション創出の振興やその活性化に係る推進の政策に資するような調査、研究、分析等が期待されている。

NISTEPでは、かねてより、科学技術・イノベーション政策に必要な基礎資料となる政府統計として「全国イノベーション調査」を実施し、その結果を公表してきている。2021年10月には、最新の結果として「全国イノベーション調査 2020年調査統計報告」1)注2を公表している。ただ、統計報告自体は、この公表物の性質上、統計表や調査方法論のほかには、統計調査の結果から得られる所見の概要について記しているものであって、統計調査の結果やその所見をどのように解釈すればよいかなどについては、余り述べていない。そこで、本稿では、これを補って、各方面における今後の検討等に資するものとすることも企図している。

なお、本稿において示される見解等は、専ら著者によるものであり、必ずしも機関としてのものではないことについて留意いただきたい。また、紙幅が限られており、統計報告からのごく一部についてしか言及し得ないことから、統計報告1)や統計表も併せて参照いただき活用いただくことをお願いしたい。同様に、イノベーション調査で用いる「イノベーション」等の用語の定義やその概念についても、統計報告1)や伊地知2)を参照いただきたい。

2. 「全国イノベーション調査」2020年調査の概要と特徴

2.1 2020年調査の概要

「全国イノベーション調査」は、科学技術・イノベーション政策の企画、立案、推進及び評価に必要な基礎資料を得ることを目的とした政府統計であり、特定一般統計調査注3に区分されるものである。我が国におけるイノベーション・システムについてより良く理解できるようにし、今後の政策形成に有効な提言や示唆を提供する政策研究にも寄与することも図り、また、イノベーション活動の中核である産業・企業における経営ビジョン構築や戦略策定に役立つことも期待しているものである。

調査は、現在、2年周期で実施されていて他の主要国と同様であり、後述するように、単に国際比較可能性の確保のみならず、イノベーション・システムにおける変化の兆候を捉えることができるようにもしている。

調査方法論及び調査票については、統計報告1)に記載していることから詳細については割愛するが、従業者数10人以上を有する企業(サービス業のうちの一部の経済活動(産業)を除く。)を対象(対象母集団企業数:442,978社)とし、一定の統計品質を確保するようにするために、一定企業規模以上は悉皆(しっかい)であり、それ以外は企業規模階級及び経済活動に基づく層化非復元単純無作為抽出による標本調査(標本企業(調査客体)数:31,088社)となっている。

国際比較可能性の確保に留意して、イノベーション統計に関する現行の国際標準指針である『オスロ・マニュアル2018』3)に沿って実施している。なお、今回の2020年調査の結果に基づく我が国に関する最新のデータを含めて、主要諸外国に関する主要イノベーション指標について、OECDにより取りまとめられ公表されている注4。また、統計調査に用いられるイノベーションの定義等も含め、『オスロ・マニュアル2018』の概要については、伊地知2)にまとめている。なお、イノベーション・システムの中で、例えば、イノベーション活動実行企業の特徴を明らかにするには、対照される非実行企業に関する情報も不可欠である。そこで、企業におけるイノベーション実現の有無等に関わらずデータを収集することが重要であり、このような国際標準指針も踏まえて、全国イノベーション調査を実施している。

ところで、統計報告でも、また、OECDが公表する主要イノベーション指標でも、多くの指標については、一法人であって株式会社等の会社である企業を統計単位注5として算出されている。そのため、一般には企業規模が小さいほど多くの企業が存在していることから、例えば、国全体について企業を統計単位とする(構成比である場合も含まれる。)際には、相対的に小さい企業規模の状況が反映されることになる。そのため、企業規模階級別の結果も表章している。

2.2 2020年調査の特徴

2020年調査における調査事項は、『オスロ・マニュアル2018』に示されるような国際比較可能性の確保に留意しつつ、特に、諸外国の中では、欧州の多くの国々が実施する際に参照する共同体イノベーション調査2018年(Community Innovation Survey 2018)の調和データ収集(harmonised data collection)注6の内容も参考として、基本的には前回2018年調査の調査事項を踏襲して設定している。

これに加えて、ディジタル・トランスフォーメーション注7が進展する中で、企業における最近のディジタリゼーション注8の利用の状況を捉え、イノベーション実現やイノベーション活動実行との関連について把握する必要があることから、国内外における政策上の関心にも鑑みて、ディジタリゼーションの利用を設定した。

また、2020年調査の実施を計画する段階において、世界的に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が広まり、企業におけるCOVID-19に対応したイノベーション実現の状況や研究開発活動を含むイノベーション活動への効果・影響の状況を全国的に把握する必要から、これを調査事項に加えた。2020年調査は、基本的には、その参照期間注9を2017年–2019年とするものであったが、COVID-19への対応等に関する調査事項については、参照期間を2020年とした。

なお、2020年を含む2019年–2021年を参照期間として、次回調査(2022年調査)が実施される予定であり、本来は、同一の参照期間にあってイノベーション等の目的を限定していない結果と対比されて初めて、COVID-19対応を目的としたイノベーションの状況について理解することができるが、現段階では、今回の調査での主とする参照期間である2017年–2019年からの変化は余り生じていないものと仮定して、調査結果を見ていくこととなる。

ちなみに、近年の様々な政策的ニーズ等にも対応して、単にイノベーションやイノベーション活動の状況を把握するのみならず、イノベーション等の目的や性格を限定して(これは、「限定されたイノベーション(restricted innovation)」とも呼ばれる。)、これについて測定することの意義や必要性等についても議論されており56)、本調査におけるCOVID-19対応に関する質問は、このような観点からの取組の一例としても捉えることができる。

これらのほか、詳細は割愛するが、イノベーション活動の実行状況やイノベーション活動に該当する個々の活動の有無に関して把握する部分については、調査票上、その配列等に一部変更を行った。

3. 我が国のイノベーション・システムの概況:2017年–2019年の状況

全国イノベーション調査は、2年周期で、基本的な変数については継続して把握していることから、統計上の品質が確保されて、余り変化が見られない数値については、頑健な結果として、我が国におけるイノベーションやイノベーション活動に関連した企業の分布の状況を示すものとして理解することができる。また、そういった中で、ある群や観察対象について他とは異なる変化が見られるようであれば、これに関わる企業の分布の状況について変化又はその予兆があるものと考えることができる。このような観点から、幾つかに焦点を置いて述べる。

まず、図表1に示すように、プロダクト・イノベーション実現企業率については、近年、減少傾向が窺える。特に、企業規模別で中規模企業(従業者数50名以上249名以下の企業)において、また、産業別では製造業において、その減少幅が大きいことが示されている[2020年調査1)図2.9-c、統計表8(並びに2018年調査7)、第4回調査8)及び第3回調査9))]。なお、中規模企業については、別の指標でも他の企業規模とは傾向が少し異なる部分があり、これについては後述する。

また、プロダクト・イノベーション実現企業において、総売上高全体に占めるプロダクト・イノベーション売上率について見てみると、その総売上高の約3割がプロダクト・イノベーション売上高によるものとなっている。ただ、前回2018年調査(参照期間:2015年–2017年)の結果と比較すると、大規模企業(従業者数250人以上の企業)において減少している。また、産業別では、製造業において若干減少している一方、サービス業では若干増加している[2020年調査1)図2.7、統計表25(及び2018年調査7)注10]。

次に、ビジネス・プロセス・イノベーション実現企業率については、中規模企業と小規模企業(従業者数10人以上49人以下の企業)において、減少が窺える[2020年調査1)図2.9-d、統計表8(及び2018年調査7))]。

一方、イノベーション活動実行企業率については、前回調査と比較して増加している注11[2020年調査1)図2.9-a、統計表8(及び2018年調査7))]。

実行したイノベーション活動の内容について見てみると、内容別で最も多いものとして、55%の企業が「従業員への教育訓練活動」を実行していた。また、イノベーション活動内容別の実行企業率の結果は、いずれの内容についても、前回2018年調査と同様である[2020年調査1)図2.2、統計表17(及び2018年調査7)図1.3、統計表22)]。このように、構造的に安定した結果となっており、我が国におけるイノベーション・システムの特徴(様々な種類のイノベーション活動を実行する企業が分布している状況)の一端を示しているものといえる。

これらのほか、経営成果を得るために採用した戦略、知的財産の保護、人材構成(従業者に占める高等教育修了者、大学院修了者及び博士号保持者の各割合)、プロダクト・イノベーション及びビジネス・プロセス・イノベーションの開発組織、イノベーション活動の協力相手、知識獲得のために利用した情報伝達経路、外国への製品・サービスの販売又は提供、製品・サービスに関連する競合他社数、製品・サービスの競争環境に影響を与えた要因、イノベーション活動のための公的財政支援、イノベーション活動の阻害要因といった調査事項についても、同様に経年比較することができる。

これらの調査事項については、2020年調査では、2018年調査と比較して、全般的に、該当する企業の構成比に変化はないか若干の減少が見られる程度であった。このように安定的な数値が得られていることからも、我が国におけるイノベーション等に関連した様々な観点からの企業が分布する状況を定量的に示していることが窺える。

なお、COVID-19の世界的蔓延(まんえん)がサプライ・チェーンに影響を及ぼしたこともよく指摘されており、次回調査である2022年調査は、その参照期間が2019年–2021年であってこれを範囲に含むことから、企業が分布する状況についての変化を注視していくことも重要であろう。

図表1 主なイノベーション指標:経年変化図表1 主なイノベーション指標:経年変化

出典:全国イノベーション調査2020年調査1) 統計表8;2018年調査7)、第4回調査8)、第3回調査9)
注:プロダクト・イノベーション実現企業率を除く指標については、定義の変更等による断絶があって経年比較が困難なため、2013年(第3回)調査(参照期間:2009年–2011年)及び2015年(第4回)調査(参照期間:2012年–2014年)の結果を示していない。

4. 2017年–2019年におけるディジタリゼーション利用

イノベーションにおけるディジタリゼーション利用に関しては、ディジタル化の進展と社会への浸透を受けて国内外で関心が広がっている。例えば、G20やOECDでは、ディジタル技術でイノベーション実現に拍車をかける等により持続可能な成長を増大させ得るとして、ディジタリゼーション利用とイノベーションにまつわる検討や議論が進められてきている。また、近年では、我が国でも、科学技術・イノベーション政策が、デジタル社会形成基本法等に基づき展開される施策等とも関連して進められつつあることが窺える。そこで、このような状況に鑑み、ディジタリゼーション利用やそのイノベーションとの関係について把握するために、国際比較可能性等も考慮して、インターネット・オブ・シングス(IoT)、クラウド・コンピューティング・サービス、ビッグデータ分析、機械学習(人工知能)注12、3Dプリンティングという、5つの種類を選択して観測した。

調査結果から、図表2に示すように、これら5つのうち、クラウド・コンピューティング・サービスとIoTがよく利用されていることが示された。また、さらに、いずれの種類についても、イノベーション活動実行企業の方が非実行企業と比べて、ディジタリゼーションをよく利用している企業の割合が高かった[2020年調査1)図3.1、統計表29–31]。

欧州諸国においては、企業における情報通信技術利用及びEコマースに関する共同体調査(Community Survey on ICT Usage and E-Commerce in Enterprises)が、毎年、実施されている。そこで、その最近の利用可能な調査結果に基づき、幾つかの欧州諸国と日本の結果を比較して示しているのが、図表3である[2020年調査1)附表5]。ここから、機械学習(人工知能)やIoTのように他国と同程度に利用されているものもあれば、ビッグデータ分析やクラウド・コンピューティング・サービスのように他国ほどには利用されていないものもあることもわかった。

また、個々の種類について利用目的を確認しており、機械学習(人工知能)、IoT、クラウド・コンピューティング・サービスのいずれについても最も共通していたのは、「業務の自動化又はコスト削減」であった。また、イノベーション活動実行企業・非実行企業の区別なくその特徴を見てみると、IoTについては、「既存製品・サービスの改良」にも「新しい製品・サービスの導入」にも同程度の割合の企業が目的としているが、機械学習(人工知能)については、「新しい製品・サービスの導入」を利用目的とする企業の割合が高く、また、産業別では、製造業よりもサービス業で該当企業率が高かった[2020年調査1)統計表29から算出]。

このように、ディジタリゼーション利用といっても、その利用目的は異なる傾向があり、また、産業によっても利用する企業の分布状況にも差があった。さらに、イノベーションとの関係でも幾つか特徴が示唆された。

図表2 ディジタリゼーション利用:全企業及び全イノベーション活動実行企業・非実行企業別図表2 ディジタリゼーション利用:全企業及び全イノベーション活動実行企業・非実行企業別

出典:全国イノベーション調査2020年調査1)統計表29–31.

図表3 ディジタリゼーション利用:日本と欧州主要国との比較図表3 ディジタリゼーション利用:日本と欧州主要国との比較

出典:全国イノベーション調査2020年調査1)附表5;Community Survey on ICT Usage and E-Commerce in Enterprises. Eurostat.
https://ec.europa.eu/eurostat/web/digital-economy-and-society/data/database
注:欧州主要国の参照期間は、2020年である。

5. 2020年におけるCOVID-19への対応やイノベーション活動への効果・影響

まず、COVID-19に対応したイノベーション実現企業の面で見ると、図表4に示したように、COVID-19対応プロダクト・イノベーション実現企業数の全体に対する割合は14%であり、また、COVID-19対応ビジネス・プロセス・イノベーション実現企業数の全体に対する割合は22%であった[2020年調査1)図1.2、統計表10]。これを、2017年–2019年を参照期間とした、いわば平常時における目的を限定しないプロダクト・イノベーション実現企業数の割合(10%)及びビジネス・プロセス・イノベーション実現企業数の割合(23%)と比較してみると、同等又はそれを上回ることから、COVID-19対応を目的としたイノベーションの実現がより多くの割合の企業でなされたことが窺える。産業別では、製造業と比較してサービス業における割合が高くなっており、サービス業においてCOVID-19対応を目的としたイノベーションの実現がより多くの割合の企業でなされたことが窺える。このように、COVID-19対応がイノベーション実現をよりもたらし、とりわけサービス業においてそれが強かったことを示唆している。

他方、中規模企業については、COVID-19対応プロダクト・イノベーション実現企業率が小規模企業のそれよりも小さくなっている。一般に、企業規模が大きくなるほど、企業活動の範囲が広がることから、これら実現企業率もより高くなることが知られているが、それとは異なっていることについて留意する必要があろう。

それから、COVID-19のイノベーション活動への効果・影響についても確認しており、効果・影響を与えなかったとする企業の割合が高く、また、イノベーション活動の有無による相違もほぼ見られなかった。具体的には、COVID-19が研究開発活動や他のイノベーション活動に効果・影響を与えなかった企業の割合は約8~9割であり、阻害させたり促進させたりした企業の割合は、約1割以下であった。また、イノベーション活動実行企業(2017年–2019年)の方が、イノベーション活動非実行企業(2017年–2019年)と比較して、阻害/促進した企業の割合が若干多いものの、さほどは違いが見られなかった[2020年調査1)図1.4、統計表12–14]。

効果・影響を与えなかったとするこの結果は、イノベーション活動の一部である研究開発活動について、総務省統計局が実施している統計調査である科学技術研究調査では、2020年4月から2021年3月までを対象とした結果10)が公表されており、企業部門における研究開発支出額には大きな変化が見られなかったこと注13とも整合的である。

図表4 COVID-19 対応プロダクト・イノベーション実現企業率(2020年)図表4 COVID-19 対応プロダクト・イノベーション実現企業率(2020年)

出典:全国イノベーション調査2020年調査1)統計表10.

6. おわりに

本稿は、「全国イノベーション調査」2020年調査について、その概要と特徴について概観したのち、「全国イノベーション調査 2020年調査統計報告」に示される統計結果に基づき、以前に実施された回の統計結果や国際比較可能な他国の結果等とも対照させながら、主な所見について述べてきた。

まず、ディジタリゼーション利用について、5つの種類に関して利用の有無や利用目的に関して企業の分布の状況を、国際比較も含めて確認した、なお、イノベーションとの関係については、分析を更に進めて知見の導出に努めることとしている。

また、COVID-19対応について、このような状況の変化がイノベーション実現をより多くの割合の企業にもたらし、とりわけサービス業においてそれが強かったことが示唆された。他方、COVID-19のイノベーション活動への効果・影響を与えたとする企業の割合は、さほど多くなかったことも示された。

それから、イノベーション・システムに関する理解という点で、イノベーション実現やイノベーション活動実行の有無やその内容に限らず、企業活動に関わる幾つかの内的要因及び外的要因について、数回の調査を重ねることにより、該当する企業の分布の状況が定量的に明らかになってきている。実態を表現していると考えられるこれらの情報が政策により活用されることを期待するとともに、継続的に状況を観測することにより、イノベーション・システムに生じる変化を把握していくことが重要であろう。

なお、この間、中規模企業については、幾つかの指標について該当する企業の比率が一貫して逓減する傾向が見られることや、COVID-19対応でも他の企業規模階級に比してその実現企業割合が少なかったことから、企業規模別に見た場合、特異な傾向が見られている。中規模企業については総じて、イノベーション実現に向けた意欲が減退しつつあるようにも窺われ、組織として一定の規模を有することからその存続を図ることが優先されていることも推察される。見いだされる現象の本質的原因等も探りつつ、我が国におけるより好ましいイノベーション・システムの実現に向けた方策についても検討が求められよう。


注1 科学技術・イノベーション基本法において、この科学技術の振興及び研究開発の成果の実用化によるイノベーションの創出の振興を指して、「科学技術・イノベーション創出の振興」と規定されている。

注2 統計報告書は、NISTEPインターネット・サイト(https://www.nistep.go.jp/research/rd-and-innovation/national-innovation-survey)より公表しており、統計報告書に掲載している統計表は、政府統計ポータルサイトであるe-Stat(https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00400503&tstat=000001039433)よりアクセスしてダウンロード可能ともしている。

注3 統計法(平成19年法律第53号)に規定される一般統計調査のうち、国際比較において重要な統計調査等の観点から、より重要度が高いものとして位置づけられている。

注4 OECDでは、主要諸外国からの報告に基づき、主要イノベーション指標についてのデータ等を、次のインターネット・サイトから公表している:http://oe.cd/inno-stats, https://www.oecd.org/sti/inno/innovation-indicators-2019.zip

注5 統計単位とは、観測や分析に際して用いられる単位である。調査票が送付されて報告が要請される宛先である調査客体を意味する報告単位とは、概念上、区別される必要がある。なお、全国イノベーション調査では、統計単位も報告単位も「会社」である企業である。ちなみに、企業における事業活動は、とくに企業グループを構成しているところでは、企業単体ではなく企業グループで行われていることが考えられる。しかし、各国の統計機関等は、調査の母集団である企業に関する情報を恒常的に把握できても(我が国では、「経済センサス」といった統計調査等に基づき、経済統計を正確に作成するために事業所・企業に関する情報を捕捉し保持する事業所母集団データベースを整備している)、企業間関係は頻繁に変更し得ることから、企業グループに関する情報は把握していないか把握が必ずしも容易ではない。そこで、国際標準上でも、また調査の実行上でも、企業部門での統計単位は、通常、企業とすることとなっている。

注6 ここでは、欧州委員会統計総局(Eurostat)とEUメンバー国等といった各国間とで合意された、国際比較可能性を確保するための調査票及び調査方法論を指す。

注7 ディジタル・トランスフォーメーション(digital transformation)は、OECD4)によれば、「ディジタイゼーション(digitisation)とディジタリゼーション(digitalisation)の経済的・社会的効果」を表すとされている。これは、「ディジタル技術が人間生活のあらゆる局面において引き起こす又は影響を与える変化」としても理解し得るとしているものもある。なお、ディジタイゼーションは、「アナログのデータ及びプロセスの機械可読なフォーマットへの変換」とされている。

注8 ディジタリゼーションは、OECD4)によれば、「新たな活動に帰着する又は既存の活動を変化させるディジタル技術及びデータ並びに相互連結の利用」とされている。なお、この定義によれば、ディジタリゼーション自体には「利用」ということが既に含意されているが、ここでは、統計調査における国際的な用語法にも鑑み、「ディジタリゼーションの利用」としている。また、イノベーション調査の文脈では、企業により実行される様々な組織的活動を指す「ビジネス機能」(参考.伊地知2))における、ディジタル技術等の利用の状況を測定することとなる。

注9 参照期間(reference period)とは、イノベーション実現やイノベーション活動実行の有無等の生起といった、一定の時間的範囲に係るデータを収集するための観測期間を意味する。

注10 本稿には含んでいないことから、2020年調査統計報告1)を参照されたい。なお、以下、本稿内における図表の番号を表示していない場合は、同様である。

注11 2020年調査は、2018年調査と比較して、調査内容自体にさほど違いはないものの、調査事項の配列等に関して若干の変更があった。そのため、回答企業における認知のされ方に影響を及ぼした可能性もあり得ることから、今後、更に慎重に解釈していくこととしている。また、「全国イノベーション調査」では、2018年調査から、『オスロ・マニュアル2018』に示される勧告等を踏まえて調査票を設定しているが、『オスロ・マニュアル2018』に沿ったとされるCommunity Innovation Survey 2018においても、この部分については概ね従前の調査事項によっていた。そのため、この指標については、国際比較において留意が求められよう。

注12 人工知能には様々な領域が含まれ得るが、ここでは、近年に展開が見られて応用が進んでいる機械学習に焦点を置いた。

注13 2020年度(2020年4月から2021年3月まで)の企業部門における内部使用研究開発支出額は、対前年度比で2.5%減にとどまっていた。しかし、費目別でみると、全体に対する構成比が14%であるものの原材料費については8.7%減であったことなどから、細かな変化には留意する必要もあろう。

参考文献・資料

1) 文部科学省科学技術・学術政策研究所,2021,「全国イノベーション調査 2020年調査統計報告」,NISTEP Report. No.192,https://doi.org/10.15108/nr192

2) 伊地知寛博,2019,「『Oslo Manual 2018:イノベーションに関するデータの収集,報告及び利用のための指針』−更新された国際標準についての紹介−」,STI Horizon, vol.5, no.1, pp.41–47, https://doi.org/10.15108/stih.00168

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https://doi.org/10.1787/9789264312012-en.

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7) 文部科学省科学技術・学術政策研究所,2019,「全国イノベーション調査 2018年調査統計報告」,NISTEP Report. No.182,https://doi.org/10.15108/nr182

8) 文部科学省科学技術・学術政策研究所,2016,「第4回全国イノベーション調査統計報告」,NISTEP Report. No.170,https://doi.org/10.15108/nr170

9) 文部科学省科学技術・学術政策研究所,2014,「第3回全国イノベーション調査報告」,NISTEP Report. No.156.

10) 総務省統計局,2021,「2021年(令和3年)科学技術研究調査報告」,
https://www.stat.go.jp/data/kagaku/index.html