STI Hz Vol.8, No.1, Part.1:(特別インタビュー)株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長、所長 北野 宏明 氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00278
  • 公開日: 2022.03.01
  • 著者: 岡谷 重雄、鎌田 久美、矢口 雅英
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所
代表取締役社長、所長 北野 宏明 氏インタビュー
-「新AI戦略検討会議」座長に聞く-

聞き手:総務研究官 岡谷 重雄
科学技術予測・政策基盤調査研究センター 研究員 鎌田 久美
第2研究グループ 研究員 矢口 雅英

内閣府の統合イノベーション戦略推進会議は、2019年に策定した「AI戦略2019」をフォローアップする「AI戦略2022」(以下、「新AI戦略」)を策定中である。「新AI戦略」は、大規模災害などの有事にいかにAIを用いて対応するかという視点が中核になっている。また、大きく変革している社会・経済システム及びAI関連の動きが加速している諸外国への対応を踏まえた、社会・経済活動に真に役立つAIの社会実装の促進に重点を置いた戦略である。

本インタビューでは、「AI戦略2019」策定から構成員を務められ、2021年に「新AI戦略検討会議」の座長に就任された、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明社長に、AI戦略と科学技術政策に関するお考えや、システムバイオロジー、COVID-19から見る科学技術政策などについて伺った。

株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長、所長 北野 宏明 氏略歴株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長。ソニーグループ株式会社 常務。株式会社ソニーAI CEO。特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構 会長。学校法人沖縄科学技術大学院大学 教授。ロボカップ国際委員会ファウンディング・プレジデント。国際人工知能学会(IJCAI)会長(2009-2011)。The World Economic Forum(世界経済フォーラム)AI & Robotics Council委員(2016-2018)、Quantum Computing Council委員(2019-2020)。The Computers and Thought Award (1993)、 Prix Ars Electronica (2000)、日本文化デザイン賞(日本文化デザインフォーラム)(2001)、ネイチャーメンター賞中堅キャリア賞(2009)受賞。ベネツィア・建築ビエンナーレ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)等で招待展示行う。2018年内閣府イノベーション政策強化推進のための有識者会議「AI戦略」構成員、2019年人工知能研究開発ネットワーク会長、2021年米国人工知能学会(AAAI)フェロー、内閣府新AI戦略検討会議座長就任。

株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所
代表取締役社長、所長 北野 宏明 氏

略歴
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長。ソニーグループ株式会社 常務。株式会社ソニーAI CEO。特定非営利活動法人システム・バイオロジー研究機構 会長。学校法人沖縄科学技術大学院大学 教授。ロボカップ国際委員会ファウンディング・プレジデント。国際人工知能学会(IJCAI)会長(2009-2011)。The World Economic Forum(世界経済フォーラム)AI & Robotics Council委員(2016-2018)、Quantum Computing Council委員(2019-2020)。The Computers and Thought Award (1993)、 Prix Ars Electronica (2000)、日本文化デザイン賞(日本文化デザインフォーラム)(2001)、ネイチャーメンター賞中堅キャリア賞(2009)受賞。ベネツィア・建築ビエンナーレ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)等で招待展示行う。2018年内閣府イノベーション政策強化推進のための有識者会議「AI戦略」構成員、2019年人工知能研究開発ネットワーク会長、2021年米国人工知能学会(AAAI)フェロー、内閣府新AI戦略検討会議座長就任。

1. AI戦略と科学技術政策

- 北野先生は、内閣府 統合イノベーション戦略推進会議が推進するAI戦略1)の構成員を2019年より務められ、このたび、「新AI戦略検討会議」の座長に御就任なさいました。日本のAI戦略と科学技術策定について、お考えをお聞かせください。
1-1 AI戦略と社会実装について

最初に策定した「AI戦略2019」では、人材育成を戦略目標1に掲げ、AI戦略の1丁目1番地にしました。AI人材25万人計画を打ち上げて、AI教育及びデータサイエンス教育に展開しています。この計画については時間がかかりますが、かなり大きく踏み込んだ提案でうまく進んだと考えています。

「AI戦略2019」に続く新しいAI戦略については、策定を始めたところですが、2021年度内に決まる予定です。この「新AI戦略」は、大きく分けて二つあります。

一つは、スケーラブルな社会実装ができるかどうかです。データがあってAIを作るというだけでなく、そのプロセスとしてデータが収集されて価値を生み、更にそれが拡大するということを国内外で展開できる仕組みを作ることが必要です。これをハーベストループと呼んでいますが、ハーベストループを作ることが社会実装につながっていきます。

もう一つは、有事対応におけるAI活用です。実はこちらの方が重要で、日本は直下型地震がいつ起きるか分からない状況にあります。南海トラフ地震が2035年前後5年に起きると予測されていて、3連動か4連動のスーパー南海トラフ地震となる可能性が予想されています。その前後に富士山の噴火が起きるという予想もあり、それらの災害への対応が必要となります。このための準備期間は数年しかありません。この規模になると、完全に災害を防ぐことは不可能で、被害損額は220兆円、36万人死亡、6000万人の被災者が出ると予想されています。土木学会の予想によると、震災後の20年間は1000兆円に上るというかなりのダメージです。ダメージをゼロにすることは不可能ですが、人的被害、経済的被害を最小化する努力をしつつも、震災後に日本をどのように復興させるかが大きなポイントとなると思います。地震以外にも、日本は台風の巨大化や洪水など気候変動による災害の激甚化もありますから、これからの10年間20年間は極めて甚大な災害が連続して起きるということを真正面にとらえて、防災・減災、震災後の日本の復興をどのようにして行うかが重要になると思います。スケーラビリティと有事対応の二つが、次のAI戦略の主要なポイントになります。

1-2 スケーラビリティにおける日本の状況について

AIベースのサービス展開においてスケーラビリティについては重要なポイントであるといえます。日本の国内市場は(語弊があるかもしれませんが)中途半端に大きい状況にあります。日本は人口約1億2000万人、米国、中国に次ぐ世界第3位の経済大国です。また、単一国家として、海外とのかなりの通商展開があり、日本国内だけでもそれなりのビジネスになります。しかし、日本の問題は、日本単独では、人口が十分大きいわけでもなく、さらに、日本市場が縮小する市場であるということです。

AIにおいて重要なデータは、(全てではありませんが)多くの場合は人に関するデータになります。日本の場合、今後、人口が減っていくことにより、データも減っていくことになります。一方、中国は約14億人のユーザーベースがあり、米国は約3億人のユーザーベースがありますが、GAFAM(Google, Apple, Facebook, Amazon, Microsoft)などは、世界中に展開しているので10億人から20億人をユーザーベースとしてデータを取ることができます。インドも非常に大きなユーザーベースがあります。EU(欧州連合)はGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)など非常に厳しい規制を行っているものの、単一経済圏と見なせば数億人規模の経済圏になります。そのような状況の中で、人口減少に伴う日本市場の縮小を考慮に入れると日本が国内だけでやっていくのであれば戦いようがなく、企業の中長期的な成長を考えると、海外に展開していくことが必須となります。ただ、今回の実装戦略では、民間企業がやることに国が口を出すということは現実的ではないので、民間企業がやれることは民間企業がやるという前提で、国がやることを明確にしていきたいと思います。具体的には民間企業がビジネスをやりやすくするプラットフォームを作る、規制を変えていくこと等を戦略の中に入れられればと思っています。例えば、インドのIndia Stackと相互運用性のあるプラットフォームができれば、国を超えていろいろなAIサービスを展開する事業機会も増えると思います。

例えば、農林水産省の農業データ連携基盤(WAGRI)のプラットフォームがありますが、ほかにもフードチェーン、サプライチェーン、コールドチェーンのプラットフォームなど、それぞれ良いものを持っていて、一部は海外に展開しようとしています。これらを日本だけではなくて、海外にも展開することにより、データの展開、日本の食品の輸出、また、日本の権利が保護された形で、海外で農業ができるような展開もあるのではないかという議論を行っています。同時に、国内での農産物輸出でのブランド化をいかに強固なものにするかも重要です。その中で、AIやロボティクスがいろいろな意味で力になっていくと思います。ただし、AIやロボティクスを単独で取り出して既存のものに付けても、そんなに大きな成果にはなりません。効果を発揮するにはAIやロボティクスの活用を念頭に産業の在り方もトランスフォームされる形で導入されていくことが必須だと思いますので、そのことについて議論し始めているところです。

1-3 有事対応におけるAIの新しい展開について(防災・減災・復興)

災害対応の中で、AIや情報科学はかなり重要ですが、災害は物理的に起きるので、そうした物理的側面に対しては無力です。AIがあったから津波が目の前に来ているのに助かった、ということはほぼないわけですよね。これは残念なリアリティです。ただ、事前準備としては、どのような対策をとるべきか、どのような避難経路が最適であるか、いつ・どのような災害が起こりそうか、といったことを、AIを用いて分析・予測する取り組みなどがあります。事前に学習・準備しておくことにより、災害時に動揺することなく対応できるようになり、救助方法、防災方法、復興に対する計画もできるので、いろいろなケースを考えて対応することはできると思います。

もう一つは、自然災害をAIによって止めることはできないので、復興をどうするかということになります。そのほか、減災もあります。減災に関しては、ハイリスク地域とローリスク地域がありますので、ローリスク地域に人や機能を分散することがどれだけできるかがポイントとなります。例えば、南海トラフ地震が起きるとすると、想定されるハイリスク地域は東京から四国九州までの太平洋沿岸部分、富士山の噴火を考えるとその東側の地域です。これらの地域が麻痺(まひ)したときに、日本の行政と産業の活動をどのように維持していくか、考える必要があります。

具体的な対応策としては、現在コロナ禍で普及しているテレワーク、又は、リモートで物理的に作業ができるテレイグジステンスやロボティクス等の活用で、分散型の職場や機能を作るということです。さらに、政府機能や日本の機能をサイバースペースに入れることが考えられます。分散型は、物理的に分散化する方法とサイバースペースに分散化する二つの方法があり、慶應義塾大学環境情報学部の安宅和人教授が議長をされたデジタル・防災技術ワーキンググループ未来構想チーム(内閣府)での議論になります。他の対応策には、例えば首都移転の話もありますが、現実的ではないと思います。これだけ東京に機能集中しているのは、リスクもありますが集中による利点もあります。また、日本には関東平野のような大きな場所はほかにありません。東京を移転するとなると、10年~20年かかってしまうので、間に合わないと思います。現実的な対応策はやはり最初に述べたように分散化することだと思います。

復興のためには、AIで多様なスキルセットを準備しておくことが必要となります。また、復興資金をどうするかが問題となります。いろいろな企業や個人が日本だけではなくて、グローバルに活動するネットワークを一気に強化して、人材、テクノロジー、知財、復興資金を確保することが必要であると思います。

1-4 「新AI戦略」の質的な変化について

日本はこれまで、何回も大規模災害という有事を乗り越えてきています。前々回は江戸時代後期の安政年間に、南海トラフ地震である「安政南海大地震」がありましたが、地震被害は相当にひどかったようです。その前日には、安政東海地震があり、翌年には、安政江戸地震、さらに、その翌年に、安政八戸地震と続きました。そのため、江戸幕府は財政的に相当厳しい局面に立たされたと思います。その後、江戸幕府 は終焉(しゅうえん)を迎え、明治維新となりました。前回の南海トラフ地震である「昭和南海地震」は太平洋戦争中でしたので、情報が隠されていましたが、鳥取地震、昭和東南海地震、三河地震、昭和南海地震と大規模な地震が4年間連続で起きました。そこで戦後を迎えました。戦後の日本の高度成長期において、地殻変動は安定期にあり、大きな災害は比較的少ない時期でした。その後、阪神・淡路大震災において地殻変動の活動期に入りました。日本は、このような大震災を契機にして社会体制や政治体制がガラッと変わってきました。

「新AI戦略」では、最初のフェーズにおいて人を育成すること、各産業セクターに導入することなどは「AI戦略2019」と変わらないと思いますが、新しくなった部分は、グローバルにスケールさせることに対して国がどういうお手伝いができるか、そして有事体制を考慮に入れることです。様相が劇的に変わると思います。

2. システムバイオロジー

- 北野先生が御提唱された「システムバイオロジー(システム生物学)」23)の最新の状況についてお聞かせください。
2-1 システムバイオロジーの現状と課題

システムバイオロジー注1は、学会注2が設立されており、医学や生物学等の各分野の学会にもシステムバイオロジーの発表やセッションがあり、また大学でも一つの学問分野として教えられているので、システムバイオロジー自体は完全に定着したと考えています。問題は、次にどうするかということで、大規模で精密なモデルを作りきるということが難しいです。大規模にすると統計的な処理に頼ることとなり、精密なモデルにすると、ある程度区切った小規模なモデルで解析をやることとなり、システムバイオロジーを提唱する前からこの状況は余り変わっていません。

大規模で精密なモデルがなぜ作れないかというと、人間の認知能力であるとか、研究スタッフのキャリアパスなど社会システムの構造であるとか、いろいろな理由があります。システムバイオロジーが次のフェーズに入るためには、AIサイエンティスト(注:「AIを研究する科学者」ではなく、「科学者の業務を担うAI」)が必要です。つまり、AIが科学のコンパニオンとして非常に強力なインテリジェントな支援をする、又は、かなり自律的な研究をAIシステムがやれるところまで持って行かないと、システムバイオロジーは次のフェーズには入れないと考えています。

2-2 AIサイエンティストについて

私は「ノーベルチューリングチャレンジ」67)注3を提唱していて、2050年までにAIがかなり高度かつ自律的にノーベル賞クラスの発見を連続的に行えるシステムを作るべきだという話をしています。まだ先の話ですが、その過程でできるいろいろな技術は、科学の在り方を一変させると思います。実際にAIがノーベル賞を取るかどうかは重要ではなく、ノーベル賞委員会が審査のときに、AIが中に混ざっているから気をつけろよと言い始めたら勝ちで、その段階で我々は勝利宣言をすると思います。そういうインテリジェントなシステムを作っていくことによって、科学の在り方を変え、科学を加速していくことが次のミッションだと思っています。

2-3 「ノーベルチューリングチャレンジ」の実現に向けた期待の研究活動

期待している研究の一つは、ロボティクスを使った実験の自動化です。国内では、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)創薬分子プロファイリング研究センターの夏目徹先生が、実験を行うヒト型汎用ロボット「まほろ」を開発しています。いろいろなデータを見ると、COVID-19で一般にも知られるようになったPCR(Polymerase Chain Reaction)などのアッセイは、人間よりロボティクスの方がばらつきなく精度が高い結果が出ています。また株式会社ビジョンケア代表取締役の高橋政代先生は、京都大学iPS細胞研究所の髙橋淳教授と一緒に、国立研究開発法人理化学研究所(理研)でiPS細胞由来網膜色素上皮細胞を分化誘導する最適条件を、ロボットを使って見つけ、ロボットに培養させています。ベストなテクニシャン(技術補佐員)しかできなかった培養が、ロボットに任せればできるようになるといった、具体的な成果が出てきています。

自動化のほかに期待している研究は、大規模なデータベースや論文からの知識抽出です。いろいろなところで進められていますが、まだ個別の研究成果です。全体をつなげるようなシステムはこれからできてくるだろうと思います。

インタビュー中の北野氏(NISTEP撮影)

インタビュー中の北野氏(NISTEP撮影)

3. COVID-19と科学技術政策

- COVID-19の対応から見る科学技術政策に対する意見をお願いします。

去年4月から約1年半、内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室でCOVID-19 AI・シミュレーションプロジェクトに参画し、専門家の先生方の取りまとめ役を担当しました。ゴードン・ベル賞注4の特別賞を受賞した理研のスーパーコンピューター「富岳」を活用した飛沫(ひまつ)・エアロゾル拡散モデルシミュレーションの研究4)や、理研光量子制御技術開発チーム(和田智之先生)らの共同研究グループが開発した空気中に浮遊する新型コロナウイルスの感染性を消失させる光触媒技術5)など、非常にアピーリングな成果が出てきたと思います。

感染シミュレーションに関しては、7チームの先生方の様々なアプローチによる研究を大臣や総理にお伝えして、政策の判断の参考にしていただきました。科学が国家の緊急事態の政策に何らかの形で貢献できたと思います。2021年1月7日~3月21日の緊急事態宣言では、総理が我々のチームのシミュレーションを御覧になり、解除の延長を決められたと聞いています。ワクチン接種に関しても、大規模接種会場や職域接種において現役世代を一気に前倒しするという御判断は、我々のチームのシミュレーションが出した「現役世代に対してのワクチン接種前倒しが全体の感染者数を一気に減少させる」という結果が取り入れられ、政策決定につながったものであると考えています。このように、幾つかの節目で政策決定に資することをインプットできたのではないかなと思います。

我々の役目は政策を決めることではなく、政策をサポートするシミュレーションデータを多角的に提供することにあります。政策決定の裏にはいろいろな判断があり、最終判断は政策決定者が行うものです。我々は、政策決定者が質の高い意思決定ができることを支援させていただくのが役割と考えています。そのために、意図的に複数のチームで複数のアプローチを行うようにしています。その背後には、データに基づく数理的な解析やシミュレーションがあり、政策の影響をシミュレーションすることをしています。このような数理分析による政策決定支援は非常に重要で、例えば第二次世界大戦中、米国ではオペレーションリサーチを開発して軍事作戦に使っており、英国ではアラン・チューリングが率いるブレッチリー・パーク(政府暗号学校)のチームがドイツ軍のエニグマ暗号を解読して、解読したことが分からないように反撃をシステマティックに行う作戦を立てていました8)。新型コロナウイルス感染症対策について、科学的な知見を使い不十分なデータから在り得る政策オプションを提示することで、少しでも政策決定の質の向上に寄与できればと思います。

面白いことに、第五波の感染は2021年8月末から9月半ばでピークアウトする予測は各チームで一致していたのですが、年末年明けの予測が二つに分かれていまして、免疫のバリアはかなり堅固なのでピークはこないという予測と、忘年会などの宴会や帰省などで人が動けば2022年1月半ばから後半にピークがくるという予測が出ています(2021年12月9日時点)。新しくオミクロン株が出てきたので、これらの予測は再計算しなければなりませんが、創価大学理工学部情報システム工学科の畝見達夫先生のチームでは、2021年12月始めに5名程度のオミクロン株の感染者が日本国内にいる場合、年末から感染者数が増え始めて2022年1月にかなり多い感染者数のピークがくるだろうと予測しています。

オミクロン株は、まだ感染力が明らかではありませんが、デルタ株の2倍の場合、感染者は増加し、人流の変化やリスク回避行動によっては制御可能な範囲です。感染力がデルタ株の4倍になると、全く制御不能になり、放置すればほぼ全員が感染する予測となります。日本は全員マスクを着用してワクチン接種による免疫がまだフレッシュな状態にあるので、オミクロン株の日本での重症化の度合いは2021年末まで待たないと分からないと思います。オミクロン株が最初に特定された南アフリカのクラスターは、年齢の若いポピュレーションで軽症が多く、デルタ株よりいいだろうと思われますが、デルタ株はアルファ株に比べて重症化リスクは高く、オリジナル株やアルファ株よりいいかどうか分かりませんので、感染しても大丈夫というわけではありません。

インタビューの様子インタビューの様子 (左)北野宏明氏、(右)NISTEP矢口、岡谷、鎌田(NSITEP撮影)

(左)北野宏明氏、(右)NISTEP矢口、岡谷、鎌田(NSITEP撮影)

4. 研究者や行政官へのメッセージ

- 最後に、研究者や行政官に向けてメッセージをお願いします。

政府のAI戦略や新型コロナ感染症対策に関わるようになり、政策と科学の間のところの立場に置かれるようになりました。今の社会で国の在り方や政策は、科学技術抜きでは決められないと思います。パンデミックや災害が生じたとき、またそれ以外でも、科学技術が果たす役割は非常に大きくなっています。科学技術の政策との関わり方を日本は整理しておく必要があります。いかにして科学的な知見や結果から政策決定にフィードバックするか、またそのダイアログをしっかり考える時期に来ていると思います。また、現状では、有事のところを平時のオペレーションで対応してしまっている部分があるので、ふだんから有事のときは有事モードにシフトできる制度設計が必要ではないかと感じています。

(2021年12月9日オンラインインタビュー)


注1 システムバイオロジーとは、生命を分子に還元して理解するのではなく、総体としての系(システム)という観点からとらえるライフサイエンスの研究領域。生命現象を静的に記述する大規模網羅的データについて、バイオインフォマティクスを介してデータマイニングする手法と、複雑な生命現象についてシステム動態や制御工学的手法を反映したモデルを構築する手法、という異なるアプローチを併存させ、さらに、両者の成果を結び付けて、より上位の階層の生命現象をシステムとして理解するための方法論を構築する学問領域。(参考:CRDS G-TeC報告書2011)

注2 国際システム生物学学会(The International Society for System Biology;ISSB)は、2000年に北野宏明氏により東京でInternational Conference of Systems Biology;ICSBが初めて開催され、その後毎年世界各国で開催されているシステム生物学の国際学会。

注3 「ノーベルチューリングチャレンジ」とは、「2050年までにノーベル賞を受賞できるような発見をAIにさせる」ことを目標に掲げた北野氏の提唱するグランド・チャレンジ。ノーベル賞に値するレベルの科学的発見をする人工知能システムを作ることと、人工知能が人間の研究者と区別がつかないレベルでの自律性を持った振る舞いを実現することを目指している。(北野氏が提唱する類似のグランド・チャレンジとして「2050年、ヒト型ロボットでサッカーのワールドカップ・チャンピオンに勝つ」ことを目標に掲げた「ロボカップ」が存在する)。

注4 ゴードン・ベル賞は、高性能計算分野における高性能計算アプリケーションの実性能と計算科学の成果に対し授与される賞で、Digital Equipment Corporation(DEC)元副社長であるゴードン・ベル氏が1987年に創設した。米国計算機学会(ACM)が主催し、授賞者には毎年1万ドルが授与される。2021年は理研計算科学研究センター複雑現象統一的解放研究チーム(坪倉誠チームリーダー)ら共同研究グループが、「富岳」を用いたCOVID-19の飛沫・エアロゾル拡散モデルシミュレーションの研究で特別賞を受賞した。

参考文献・資料

1) 内閣府AI戦略(https://www8.cao.go.jp/cstp/ai/index.html

2) Kitano H. Systems Biology: A Brief Overview, Science, 295(5560): 1662-1664, 2002
https://www.science.org/doi/10.1126/science.1069492)

3) Kitano H. Computational Systems Biology, Nature, 420 (6912), 206-210, 2002
https://www.nature.com/articles/nature01254

4) Ando K, et al. Digital transformation of droplet/aerosol infection risk assessment realized on “Fugaku” for the fight against COVID-19. arXiv:2110.09769, 2021
https://doi.org/10.48550/arXiv.2110.09769

5) Matsuura R, et al. SARS-CoV-2 disinfection of air and surface contamination by TiO2 photocatalyst-mediated damage to viral morphology, RNA, and protein. Viruses, 13(5), 942, 2021
(https://doi.org/10.3390/v13050942)

6) Kitano H. Artifical intelligence to win the Novel Prize and beyond: creating the engine for scientific discovery. AI magazine, 37(1), 2016 (https://doi.org/10.1609/aimag.v37i1.2642)

7) Kitano H. Novel turing challenge: creating the engine for scientific discovery. Npj System Biology and Applications, 7, No.29, 2021 (https://doi.org/10.1038/s41540-021-00189-3)

8) Smith M. The secrets of station X: How the Bletchley Park codebreakers helped win the war. Biteback pub., 2011