STI Hz Vol.6, No.4, Part.7:(ほらいずん)デルファイ調査座長に聞く「科学技術の未来」:ICT・アナリティクス・サービス分野-ICTによる縮小する日本の社会における進化-東京大学大学院情報学環 越塚 登 学環長・教授インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00236
  • 公開日: 2020.12.21
  • 著者: 鎌田 久美、黒木 優太郎、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
デルファイ調査座長に聞く「科学技術の未来」:
ICT・アナリティクス・サービス分野
-ICTによる縮小する日本の社会における進化-
東京大学大学院情報学環 越塚 登 学環長・教授インタビュー

聞き手:科学技術予測センター 研究員 鎌田 久美、研究官 黒木 優太郎、上席研究官 林 和弘

概 要

約半世紀の歴史がある科学技術予測調査では、分野別分科会等において日本有数の各分野の専門家の英知を結集して調査の質問項目・内容が作成され、調査結果の分析が行われている。調査結果のみならず、その検討過程についてより深く理解をいただくため、第11回科学技術予測調査デルファイ調査における分野別分科会の座長インタビューを連載する。

連載第4回となる本稿では、東京大学大学院情報学環の学環長・教授であり、ICT分野において国際的に活躍されている、ICT・アナリティクス・サービス分野の座長を務められた越塚登氏に、調査結果も踏まえて、ICTの未来や役割、可能性について話を伺った。

キーワード:科学技術予測,デルファイ,ICT,DX(デジタルトランスフォーメーション),進化

越塚 登 東京大学大学院情報学環長・教授(越塚氏提供)

越塚 登 東京大学大学院情報学環長・教授(越塚氏提供)

越塚氏経歴等:
1985年3月 筑波大学附属高等学校卒業
1994年3月 東京大学 大学院理学系研究科 情報科学専攻 博士課程修了、博士(理学)
1994年4月 東京工業大学 理学部情報科学科・助手
1994年6月 東京工業大学 大学院情報理工学研究科・助手
1996年7月 東京大学 大学院人文社会系研究科・助教授
1999年8月  同 情報基盤センター・助教授
2006年4月  同 大学院情報学環・助教授
2007年4月  同 准教授(法令変更に伴う役職名変更)
2008年4月  同 総長補佐(~2009年3月)
2009年4月  同 ユビキタス情報社会基盤研究センター(兼務)
2009年9月  同 教授(現職)
2015年4月  同 総合分析情報学コース長
2017年4月  同 ユビキタス情報社会基盤研究センター長、ダイワユビキタス学術研究館長
2018年1月  同 オープンデータセンター長
2018年4月  同 副学環長
2019年8月  同 学環長
出典:http://noboru.koshizuka-lab.org/

第11回科学技術予測調査について

- 今回の調査の結果から見えてきたことは何でしょうか。

今回、私がICT・アナリティクス・サービス分野(図表1)の座長を務めた動機ですが、「科学技術の未来予想なんてできない」という方もおりますが、私は一部違った考えを持っています。確かにテクノロジーだけの予測は難しいかもしれませんが、例えば情報通信分野は、10年後・20年後を見据えた長期的計画の上に成り立つ、インフラ整備のような大規模投資やビッグビジネスの絡む分野ですから、部分的には予測可能であると考えています。

また、情報通信分野に限らず、人間は考えられないことを実現できません。将来実現されることは、必ずどこかで誰かが考えていたことなのです。その誰かを見つけるのは難しいことですが、予測できないことではないはずです。

ICT・アナリティクス・サービス分野の結果の特徴として、国際的な重要度が高いにもかかわらず、日本の国際競争力は低いとされる科学技術が多かった。重要な技術と日本の強みのかい離は、これまでも言われていた日本のICTの問題点ですが、今回のデルファイ調査によってエビデンスとして顕在化したように思います。日本は技術設計と制度設計の関係がうまくいっておらず、技術と社会との関わりもうまくいっていない傾向にあります。日本は技術だけで戦おうとしますが、ICTは制度設計等と一体ですから、全体として考えなければなりません。

ただ、ここで重要なのは「日本とは何か」ということです。日本の大企業でも株主がほとんど外国の人の場合があるし、北京にあるマイクロソフトリサーチアジア(MSRA)は「中国」なのでしょうか、「米国」なのでしょうか。そもそもICTの主体はグローバルなものなのです。そういった、ICTが持つ特性についてよく理解する必要があります。

今回の調査結果は、そういった特性について考え直す機会になったのではないかと思います。

図表1 ICT・アナリティクス・サービス分野の細目及びキーワード図表1 ICT・アナリティクス・サービス分野の細目及びキーワード

出典:第11回科学技術予測調査 デルファイ調査 図表II-4-1

面で戦う:IT(ICT)の分野特性について

- IT(ICT)とはどのような分野なのかを教えてください。

ITは制度設計、投資やインフラが絡み、「面で戦う」ことが必要な分野なのですが、ではなぜそうなのかと言うと、突き詰めればITの持つ「科学的」特性によります。ITは難しいと思う人もいるかもしれませんが、多角的な面を持つ面白い分野であると思います。

例えば、大学にはもう一つ花形の分野として医学・薬学がありますが、こういった現実世界の分野は、ある機能をもつ「物」の構造を見つけたら、他の「物」の構造でその機能は代替できません。例えばCOVID-19のワクチンにしてもいつかは一種類に集約される可能性が高く、そういった物質「構造」の知的財産権(知財)を押さえることはとても有効なわけです。

一方、ITはバーチャルで、最後は数学の世界です。この場合、多少の効率差があっても、一つの問題を解くのに、ほぼ間違いなく有力な方法が多く存在します。幾つもの手段の内、どれを選ぶかは各々の自由です。そうすると、どんなに良い技術を生んで知的財産権(知財)を押さえても「じゃあ、他の技術を使うので構いません」となりますから、技術一点突破というのには無理があるのです。IT分野の科学的特性によって、必然的に「面で戦う」必要が生まれます。「物」は独り勝ち、「IT」は複数勝ちと言えます。

また、ITのもう一つの分野特性は、「深く広く」です。例えばよく私が聞かれることとして、「この一冊読めばITがわかる本はありませんか?」という質問がありますが、そういった本はありません。皆が百冊読むような分野なのです。

通常の理系の学問だと、いわば神様が作ったただ一つの世界の中での学問であり、例えば万有引力を人間が変えることは不可能です。一方で仮想世界の神は人間で、例えば万有引力のような条件は簡単に変えることができる。そうすると人の数だけ法則が生じるわけですから、何か一つの世界の法則を覚えれば大丈夫ということはありません。したがって、その適応先としてのビジネスの展開も無限に広がっていきます。ビジネスとしてITを使おうと思えば、技術だけではなくその展開も合わせて考慮する必要があるわけです。

DXとIT(ICT)

- 広く普及したIT(ICT)技術ですが、その可能性について教えてください。

DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉がありますが、この言葉の意味は、観察し、データを集め、一般化するといったような科学的プロセスを通して、ITの浸透により、人々の生活をよりよい方向に変化させることを意味しています。

しかし、以前は国家や大企業しかできなかった、とてもコストがかかっていたことでした。近年では、ITは科学を安く実践するためのツールとして期待されています。ITの普及によって、身近な対象がサイエンスの対象となったのです。科学の市民化と言えるでしょう。

例えば「ナンパの数理科学」なんていう冗談もありますが、これだってやろうと思えば実際に低コストで計算できる時代になりました。実際、マッチングアプリのアルゴリズムを研究テーマとする実例も存在します。他にも、農業などあらゆる分野に適応されています。一つの分野にとどまらずに、分野を超えていくことが大切だと思います。

誰でも科学を実践できる時代においては、今後、多くの人にとって、DXの推進には「教育」が重要になると思っています。これもまた、「面」の一つだと思います。

日本の未来:ICTによる縮小する社会における進化

- 日本の未来や課題に、IT(ICT)はどのように貢献していくのでしょうか。

少し違った将来的視点としては、日本が抱える最も大きな問題は、私は人口の減少だと思っています。今後、ある程度の経済の縮小は覚悟しなければならないと考えます。例えばMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)という言葉がありますが、将来的にバス業界や航空業界が自分の業界だけではビジネスとして成り立たなくなるかもしれない、その結果、他の分野と統合という考え方が生まれるかもしれません。

今までは、投資してもうけて…といった経済が拡大する仕組みを使って、日本は進歩してきたと思うのですが、今後は、進歩イコール拡大という考え方では成り立たなくなってきます。縮小するメカニズムの中において進歩する手段をどのように組み込むか、というとても難しい問題に日本は直面しています。

これを解決する方法として、ITの利用があると思います。ITの仕組みには、ユニファイ(統合)する性質があるので、この性質を全面に利用することが、縮小する社会の中で進歩するための唯一の解になると思います。具体的には、市場を統合して、IT化することによりスケールメリット(規模効果)を出していく、そうすれば縮小する中においてもやっていけるのではないでしょうか。ITのスケールメリットを利用して、人口の減少の問題に対しても、強い足腰を作ることができるのではないかと考えています。

デジタル庁への期待

- 新しく創設されるデジタル庁への期待をお聞かせください。

今の時点でもやらなければならないことは山積みなわけですから、ディティールの積み上げはできると思いますが、デジタル庁にはもっと大きなことを期待したいです。

人材不足はどこでも問題になりますが、人材を確保し、育てたいと思えば、若い人に勧められる夢のあるビッグピクチャーが必要だと思います。

「この事業、このプロジェクトは一生かけてやり遂げたい」と、今の若い人が思えるような、夢のあるビッグピクチャーを打ち出してほしいと思っています。

せっかく、「面」の特性を持つ横断的分野を取り扱うのですから、省庁を横断して、日本が熱狂するようなビッグピクチャーを描いてほしいと思っています。

- 本日は、お忙しい中どうもありがとうございました。今後のますますの御活躍をお祈りしております。

(2020年9月17日インタビュー)