STI Hz Vol.11, No.1, Part.2:(特別インタビュー)国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター長 川合 眞紀 氏インタビュー -我が国の国際化・人材活用に向けて-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00391
  • 公開日: 2025.03.21
  • 著者: 末広 峰政、橋本 俊幸、松岡 奏汰、小柴 等
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.11, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
国立研究開発法人 科学技術振興機構
研究開発戦略センター長 川合 眞紀 氏インタビュー
-我が国の国際化・人材活用に向けて-

聞き手:総務研究官 末広 峰政
第1調査研究グループ 総括上席研究官 橋本 俊幸
総務課 係員 松岡 奏汰
データ解析政策研究室 主任研究官 小柴 等

概 要

本誌では2017年に川合眞紀自然科学研究機構分子科学研究所長(当時)を訪ね、女性研究者の活躍を含めた若手人材育成を中心に、科学技術・イノベーション政策に関する様々なお話を伺った。

この度、川合眞紀氏が2024年度より国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)のセンター長に就任されたことを契機に、先のインタビューから8年を経て、改めて科学技術・イノベーション政策に関する御意見を伺った。ここでは特に国際的な観点からの人材確保・育成を核として、我が国の研究力に対する実感等についてもお話しいただいた。

国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター長 川合 眞紀 氏(NISTEP撮影)

国立研究開発法人 科学技術振興機構
研究開発戦略センター長 川合 眞紀 氏(NISTEP撮影)

(略歴)
1980年3月、東京大学理学部化学科博士課程修了。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を経て、2016年4月から自然科学研究機構分子科学研究所長、2022年4月からは自然科学研究機構長を務める。2024年4月からは国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター(JST CRDS)センター長を兼務。
ロレアル-ユネスコ女性科学賞受賞、日本学士院賞、文化功労者 等受賞。日本学士院会員。

CRDSの強みと今後の方向性

まず、研究開発戦略センター(CRDS)に着任して改めて感じたことは、その能力が非常に高いという点です。CRDSはシンクタンクであると同時に、様々なデータを提供することで、我が国の科学技術政策の方向性を議論する基盤を作る役割を担っています。各職員がそれぞれの知見を持ってデータ収集を行っており、目的にかなったデータが収集・整理・蓄積されていることを実感しています。そして、更に飛躍する余地も感じています。今後の発展のために検討の余地がある点として大きく3点挙げられると思います。

1 特定施策のためのデータ収集・分析機能

一つ目は、これまで整備してきた中立的なデータだけでなく、特定の施策のためのデータを収集・分析する機能についてです。

一般的にデータは中立で(うそ)をつかないと言われますが、実際にはそうではありません。特定の目的を持ち、特定の観点から収集することが一般的ですし、バイアスは避けて通れません。目的や観点が明らかである方が、どのようなバイアスがありそうか分かりやすいというメリットもあります。

CRDSでは過去から現在にかけて中立的なデータを提供するために大変な努力をしていますが、科学技術政策の方向性を議論する基盤として、より積極的に関わるためには、これに加えて特定施策のためのデータ収集・分析機能も重要だと感じます。

2 情報発信の国際展開

二つ目は、情報発信の在り方、特に言語についてです。CRDSでは世界の動向を俯瞰(ふかん)し、詳細にレポートしていますが、このレポートがほぼ日本語のみであることが残念です。

世界の動向を国内のみで展開するのは、キャッチアップの段階にある国の所作であり、G7などに列する国がこれを行うのはフリーライドとも見られかねません。良いレポートであれば、英語にすることで広く役立ち、情報収集元とのギブアンドテイクの関係が築けると思います。もちろん正本は日本語で構いませんが、英語版を充実させたいところです。

3 人材に関する取組

三つ目は、人材についてです。

CRDSは現状、人材政策について直接的に関与する立場ではないため、組織としては難しい面もありますが、結局のところ研究の源泉は研究者です。この点に介入できなければ、問題の本質に的確にリーチすることが難しいと感じています。

人材政策について

“人材”という観点については、前回の2017年にもお話しさせていただきました。2017年のインタビュー時は、個別のラボを持つ立場から研究所長としての立場へ移行する過渡期でした。そのため、一研究者としてのこれまでの経験や感じてきたことを中心にお話ししました。そこから8年がたち、現在は研究機関をマネージする立場になっています。立場の変化や時間の経過を経て、国全体として、科学技術に関する組織の在り方について、より強い思いを抱いています。

今日は人材政策についていろいろとお話をしていきたいと思いますが、本題に入る前に、少し私から見たこの問題の背景について触れさせてください。

日本人は自虐的なのか、論文数・引用数の低下、科学技術力の低下といった記事や報道をよく耳にします。しかし、実際の現場で感じる研究力という点では日本の位置はそれほど下がっておらず、単に中国の台頭により相対的に低下しているように見えるだけだと考えています。中国ではこの10年、20年の間に人数と投資額の面で大きな変化がありました。一方で日本は人口の減少ステージにあり、必然的に中国のような国とは異なるフェーズにあります。同じ基準で見れば、低下しているように見えるのももっともなことではないでしょうか。

世界を見渡すと、日本と同じように停滞状況にある国は多く存在します。その中で、早くから人口・経済に起因する研究力低下の対策を講じたのは欧州です。欧州は1980年代頃から、将来に備えて優秀な人材をどのように受け入れるかを考えてきました。移民政策とも言えますが、外国からの人材を自国にうまく受け入れる取組を行っています。ダイバーシティという言葉が出てきたのも、そうした背景からだと理解しています。私たちも彼らを見習い、優秀な人材をいかに国内に招き入れるかを最優先の課題として考えていかなければなりません。

ただし、我が国は、昔から世界中に進出してきた英国や、移民から成り立ち成長してきた米国など、自然と多様な人が集まる土壌を持つ国とは異なる風土を持っています。むしろ、かつて鎖国をしていた国ですので、人材獲得については独自のアプローチが必要となるでしょう。

海外から優秀な研究者を引き寄せる策はよく見聞きしますが、私はこれに対して否定的です。優秀な研究者のマーケットは世界ですから、他国との取り合いで、単純に金銭的な面でもかなりの好待遇が必要になり、数を(そろ)えるのは難しいでしょう。

重要なのは、大学院よりも更に前、大学の学部レベルで優秀な学生をいかに獲得するかです。そして、その人材を国内でどう活躍させるかを考える必要があります。

そのために、ダイバーシティとインクルージョンの考え方で、すべての人に平等な機会を与えることが大切です。国籍に関係なく平等な機会を提供し、国内に定着してもらう方策を、教育や科学行政に携わる人々が考えるべきです。勉強しに来てくれさえすれば、そこで同じビジョンを共有できてどこに行っても価値観を共有できる。あとは海外に行ってもいいし、国内で展開してもいいです。

では、どのようにして学生を集めてくるのか。これに関しても大きな課題が幾つかあります。

まず、国籍の異なる方々がこの国の中で学び、職を得て、活躍する状況をどのように受け入れてもらうか。そして、世界中の優秀な学生が「日本で勉強したい」と思うような環境をどのように整備するかです。

特に、前者は心情的な問題が絡むためハードルが高いと思います。しかし、国際化する以外に日本の未来はないと考えているため、国籍の異なる人材の活躍によって自分たちが豊かになっているという気持ちを共有できなければなりません。

後者については、大学の講義をすべて英語にするなどの施策が必須だと思います。日本語が話せないと勉強できないという状態では、世界から学生を集めるためには大きなハンディキャップとなります。まず言語のバリアを下げることが重要です。

これは日本の学生にもメリットがあります。例えば、韓国では大学院の授業がすべて英語ということも珍しくなく、これにより韓国の学生は国際会議などでも躊躇(ちゅうちょ)せずに参加できます。それに対して日本の学生は英語に慣れていないため(つつ)ましいですが、英語に苦手意識がなければ同じように活躍できると思います。また、脳内で日本語を英語に翻訳する無駄なプロセスをショートカットできるようになるでしょう。現在の学生は中学校や高等学校でも英語に触れる機会が多いため、対応も難しくないと考えています。

また、大学そのものの考え方にも大きな変革が必要です。一大学の中だけですべてを完結させ、大学同士を競争させるやり方を転換し、研究や教育において大学間で協力し、国全体のレベルをどう上げるかを考えるべきかもしれません。

教員側がシステムに慣れ、海外からの学生が一定数に達するまでの間は苦労するでしょうが、一定数に達したら自然と優秀な学生が集まり、うまく循環すると考えています。

既に育った優秀な研究者の確保の困難さについては述べましたが、こうした研究者が不要なわけではありません。これに関連して、金銭面以外の困難さも少し指摘したいと思います。

私の知る外国籍の研究者には日本の大学・研究機関に勤務している方もいますが、マネジメントが日本語で行われるため、なかなか馴染(なじ)めないという課題があります。日本側も海外から来た優秀な人材にマネジメントなどで煩わせてはいけないと気を使って頼らず、本人も変に英語対応を強いることを遠慮します。しかし、優秀な研究者の中には大学の運営や経営にもっと積極的に関わりたいという人も少なくありません。海外からの人材獲得には、海外の視点が大変有用ですので、こうした点についてもボトムアップで改善していく必要があります。

次に、企業の視点も重要です。

日本に拠点を持つ多国籍企業も複数存在しており、こうした企業の在り方は海外の優秀な人材確保に役立ちそうです。そうした企業における人材活用などの手法に学び、制度設計に活用していくこともできるのではないでしょうか。

研究力について

次に研究力についてですが、NISTEPの調査に基づいて、日本の論文引用数など研究力に関わる指標の相対的地位が低下していることを指摘する記事は確かによく目にします。しかし、私は引用数や大学ランキングは過度に気にするべきではないと考えています。

私は引用というのは「仲間内に入っているかどうか」の指標だと捉えています。引用にも軽重があり、導入などではかなりいろいろと引用しますから、必ずしも多く引用されているから良いとは限りません。「このグループに属しています」というシグナルの面も大きいということですね。また、中国の台頭により、米国に対抗する新たな核ができていますので、単にそこに入っていなければ引用数が減少してしまいます。したがって、過度に気にする必要はないというのが私の見解です。

実際、最近の日本のノーベル賞受賞数は伸びていますが、これらの研究のほとんどは1980年代など古い時代のものです。受賞のきっかけとなった論文の当時の引用数は必ずしも大きなものばかりではなかったのではないでしょうか。また、引用数が大きかったとしても、日本全体としてはそれほどではなかったと思います。しかし、ノーベル賞につながるような優れた研究は出てきました。つまり、引用数はそうした優れた研究を直接的に表す指標ではないと考えています。

問題は、引用数を過度に評価し、一喜一憂する風潮です。我が国のいつものパターンだと思いますが、自虐的に「こんなにダメだ」と喧伝(けんでん)して落ち込むのは良くないと考えています。本当にやるべきは、どれが優れていて、どれがトップクラスの研究かを峻別(しゅんべつ)することです。私の分野では、日本がトップの研究がたくさんありますが、そうしたものは一般に向けたメディアでは余り言及されません。そして、研究が振るわないとなると、よろしくないということで予算を付けて何とかしようとしますが、振るわないところにお金を入れてもトップにはなりません。トップをどう伸ばすか、そこが大事だと思います。ボトムを引き上げる、つまり平均値を上げる策と、トップを伸ばす策は真逆です。トップを伸ばしたいのであれば、現状とは異なる策を取るべきだと考えます。

研究力も人

そして、再びここに戻りますが、研究は結局のところ人なのです。先ほどは学生について触れましたが、研究者の処遇についても触れておきたいと思います。この点については、私は悲観的には見ていません。例えば、研究者の給料が安い、活躍できる場がない、任期付が大変だなどの課題はよく目にします。実際にそうした面もありますが、意外とそうでもない部分もあると感じています。

例えば任期付についてです。私の教え子の中にも企業に就職した人は多くいますが、今の若い方にとって転職はそれほど特殊なことではないようです。むしろ、転職の際の気軽さのために教授からの紹介などを欲しない学生も珍しくありません。こうした時代ですから、任期があること自体はそこまでネガティブとは思っていません。ただし、テニュアと任期付のバランスは重要です。さらに、任期がプロジェクトの切れ目になっていて、仕事の切れ目ではない点などにも大きな問題があります。

「企業に活躍できる場がない」という問題も、生物系などでは確かに大きな問題となっていますが、業界によっては状況が全く異なります。この点については、企業にもよく考えていただきたいです。採用に際して「博士すなわち専門人材、この専門性は今は要らないから取らない」といった発想で敬遠されることもあると思います。しかし専門家とはいえ、たかだか3年や5年ほどその分野で学んだだけです。むしろ、博士人材の持つ力は、学位論文執筆に際して鍛え上げられた能力、広範な知見を調査・整理し、実験を行いプロジェクトをまとめ上げる点にあります。この作業によって視座が引き上がり、その知見は他の分野にも応用可能です。私が日本学術会議で調査した内容でも、分野の縛りはありますが、企業の新規事業立ち上げなどで博士人材が活躍している傾向が見られます。

このように、よく見ると博士人材が全く報われていないわけではなく、適切な処遇を得ている面もあります。ネガティブな情報ばかりだと「じゃあ博士課程に進学するのはやめておこうかな」という方向に向かい、人材を確保できません。良い面も正しく発信していく必要があります。

国際化に向けて

発信の面では、先ほども触れた英語など多言語での情報発信がますます重要です。政府の文書でも、日本語のみのものが多いように感じますが、これでは完全に内向きの議論になってしまい、日本の政策に海外の方が目を向けてくれません。

科学技術については特に「科学に国境はない」ため、国内だけの議論では成り立ちません。これからは国際的に人を集め、また日本からも国際的に出て行かなければならない状況にあり、日本語のみという環境は限界だと思います。

ただ、若い研究者の気持ちも理解できます。昔は海外に行かないと使えない機器や環境もありましたが、今はそうではありません。国内だけでも十分に研究が可能であり、個人の視点からすると特に不自由はありません。むしろ、海外に出る方が生活基盤や育児などで苦労することが多く、環境が悪いということすらあるかもしれませんね。

ミクロとマクロ、あるいは局所最適と全体最適のようなミスマッチを感じています。

明るい面としては、今述べたとおり我が国の研究インフラ面はそこまで悪くないことです。また、現在はまだ世界的にトップの研究者が国内にも存在しており、彼らのもとに学生を集めることができます。こうした優れた研究者が外に出て行ってしまう前に、学生を集めることが重要です。

残された時間は多くはありません。我々は正に今、分岐点に立っていると思います。

インタビューを終えて

冒頭で川合センター長からお話しいただいたとおり、前回のインタビュー時の研究所長という立場から、自然科学研究機構長、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)CRDSセンター長と、より広い組織を束ねるマネージャーを務める中で、先生が個人としてお考えになっている我が国の強みや課題、そして、人材こそ研究力であるという重要な視座について改めてお話しいただいた。その上で我が国の科学技術・イノベーションについて、昨今悲観的な話題も見られる中、過度に悲観的に捉える必要はなく、これからの研究人材の育成や確保にどのように取り組んでいけばよいのか、将来に向けた様々なお考えを賜り、インタビューを通じてこちらが元気を頂いた形となった。

(キーワード:研究人材,人材育成,国際化,研究力、インタビュー日:2024年10月24日)

※本記事は、インタビュー対象者個人の見解を幅広い観点からまとめたものであり、インタビュー対象者の所属組織やNISTEPの公式見解ではない点も含まれます。