STI Hz Vol.10, No.1, Part.8:(レポート)「研究面からみた大学の強み・特色」を可視化する指標の探索的分析  - NISTEP 定点調査を用いた計量テキスト解析-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00364
  • 公開日: 2024.03.21
  • 著者: 千葉 宏毅
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.10, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
「研究面からみた大学の強み・特色」を可視化する
指標の探索的分析
-NISTEP定点調査を用いた計量テキスト解析-

科学技術予測・政策基盤調査研究センター 客員研究官 千葉 宏毅

概 要

本稿は、2022年度に実施したNISTEP定点調査の深掘調査のうち「日本の大学の研究面からみた強み・特色を可視化する上で適当と思われる指標」についての記述回答から得られた定性データを用いた計量テキスト解析について述べる。回答者が認識している指標を職種別や職位別に解析・整理することで、研究上の大学の強み・特色を可視化する指標の探索を行った。その結果、論文、研究資金獲得、特許といった、これまでも指標として認識されやすかった量的なものに加えて、数量的に示しにくい項目についても強み・特色と認識されていた。前者については、職種や職位といった立ち位置間で差がみられなかった一方、後者については立ち位置によって認識される強み・特色が異なることが確認された。

キーワード:大学の強み・特色,定性データ,指標,NISTEP定点調査,計量テキスト解析

1. はじめに

2022年度NISTEP定点調査1)では「日本の大学の研究面からみた強み・特色」についての深掘調査を行った。本調査の実施背景、問題意識としては、政策的に大学の強み・特色を伸ばすことが重視されている2)一方、その強み・特色として具体的にどのようなものが存在するのか、またそれを伸ばすには何が必要かは必ずしも十分に調査されていないという点がある。同深掘調査の定量的な分析からは、大学の研究面からみた強み・特色を伸ばすために重要な支援・取組等について、大学の規模による認識の相違や、現場研究者とマネジメント層との認識の相違などが示された。しかし、これらの結果はあらかじめ設定された選択肢に基づくものであるため、回答者の考えや意図、価値観を十分にくみ取れていない可能性がある。

そこで本稿では、同深掘調査で収集した記述回答を基に、職種や職位といった立ち位置別に認識している、研究面からみた強み・特色を抽出する探索的な分析、可視化を行った。

2. 使用データと解析

2.1 使用データの範囲

NISTEP定点調査の回答者は「第一線で研究開発に取り組む研究者(以下、研究者)」1,500名と、「有識者」800名である。これら回答者の回答データのうち、記述回答があった303件を対象データとし、属性データ(性別2分類、集計グループ8分類、職位5分類、大学G4分類、分野4分類)との突合を行った。本報告では、集計グループを研究者(大学の自然科学研究者、国研等の自然科学研究者、重点プログラム研究者、人社研究者)と有識者(大学マネジメント層、国研等マネジメント層、企業、俯瞰(ふかん)的な視点を持つ者)の2分類、職位を管理系(学長等、教授・部局長等、その他)と実務系(准教授・主任研究員等、助教・研究員等)の2分類に大別し、これらを掛け合わせ4分類にした「立ち位置(研究者×実務系、研究者×管理系、有識者×実務系、有識者×管理系)」を合成変数とした解析結果を主として示す。

2.2 解析方法と手続

本稿の解析方法は、NISTEP定点調査2022で得られた主に定性データを用いた計量テキスト解析34)である。記述回答に対して内容分析56)を行い、類似する強み・特色の概念(小コード)に分類した。各小コードの名称を複数名で議論した後、計量テキスト解析を行った。

手続は次のとおりである。1)基礎統計として、回答者の属性別の回答数を整理した。2)テキストの解析精度、整合性を優先するため、分析者1名がすべての記述回答を精読し、設問に対する回答かどうかの適合を目視で判別したのち、オープンコーディングによって研究面からみた強み・特色とすべき言及について分類しコード化した。その際、各小コードの名称については複数名で議論することで分類の妥当性を確保した。また、同一回答者の一連の記述が複数の意味を有する場合、意味ごとに分類しコード化した。更に生成したコードを分析者が意味的に解釈し似通った概念同士でまとめ、小コードから中コード、中コードから大コードを生成した。中コードへの分類は、小コードが主にA:量的な指標、B:質的な指標、C:質・量混在と解釈できる指標のいずれかで判別し、大コードへの分類は、中コードの内容の共通性から判別した。3)小中大の各コード単位で集計したのち、コードと先に述べた合成変数「立ち位置」との関係性を測定し、共起ネットワークを示すこととした。使用したソフトウェアはKH-coder(ver.3.Beta.07d)4)である。

3. 解析結果

3.1 回答者属性

記述回答(303件)の属性別の件数は、以下図表1のとおりであった。

図表1 記述回答(303件)の属性別の件数図表1 記述回答(303件)の属性別の件数

3.2 目的に適合した回答の抽出

分析者が記述回答を精読し、設問に対する回答として適合するかを意味単位で判別した結果、強み・特色の指標と判別した言及286(94.4%)、強み・特色の指標ではないと判別した言及23(7.6%)、設問に対応していないと判別した言及50(16.5%)であった(一つの記述が複数の文を含んでいる場合があるので合計は303以上となっている)。

そのため解析においては、強み・特色の指標と判別した言及286を分母として解析を進めた。

3.3 研究面で大学の強み・特色となるものの分類

強み・特色の指標と判別した言及286の記述回答に対する内容分析によって、研究面で大学の強み・特色を示す小コード114項目が生成された(図表2)。小コードは主たる内容が同じでも、性質によって記号(n:数量、¥:金額、%:割合、人:一人あたり、q:内容、など)を付して分類された。

小コードを類似する性質ごとにまとめたものが中コードである。Aは主に量的な指標、Bは質的な指標、Cは質・量混在と解釈できる指標とした。その結果、中コード33項目が生成された。内訳は、Aは12項目、Bは10項目、Cは11項目であった。質的(B)若しくは質・量混在(C)の項目が6割以上であることから、数量的に示しにくい項目についても強み・特色を可視化する上で適当な指標と認識されていた。

中コード33項目について類似した性質を更に集約した結果、大コード13項目が得られた。中コードの統合指標評価C、外部者評価C、社会指標・基準C、国民・住民評価C、社会的注目・ブランドC、研究者個別の評価C、その他Cの7つは、他の12項目と異なる概念として「多様指標」とコードされた。

図表2 内容分析によって得た「強み・特色」の指標と考えられる項目図表2 内容分析によって得た「強み・特色」の指標と考えられる項目

3.4 強み・特色の主たる項目

強み・特色の小コード114項目の記述統計から、出現回数上位の小コード(出現回数7以上を抜粋)と出現回数別の度数(該当小コード数)を示した(図表3)。出現回数は、論文CS(論文のcitation score)が最も多く35、次いで論文n(論文数)が32であった。資金獲得¥(資金獲得の金額)が21、特許取得n(特許取得の件数)が14、論文IF(論文が掲載されている雑誌のImpact Factor)が13と続き、強み・特色を可視化する上で適当と考える項目の出現回数上位は、論文、資金獲得、特許取得に関連したものであった。その一方で、度数(該当小コード数)に注目すると、出現回数1は35項目、2は22項目、3は14項目確認された。これら出現回数が少ない項目の累積で全体の62%を超えた。

図表3 出現回数上位の小コード(出現回数7以上を抜粋)及び出現回数別の度数(該当小コード数)図表3 出現回数上位の小コード(出現回数7以上を抜粋)及び出現回数別の度数(該当小コード数)

3.5 立ち位置の違いによる強み・特色(小コード)

小コード114項目と立ち位置4分類との関連性を共起ネットワークで示し、各立ち位置と関連性の高い(=Jaccard係数の大きい)項目がそれぞれ上位10項目ずつ抽出された(図表4)。

それぞれの立ち位置の回答者が、強み・特色を可視化する上で適当と考える指標のうち、共通していた項目は、論文、資金獲得、特許など、これまでも量的な指標と認識されてきたものであった。一方で特徴的なものを見ると、「研究者×実務系」では産学連携、資金獲得、地域連携、育成・教育、「研究者×管理系」では研究論文、国際評価、資金獲得、広報発信、「有識者×実務系」では同窓会組織、論文(複合指標)、女性研究者、地域住民評価、企業&産業化、「有識者×管理系」では研究論文と知財特許や社会実用化にかかわる指標が挙げられている。

図表4 研究上の強み・特色と考える項目(立ち位置別・小コード)図表4 研究上の強み・特色と考える項目(立ち位置別・小コード)

3.6 立ち位置の違いによる強み・特色(中コード)

強み・特色と考える114項目を中コード33項目に集約したものと、立ち位置との関係に対し共起ネットワークで表し、同時にクロス集計結果で補足的に示した(図表5)。

研究論文A(量的指標)、資金獲得Aを強み・特色を可視化する上で適当な指標と考える傾向にあるのは、すべての立ち位置で共通していることが分かった。その他の項目について、出現割合10%以上で抽出した場合「研究者×実務系」では産学官連携B(質的指標)、育成・教育A、「研究者×管理系」では広報・発信A、「有識者×実務系」では国民・住民評価C(質・量混在)、研究論文B、研究者・研究環境A、社会・実用化AとB、外部者評価C、「有識者×管理系」では知財・特許Aをそれぞれ強み・特色を可視化する上で適当な指標と考えている割合が多いことが示された。

立ち位置ごとの出現割合を比較した場合、育成・教育Aは「研究者×実務系」が有意に多かった。広報・発信Aは「研究者×管理系」に多く「研究者×実務系」では少なかった。国民・住民評価Cは「有識者×実務系」で回答が多かった。

図表5 研究上の強み・特色と考える項目(立ち位置別・中コード)図表5 研究上の強み・特色と考える項目(立ち位置別・中コード)

4. まとめ

4.1 新たな強み・特色の意味

論文数やIF、CS、研究資金獲得、特許といった、これまでも指標として認識されやすかった量的なものは、立ち位置にかかわらず強み・特色を可視化する上で適当な指標として挙げられる傾向があり、本解析においては立ち位置間で差がみられなかった。その一方で、分類された項目の6割以上が、質的若しくは質・量混在の項目であることから、数量的に示しにくい項目についても強み・特色と認識されていることがうかがえた。特に大コードの多様指標に分類された各項目は、多様な強み・特色の概念が含まれた。中には時間的要素がかかわる概念が含まれることから、一時的な集計で測定するのが困難な内容もある。例えば社会的注目・ブランドは時勢や地域性の影響が予想されるため、普遍化や大学間比較は難しいといえる。これまで中心的な指標であった比較可能な研究上の強み・特色以外に、前述した数量的に示しにくい強み・特色に目を向ける7)ことは、大学のアイデンティティ(個別性)や存在意義に幅を持たせる上で、今後検討すべき内容といえる。

4.2 立ち位置の違いによる強み・特色

立ち位置によって差が確認できたのは育成・教育(研究者×実務系)、広報・発信(研究者×管理系)、国民・住民評価(有識者×実務系)であった。「研究者×実務系」は、学部生、大学院生とのかかわりも多いことが推測される。この観点から、育成・教育を強み・特色と認識している可能性がある。その一方で「研究者×管理系」は、その立ち位置を反映して研究成果の公表を数量的に把握し促進することを重視する、ということがこの結果で示された。教室や研究室の代表者として明示しやすい強み・特色といえる。「有識者×実務系」は地域住民評価nq、社会国民評価nqを大学の強み・特色を可視化する上で適当な指標と考えており、研究成果の社会的意義の可視化が必要と考えていることが推察できた。

4.3 今後の解析に向けて

今回、研究者の方が有識者より調査対象者数が多いものの、記述回答は研究者(111件)よりも有識者(175件)の回答数が多かった。更にマネジメント層の回答が208件(72.7%)と比較的高い割合であった。これは有識者やマネジメント層の回答者が強み・特色に対して組織の中で全体的な視点を持っているためではないかと推測した。若手や実務にかかわる職位が考える強み・特色をより広く吸い上げることも重要である。また、全体の回答に対し人文・社会科学系研究者の記述回答が5例(1.7%)にとどまったことで、ここで示された結果は主に自然科学系を対象としたものとなっている可能性がある。人文・社会科学系の論文はIFやCSがつかない論文を執筆することもあり8)、自然科学系の論文と特性上の違いがある9)。そのため人文・社会科学系の研究者からは、今回の分析を通じて得られなかった多様な強み・特色が抽出できると考えられる。

上記以外に「研究面からみた大学の強み・特色」を指標化することの困難さや危険性に対する複数の意見が得られた。それらは本分析の主旨ではないものの、冒頭で述べた「回答者の考えや意図、価値観」として重要であるとともに、設定すべき指標の性質や活用範囲を検討する上でも見落とせない点である。

謝辞

本稿の執筆では、基盤調査研究グループの山下、村上、伊神氏の支援を頂いた。御礼申し上げる。

参考文献・資料

1) 科学技術の状況に係る総合的意識調査(NISTEP定点調査2022)報告書 科学技術・学術政策研究所. 2023年4月.

2) 内閣府. “地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ(令和5年2月8日改定 総合科学技術・イノベーション会議決定).”2022年4月1日.

3) Roberts, C.W. “Text Analysis for the Social Sciences.” Lawrence Erlbaum Associates. Mahwah. NJ. 1977.

4) 樋口耕一. “『社会調査のための計量テキスト分析 ―内容分析の継承と発展を目指して― 第2版』.” ナカニシヤ出版. 2020.

5) K, Krippendorff. “Content analysis: An introduction to its methodology.” SAGE Publications. 2018.

6) 上野栄一. “内容分析とは何か-内容分析の歴史と方法について-.” 福井大学医学部研究雑誌 第9巻 第1号・第2号合併号. 2008.

7) 小泉周. “研究力の測り方-「質」、「量」そして「厚み」.” 学術の動向. 2018.

8) 林隆之. “大学評価の現場における人文・社会科学の研究評価の現状.” 学術の動向. 2018.

9) 後藤真. “研究の量的評価は人文学に対して可能なのか.” 学術の動向. 2018.