STI Hz Vol.9, No.2, Part.10:(レポート)修士課程在籍者を起点とした追跡調査(JM-Pro)からみる大学院生への学生支援の在り方STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00338
  • 公開日: 2023.07.12
  • 著者: 川村 真理
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
修士課程在籍者を起点とした追跡調査(JM-Pro)からみる大学院生への学生支援の在り方

第1調査研究グループ 上席研究官 川村 真理

概 要

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、2020年から修士課程在籍者を対象として、在籍中における経済的支援状況、進学意識、研究・教育環境への満足度等について調査を開始している。本調査はその第2回となるもので、「2021年度に修士課程(6年制学科を含む)を修了ないし修了予定の者」を対象として実施され、2023年1月に調査結果が公開された。

本調査では、博士進学ではなく就職を選択した主な理由として、「経済的に自立したい」、「社会に出て仕事がしたい」等が過半数を占めた一方、「博士課程に進学すると生活の経済的見通しが立たない」、「博士課程に進学すると修了後の就職が心配である」、「博士課程の進学のコストに対して生涯賃金などのパフォーマンスが悪い」等、進学がキャリアや収入にネガティブな影響を与えることを懸念する回答も多く挙げられている。

本稿では、これらの懸念点等を踏まえ、博士課程学生への経済支援等の拡充に加えて、修士課程在籍時からのキャリア支援や経済支援についても一層の取組が求められていることを明らかにする。

キーワード:高等教育政策,STI,科学技術人材,経済支援,キャリア支援

1. はじめに

我が国の修士課程修了者の進学率は、1981年度には18.7%であったものが、2001年度には15.2%、2011年度には10.8%へと減少し、2021年度には9.7%となっている。2019年1月に中央教育審議会大学院部会がまとめた「2040年を見据えた大学院教育のあるべき姿」1)では、我が国の人口100万人当たりの博士学位取得者は、米、英、独に対し2分の1程度の水準にとどまっていることが指摘されており、このままでは今後の社会を先導できるような「知のプロフェッショナル」確保に大いに問題を生じる可能性があるとして、大学院段階における教育・経済支援環境を含む大学院教育の体質改善や、優秀な人材の進学促進に向けた取組強化等が提言されている。また、2021年3月26日に閣議決定された「第6期科学技術・イノベーション基本計画」2)においても、「優秀な学生が経済的な側面やキャリアパスへの不安、期待に沿わない教育研究環境等の理由から、博士後期課程への進学を断念する現況」が指摘されており、「優秀な若者が、アカデミア、産業界、行政など様々な分野において活躍できる展望が描ける環境の中、経済的な心配をすることなく、自らの人生を賭けるに値するとして、誇りを持ち博士課程に進学し、挑戦に踏み出す」ことが目標として掲げられている。

こうした背景を受け、NISTEPでは2014年から実施している博士人材追跡調査(JD-Pro)に加え、2020年から修士課程在籍者を対象とした経済的支援状況、進学意識、満足度等を調査する「2021 年度に修士課程(6 年制学科を含む)を修了ないし修了予定の者注1」を対象とした在籍者調査3)(以下、JM-Proと表記)を開始し、2023年1月に第2回調査(JM-Pro2)の結果を公表した4)。本稿では今回の調査から得られた修士課程在籍者の状況や今後の政策的課題等について考察する。

2. 調査方法

今回の調査は、「2021 年度に修士課程(6 年制学科を含む)を修了ないし修了予定の者」を対象として2022年1月16日から2022年3月8日にかけて実施した。回収状況は、対象者数125,028名注2、 回答数(有効回答数)17,525名、回答率(有効回答率)14.0%であった。なお、JM-Proでは回収標本の代表性を確保するため、キャリブレーションウエイト注3を構築し、これを用いた集計分析を行っている。

3. 主要な結果

今回の調査では、前回調査で行った研究分野ごとの分析に加え、学部からの直接進学者(以下、課程学生と表記)、社会人注4経験者(以下、社会人学生と表記)、外国人学生といった属性ごとの傾向分析も行った。その結果、各属性により回答傾向に特徴がみられることがわかった。以下、幾つかの分析結果について説明する。

3-1 修士課程への進学理由

修士課程に進学した理由を複数回答可で尋ねたところ、全体では「自分自身の能力や技能を高めることに関心があった」(54.0%)との回答が最も高く、次いで「研究することに興味・関心があった」(52.3%)、といった回答が半数を超えた(図表1)。また、「修士号を取れば、良い仕事や良い収入が期待できるから」などキャリアアップや収入増につながると回答した者は45.6%、「研究したい課題や問題意識があった」と明確な研究目的や課題があったとの回答は36.3%だった。しかし、学生分類別で見ると、「自分自身の能力や技能を高めることに関心があった」など自らのスキルアップを理由とした回答は外国人学生(66.5%)、社会人学生(66.0%)で多く、課程学生では49.2%と半分以下であることが分かる。また、「修士号を取れば、良い仕事や良い収入が期待できるから」などキャリアアップや収入増が期待できると回答した割合は外国人学生(50.5%)、課程学生(49.8%)が半数近くを占めるのに対し、社会人学生は19.0%と2割以下にとどまっている。

社会人学生のみが高い割合を示している選択肢は「研究したい課題や問題意識があった」(56.1%)で、課程学生(33.0%)、外国人学生(32.8%)よりもそれぞれ20%以上高く、社会人学生は明確な課題や問題意識をもって大学院進学を選択している者の割合が高いことがわかる。これに対して、課程学生では「学生でいたかった、または学生という身分が必要であった」と回答する者が2割を超えるなど、社会に出ずに学生というモラトリアム期間を得るために進学を選択したとする割合が他の学生と比較して高い。進学のモチベーションという観点からすれば、実態としては直接進学の課程学生よりも、社会人や外国人学生の方が明確な意思や研究課題をもって大学院進学を選択していることが読み取れる。

図表1 修士課程への進学理由(複数回答、単位:%)図表1 修士課程への進学理由(複数回答、単位:%)

3-2 授業料の減免について

学生経済支援の議論においてしばしば見落とされがちな要素として、授業料の減免制度が挙げられる。減免制度は基本的に前年度までの家計評価額注5を基準として決定されるため、入学前の段階で自己収入のある社会人は対象外とされることが多い。このため進学のため休職や離職をして在学時に収入が減少した場合でも免除対象外となるなど、社会人学生は制度上経済支援を受けられる割合が少ない傾向にある。

今回の調査結果においても、全体の授業料減免割合が2割程度であるのに対し、社会人学生は12.3%と課程学生(18.2%)の3分の2程度の割合にとどまっていることが分かる(図表2)。なお、外国人学生については、国費留学生の場合、文部科学省から支払われる「給与」のほかに、「教育費」として、入学料及び授業料等が大学に支払われることになっているため、実質的に入学料、授業料は全額免除されるという仕組みになっていることや、各大学において留学生を対象とした機関奨学金制度等が設けられていること等が影響しているものと思われる。

図表2 授業料の減免措置図表2 授業料の減免措置

3-3 借入金の有無について

返済義務のある奨学金、教育ローン等の借入金に関しては、あると回答した者は全体の約3分の1(33.7%)であった(図表3)。学生分類別では課程学生が43.6%と最も高く、続いて6年制学生(30.4%)、社会人学生(16.2%)、留学生(6.4%)の順となっている。また、借入金があると回答した者の借入金額は、全体では半数近い45.2%が300万円以上と回答している。学生分類別では、300万円以上と回答した割合が最も高かったのは6年制学生(85.6%)、次いで課程学生(37.3%)、社会人学生(28.5%)、外国人学生(23.3%)の順であった。6年制は課程の長さが金額に影響しているとみられる。全体として、課程学生は借入金のある者の割合も高く、また借入金額も多い傾向がみられる。修士課程在学中に借入金がある場合、更に経済的負担が高く、キャリアも不安定となる博士課程進学が忌避されるのはごく自然な選択だと思われる。現在実施されている博士人材政策の多くは博士課程入学後の支援に焦点が当てられているが、進学前の段階から経済的負担を軽減するための施策や、TA・RAをはじめとする学生雇用制度等の整備等を含め、修了時までの借入金そのものを増やさないようにする機会や取組も併せて考えていく必要があるように思われる。

図表3 借入金の有無(学生分類別)図表3 借入金の有無(学生分類別)

3-4 修士課程に関する満足度

在籍中に経験した「修士課程に関する満足度」については、項目別で最も満足度が高かったのは「教育・研究指導の質」で74.7%が「とても良い」、「まあ良い」と回答している(図表4)。これに対し、「あまり良くない」、「全く良くない」の割合が高かったのは「国際性の向上」(32.6%)、「人的ネットワークの広がり、異分野との交流・協働」(26.8%)、「キャリア開発支援や進路指導」(25.9%)、の3項目であった。

これらの項目について、自由記述回答では具体的に様々な意見が寄せられている。国際性の向上については、「海外留学(研究員、インターン等)がしやすくなること」、「交換留学など研究室外で研究しやすくなる制度の拡充」、「海外の同業者とのつながり」等、海外での研究機会や海外研究者、関係機関との交流機会を求める意見がみられた。また、「人的ネットワークの広がり、異分野との交流・協働」については、「企業と研究室の交流の機会を増やす」、「学部生と院生の積極的な交流又は情報交換」、「指導教員以外との共同研究」等、研究室の枠組みを超えた縦横のつながりを求める意見が挙げられている。「キャリア開発支援や進路指導」については、「ビジネススキル、コミュニケーションスキルのプログラム実施」、「働きながら博士後期課程に進学できる経済的、時間的支援」、「起業環境の整備」等、キャリア構築に必要なサポートやスキルアップのための機会を求める意見等が多く挙げられた。

図表4 修士課程についての項目別満足度(全体)図表4 修士課程についての項目別満足度(全体)

3-5 博士課程進学ではなく就職を選んだ理由

「就職先が決定している」又は「就職活動中」と回答した者に、博士課程への進学ではなく就職を選択した理由を尋ねたところ、全体では「経済的に自立したい」、「社会に出て仕事がしたい」等が6割程度を占めた(図表5)。一方、これを学生分類別でみてみると、課程学生は「博士課程に進学すると生活の経済的見通しが立たない」(43.6%)、「博士課程に進学すると修了後の就職が心配である」(38.7%)、「博士課程の進学のコストに対して生涯賃金などのパフォーマンスが悪い」(36.0%)など、博士進学がキャリアや収入にネガティブな影響を与えることを懸念する回答が他の学生よりも高い傾向がみられる。また、就職についても「大学教員などの仕事に魅力を感じない」とする割合が3割を超えるなど、アカデミアの仕事に対しても他の学生と比較して意欲が低いことがわかる。研究人材確保の観点からすれば、経済的な問題に加え、若手研究者の置かれている職場環境やキャリア等についても、現在の不安定な雇用慣行や非常勤をはじめとする任期付教員の低賃金労働といった問題の解決に取り組まない限り、こうした傾向が大きく改善されることはないように思われる。

図表5 博士課程進学ではなく就職を選んだ理由図表5 博士課程進学ではなく就職を選んだ理由

3-6 博士課程進学を検討する上での条件

最後に、日本国内の大学院博士課程への進学を検討する場合、どのような条件が整うことが重要かについて複数回答で尋ねたところ、全体では「博士課程在籍者に対する経済的支援が拡充する」が最も多く、どの学生分類においても50%以上の割合を示した。学生分類別にみると、社会人学生の回答割合が他の学生と比較して高かった項目は、「進学や編入学が容易になる」(23.8%)、「賃金や昇進が優遇されるなど、博士課程修了者の民間企業などにおける雇用条件が改善する」(35.0%)等、就学に関する要件の柔軟性や、学位取得後の雇用条件に関するものであった。一方、外国人学生の場合は「研究や実験設備などの研究環境が充実する」(30.5%)、「国際学会への参加や留学など国際的な経験を積む機会が多くなる」(25.0%)、「博士課程に優秀な学生が集まる」(24.5%)等、研究環境や教育内容の充実といった選択肢で他の学生よりも高い割合を示しており、進学を検討する要素についても学生分類等により異なる傾向がみられる。

また、博士課程進学を検討する条件として「その他」に挙げられた自由記述としては次のような意見が挙げられている。まず、大学の教育・研究環境については、働きながら学位取得が可能になるプログラムの拡充や、居住・勤務地域に左右されない通信制での受講、学位取得手段を望む意見が多くみられた。さらに、在学期間中に企業や他の研究室と交流する機会の拡大等、共同研究や開発につながる機会を求める意見もあった。消極的な意見としては、博士進学した場合の将来のイメージが湧かない、進学することによってどのようなメリットがあるのか分からないといった意見も散見された。

経済支援については、海外の大学院と同等程度の処遇(研究者としての雇用や学費免除)を求める意見が多くみられた。現行の制度では、博士学位取得に至るまでの在籍期間を通じて生活費を維持する手段が限られているため、こうした状況を改善する取組が急務であると思われる。また、雇用環境については博士学位取得者の雇用実績やロールモデルが見えない点を指摘する意見もあった。民間企業だけでなく国や地方公共団体等においても、博士学位取得者には具体的にどのようなキャリアパスの選択肢があり、どういった分野で活躍をしているのかといったことについて、学生や社会への発信を更に強化する必要があるものと思われる。

4. まとめ

今回のJM-Pro2の調査では、2009年にNISTEPが理系大学院生を対象として実施した「日本の理工系修士学生の進路決定に関する意識調査」5)(以下、2009年調査報告と表記)と同じ設問が幾つか用意されていた。「進学ではなく就職を選んだ理由」、「在学中の博士課程への進学検討」、「博士課程への進学を考える条件」などがこれに当たる。2009年調査報告では、進学ではなく就職を選んだ理由は「経済的に自立したい」(93.8%)、「博士課程に進学すると修了後の就職が心配である」(75.5%)、「博士課程に進学すると生活の経済的見通しが立たない」(69.5%)などとなっており、10年以上経た現在と回答傾向にほとんど変化がない。また、博士課程への進学を考える条件においても「博士課程在籍者に対する経済的支援が拡充する」が最多であり、これについても変化はみられない。つまり、修士学生が博士進学を(ちゅう)(ちょ)する原因の多くが経済的な側面にあるということが2009年には明らかになっていたにもかかわらず、この問題は2022年時点おいても根本的には解決されていないということがわかる。

また、NISTEPの「民間企業の研究活動に関する調査」6)等の結果からも明らかなように、現在の日本の民間企業における研究開発人材のメインアクターは博士修了者ではなく、理工系の修士修了者である。現在、内閣府や文部科学省を中心として、博士課程学生を中心とした経済支援施策の拡充が行われているが、STI人材の育成といった観点や、進学忌避や頭脳流出(ブレインドレイン)が修士段階から起きていることを鑑みれば、博士のみならず、修士段階においてどのような事態が起きているのかを把握する調査を進め、また修士課程段階からの学生支援に対する施策も併せて充実させていく必要があるように思われる。

JM-Proの調査結果から読み取れるもうひとつ重要な要素としては、大学院課程におけるキャリア支援や他機関との連携といった経済支援以外の学生支援サービス充実の必要性が挙げられる。社会人学生のための長期履修制度の充実や、介護・育児等ライフイベントに対応した施策、修士課程学生の研究参加を促す企業との交流機会や他大学との共同研究、大学院学生の学内雇用等のプログラムもまた、学生生活を充実させ、教育・研究機会を増加させるための重要な学生支援といえる。現在、卓越大学院プログラムをはじめとした様々な先端的なプログラムが実施されており、大学院生に対する経済支援施策も拡大しているが、これらの施策が、今後修士課程在籍者の学習意欲や進学意識にどのような影響を及ぼすか、JM-Proでも継続的に把握していきたい。こうした施策が今後、より多くの学生が参加可能なプログラムや制度として大学院教育の中に埋め込まれていくことにより、学生の進学行動や研究活動にも何らかの変化がみられるであろう。これから進学を考える学部生や進学を希望する社会人が充実した学生生活を送ることができるような取組が、こうした施策から多く生まれることを心から願っている。


注1 以下「(6年制学科を含む)」を省略し、「修了(卒業)した者及び修了(卒業)予定の者」を「在籍者」とする。

注2 令和3年度学校基本調査

注3 キャリブレーションウエイトは横浜市立大学データサイエンス学部の土屋隆裕教授により構築

注4 職に就いている者、給料、賃金、報酬、その他の経常的な収入を目的とする仕事に就いている者。ただし、企業等を退職した者、および主婦なども含む。

注5 家計評価額=総所得金額-特別控除額-収入基準額

参考文献・資料

1) 内閣府「第6期科学技術・イノベーション基本計画」, 2021.3,
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/6honbun.pdf

2) 文部科学省中央教育審議会大学院部会「2040年を見据えた大学院教育のあるべき姿」, 2019.1
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2019/02/18/1412981_001r.pdf

3) 科学技術・学術政策研究所「修士課程(6年制学科を含む)在籍者を起点とした追跡調査(2020年度修了(卒業)者及び修了(卒業)予定者に関する報告)」, 調査資料 No.310, 2021.6

4) 科学技術・学術政策研究所「修士課程(6年制学科を含む)在籍者を起点とした追跡調査(2021年度修了(卒業)者及び修了(卒業)予定者に関する報告)」, 調査資料 No.323, 2023.1

5) 科学技術・学術政策研究所「日本の理工系修士学生の進路決定に関する意識調査」 調査資料 No.165, 2009.3.

6) 科学技術・学術政策研究所「民間企業の研究活動に関する調査」速報版, 2023.1