STI Hz Vol.6, No.4, Part.8:(ほらいずん)サーキュラーエコノミー社会のためのフォーサイト-フィンランドとの共同研究成果-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00237
  • 公開日: 2020.12.21
  • 著者: 浦島 邦子、黒木 優太郎
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
サーキュラーエコノミー社会のためのフォーサイト
-フィンランドとの共同研究成果-

科学技術予測センター 上席研究官 浦島 邦子、研究官 黒木 優太郎

概 要

現在、フィンランドでは「サーキュラーエコノミー」を科学技術政策の中心として位置づけ、様々な施策を実施している。フィンランドと科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、長年共同プロジェクトを実施、両国における違いなどの把握を研究してきた経緯がある。2019年9月、サーキュラーエコノミーに焦点を当てた共同プロジェクトを開始し、今回その結果が出たので報告する。このプロジェクトの目的は、同じ内容の設問を設定してアンケートを実施、その結果を比較することで、日本とフィンランド双方の将来を見据えたイノベーションに資する分野を特定することである。具体的には、両国それぞれで自国の研究者を対象として実施したデルファイ調査の相互比較によって、サーキュラーエコノミーに関連する新興技術(エマージング技術)における日本とフィンランドの違いを明確にした。未来を見据えた技術の重要性と国際競争力の関係において、日本は、重要度に対し国際競争力が正の相関関係となったが、フィンランドは正反対(負の相関)の結果となった。また、情報通信技術(ICT)・マテリアル関連技術を除いて、全体的にフィンランドの方が早期に実現が見込まれる傾向となった。

キーワード:サーキュラーエコノミー,デルファイ調査,科学技術予測

1. はじめに

日本では第5期科学技術基本計画1)の目玉である「Society5.0」2)に関して、既に現実化している高齢社会や人手不足など、未来につながるであろう問題を今から取り組むことで解決し、より良い未来社会に向けた様々な施策が検討、推進されている。国際連合(国連)の指針であるSDGs3)についても、我が国では政府のみならず多くの企業が取り組んでいる。一方で、欧州を中心4)とした「サーキュラーエコノミー(Circular Economy、以下CE)5)」も、先進国を中心に拡大している。これは、モノだけでなく空間や時間も活用することが含まれる6)。3R技術が進んでいる我が国では、CEのコンセプトを取りいれることで、新たな技術の創出やビジネスチャンスも期待できる7)

2009年にフィンランド技術庁(Tekniikan edistämiskeskus、以下TEKES)と共同で実施したプロジェクト8)に続くものとして、今回CEをテーマとして、TEKESの後継であるビジネスフィンランド(Business Finland、以下BF)と再度共同研究を実施し、今回は日本が先に実施していた第11回科学技術予測調査のデルファイ調査9)で用いた科学技術トピックスをフィンランドでも利用し、両国の違いを調査した。その後結果を考察し、日本とフィンランドの間の相互の将来のイノベーションに資する分野を検討した。上記のほか、このプロジェクトの目的のひとつには、両国でデルファイ調査を実施することで同調査手法の特徴を明確にすることもあった。

本稿では、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)とBFが共同で実施したデルファイ調査の結果を紹介し、サーキュラーエコノミー及びその他の関連トピックに関する将来像に関して述べる10)

2. デルファイ調査について

2.1 トピックスの選定

日本が準備した702トピックスのうち、図表1に示すようにフィンランドではCEに関係するトピックスを中心に検討、環境分野のみならず5分野から14細目を抽出し、自国の研究者を対象にアンケートを実施した。

図表1 フィンランドがデルファイ調査に用いた分野・細目及びトピック数図表1 フィンランドがデルファイ調査に用いた分野・細目及びトピック数

2.2 調査対象

フィンランドでは、過去5年以内に国内で論文著者となった14,221人にメールにて調査協力を依頼し、254人から回答を得た。期待していたよりもかなり低い回答率だった理由は、研究者にフォーサイトの認識が低いこと、前回調査したのは10年前であったことから初めて回答する人が多く、不慣れであったこと、などが主である。

3. 結果比較

アンケート実施に関しては事前にBFと協議し、日本とフィンランドの研究者数や回答数には大きな違いがあることは明白であったが、今回はまずは回答数も含めてどのような差が出てくるのかといったことも把握するために実施した。よって、以下に示す結果は回答数のみで単純比較したものである。

3.1 実現時期

図表2に、今回使用した全トピックスの実現時期について日本とフィンランドの結果を比較したものを示す。全体的に、日本よりもフィンランドの方が早い実現傾向がみられた。日本は環境・資源・エネルギー分野を除いて2030-2035年近辺でほとんどの技術が実現するが、フィンランドは早いものから遅いものまでばらつきがみられた。これは回答数の差が影響していると考えられる。

個別にみると、農業、都市、環境に関するほとんどのトピックは、日本に比べてフィンランドで早く実現されると予想された。一方、日本では情報通信技術(ICT)やマテリアルの一部トピックスについてはフィンランドよりも早く実現することが見込まれている。

図表2 科学技術の実現時期の日本ーフィンランド間比較図表2 科学技術の実現時期の日本ーフィンランド間比較

*グラフの左端は科学技術的実現、右端は社会的実現を表す
3.2 重要度と国際競争力

図表3に、重要度と国際競争力について、両国の結果をプロットしたものを示す。日本は重要度が高いトピックは国際競争力も高い相関関係がみられたが、ICTに関しては、重要度が高いにもかかわらず一部トピックで国際競争力は特に低い結果となった。

フィンランドはばらつきが大きく、日本とは反対の結果となった。内訳をみると、特に農業や材料科学の分野では国際競争力が高く、環境・資源・エネルギー分野では重要度は高いが国際競争力は低い。これは、地球温暖化やエネルギーは重要であるが、自国だけでは実現が困難であることを意味している。一方でフィンランドの考察によれば、材料科学や農業などの国際競争力が高いものは既にビジネス化しているであろうことから重要度はさほど高くない、という判断であった。細かくみると、水や防災技術の重要性と国家競争力について、特に日本ーフィンランド間では反対の傾向がみられた。これは、近年水害が多発している日本では関連技術開発が進み、国際的に活用可能な技術の早期実現が期待されていることも意味する。

図表3 重要度と国際競争力の日本ーフィンランド間比較図表3 重要度と国際競争力の日本ーフィンランド間比較

4. デルファイ調査の成果と今後の課題

共同で実施したデルファイ調査によって得られた結果は、回答数の差により両国で異なる傾向がみられたが、各々の結果自体は興味深いものであり、価値があった。また、今回のテーマとしたサーキュラーエコノミーに関連する新興技術における日本とフィンランドの見解の違いを理解するのにも役立った。

デルファイ調査は通常、コンセンサスを得ることを目的として実施している定量的調査であり、デルファイ調査結果をもとにした専門家による議論、代替のシナリオやビジョンといった定性的調査の価値を更に高めることにも役立つ。特に、回答者の数が少なかったフィンランドにおいては、専門家の議論を合わせてデータを考えることが有効である。そこで、フィンランドは専門家を集めたワークショーショップを開催し、結果についてディスカッションした。また個別にヒアリングし、結果の解釈について検討した。その結果は今後のシナリオ作成に生かしていく。

このように、デルファイ手法で得られた結果を最大限有効に活用するためには、シナリオなど他の予測手法と組み合わせて利用する必要がある。このことはこれまでも言われていた傾向で、顕著な結論となった。

5. まとめと考察

両国に共有する相互の課題は、主に環境問題と生物経済に関連しているが、食品やその他のトピックも急速に重要性を増しており、COVID-19パンデミックによりその傾向は更に加速している。技術開発という点では先進国であるなど、日本とフィンランドの類似点は多く、どちらの社会も、また世界レベルでも同様の課題に直面している。今回のような同じ設問による調査は、両国の比較考察を更に興味深いものにすると考えられる。両国の地理的位置、天然資源、人口密度は、時間の経過とともに国家の科学技術政策に明らかに影響を与えており、その結果、日本とフィンランドは技術ノウハウの点で異なる強みをそれぞれ持っている。

今回の調査により、日本とフィンランドの間のイノベーション協力のターゲットとなる科学技術分野を見い出す上で、特定の技術分野における様々な違いを特定することができた。また、今回の結果をもとに両国の共有ビジョンとロードマップの作成が可能となったことも、共同研究の利点といえる。

幸福度ランキングで3年連続1位となったフィンランドから、日本は学ぶべきことがたくさんあろう。将来を見据えた活動は、日本とフィンランドの間のより良い協力関係を創出し、互いの活動を深化させるためにも必要である。このプロジェクトは、両組織がテクノロジー、イノベーション、ビジネス分野の開発について理解を深め、グローバル市場を形成する準備を整えることができる、国際的な見通しのコラボレーションのモデルともなった。

謝辞

本プロジェクトの調査に御協力くださった日本とフィンランドのすべての回答者に、この場を借りて謝意を伝えたい。そして、2019年にフィンランド技術研究センター(VTT: Technical Research Centre of Finland)と日本で共同実施のワークショップに参加した、日本及びフィンランドのVTT、ビジネスフィンランド、SITRA、及び研究機関のバイオ及びCEの専門家の方々に感謝する。また、本プロジェクトのサポートや調整に御尽力くださった在日フィンランド大使館のTeppo Turkki氏にも感謝する。

参考文献・資料

1) 科学技術基本計画、内閣府ホームページ、https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index5.html

2) 第5期科学技術基本計画「Society5.0」、内閣府ホームページ、
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/5gaiyo.pdf

3) About the Sustainable Development Goals、国連ホームページ、
https://www.un.org/sustainabledevelopment/sustainable-development-goals/

4) 世界経済フォーラム、https://jp.weforum.org/projects/circular-economy

5) EU Circular Economy Action Plan、https://ec.europa.eu/environment/circular-economy/

6) 浦島、サーキュラーエコノミーの動向と 2050 年のビジョン、STI Horizon、2019 Vol.5 No.1,
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-STIH5-1-00166.pdf
https://doi.org/10.15108/stih.00166

7) サーキュラー・エコノミー及びプラスチック資源循環ファイナンス研究会、環境省ホームページ、
http://www.env.go.jp/recycle/post_60.html

8) 複数手法の統合による新しい予測調査の試み 日本-フィンランド共同プロジェクト(日本側の結果),
http://hdl.handle.net/11035/725

9) 第 11 回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019 総合報告書, NISTEP Report No.183,
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-NR183-FullJ.pdf

10) 栗林、世界各国の科学技術予測活動 フィンランドのフォーサイト活動-市民参加を得た科学技術と社会のシナリオ作成-, STI Horizon、2017 Vol.3 No.1,
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-STIH3-1-00071.pdf
https://doi.org/10.15108/stih.00071