STI Hz Vol.9, No.3, Part.7:カーボンニュートラルに資する 基盤的科学技術の将来展望 -専門家アンケート結果概要-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00345
  • 公開日: 2023.09.25
  • 著者: 蒲生 秀典、小倉 康弘、黒木 優太郎
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
カーボンニュートラルに資する
基盤的科学技術の将来展望
-専門家アンケート結果概要-

科学技術予測・政策基盤調査研究センター
特別研究員 蒲生 秀典、主任研究官 小倉 康弘、上席研究官 黒木 優太郎

概 要

世界的な課題である地球温暖化に対応するため、我が国では2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。科学技術・学術政策研究所では、2019年に公表した第11回科学技術予測調査において、2050年までの実現が期待される702の科学技術トピックを選定し、産学官の専門家に対するアンケートを実施、重要度、国際競争力、実現見通し、政策手段などを評価した。カーボンニュートラルに直接関わるトピックの多くは、環境・資源・エネルギー分野において設定し、既に評価を得ている。本研究では、カーボンニュートラルに資する基盤的科学技術として、材料系・バイオ系の革新技術及び情報技術を活用した省エネ・省資源技術に関する科学技術トピック、並びにそれらの社会実装に伴うライフスタイルや社会システムなどの抜本的な変化に関わる社会トピックを新たに設定し、予測調査を実施した。その結果、低貴金属触媒燃料電池、CO2光還元による再資源化、安価材料の蓄電池などの革新技術が、重要度と国際競争力が共に高いと評価された。社会トピックにおいては、モビリティに関連するトピックの重要度が高く、社会的実現には法規制の整備が必要とされた。

キーワード:カーボンニュートラル,科学技術予測,科学技術トピック,社会トピック,専門家アンケート

1. はじめに

世界的な課題である地球温暖化に対応するため、第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)終了時点で世界150カ国以上が2050年カーボンニュートラルを表明している1)。我が国では2020年11月に2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言、「グリーン成長戦略」2)を策定し、産業とエネルギー政策の両面で成長が期待される、エネルギー・製造からオフィス・家庭・ライフスタイルに至る14の重要分野について実行計画を示している。さらに、昨今の世界情勢に鑑みエネルギーの安定供給を加えた「GX注1実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ」3)を閣議決定し、徹底した省エネの推進、再エネの主力電源化の他、水素・アンモニア導入推進、蓄電池産業、資源循環などへの投資を促している。(公財)地球環境産業技術研究機構(RITE)が公表している2050年カーボンニュートラルシナリオ分析4)によると、エネルギーミックス、電化と電力部門の脱炭素化等と併せて、省エネ、物質・サービスに体化されたエネルギーの低減の必要性が示されている。シナリオからの示唆の一つとして、デジタル社会でのシェアリング・サーキュラーエコノミー推進が情報を活用した新たな省エネを実現し、エネルギーシステムコストが大幅に低減する可能性があるとしている。

文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、約5年ごとに科学技術に関する大規模な予測調査を実施している。2019年に公表した第11回科学技術予測調査5)では、科学技術7分野注2を設定し、2050年までの実現が期待される702の科学技術トピックを選定、産学官の専門家へのWebアンケートによって、それぞれのトピックについて重要度、国際競争力、科学技術的/社会的実現年、政策手段などの回答を得た。カーボンニュートラルに直接関わるトピックの多くは環境・資源・エネルギー分野において設定しており、このとき既に評価を得ている。本研究では、冒頭に述べた情勢変化に鑑み、カーボンニュートラルに資する基盤的科学技術として、ICT・サービスを活用した省エネ・省資源や、マテリアル・デバイス及びバイオテクノロジー関連の革新技術に関する科学技術トピック、並びにそれらの社会実装に伴う食、住居、教育、移動、ビジネスモデル、経済システム、経済格差・不平等に関わる社会トピックを新たに設定し、予測調査を実施した。本稿では、その内の専門家アンケート結果の概要を記す。なお、調査の詳細については、NISTEP調査資料を参照されたい6)

2. アンケート調査の概要

アンケート調査に先立ち、社会やライフスタイルの変容に関する先駆的な調査に係る資料の参照7-9)と並行し、産学官の専門家30名にヒアリングを行い、科学技術トピック41件及び社会トピック19件、計60トピック設定した。アンケートはWeb形式で、2022年12月20日~2023年1月15日にかけて実施し、それぞれのトピックについて重要度、国際競争力、科学技術的/社会的実現見通し、実現に影響の大きい要因、実現に向けた政策手段など、図表1に示す質問をした。産学官の専門家790名から回答を得た。

図表1 アンケート調査の質問項目図表1 アンケート調査の質問項目

3. アンケート結果概要

3.1 科学技術的/社会的実現年

アンケート結果について、社会的実現年順に年表形式で、図表2(科学技術トピック)及び図表3(社会トピック)に示す注3。科学技術トピック及び社会トピック60件中、その大半の57トピックが2040年までに社会的に実現(社会実装)すると予測されている。

AIによる高精度な温室効果ガス排出量予測、1週間以上の長期の天候予測精度向上による電力需要予測、社会活動の高精度予測による都市全体の省エネルギー化などのICT関連技術は2035年までの早期実現が予測された。マテリアルフロー(使用、分解、回収)を考慮した材料(素材、添加剤)設計、資源制約が少ない安価な材料使用の高性能蓄電池、低濃度CO2濃縮などのマテリアル関連技術は2034年~2037年という結果であった。水素細菌など微生物の活用、海洋におけるCO2貯蔵、CO2の光還元反応による炭素原子の再資源化、高性能燃料電池などマテリアルやバイオ関連技術の実現は2037年以降と予測された。社会トピックにおいては、サブスクリプションや代替食品、e-ラーニング等に関連するトピックは早期実現が予測されたが、自動運転車の導入や集約的管理、環境等に配慮した消費者感覚の醸成、サプライチェーン・インフラの再構築のように、今後更に個人の行動、社会・経済システムの変質を要するトピックに関しては、より後期の実現が予測された。

図表2 科学技術トピックの社会的/科学技術的実現年・重要度・国際競争力図表2 科学技術トピックの社会的/科学技術的実現年・重要度・国際競争力

図表3 社会トピックの社会的/科学技術的実現年・重要度・国際競争力図表3 社会トピックの社会的/科学技術的実現年・重要度・国際競争力

3.2 重要度・国際競争力

重要度と国際競争力が高いと評価されたトピックを、図表4(重要度)、図表5(国際競争力)に示す。重要度は上位5トピック中4トピックが、低濃度CO2濃縮、マテリアルフロー、燃料電池、炭素原子の再資源化などのマテリアル関連技術であった。ICT関連ではモビリティ関連のトピックの評価が高かった。国際競争力の上位5トピックは全てマテリアル関連で、いずれも重要度も高いと評価されたトピックであった。

図表4 重要度指数が高い5トピック図表4 重要度指数が高い5トピック

図表5 国際競争力指数が高い5トピック図表5 国際競争力指数が高い5トピック

3.3 科学技術的/社会的実現に向けた政策手段

図表6および図表7に示すように複数回答で聞いた必要な政策は、科学技術トピックでは、科学技術的実現のための人材の育成・確保と研究開発費の拡充の選択割合が高かった。計算科学やデータ科学に関連するトピック群では人材の育成・確保が、また、CO2や希少資源の回収・利用関連やインメモリコンピューティング技術では研究開発費の拡充が必要とされた。社会トピックに関しては、教育拠点としての地域センターの形成に関するトピックで人材の育成・確保が必要と評価された。

図表6 科学技術的実現に必要な政策手段:
人材の育成・確保(選択割合*上位5トピック)図表6 科学技術的実現に必要な政策手段:人材の育成・確保(選択割合*上位5トピック)

図表7 科学技術的実現に必要な政策手段:
研究開発費の拡充(選択割合上位5トピック)図表7 科学技術的実現に必要な政策手段:研究開発費の拡充(選択割合上位5トピック)

3.4 社会的実現に必要な政策手段及び影響(要因)

図表8、9には、社会的実現に必要な政策手段、社会的実現に影響が大きいと考えられる要因について、全体の中で社会トピックが高い選択割合となった選択肢の結果を示している。図表8では特に選択割合の多かった「法規制の整備」上位5トピックを挙げているが、上位4トピックは社会トピックであり、2つは移動、それ以外は財政システム、住居に関連するものであった。また図表9は「個人の内発的要因」の選択割合の高い上位5トピックは、全て社会トピックが占めた。このうち3つが食に関するもので、最も割合が高かったのは移動手段としてのウォーキング・サイクリング、もう1つは消費行動の変化による環境・気候公正を反映した経済システムへの移行であった。

図表8 社会的実現に必要な政策手段:
法規制の整備(選択割合上位6トピック)図表8 社会的実現に必要な政策手段:法規制の整備(選択割合上位6トピック)

図表9 社会的実現への影響:
個人の内発的要因(選択割合上位5トピック)図表9 社会的実現への影響:個人の内発的要因(選択割合上位5トピック)

4. まとめ

専門家へのアンケートの結果、貴金属触媒量の少ない高性能燃料電池、水の光分解触媒とCO2光還元による炭素原子の再資源化、安価な材料で高性能な蓄電池などの革新技術が、特に重要度と国際競争力が共に高いと評価された。また、計算科学、データ科学に関する科学技術の重要度は高いが、国際競争力が比較的低く、特に政策手段として人材の育成・確保が必要であり、一方、CO2や希少資源の回収・利用など環境関連技術やインメモリコンピューティング技術では、研究開発費の拡充が必要とされた。これは、「GX実現に向けた基本方針」3)で示された蓄電池、資源循環、省エネ技術推進の具体的方向性を示す結果である。社会トピックにおいては、モビリティに関連するトピックの重要性が高く評価され、またこれらモビリティやそれを通したエネルギーの活用といったトピックの社会的実現に必要な政策手段として、法規制の整備が必要との結果となった。「グリーン成長戦略」2)では、自動車・蓄電池産業の区分において、エネルギー政策との両輪での政策推進・ルール整備がうたわれるとともに、次世代電力マネジメントにおいてはエネルギーの最適利用、ライフスタイル関連では自律分散型エネルギーシステムへの方向性が示されており、そのための法整備認識の高まりが結果に反映されたと想像される。また個人の内発的要因による影響は、移動や食生活に関連するトピックで選択される割合が高かった。

統合イノベーション戦略202310)では、「先端科学技術の戦略的な推進」の中で、GX実現を通じた脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長を同時に実現するため、カーボンニュートラルや多様なエネルギーの活用に向けた省エネ、再エネ等の革新的技術開発を推進するとしている。具体的には、革新的環境イノベーション技術の研究開発・低コスト化の促進などの技術開発に加え、国民の行動変容の喚起を挙げている。ここでは、BI-Tech(行動科学の知見と先端技術の融合)を活用した製品・サービス・ライフスタイルのマーケット拡大を目指す。本調査でも取り上げた、サービス分野のトピック「従業員の心身の健康状態を予測し、個別に適切な働き方を推奨することで、従業員エンゲージメントと生産性が向上する」、社会トピック「個人の行動変容を促すため、労働ベース(所得税)から物質ベース(炭素排出量)の課税に転換されるとともに、元来環境負荷が高い産業部門への影響を勘案し、転換の補償としてベーシックインカムを配分する」等のトピックは、政策的取組、社会的取組いずれも進んでいないとの評価6)であり、今後のこれら取組の推進が期待される。このため、個人の行動変容を実現するためのデザイン思考、またそれを組織や社会の変容に関連付けるためのシステム思考のような視点も重要であろう。


注1 GX(グリーントランスフォーメーション):温室効果ガスを発生させる化石燃料から太陽光発電、風力発電などのクリーンエネルギー中心へと転換し、経済社会システム全体を変革しようとする取組み

注2 科学技術7分野:①健康・医療・生命科学、②農林水産・食品・バイオテクノロジー、③環境・資源・エネルギー、④ICT・アナリティクス・サービス、⑤マテリアル・デバイス・プロセス、⑥都市・建築・土木・交通、⑦宇宙・海洋・地球・科学基盤

注3 科学技術的/社会的実現年は、得られた回答を時期の早い順に並べ、その両端の1/4ずつを除いた中間の1/2の幅に関し、その中央値を実現年の代表値として示している。したがって代表値は、「その年までに実現すると全回答者の約半数が予測している時期」を意味する。

参考文献・資料

1) 経済産業省資源エネルギー庁.脱炭素化に向けた諸外国の動向.2021年
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/html/1-2-2.html#n19

2) 内閣官房,経済産業省他.2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略.2021年
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/pdf/green_honbun.pdf

3) 内閣官房.GX実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ.2023年
https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002_1.pdf

4) 経済産業省 CCS長期ロードマップ委員会・(公財)地球環境産業技術研究機構(RITE)、2050年カーボンニュートラルのシナリオ分析.2022年
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/ccs_choki_roadmap/pdf/001_05_00.pdf

5) 科学技術・学術政策研究所.第11回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019 総合報告書 [NISTEP REPORT No.183] の公表について.2019年 https://www.nistep.go.jp/archives/42863

6) 科学技術予測・政策基盤調査研究センター. カーボンニュートラルに資する基盤的科学技術の将来展望(仮). 2023年11月発行予定

7) Leppänen, J., et al. Scenarios for sustainable lifestyles 2050: From global champions to local loops.
UNEP/Wuppertal Institute Collaborating Centre on Sustainable Consumption and Production (CSCP), Wuppertal, 2012
https://www.cscp.org/wp-content/uploads/2016/05/Scenarios-for-Sustainanle-Lifestyles_2050.pdf

8) Sessa, C., A. Ricci. The world in 2050 and the New Welfare scenario. Futures, 58, 77-90, 2013,
https://doi.org/10.1016/j.futures.2013.10.019

9) Glenn, J. and the Millenium Project Team. Work/technology 2050: scenarios and actions. Millennium Project, Washington DC, 2019
https://www.millennium-project.org/projects/workshops-on-future-of-worktechnology-2050-scenarios

10) 内閣府総合科学技術・イノベーション会議.統合イノベーション戦略2023(令和5年6月9日閣議決定), 2023年
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/togo2023_honbun.pdf