コラム:デジタル化の進展と格差(1)

 デジタル化は暮らし方、働き方、学び方など多くの面で社会経済を大きく変えている。経済協力開発機構(OECD)が公表する Going Digital Toolkitデータのうち、生活基盤としてのデジタル化の進展やデジタル化の仕事への浸透の他、デジタル格差に関する指標を取り上げ、他国と比べた日本の状況を把握する。
 なお、本コラムの図表では主要国の値を示すが、位置づけ(低位、中位、高位)については、対象国・地域全ての中での位置付けを示している。

(1) 生活基盤としてのデジタル化の進展

 デジタル化の基盤となるインターネット接続性の指標を見ると、人口あたりの固定ブロードバンド契約数、モバイルブロードバンド契約数、4G以上のモバイルネットワークのカバー率において、日本は対象国・地域の中で、中~高位の位置にある。他方、IoT(Internet of Things)の進展の指標として使われている、機械に搭載されているSIMカード数(人口100人当たり)においては、日本は中国や米国に比して小さく、その他の主要国とは同程度である(図表5-5-1参照)。
 また、デジタルサービスの提供状況として、ウェブを開設している企業の割合は日本では高く、オンライン購入をしている消費者の割合は主要国の中では低いが、全体では中位である。
 政府サービスのデジタル化に関して、デジタル技術の採用やデータ活用に対する政府全体の取組状況を総合的に指標化したOECDデジタル政府指標を見ると、日本は、韓国・英国に比べると低いが、フランス・ドイツよりも高位に位置している。その一方で、公的サービスをオンラインで利用している割合は、主要国の中で一番小さい。


【図表5-5-1】 デジタル技術・サービスへのアクセス状況

注:
1) データ年次は国・指標毎に異なるが、2019~2022年の間で入手可能な最新年を用いている。
2) 各指標は、ここに掲載されていない国・地域も含むGoing Digital Toolkit対象国・地域全てで0~100の間でスコア化されている。
3) 固定ブロードバンド契約数、モバイルブロードバンド契約数、M2M SIMカード数については、人口100人当たりの指標。
4) ウェブサイト開設企業割合は、ウェブサイト、ホームページ、他の事業体(関連事業を含む)のウェブサイト上での掲載を含み、オンライン・ディレクトリへの掲載や、事業者がページ内容を管理していないその他のウェブページは除外されている。
5) OECDデジタル政府指数は、デジタル・バイ・デザイン、データ駆動型公共部門、プラットフォームとしての政府、デフォルトでのオープン性、ユーザードリブン、積極性という6つの観点から、政府横断的かつ一貫性のある公共部門オペレーション・サービスデザインが実施されているかについて政府を対象としたOECD調査に基づく。
6) オンライン購入をしている割合は、過去12カ月においてオンラインで購入したことのあるインターネットユーザーの割合。
7) 公的機関オンラインサービス利用割合については、国ごとに定義は異なるものの、概ね、成人(16-75歳)において、過去12カ月の間に、私的な目的のため、地方・地域・国レベルの公共サービスをオンラインで利用した割合であり、公的機関ウェブサイトを通じてフォームの提出等を含み、E-mailの利用は除外されている。
資料:
OECD, “Going Digital Toolkit”

参照:表5-5-1


(2) 仕事におけるデジタル化の浸透

 高又は中~高のデジタル集約度と定義される部門(輸送用機器・電気電信・IT及びその他情報サービスなどの部門)の総雇用に占める割合は、フランス・英国・米国・ドイツに比するとやや低いが、日本は高位に位置していると言える。その一方で、ICTタスク集約型の雇用の割合については、日本のデータは2018年であり他国の2021年の値とは単純な比較はできないが、高位の英国・米国及び中位のフランス・ドイツに比べて低い傾向にある。また、デジタル化進展により労働市場が大きく変化する中で、ICTスキル訓練などの積極的な労働市場政策への支出割合については、日本は低位である。
 デジタル技術の利活用に関しての潜在的能力という観点から、科学・数学・読解において好成績な学生(15-16歳)の割合(2018年)を見ると、韓国の次に日本は高位に位置している。その一方で、高等教育機関におけるSTEM関連の卒業生の割合は、ドイツ・韓国より大きく低く、フランス・英国・米国に比べても低い(図表5-5-2参照)。

【図表5-5-2】 デジタル関連の能力・雇用

注:
1) データ年次は国・指標毎に異なるが、2017~2022年の間で入手可能な最新年を用いている。
2) 各指標は、ここに掲載されていない国・地域も含むGoing Digital Toolkit対象国・地域全てで0~100の間でスコア化されている。
3) 各部門のデジタル集約度についてはOECD調査・分析に基づき定義されており、高集約度部門は、輸送用機器・電気電信・IT及びその他情報サービス・金融・保険活動、専門科学技術活動、管理・支援サービス活動、その他サービス活動を含む。中~高集約部門は、木材・紙製品、印刷、機械・設備、家具、その他の製造、機械・設備の修理・設置等を含む。
4) 雇用全体に占めるICTタスク集約型雇用の割合については、OECD成人スキル調査(PIAAC)のデータに基づき、異なる職業におけるICTタスクの頻度の因子分析を用いて特定されたICTタスク集約型雇用のデータを用いている。
5) 15-16歳の生徒の科学・数学・読解の成績上位者の割合は、PISAデータに基づく。
6) 積極的労働市場政策への公的支出とは、中央政府・地方政府による失業者・雇用されてはいるが非自発的失業の危機にあるもの等に対する措置への支出割合(対GDP)であり、多くの国では、ICTスキルを含む仕事に必要とされる訓練が主体である。
7) 高等教育機関新卒者に占めるSTEM割合とは、科学・技術・工学(情報通信含む)・数学分野学位取得者の新卒者の割合。
資料:図表5-5-1と同じ。

参照:表5-5-2


(3) デジタル格差に関する指標

 デジタル化に付随する格差の問題も長年注目されているが、主要国においてはインターネット接続はすでに生活に浸透しており、性差及び地域格差は概して小さくなっている(図表5-5-3参照)。


【図表5-5-3】 インターネット接続に関連する性差・地域格差

注:データ年次は国・指標毎に異なるが、2020~2022年の間で入手可能な最新年を用いている。
資料:図表5-5-1と同じ。

参照:表5-5-3

(4) まとめ

 ここでは生活や仕事におけるデジタル化の進展と格差について、OECD諸国を中心とした国際比較可能なデータに基づき概観した。
 生活基盤としてのデジタル化に関して、日本はデジタル技術・サービスへのアクセスは中位~高位であり、また政府サービスのデジタル化の取組は進むものの、その利用率は他国・地域と比して著しく低いことも観察した。また、デジタル化担い手の潜在能力という観点では、日本は15-16歳時の科学・数学・読解の成績上位者の割合は高いものの、STEM卒業生の割合は低い。デジタル集約度の高い産業の総雇用に占める割合は高い一方で、仕事内容におけるICTタスク集約型の雇用割合は低く、ICTスキル訓練などの積極的な労働市場政策への支出割合についても低位である。
 デジタル格差については、インターネット接続に関連する性差や地方―都市間の格差は主要国内では小さいが、収入階層等の観点から、より詳細に状況を把握する必要がある。

(岡村 麻子)

全体注:
OECD Going Digital Toolkit は、各国政府がデジタル時代に適した政策設計・実施するための補助となるよう、次の7つの観点から収集されたデータを提供している。①通信インフラへのアクセス、②デジタル技術とデータの効果的利用、③データ主導のデジタルイノベーション、④すべての人に良い仕事をもたらす、⑤社会の繁栄と包摂性、⑥デジタル時代への信頼、⑦デジタルビジネス環境における市場の開放性。7つの政策的観点ごとに収集された指標をウェブ上でマップ化及びインタラクティブに探索できる。2023年6月時点で、OECD加盟国及び非加盟5国の43か国・地域のデータとともに、参照値としてOECD加盟国平均・EU平均のデータが掲載されている。(https://goingdigital.oecd.org/

コラム:デジタル化の進展と格差(2)

 デジタル化により暮らし方、働き方、学び方などが大きく変貌する一方で、デジタル技術との接触やデジタル化の便益の享受においては、性・年齢・地域・社会経済状況等の違いによる格差(デジタル格差)が生じていると言われている。「デジタル化の進展と格差(1)」においては、インターネット接続における性差・地域差を紹介したが、主要国ではすでにインターネットが浸透しているため、大きな格差はみられず、より詳細な観点から格差の状況を見ていく必要がある。
 ここでは、年齢階層及び収入階層により、特定のデジタル技術の認知度・利用度や、関連知識・スキル獲得の状況に差異があるのか、日本家計パネル調査 (JHPS/KHPS)のデータから紹介する。

 

(1) デジタル技術の認知度及び利用経験

 まず、特定のデジタル技術についての認知度及び利用経験について年齢階層及び収入階層別のデータを見る。
 図表5-5-4は、「クラウド」「人工知能(AI)」「機械学習」の認知度及び利用経験を、年齢階層別に表示している。3つの用語のうち人工知能(AI)の認知度がいずれの年齢層でも最も高く、機械学習の認知度及び利用経験が最も低い。クラウドについては、20代から50代で、実際に利用経験があると答える層が一定程度おり、一部に浸透していることが窺われる。すべての用語において、高齢者層ほど認知度及び利用経験が低い一方で、低年齢層ほど高くなる傾向がみられる。
 収入別に見ると、全てのデジタル技術において、収入階層が高いほど、認知度及び利用経験が高い(図表5-5-5)。全収入階層で認知度が最も高いのは人工知能でる一方で、利用経験が最も高いのはクラウドであり、1000万円以上の階層では2割以上が利用経験を持つ。ここでの収入は前年度の主な仕事からの収入を用いており、低収入層における認知度・利用経験の低さの一因は、高齢者層が多く含まれていることによると考えられる。


【図表5-5-4】 デジタル技術の認知度・利用経験(年齢階層別)(2021年)

注:
「以下の情報技術について、どれくらいご存知ですか。」の返答を年齢階層別に集計したもの。「無回答」は除いている。
資料:日本家計パネル調査 (JHPS/KHPS) JHPS2021_wave13 及び KHPS2021_wave18

参照:表5-5-4


【図表5-5-5】 デジタル技術の認知度・利用経験(収入階層別)(2021年)

注:
「以下の情報技術について、どれくらいご存知ですか。」の返答を前年度の主な仕事からの収入別に集計したもの。「無回答」は除いている。
資料:図表5-5-4と同じ。

参照:表5-5-5


(2) 新しい技術に関する知識・スキル獲得の状況

 次に、新しい技術に関する知識・スキルを習得するための対応・準備の状況について、年齢階層及び収入階層別のデータをみる。
 まず年齢階層別にみると、「対応・準備はしていない」と答える割合がどの年齢層でも一番大きく、20代でも5割以上を占めているが、年齢層が上がるほど、その割合が高くなっている(図表5-5-6)。これに続いて「知識をニュース等で得る」という割合がどの年齢層でも多くなるが、年齢層が上がるほど、その割合は低くなる傾向を持つ。より対応・準備をしている状況である「自己啓発を行っている」や「勤務先企業・団体による研修を受けている」割合は低く、これらの割合が最も高い20代でも1割程度である。

【図表5-5-6】 知識・スキル獲得の状況(年齢階層別)(2021年)

注:
「あなたは新しい技術に関する知識・スキルを習得するために対応・準備をしていますか。」の返答を年齢階層別に集計したもの。「無回答」は除いている。
資料:図表5-5-4と同じ。

参照:表5-5-6


 同じ質問について収入階層別のデータを見ると、どの階層においても、「対応・準備はしていない」と答える割合が最も高いが、低収入階層ほど、その割合が高くなる(図表5-5-7参照)。一方、「勤務先企業・団体による研修を受けている」「自己啓発を行っている」と答える比率は、高収入階層ほど大きくなる傾向がある。


【図表5-5-7】 知識・スキル獲得の状況(収入階層別)(2021年)

注:
「あなたは新しい技術に関する知識・スキルを習得するために対応・準備をしていますか。」の返答を前年度の収入階層別に集計したもの。「無回答」は除いている。
資料:図表5-5-4と同じ。

参照:表5-5-7

(3) まとめ

 ここでは日本のデータにより、デジタル技術の認知度・利用経験や新しい知識・スキル獲得の状況を、年齢階層及び収入階層別に観察した。
 低年齢層及び高収入階層ほどデジタル技術の認知度・利用経験が高く、知識・スキル獲得への自発的取組みも多く行い、また勤務先企業等による研修の機会も多く持つ傾向がある。低収入階層には多くの高年齢層が含まれるため、年齢による影響を除外するためには、年齢階層内での格差の状況を見る必要がある。全体の傾向としては、年齢や収入によるデジタル技術への接触や知識・スキル獲得における格差はより拡大する方向に向かう可能性が大きいことが予想される。

(岡村 麻子)

 

全体注:
本コラムで用いたデータは、慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センターが提供する日本家計パネル調査(JHPS/KHPS)を用いている。パネル調査とは、同一の個人を継続的に追跡することで、経済主体の動学的な行動の分析や観察できない異質性を考慮した分析を可能にするという点で、今日の社会科学における研究・政策評価に不可欠な調査方法とされている。慶應義塾家計パネル調査」(KHPS)は、社会全体の人口構成を反映した家計パネル調査として、全国約4,000世帯、7,000人を対象に2004年から継続して実施されている(標本の脱落を補うため、2007年に新たに約1,400人、2012年には約1,000人を対象に追加)。日本家計パネル調査(JHPS)は、2009年より新たに全国4,000人の男女を対象として実施されている。2014年以降は、これらが統合し、日本家計パネル調査 (JHPS/KHPS)に名称が変更されている。https://www.pdrc.keio.ac.jp/