STI Hz Vol.9, No.4, Part.3:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)Nature Architects 株式会社 代表取締役CEO大嶋 泰介 氏インタビュー-ユーザーが求める機能要件から必要な幾何形状を逆算して導き出す設計技術(DFM)の開発と事業化-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00350
  • 公開日: 2023.12.20
  • 著者: 高橋 洋子、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
Nature Architects 株式会社 代表取締役CEO
大嶋 泰介 氏インタビュー
-ユーザーが求める機能要件から必要な幾何形状を
逆算して導き出す設計技術(DFM)の開発と事業化-

聞き手:企画課長補佐/データ解析政策研究室 上席研究官 高橋 洋子
科学技術予測・政策基盤調査研究センター 特別研究員 蒲生 秀典

「ナイスステップな研究者2022」に選定された大嶋泰介氏は、特定の材料に人工的な幾何形状を設計することで、従来の材料の機能を凌駕する新しい機能を生み出すというメタマテリアルの研究をきっかけに、大学発のスタートアップとしてNature Architects株式会社を創業した。同社では、目的とする機能や扱いうる材料、製造制約をシステムに入力すると、それを満たす設計案を生成する独自の設計技術「Direct Functional Modeling(DFM)」を開発し、世界に先駆けたメタマテリアル設計の事業化を推進している。本インタビューでは、製造業の現状とDFMの可能性や、起業に至るまでの経緯、今後の目標等について話をお伺いした。

インタビューを受ける大嶋 泰介氏(NISTEP撮影)

インタビューを受ける大嶋 泰介氏
(NISTEP撮影)

- 選定の対象となった「Direct Functional Modeling(DFM)」の概要について教えてください。

新しい物を作るとき、一般的にはまず設計して、それをシミュレーションや試作して、製品として機能するかを検証し、うまくいかない場合はまた設計に戻るという試行錯誤が必要ですが、DFMでは、設計の要件として求められる機能などを入力して、具体的な製品形状、設計図面を出力します。このような手法は、一般的には最適設計、あるいはジェネレーティブデザインと言われています。しかし、DFMがそれと違うところは、対象とする設計の領域が幅広く、量産部品などの製造設備の制約や製造の条件を考えて、どのような材料・形状で設計すれば所望の機能を実現できるかを逆算し、設計の答えを探索するアルゴリズムであることです。さらに言うと、AI(人工知能)だけですべての設計要件をクリアする図面を生成することは不可能ですので、AIが作った図面を人間が修正し、またAIで処理をするといったように、AIと人間が協調して、最終的な図面化を行っていきます。このような考え方およびアルゴリズム設計システムをDFMと呼んでいます。また、実際の物を作ってうまくいかない場合も、どの変数が足りないか、どういう理由かという点をシステムにフィードバックしますが、そこにコンピュータの設計探索能力をフルに活かす事ができます。これは、実は当たり前ではなくて、今の製造業で使用されているCAD/CAE(コンピュータ支援設計/製造)等の設計のシステムは、初期的な設計コンセプトを探すために作られていないため、設計を探索する時にコンピュータはあまり使われていないのです。そのような設計の答えを探すための技術という点が、他のソフトウェアと大きく違っているところです。

- DFMの技術が様々なメーカーに必要とされるようになっている製造業の現状や背景についてどうお考えでしょうか。

今の製造業では、誰も設計したことがないものを新しく設計しなければならないという状況が実はたくさんあります。その代表的なもののひとつが電気自動車に関する設計開発です。電気自動車に代わること、即ち内燃機関のエンジンがバッテリーになることで、組立て部品の点数が激減しますし、車体部品の考え方が大きく変わります。そこで、開発者はまずどのような設計が良いのかを探さなければなりません。陶芸家のように、一人で作品全てを作って完結するなら試行錯誤は簡単ですよね。作って壊して作って壊してとすれば良いのですが、自動車などの大規模開発ではそれができません。水平分業化され、部門が分かれている中で、作って壊すことを繰り返す作業はものすごく大変です。恐らく、作って壊してのサイクルを高速に回せるため、テスラやBYDなどの企業が先行しているわけです。その中で、新しい設計の答えを探すという技術がものすごく大切になってきます。電気自動車の設計開発の領域は新しいので、先行している2社においてもこれが最も良い設計だとはまだ思われていないのではと推測しています。そしてそのような状況は、電気自動車に限らず、様々な業界にあります。例えば建設業界でも、壊れそうな橋を補強するのに、どのようにすれば良いか分からないなど、喫緊に新しい打ち手を出して具現化していかなければならない課題が実はたくさんあります。そのような課題に対して、DFM技術は生かせるのです。それが今我々の技術が求められている理由ではないかと思っています。

- 海外のメーカーとの事業も手掛けられていますが、DFMに対する海外の反応はどのようなものでしたでしょうか。また、海外と国内におけるメタマテリアルの研究の状況に違いはありますでしょうか。

協業先としては、イタリア、フランス、北米が多いです。我々はメタマテリアルの技術を具体的な実務で製品開発に適用していますが、メタマテリアルという研究領域は、個別具体的にはいろいろあるものの、製造業の中での本格的な適用事例は海外も国内も含めて非常に少ないのです。そういった中で、我々のメタマテリアルの適用範囲がすごく広いことと、量産性を考慮した提案ができるところがかなりユニークだということで、興味を持っていただいています。

研究の状況は、海外の方が盛んだと思います。産業化、実用化という面においては、カナダの企業など、海外でも既に上場しているメタマテリアルのベンチャーが存在します。国内でも、私の友人でかつて共同研究もしていた落合陽一さんがピクシーダストテクノロジーズ社で、音響に関する製品を出していて、社会にそのような技術を提供している事例が既にあります。ただ、世界を見てもプレイヤーがたくさんいるわけではなく、まだ萌芽領域という状況です。我々の技術に関しては、開発した技術を部分的に論文化して、各業界で最も権威のある学会や学術誌で発表し評価していただいていますし、根幹にあるテクノロジーに関して言うと、もっと深く広い技術を持っているので、世界でも最先端だと思っています。

- 御自身がこの研究分野に取り組んだきっかけについて教えてください。

このサンプルを見てください(写真参照)。木の板にただスリットが入っているだけのものですが、これが面白いのは、この穴を空けるだけで、ある方向には柔らかく、それ以外の方向には硬いという性質をもっているところです。どこをどのように硬く、あるいは柔らかくするか、実は結構複雑なことがコントロールされています。そして、このスリットの空け方について解析して調べたことが一つのきっかけになっています。この研究は米国の大学でもあるようですが、同じ時期に私も論文を発表しているので、私がパイオニアと言っても良いかと思います。これを初めて見て、加工してみたときに面白かったのは、コンピュータで設計して、材料を装置にセッティングすると勝手に設計通り穴を空けてくれるので、それまでコンピュータで設計できるものは多くは音楽や映像や文字でしたが、これからは、物理現象もコンピュータで作れる時代になると思ったことです。2011年頃のことですが、当時はすごく大きな可能性を感じました。これは単純に研究の一つの事例というよりも、コンピュータで設計するとき、それがどんな数字的な構造を持ち、どんなコンピュータプログラム処理に置き換えられて、それにより生成されるものがどのようにソフトウェアで定義されるものと相関があるのかということが、新しい研究の分野になるなとか、社会を大きく変える、あるいは新しい市場を作れるようなポテンシャルがあると思いました。

木の板にスリットがあいたサンプルを持つ大嶋氏

木の板にスリットがあいたサンプルを持つ大嶋氏

- その後、起業を決断されたきっかけと、そのときどういった思いで起業されたのかについてお聞かせください。

東京大学の博士課程2年のとき、当時は日本学術振興会の特別研究員でしたが、それが3年間で終わり、これからどんな立場で研究をしていこうか考え始めました。メタマテリアルの研究を始めてから思っていたのは、アカデミアの研究と産業における技術開発は、実は逆転現象みたいなものが分野によっては起きているということでした。例えばバイオ、ロボティクス、AIの分野で、もちろんアカデミアの最先端もすばらしいですが、企業でないとできない研究や、産業の中でやらないといけない研究テーマが幾つかあると感じていました。そしてメタマテリアルの分野でも、製造業の中でこの技術をどのように適用していくのかということや、製造業の課題とこの技術をぶつかり合わせてみて出てくる開発課題のようなものに取り組んでみたくて、自分で研究所を作ってみたいと思いました。その時は自分で研究所などの組織をつくることはすごく先のことと考えていたのですが、あっという間に博士課程の3年が過ぎて、気付いたら博士論文が進んでいなかったので、会社を作るしかない状況に追い込まれてもいました。しかし、もともと研究費を獲得することに関しては多少自信があったので、様々な方に声をかけ、資金を集めて会社を作りました。

- アカデミアにおける研究に関して、何か問題意識なようなものがあったのでしょうか。

例えばAIであれば、ChatGPTのようなものは企業から出てきていますよね。これは投じることができるマシンリソースと、人と、開発にかけられる金額は、やはりアカデミアとは桁が大きく異なるからです。また、特に海外では、5年や10年それ以上かかっても良いから、大きく世界を変えるような技術を作って欲しいとスタートアップに資金が集まることが少なくありません。国内においても、足の長いビジネスでお金を集め、研究開発を行うディープテック企業は少なくないですが、一方で、論文を書くことが研究者として評価され、研究費を取るための一番大きい指標になっているのが現状です。そして、評価を得るには、論文を書くスパンは少なくとも年に一本となるので、1年以内で投資回収ができる、結果が出る研究を行う必要性が出てきます。ですから、本当に若手で才能のある研究者が、長いスパンをかけて、本質的に人類を前進させるような研究課題に取り組むことのできる土俵は、アカデミアでは逆に難しい状況も増えつつあると感じています。だからといってアカデミアがいらないかというと、全くそうは考えていません。研究でないとできない問題設定や個人の研究者が持っているクリエイティビティ、社会や経済からは独立した課題に見えるが、長期的には社会の中での実用性と大きくつながっていくような研究テーマは無数に存在し、それらはアカデミアの環境がないとできません。問題なのは、アカデミアと産業の人の交流が少ないということと、アカデミアの中においても、もっと若手がスタートアップ的な動きができるようにという考え方が必要なのではないかと思います。

- Nature Architects社を創業される道のりの中で、困難だったこと、あるいは印象に残っていることはありますか。

これは私がただ未熟だっただけですが、株式会社の仕組みを十分に知らないまま起業しているので、どのような株主構成にして、出資をしてもらうのかとか、そういったことに関するリスクとベネフィットを理解していなかったことで、創業1年目には危険な話や明らかにアンフェアな出資を持ち掛けられることがありました。そのあたりは少し難しかったです。結局問題のあるような出資を受けてはいなくて、今はとても健全に会社を経営していると思っています。ただ振り返ると、エクイティを使ったファイナンスで会社を大きくしていくというスタートアップモデルをやる場合において、始めるのは簡単ですが、始めた後にきちんと中長期的にスケールする会社を安定的に経営することが重要で、見切り発車をすると、最初に様々な危ない地雷がたくさん落ちていたなというのが印象に残っています。一方で、最初のクライアントを紹介してもらう等、東京大学のスタートアップ支援のエコシステムに大変助けられたこともよく覚えています。

- ご自身の経験から、産業界の中で活動する研究者の方に求められる資質や能力をどのようにお考えですか。

ピュアな研究者の方は良くも悪くも、自分の分野を掘り下げていくことをすごく大切にされていると思います。それはすごく良いことですが、一方で、産業においては、自分の専門分野を持ちながら、異なる分野をすぐにキャッチアップして、そこに自分の専門性を浸透させていくという力が強く求められます。同時に、産業課題というものを積極的に自分の研究における興味と結びつけて発展させる力がすごく大事なのではないかと思います。

自分自身は、もともと産業課題に興味があったのですが、実際会社を作って、取引先とのコミュニケーションの中でないと分からない課題が本当にたくさんあり、その過程で自然に学んでいます。その中で面白いのが、研究視点だと論文になるかどうかというのが評価軸になりますが、産業界においては、設計のリードタイムを短くできるか、製造コストを下げられるか、材料を変えても同じ機能で製造できるか、あるいは組立工程が減らせるかなどであって、最先端テクノロジーを評価する角度が違うのです。このことはものすごく大事で、研究者が真剣に取り組むべき課題だと思います。けれども、そういう研究テーマで研究が盛んに行われているかというと、必ずしもそうではありません。ですから、研究者がその分野の中のエコシステムでの評価軸が、分野によっては、産業における軸とは異なっていることがあるのです。そこの評価軸を密接にぶつかり合わせて、もっとお互いが違うからこそ一緒に成長し合うといった関係性が必要だと感じています。

- DFMは今の製造業において最先端を行く技術かと思いますが、更に20年後、30年後の製造業においては、どのような新技術の実現が期待されていると思われますか。

私は、未来予想は技術論ではなく、思想や哲学から、人類はどのように進化していくのかという軌道を描くことだと思います。もちろん技術論のみでは大局観がなく、技術理解なき思想や哲学だけでは足元が揺らいでしまうため、技術的な理解の上に立つ思想や哲学から未来を展望するべきだと思います。今製造業でよく語られるのは、ソフトウェアディファインドです。ソフトウェアが物理的な物の挙動や開発を定義していくという考え方が進み、今はある種対局にあるものとして語られるアナログ的なものとデジタル的なものが本質的に融合していくというものです。今それらが一番融合していない領域はやはり製造業なのです。しかし、今後、現実的なものづくりの世界がソフトウェア的になっていくことは確実に起こると思います。例えば、今は部品メーカーがそれぞれ部品を作って一つのところに集約してアセンブルして作っているサプライチェーンも、これからはその傾向が減っていき、ソフトウェアで定義したら、その瞬間に製品が出来上がっているような製造技術、設計技術が増えていくはずです。その一つが我々Nature Architectsの研究リーダーが、イッセイミヤケさんのA-POC ABLE ISSEY MIYAKEというチームと一緒に開発したジャケットの事例です。熱を加えると布が自動で変形してすぐに服になるというものですが、これはソフトウェアで定義したものがそのまま製品になると言って良いと思っています。今までソフトウェアとはすごく遠いところにある事象もソフトウェア的になっていくというところが非常に面白く、今後絶対そうなるなと感じています。そうなると、人間もソフトウェア化していって、自分の脳で個として考えるのではなく、相互通信しデータを蓄積しつつ並列処理されるようになる。例えばサッカーは人間11人でしますが、全員が脳を協調して、個とチーム全体が両方見えていて、高度に連携しあっていたら強いと思いませんか。メッシ率いるかつてのバルセロナと、それなりにうまい人11人で脳をお互いに接続し合っているチームなら、メッシがいないチームが勝つかもしれない。この協調が、人間の間でもシステムの間でも実現して、個という概念が変わる可能性があると予想しています。そうなると産業構造とかシステムとか意思決定とかが変わって、あらゆる社会が変わるかもしれません。

- ご自身の今後の目標についてお聞かせください。

先ほどの話のように、今まで物理的にものをつくり試作をしていましたが、あらゆる観点でソフトウェア的になっていく世の中の最前線に立って、設計のレイヤーで、先頭をきって実例となる技術開発をしていきたいというのが当面の考えです。製品開発というのは、実験しないとわからない、製造してみないとわからない、あるいは製造した後に不具合が出るという、アナログ的問題解決の連続で、要するにカオス現象なのです。それに対抗するために部品ごとに規格化して、精密に製造、大量生産されていますが、その結果、その組立ての外側には余りいこうとしません。なぜなら、新しいことをしようとした途端にまたカオス現象が起こりますから。カオスというのは、現象を記述する変数の振る舞いがわからないということですが、そこに我々のテクノロジーを入れることにより、その複雑性に対抗して、もっと柔軟に設計や開発ができるようになると思っています。例えば、新しくこう作れば、部品が多数必要なところが一つのパーツにできますということをソフトウェアの力で示し実現していくことができるのです。そうすると現実での製造工程がソフトウェアで扱い得る事象に近づいていきます。それをソフトウェアディファインドな開発と考えていて、我々がクライアントと協議をすることを続けていくことによって、こういった考え方が一般化して、その技術や職能が一般化すると思っています。我々はそこのトップランナーであり続けたいのです。今はトップランナーどころか後ろ見ても横を見ても誰もいないので、トップランナーと言っても余り意味がないですが、絶対にこれが一つの汎用的な考え方や思想、ひいては事業領域となると信じています。こうした製造業の新しい開発設計の大きな流れを作ってそこのトップであり続けたいと考えています。

- 最後に、若手の研究者や、起業を考えている研究者の方々へメッセージをお願いします。

今の技術開発の流動性は、アカデミアが発展する流動性よりも速いことが少なくない中で、研究者はスタートアップ的であることが求められるのではないかと思います。つまり若手の研究者は、世の中の流れと自分の研究を両方意識して、自分の研究を世の中とどう関係させていくかということに敏感である必要があると考えています。自分は研究者だとか、産業側にいるとか、そういう固定概念は無視して、ものすごいスピードで様々なものが変わっていく世の中で、自分は何ができるのか、こういうことをしたら面白いかもしれないとか、世の中の流れに自分を合わせていって、仕組みとか枠組みとかはむしろ自分たちで作り上げていくような野性味が必要なのではないでしょうか。なぜなら、仕組みの中でうまく振る舞おうというのは生物としておかしいと思うのです。例えば、ジャングルに急に放り投げられたら、手を洗わなきゃ、とか、これ菌が付いているかもしれないから上司に報告して、とかにはならなくて、自ら頑張って生きていくわけですよね。世の中の流動性が高いということは、誰も正解を知らないということですし、正解を知っているように見えているだけかもしれない。そういった世の中の激動と自分の興味、その両方を見ながら、仕組みを新しくハックして作る研究者や、起業する人が増えたら良いと思います。

(2023年9月8日インタビュー)