STI Hz Vol.6, No.4, Part.6:(ほらいずん)デルファイ調査座長に聞く「科学技術の未来」:マテリアル・デバイス・プロセス分野-材料科学分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)の加速に向けて-東京大学大学院工学系研究科 榎 学 教授インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00235
  • 公開日: 2020.12.21
  • 著者: 蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
デルファイ調査座長に聞く「科学技術の未来」:
マテリアル・デバイス・プロセス分野
-材料科学分野のデジタルトランスフォーメーション(DX)
の加速に向けて-
東京大学大学院工学系研究科 榎 学 教授インタビュー

聞き手:科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典

概 要

約半世紀の歴史がある科学技術予測調査では、分野別分科会等において日本有数の各分野の専門家の英知を結集して調査の質問項目・内容が作成され、調査結果の分析が行われている。調査結果のみならず、その検討過程についてより深く理解をいただくため、第11回科学技術予測調査デルファイ調査における分野別分科会の座長インタビューを連載する。

連載第3回となる本稿では、マテリアル・デバイス・プロセス分科会座長の榎 学 東京大学大学院工学系研究科教授に、本分野の科学技術トピックの設定と調査結果、並びに本分野における研究開発や人材育成の今後の方向性について伺った。

キーワード:科学技術予測,デルファイ,マテリアル・デバイス・プロセス分野,
      マテリアルズ・インフォマティクス,マルチマテリアル

榎 学 東京大学大学院工学系研究科 教授マテリアル・デバイス・プロセス分科会 座長

榎 学 東京大学大学院工学系研究科 教授
マテリアル・デバイス・プロセス分科会 座長

1984年東京大学工学部金属材料学科卒業、1989年東京大学大学院博士課程修了(工学博士)、日本学術振興会特別研究員、東京大学先端科学技術研究センター助手・講師・助教授を経て、2000年東京大学工学系研究科助教授、2009年同教授、現在に至る。日本金属学会奨励賞(1992)、山下太郎学術研究奨励賞(1993)、日本金属学会学術功労賞(2014)、日本鉄鋼協会学術功績賞(2019)の他、Best Paper Award in STAM(2002)、IAES Paper Award(2012、2018)、Editor’s Choice article from the Journal of Thermal Spray Technology(2016)、日本金属学会論文賞(2020)などを受賞。日本金属学会理事、日本鉄鋼協会理事、日本材料強度学会副会長、全国大学材料関係教室協議会副会長、日本学術会議連携会員、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的構造材料」「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」の領域長なども務める。

科学技術トピックの設定と調査結果について注1

マテリアル・デバイス・プロセス分野は、ICT、環境・エネルギー、ライフサイエンス、インフラ等に関わる社会課題解決のための分野横断的な基幹科学技術分野です。本分野全体を基礎となるコアとツール及び応用を分野別に細目として分類することで、体系化しかつ網羅的に科学技術トピックを設定しています(図表1)。材料は最終的には実用化を目的としていますので、応用についても4分野を設けたことで網羅的に見られたのではないかと思います。今回の調査では、応用としてライフ・バイオ分野を新設しています。バイオ系のマテリアルは歯の補修剤など歴史があり、最近では高分子、セラミックス、金属と様々な材料がマルチマテリアル的に使われるようになってきています。その意味では、すごく新しいという訳ではありませんが、マテリアルの重要な応用分野として、これからどんどん伸びていくという気がしています。

調査結果を見ますと、重要度と国際競争力が特に高いとされたトピックの多くは応用デバイス・システムの各分野でした。環境・エネルギー分野は重要という認識があって、それに関連する材料ということで重要度が高いと評価されているのでしょう。ライフ・バイオ分野のトピックに関しては将来的な期待が高く、そしてインフラ分野では、現状の構造物をどう維持するかという課題認識があるので、特に診断が重要とされているのではないでしょうか。

図表1 マテリアル・デバイス・プロセス分野の細目と科学技術トピックキーワード一覧図表1 マテリアル・デバイス・プロセス分野の細目と科学技術トピックキーワード一覧

科学技術予測センターにて作成

AI関連技術を活用し抽出したクローズアップ科学技術領域について注2

今回の調査で初めて試みたAIを活用したクローズアップ科学技術領域の抽出では、人間の思考と合致する部分も多々あり、意義があったと思います。デルファイ調査7分野とクローズアップ科学技術領域(分野横断・融合のポテンシャルの高い8領域及び特定分野に軸足を置く8領域)との関係(図表2)では、本分野のみの領域は1つもなく、いずれも他の分野とまたがった領域が形成されています。本分野は他の分野を支える基盤的科学技術であり、基礎的なものもあり、最終的な出口として応用があり分野内の科学技術トピックに広がりがあるので、独立した領域がないのは感覚的に合っています。また、本分野の科学技術トピックが中心となって形成された領域4「新規構造・機能の材料と製造システムの創成」(図表3)では、ワードクラウドの中心ワード(最頻出ワード)が「可能」となっており、様々な可能性を秘めた材料への期待感が示されていると言えます。この領域を構成する代表的な科学技術トピックを見ると、自発的な感じとかフレキシブルなものが多く、未来の材料感が示されていると思います。

図表2 デルファイ調査7分野とクローズアップ科学技術領域の関係図表2 デルファイ調査7分野とクローズアップ科学技術領域の関係

参考文献2)を基に科学技術予測センターにて作成

図表3 クローズアップ科学技術領域4「新規構造・機能の材料と製造システムの創成」の概要図表3 クローズアップ科学技術領域4「新規構造・機能の材料と製造システムの創成」の概要

出典:参考文献3)

産学官で進むマテリアルズ・インフォマティクス活用の今後の展望・方向性

今回の調査では、材料科学のデジタルトランスフォーメーション(DX)を担う、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)に関連する科学技術トピックを盛り込んでいます。私は現在、内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」4)において領域長を務めています。これは1期の「革新的構造材料」のマテリアルズインテグレーションから継続する2期目に当たります。産学官の体制で取り組んでおり、材料の研究者・技術者及び企業で、ニーズとシーズを持ち寄って、さらに、データサイエンスの研究者も参加して融合的な研究を進めています。これは非常に重要な方向性だと考えています。MIでは、データ科学と材料科学のすり合わせが必要です。データ科学で得られた結果に意味があるかどうかは、データサイエンティストには判断ができません。材料の研究者がいることが必須です。材料の研究開発は知識集約型であり時間がかかるので、インフォマティクスを入れた研究であっても継続することが重要になります。文部科学省及び経済産業省で網羅的な材料プラットフォームを作ろうという取り組み5)がありますが、材料研究は知識集約型ですので継続と、さらに、様々な研究者が集まるシステムも重要ですので、それらを含めた材料プラットフォーム構築を進めていただきたいと思います。

MIでは、近年企業の取り組みが活発化しています。それは、材料に求められているものが非常に高度になっており、従来の手法だけではなかなか突破できなくなっていることが背景にあると思います。MIの手法を取り入れることによって、新しい材料を見い出していくことができると考えています。また、高機能新材料開発という意味だけでなく、研究開発のコストを下げられるとか、効率的に進められるとか、その他のプラスの面があるため、企業は非常に積極的に取り組んでいると認識しています。

今般のコロナ()が科学技術の将来に及ぼす影響と今後の方向性について

<研究開発に関して>

計算科学やデータ科学を駆使したいわゆるサイバー空間での材料開発が、どんどん加速される方向に進むと思います。とは言ってもそのためには信頼できるデータが必要ですので、実験もますます重要になってきます。しかし、コロナ禍でそれが難しくなりつつあります。そこで、ロボットを利用して実験を行うシステムの開発が進められていくと思います。半導体など小規模な材料・デバイス開発では、遠隔実験なども比較的容易なのかもしれませんが、構造材料開発では、試験機などが大規模でかつ機能試験など膨大な時間がかかります。自動化は可能ですが非常にお金がかかることになり、現実的ではありません。したがって、共用の実験設備などの整備を進める必要があると考えています。一方、シミュレータの活用も有効で、現状でもシミュレーションと実験は半々くらいの比率になっています。しかしながら、大規模な構造物の劣化が原子・分子レベルで関係するなどシミュレーションに必要なスケールに大きな幅があります。ミクロとマクロを融合する計算手法の開発や、シミュレータの精度を上げるための実験や計測をかなりやる必要があり、現状ではいまだ多くの課題があります。

<人材育成・教育に関して>

日本では人口減の中、本分野は様々な産業を支える基盤的な科学技術を担っており、人材の面でもそれを維持することは非常に重要です。予測調査結果にも示されているように、現在は国際競争力の高い技術がたくさんありますが、将来に向けては非常に危機感を持っています。この分野に興味を持ってくれる人を育てる取り組みも進められています。現在、日本学術会議材料工学委員会の分科会6)では教育の議論が行われています。伝統的な金属、セラミックス、高分子に加え、近年ではそれらを融合して新しい性能・機能を発現させたマルチマテリアル的な使われ方が非常に多くなっています。したがって、教育面においても様々な材料についてきちんと教えることが必要ですが、従来のカリキュラムではその対応が難しい面もあります。限られた時間で行うためには、共通の教材を使用したり、リモートで教育したり、日本だけでなく世界的なネットワークで材料の教育を進めるなどの議論をしています。

オンラインの普及で知識面の教育は、対面にこだわる必要はなくなりましたが、人材育成においては体験が非常に重要です。サイバー空間だけですと経験ができませんので、フィジカル(実習)において学生も含めて若い人たちが実際の経験できる場が必要です。したがって、今般のように実験ができないときにも実際に近い体験できるツールの開発も必要になります。また、教育という意味では、みんなが一緒にやるということも重要です。現在のオンラインツールでも、少数人数を集めてその中でディスカッションを進めるなどの工夫もできますが、まだ十分にそう言った教育システムができていないので、これから検討していくことが必要です。また、人材育成という意味では、様々なプロジェクトに参加して人的なネットワークを作ることが非常に重要です。現在構築しようとしている材料プラットフォーム5)では、研究はもちろんですが、人材交流も含めたプラットフォームを構築する必要があります。

本分野の将来を見据えた施策等について

産業全体の基盤を支える分野ですので、国としても人材育成面、研究開発面双方にしっかりとしたサポートをお願いしたいと思います。ものづくりのサプライチェーンと同様に、研究開発においても様々な科学技術が連携しておりそれらのバランスも必要です。国際競争力の高いところにはきちんとした支援が必要ですが、低いと評価された科学技術においても、放置するとどんどん低下していくので、それらを維持することも大切であり、結果としてこの分野の総合的なレベルアップが図れるのだと考えています。

(2020年9月29日Web会議システムにて、オンラインインタビューを実施)


注1 マテリアル・デバイス・プロセス分野の細目及び科学技術トピックの設定と、デルファイ調査結果の詳細については、参考文献1)(NISTEP調査資料-292)を参照のこと。

注2 AI関連技術を活用したクローズアップ領域の抽出の詳細については、参考文献2)(NISTEP調査資料-290)を参照のこと。

参考文献・資料

1) 科学技術予測センター、調査資料-292「科学技術予測調査 デルファイ調査」、文部科学省科学技術・学術政策研究所、2020年6月:http://doi.org/10.15108/rm292

2) 重茂浩美、蒲生秀典、小柴等、調査資料-290「科学技術予測調査 2050年の未来につなぐクローズアップ科学技術領域-AI関連技術とエキスパートジャッジの組み合わせによる抽出・分析-」、文部科学省科学技術・学術政策研究所、2020年6月:http://doi.org/10.15108/rm290

3) 重茂浩美、蒲生秀典、小柴等、DISCUSSION PAPER No.172「科学技術予測調査[3-1] 未来につなぐクローズアップ科学技術領域-AI関連技術とエキスパートジャッジの組み合わせによる抽出の試み-」、文部科学省科学技術・学術政策研究所、2019年7月:https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-DP172-FullJ.pdf

4) 内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「統合型材料開発システムによるマテリアル革命」:
https://www.jst.go.jp/sip/p05/index.html

5) マテリアル革新力強化のための戦略策定に向けた準備会合、「マテリアル革新力強化のための政府戦略に向けて(戦略準備会合取りまとめ)」:
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shinkou/057/1422394_00002.htm

6) 日本学術会議材料工学委員会:http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/zairyo/index.html