2.1.5研究者の流動性

 研究者の流動性を高めることは、知識生産の担い手である研究者の能力の活性化を促すとともに、労働現場においても活力ある研究環境を形成すると考えられる。

(1)米国での博士号保持者の出身状況

 研究者の流動性又は国際性を表すための指標として、外国人研究者の数といった指標が考えられる。しかしながら、日本においては、外国人研究者数は計測されていない。また、米国についてもScientists & Engineers といった職業分類で見た場合での外国人のデータはあるが、狭義の研究者についての数値はない。そこで、この節では、データが利用可能な米国の博士号保持者のうちの外国人の状況を見る。
 図表2-1-14は、米国において、博士号保持者がどの国・地域から来て、どの職業分野で雇用されているかを2時点で見たものである。2019年の雇用者のうち36.5%が外国出身の人材である。そのうち、多いのはアジア地域出身者であり、全体のうち25.4%である。
 職業分野別に見ると、2019年において、アジア地域出身者が多いのは「コンピュータ・情報科学」であり46.6%となっている。また、「工学」も45.1%とアジア地域からの出身者が多い。一方、米国出身者が多いのは、「心理学」(87.6%)、「社会科学」(72.6%)、「科学工学以外の職業」(71.0%)である。
 2008年と比較すると、すべての職業分野で外国出身の人材が増えており、特にアジア地域の出身者の割合が増えている。アジア地域の出身者の割合が最も増加したのは「コンピュータ・情報科学」の職業分野であり(10.2ポイント増)、これに「数学」の9.1ポイント増、「工学」の7.6ポイント増が続く。


【図表2-1-14】 米国における出身地域別、職業分野別、博士号保持者の雇用状況

注:
出身地域別の合計値が全体の値と一致しない場合があり、各職業分野の割合の合計値は100%になっていない場合がある。
資料:
NSF,“Survey of Doctorate Recipients”

参照:表2-1-14


(2)日本の研究者の部門間の流動性

 日本の研究者の新規採用(5)、転入(6)、転出(7) 状況を見る(図表2-1-15)。2021年に全国で採用された研究者は6.9万人である。内訳は新規採用者が3.1万人、転入者が3.8万人である。転出者は5.2万人である。新規採用者は2009年をピークに一旦減少したが、2012年以降、増加に転じている。ただし、最新年では、新規採用、転入、転出、全ての研究者が減少した。
 部門別に見ると、「企業」では、2000年代後半は、新規採用者が最も多かったが、2011年から転出者が最も多くなっていた。新規採用者は2009年をピークに2012年まで減少した後、2012年以降増加に転じ、2019年には転出者を超え最も多くなっている。「企業」においても最新年では新規採用、転入、転出、全ての研究者が減少した。
 「非営利団体・公的機関」においては、転入・転出者の方が新規採用者よりも多い。転出者は2006年以降、増減を繰り返しながら、漸減している。転入者は2010年代に入ると、ほぼ横ばいに推移している。
 「大学等」では新規採用者よりも転入・転出者の方が多い。転入・転出者数は増加傾向であったが、2008年頃から横ばいとなった。その後は、転出者については2012年から漸増しており、転入者については増加した後、ほぼ横ばいに推移している。新規採用者については、長期的に微減している。

【図表2-1-15】 研究者の新規採用・転入・転出者数
(A)総数
(B)企業
(C)非営利団体・公的機関
(D)大学等

注:
1) 2011年までの「企業」は営利を伴う特殊法人・独立行政法人が含まれた「企業等」である。
2) 2013年までの転入者数は、採用・転入研究者数の総数から新規採用者数を引いた数である。
資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表2-1-15


 部門間における転入研究者の流れを見る(図表2-1-16)。
 多くの研究者の転入先となっている部門は「大学等」部門である。
 「企業」部門、「大学等」部門はそのほとんどが同部門に流れており、他部門への転入は少ない。また、「公的機関」部門や「非営利団体」部門については「大学等」部門へ転入している研究者が多い。
  転入者のうち博士号を持った研究者の割合を見ると、「公的機関」が最も大きく28.7%である。「非営利団体」は18.2%、「企業」は4.2%である。
 各部門の研究者のうち博士号保持者の割合は「公的機関」では48.7%、「非営利団体」では35.3%、「企業」では4.4%である(図表2-1-8参照のこと)。「企業」、「公的機関」、「非営利団体」部門において、転入研究者における博士号保持者の割合の方が小さい傾向にある。

【図表2-1-16】 部門間における転入研究者の流れ(2021年)

注:
1) 「その他」とは、外国の組織から転入した者の他、自営業の者、無職の者(1年以上)を指す。
2) 2021年の各部門における研究者数(HC)は、企業:570,974人、公的機関:34,449人、大学等:336,849人、非営利団体:9,454人である。
3) 四捨五入の関係上、合計が100%にならない場合がある。
4) 大学等の転入者における博士号保持者の数値はない。
資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表2-1-16

 


(3)日本の新規採用研究者の動向

 新規採用研究者の配属された部署での研究内容(8)を示す(図表2-1-17(A))。
 まず、新規採用研究者数を部門別で見ると、「企業」が最も多く2.3万人、配属部署での研究内容は「工学」が64.4%、「理学」が19.7%を占めている。
 次いで新規採用研究者数の多いのは「大学等」であるが、「企業」の約1/4の0.6万人、配属部署での研究内容は、「保健」が最も大きく58.3%、次いで「自然科学以外」が18.6%を占めている。また、新規採用研究者のうち博士号保持者の割合を見ると「企業」では3.5%、「公的機関」では31.4%、「非営利団体」では18.4%となっている。なお、「企業」については、新規採用者における博士号保持者の割合は研究者全体での博士号保持者の割合より小さい傾向にある。
 男女別で見ると(図表2-1-17(B)、(C))、女性については、新規採用部門では「大学」、配属部署での研究内容では「農学」や「保健」の部門の割合が、男性よりも高い。


【図表2-1-17】 部門別で見た新規採用研究者の配属された部署での研究内容(2021年)
(A)全体
(B)男性研究者
(C)女性研究者

注:
大学等部門の新規採用者における博士号保持者の数値はない。
資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表2-1-17


 新規採用研究者、転入研究者における男女の状況を見る。
 新規採用研究者では(図表2-1-18(A))、いずれの部門においても女性と比べて男性の新規採用研究者が多い。特に「企業」部門で、その状況は顕著である。「企業」部門の最新年では、男性が8.8%減少したのに対し、女性の減少は3.7%であり、その結果として新規採用研究者における女性の割合は上昇した。
2021年における女性の新規採用研究者の割合は全体では23.5%である。部門別で見ると「企業」部門では20.1%、「公的機関」部門では30.8%、「大学等」部門では34.6%、「非営利団体」では24.6%である。いずれの部門でも、研究者に占める女性の割合よりも、新規採用に占める女性の割合の方が大きいことから、女性研究者割合は今後も増加すると考えられる。なお、「大学」部門では男性の新規採用研究者が減少する一方で、女性についてはほぼ横ばいに推移していたが、2021年には男女ともに減少した。
 転入研究者でも(図表2-1-18(B))、各部門において女性と比べて男性の転入研究者が多い。2021年における女性の転入研究者の割合は、全体で23.7%、「企業」では11.0%、「公的機関」では22.2%、「大学等」では32.6%、「非営利団体」では16.4%となっている。
 大学等について、新規採用研究者における女性の割合を分野別に示した(図表2-1-18(C))。2021年の「自然科学系」の新規採用研究者における女性の割合は32.7%である。分野別の詳細を見ると、「保健」、「農学」における女性の割合は大きく、それぞれ37.9%、32.0%を示している。最も小さいのは「工学」であるが、最新年は増加し、18.4%となった。
 前年と比較すると、「工学」以外は、いずれも減少し、特に「理学」は、2018年をピークに減少し続けている。


【図表2-1-18】 男女別研究者の新規採用・転入者
(A)新規採用研究者
(B)転入研究者
(C)分野別新規採用研究者における女性の割合
(大学等)

資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表2-1-18


 新規採用研究者のうちの博士号保持者(以下、新規採用博士号保持者と呼ぶ)について、産業分類別に見た(図表2-1-19)。
 2021年の新規採用博士号保持者数は、製造業では683人(新規採用研究者に占める割合は3.3%)、対前年比は-16.3%と大きく減少した。非製造業では118人(同4.5%)であり、対前年比は-12.6%と非製造業も減少している。
 産業分類別に見ると、新規採用博士号保持者数は「医薬品製造業」が最も多く、2021年では176人(同15.0%)である。次いで「化学工業」が多く、同年で116人(同4.9%)であるが、5時点での推移を見ると、数は大きく減少している。一定の規模を保って推移しているのは「情報通信機械器具製造業」であり、2021年では77人(同3.5%)である。なお、研究開発費、研究者数ともに規模の大きい「輸送用機械器具製造業」は、他の産業と比較すると新規採用博士号保持者の数、割合とも少ない。また、「石油製品・石炭製品製造業」については、絶対数は少ないが、新規採用者に占める博士号保持者の割合は大きい。ただし、2020年以降は減少している。
 非製造業に注目すると、2021年の新規採用博士号保持者数は「学術研究,専門・技術サービス業」が最も多く59人、新規採用者に占める割合は8.5%と前年と比較すると大きく伸びた。2018年から増加傾向にあった「情報サービス業」の新規採用博士号保持者は数、割合ともに大きく減少した。
 企業の新規採用研究者において、博士号保持者を採用する傾向は産業により異なり、製造業のなかでも差異があることがわかる。また、2019年、2020年を境に博士号保持者の採用が減少している産業が多い。この要因については現時点では不明であるが、同時期に起きた新型コロナウィルス感染症のパンデミックによる影響である可能性もある。

【図表2-1-19】 企業の新規採用研究者における博士号保持者(産業分類別)

資料:
総務省、「科学技術研究調査報告」

参照:表2-1-19



(5)いわゆる新卒者。最終学歴修了後、アルバイトやパートタイムの勤務、大学や研究機関の臨時職員としての雇用などの経験のみの者が採用された場合も含む。なお、任期付研究員については9か月以上の任期があれば新規採用者となる。
(6)外部から加わった者(新規研究者を除く)
(7)転出者には退職者も含まれる。
(8)新規採用者が配属された部署の研究内容である(研究内容による分類が困難な場合には新規採用者の最終学歴を参考に判断している)。