STI Hz Vol.6, No.2, Part.5:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)東京大学 先端科学技術研究センター 太田禎生 准教授インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00214
  • 公開日: 2020.06.25
  • 著者: 福島 光博、伊藤 裕子、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
東京大学 先端科学技術研究センター
太田 禎生 准教授インタビュー
-アカデミアや組織の枠を飛び越えて
世界初のAI駆動型の高速細胞形態判別ソーターを実現-

聞き手:企画課 福島 光博
科学技術予測センター 主任研究官 伊藤 裕子、上席研究官 林 和弘

2019年のナイスステップな研究者に選出された太田禎生氏は、AI技術と計測技術を結合して、ターゲット細胞の「画像を見ずに」画像情報を解析するという新たな発想を基にゴーストサイトメトリー技術を産み出し、細胞の高速分別が可能な「AI駆動型の高速細胞形態判別ソーター」を開発した。

もともと、工学専攻である太田氏は、多様なアカデミックキャリアを重ね、様々な人との出会いを通して、多分野融合の技術開発を成功させた。さらに、大学発ベンチャーを立ち上げ、国際競争の激しいライフサイエンス分野で社会貢献に向けて奮闘している。

今回のインタビューでは、斬新な研究の着想からベンチャー設立の経緯まで、御自身の経験を基にお話を伺い、また産学官連携において各者が担うべき役割や、未来のベンチャー起業へ向けた示唆も頂いた。

太田 禎生東京大学 先端科学技術研究センター 准教授(太田准教授提供)

太田 禎生
東京大学 先端科学技術研究センター 准教授
(太田准教授提供)

画像情報を「画像を見ずに」解析するゴーストサイトメトリー技術

- 今回、ナイスステップな研究者に選定されるきっかけとなりました「AI駆動型の高速細胞形態判別ソーター」について教えてください。

これは細胞解析に関する技術です。細胞の画像解析は、毎秒何個の細胞が見えるかという「量」と、一個の細胞あたりどれだけの情報量が得られるかという「質」の2軸で表せます(図表1左)。量と質の両立は大変で、どうしてもトレードオフの関係にあります。スピードは遅いが細胞の細かな情報を得られる技術として顕微鏡があります。他方、従来のフローサイトメトリー(FACS、fluorescence-activated cell sorting)技術にはスピードが速いという長所がありますが、各細胞から得られる情報は細胞の大きさや細胞内に含まれる蛍光分子の総量であり、限られています。僕たちは、この「量」「質」を両立させる新技術の開発と、その応用を目指してきました。

具体的には、高速のイメージング計測技術に機械学習を直結することによってゴーストサイトメトリー(Ghost Cytometry)という技術をつくりました。図表1右はその模式図ですが、細胞が左から右に流れていき、流路中の構造照明(図中の点々部分)を通り過ぎると、細胞の画像情報が時間情報に変換されて計測されます。この時間情報から画像を生成したイメージング手法(Ghost Motion Imaging)自体も新しいのですが、Ghost Cytometryの一番コアになっているのは、画像情報をいかに処理するかということです。Ghost Cytometryでは、この時間情報を直接、つまり2次元・3次元といったいわゆる画像を作らずに、機械学習を用いてリアルタイムに解析しています。そしてその処理結果を流体デバイスに戻してソーティング機構を駆動することで、高速の選択的な分取まで実現させました。ちなみに、Ghost Imaging法は1画素の検出素子を使った、以前からある2次元・3次元画像撮影技術の総称です(Ghost Motion Imagingは対象の動きを利用したGhost Imaging)。そこから僕たちは、画像も作らずに画像データを直接解析したサイトメトリー技術ということで名前をもじり、Ghost Cytometryと名付けています。

従来の画像解析技術では、カメラの奥に検出素子アレイが並んでいて、対象の空間情報を別々の素子が読み取ることで撮影しています。また、共焦点顕微鏡では、各空間情報を走査(スキャン)してさらに、時系列ごとに各空間情報を別々の信号(シグナル)として並べ合わせることで、一つの画像としています。ほかの1画素イメージング技術も基本的に、まずコンピュータの中で2次元や3次元という画像の形式に直して、それを人が見て判断したり解析のアルゴリズムを与えたりして解析します。例えば得られた画像から必要な情報を取り出し、それを機械学習で分析するというアプローチが行われてきました。

今までの画像データのリアルタイム処理・解析において、最も時間がかかっていたボトルネックは画像を再構成するステップでした。一方、僕たちのアプローチは、人には視認できないような生の画像情報データを、直接分析するというものです。画像情報として、波形(図表2下段)のようなデータが出てくるのですが、この波形情報を見分けられるように機械をあらかじめトレーニング(訓練)しておき、波形情報から直接判別する手法を開発しました。画像の再構成ステップを落として直接解析を行ったことで、他・既存手法に比べてはるかに速いスピードで画像情報の処理ができるようになり、それによって画像情報ベースのセルソーターの大幅な高速化が実現できました。

画像として表現されていない画像情報を判別するための、機械をトレーニングする方法の一例を、お話しします。まず、例えば、蛍光標識した細胞の波形(画像生データ)を計測するのと同時に、抗体などのバイオマーカーを用いたラベル情報を計測しておくと、「この波形は、抗体ポジティブの細胞」という一対の情報ペアが得られます。この情報のペアをたくさんの細胞から集め、学習データセットとし、モデルをトレーニングします。トレーニング後は、画像の波形情報をみると「この細胞は抗体ポジティブ(陽性)だな、抗体ネガティブ(陰性)だな」と直接予測してくれるようになります。

この情報処理技術に、マイクロ流体ソーティング技術を組み合わせ、実装した模式図が図表3です。図表3左のように、上から流れてきて構造照明を通り抜ける細胞について、光電子倍増管(PMT、Photomultiplier Tube)でその波形情報を計測し、機械学習を搭載させたFPGA(Field Programmable Gate Array)と呼ばれる回路によって波形を分析します。そして分析された結果がパルス信号となってデバイスに戻り、ピエゾ(PZT)と呼ばれる圧電素子が動き、押し出された水が流路中の目的細胞をソートする、という仕組みになっています。

図表1 ゴーストサイトメトリー技術とは図表1 ゴーストサイトメトリー技術とは

出典:太田 禎生 准教授提供資料

図表2 ゴーストサイトメトリー技術と従来法との違い図表2 ゴーストサイトメトリー技術と従来法との違い

出典:「機械学習技術による「画像」サイトメトリー」Precision Medicine Vol.2 No.5 2019より改変

図表3 世界初AI駆動型の高速細胞形態情報判別ソーター図表3 世界初AI駆動型の高速細胞形態情報判別ソーター

出典:Sadao Ota*†, Ryoichi Horisaki, Yoko Itahashi, Masashi Ugawa, et al., (†equal contributions)
“Ghost Cytometry,” Science Vol. 360, Issue 6394, pp.1246-1251, (2018)より改変

多様なバックグランドと、人との出会いで新たな発想に至った

- ゴーストサイトメトリー技術を思い付いたきっかけは何でしょうか。

イメージフローサイトメトリー技術分野の始まりは数十年ほど前ですが、大きく前進させたのは米国のアムニス(Amnis)という会社が十年ほど前に市販した装置でした。しかしこの装置ができるのは画像の撮影に限られており、ソーティング技術はなかなか実現されてきませんでした。画像識別ソーティングを目指す王道は、流路中の細胞から画像情報を計測し、画像を構成し、画像を分析してからソートを試みるアプローチでした。五年ほど前、僕がJSTさきがけ(「課題名:新規高速高感度イメージングによる超高速蛍光画像サイトメトリー」)の個人研究として開発を始めていたときも、画像の構成とリアルタイムの高速解析を当初は考えました。しかし、なかなか難しいなと感じていました。計算機処理がヘビーで時間がかかりすぎて高速化が難しいということや、さきがけの資金内では画像再構成も含めた計算機処理の部分の開発まで全ては負えないという現実的な事情もありました。

ゴーストサイトメトリー技術の着想には、大阪大学の堀﨑遼一さんの貢献が非常に大きいと思っています。堀﨑さんとは密にコミュニケーションをとっていて、その議論や対話の中から出てきたアイディアです。画像再構成によって画像化しなくても、画像情報は計測データに含まれています。画像情報を使うという本質に立ち返ったときに、画像化して人の解釈を加えるという必要はあるのかと考えました。そこから画像化せずとも画像情報を分析できることを実証し、実装を進めていったという流れになります。また技術を広げてくる上で、もう一人、若手の機械学習のトップランナーである東京大学の佐藤一誠さんとの出会いがありました。当時ある人からの紹介で会いに行ったのですが、実は別の専門性を佐藤さんに期待して訪問していました。機械学習の専門家とも知らず、しかしそこで脱線した話が盛り上がっていき、その後機械学習についての知識を授けてもらう、といったチームが自然に発生するようになった経緯があります。

- 先生の学生時代のキャリアに関して説明ください。

僕のキャリア自体がジグザグといろいろな分野を経ているところがあります。もともとは経済や経営工学などを学んだりしていたのですが、もろもろの経緯から東京大学生産研究所の竹内昌治先生の研究室に修士課程で進学します。そこで、アカデミックな研究はマイクロ流体技術からスタートしました。そして修士課程の途中から、米国へ博士号を取りに行くために留学しました。米国(カリフォルニア州立大学バークレー校)の大学院での初年度は、ラボをローテーションして遺伝子工学や細胞工学に触れていったのですが、最後に行き着いたのが、光学寄りのラボでした。そこで応用物理や顕微鏡の組み立て方を学び、光学の基礎から応用を習得していきました。いろいろと経ているのですが、もともと竹内先生の研究室に入ったのもバイオテクノロジーを学びたかったからですし、キャリアを通じて生命応用が一貫した興味です。様々なジグザグキャリアの中で得た幅広い技術を、どうやって組み合わせたら価値ある生命情報を見いだせるか、その楽しい悩みをもがいて考えて実装する、という今のスタイルにつながっています。

画像化しない画像解析技術の応用可能性

- 画像化しないで画像解析をする技術は、どのような分野で応用可能になるとお考えでしょうか。

まず僕たちの分野では、画像化しないというメリットは主に二つあると思います。一つは、高速の処理が行えることです。そこまでの高速性と大量のサンプルを扱うことはなかなかないのかなとも思っていますが、他の実ケースでもそのようなものがあるとすれば、このアプローチはかなり有効であると思います。もう一つは、画像化の難しい分野への応用です。実は計測情報から画像化のプロセス自体も、ノイズの影響を受けてアーティファクト(人為的な作業によって意図せず発生するデータの誤りや信号のゆがみ)につながりえます。これは画像の分野に限りませんが、計測信号からの最終的な識別が目的であれば、計測対象(画像)を無理に復元するコストを負わない方が良い場合もあるということです。

十分に明るい信号があって、時間もコストもかけて撮れるのであれば、画像化した方が良いと思います。一方、例えば宇宙の分野などでは、ノイズもあって情報も取りづらく、更にたくさんの高解像度の情報を扱わなければならないと思います。例えば最近撮られたブラックホールの写真の構成などには、圧縮センシングが使われていると聞きますし、さらには機械学習の適用も目覚ましい勢いで進んでいると友人から聞いています。このように簡単には画像を撮り切れない状況などでは、情報技術との掛け合わせは非常に強力なアプローチとなってくると思っています。この分野はすごいスピードで進んでいます。しかしやがて重要となってくるのは、計測ハード、解析ソフトという既存の考え方にとらわれず、データの真価を生かすためにどう扱っていくかの着目点なのだと思います。

異分野の専門家が集まってできた大学発ベンチャー

- 大学発ベンチャー企業(シンクサイト株式会社)の設立の経緯と会社のビジョンを教えてください。

設立経緯としては、さきがけの研究でPOC(Proof of Concept)が立ってある程度動き始めていた技術に対し、研究を越えたものづくりを通してしっかりと展開していく上で、個人研究では限界があると思った点が大きいです。そこで、もともと大学の友人である勝田和一郎(現シンクサイト社代表)と話をしていく中で、社会に役立つ方面に進めるためには、会社としてプロたちの協力をしっかり仰いでいく必要があると思うようになりました。実際、研究者とエンジニアは別の仕事をする人間で、僕は研究畑の人ですので、会社として進めて学んだことは数え切れません。

シンクサイト社のベースにはゴーストサイトメトリー技術があり、細胞を見分け、取ってきて、使うことができます。細胞という情報体と細胞自体を使って、診断・治療・創薬というヘルスケア分野に貢献していくというのが基本的なビジョンです。会社にはハードウェアや情報科学技術にバイオテクノロジーといった分野の専門家が集まっていますが、そういった専門人材や手伝ってくれるメンバーの知識、技術、想いが分野を超えて連動し、世界にポジティブなインパクトを与えることを目指して頑張っています。

- 異分野の人たちと進めていく中で苦労された点はありますか。

華やかな話ではないのですが、社内の異分野の人たちが働く中での異分野コミュニケーションには試行錯誤がありました。社内においては、バイオ系や細胞の実験から、ハードウェアでの計測、そこからデータの解析、それをまたフィードバックしてぐるぐる回すと(技術が)良くなって開発が進んでいくのですが、どうしても専門分野ごとに言語が違います。そこで、データや実験フローをみんなが見て分かるような形式に半自動化で作成したり、またワークフロー(作業工程)をみんなでシェアして検索もできるような枠組みを作ったりと工夫をしてきました。今でも新しく入ってこられた方は、みんな最初は異言語に苦労していますが、やがて共通言語に慣れて、問題をシェアして解決していくという流れができてきていると思います。正直なところ、さきがけ研究でやっていた個人・少数単位と比べるとはるかに難しく、これを苦労した点として挙げました。しかし、先ほどお話ししたような仕組みはチームとして社のメンバーが取り組んで自発的に作ってくれたことですので、むしろ感謝している点でもあります。

アカデミックと連動する面白い研究開発をベンチャーで目指す!

- 産学官連携の重要性が一層高まっていると思います。御自身の経験を踏まえて、「産」・「学」・「官」の担うべき役割をどのように考えていらっしゃいますか。

僕は「産」と切り分けた形で「学」をやっています。そこは発想が全然違います。「産」はやはり役に立ってこそ、ビジネスになってこそで、研究開発や応用展開を通じて、投資に応える価値を生み出すのが仕事です。「学」はシーズを作ったり自由な発想でやったり、市場マネーに縛られないような自由なコンセプトを探求していくことが第一だと思っていて、そこは別のマインドで進んでいます。産学は、どちらが良いということもなく、排他的な考えもナンセンスで、重要な両輪だと思います。産学の交流はあった方が良いことだと思いますが、両方が違うベクトルと違う予算で動いていることを、双方が理解しているということも重要と思います。

僕がバークレーでPh.D.(博士課程)をやっていた頃は、NGS(次世代シーケンサー)が出てきた時期でした。おおもとにアカデミックのペーパー(論文)はあったのですが、ベンチャーからもどんどん新しい開発が実現され、サイエンス誌などのトップジャーナルを含め、論文が載り続けていました。そしてその論文を見たアカデミックがまたそれを使って分野を開拓するフィードバックが繰り返し起こっていました。アカデミックから出てきたシーズ(技術・発明や人材など)が迅速に実用に昇華されていく仕組みとして、ベンチャーが科学の本当の最先端で大稼働していたわけです。その仕組みが生き生きと動いているのをみて、日本でもトップペーパーを出せるベンチャー業界ができることに、貢献していきたいと思っていました。そういう流れが(日本でも)どんどん加速して、博士まで行って、その先もワクワクしてチャレンジできる世界が、アカデミックにも産業にも多様にあることが、重要であると思います。

様々な分野の大企業がグローバル化し、ある程度国内の基礎研究を締めなければならない、減らしていかなければいけないという状況は仕方がないと思います。だからこそ今後、アカデミックに近いようなハイリスクな技術開発を、世界のスピードに追い付いて行うことが、「産」の中のベンチャーに求められる役割として大きいと思います。また、博士課程に進む人が減っていて、アカデミックのポジションが不安定というのはもちろん一面としてあるのですが、産業界においても、魅力ある研究キャリアやチャレンジできる面白い仕事が減っている事情もあると思います。この国でそういった人材が活躍できるような社会実装の場を未来に残し、広げるためにも、今のベンチャーは頑張っていかなければいけないと思っています。

「官」は、そういう状況を理解して、いろいろな面からサポートするというのが非常に大きいことであると思います。第一に、素直に、サポートのお金を頂くということは大きいことです。大企業だけでなく、ベンチャー企業での挑戦的な研究によりサポートが回ると良いと思います。また、個別で動いている産・学とは違って、「官」では積み重なったノウハウや知見がたまっていくと思います。「官」はそれを生かして、その知識などを「学」の人に渡し、さらに、それが「産」に向かうことを助けてくれればと思います。お金と情報、さらに、人(サポートと、学生を育てていく)という面での役割が重要であると思います。

- ベンチャー起業に関して日本と海外のアカデミアの意識の違いを感じますか。

いろいろな側面があると思います。確かに違いもあるのですが、日本に入ってきている情報は、偏っていると感じることも多いです。割と良く耳にする「大学研究キャリアより起業」「ベンチャーで働くマインド」をバリバリ持っている人というのは、スタンフォードやボストン界わいの印象が強い気がします。スタンフォード大学はとてもアントレプレナーシップ(起業家精神)のマインドが強い大学で、確かに頻繁にその手の話は耳にしました。しかし、多様で自由な考え方こそ本質にあるのであって、「優秀な人ほど大学には残らない」といった印象は、一面的な見方でしかないと思います。ちなみにバークレーはもう少しのほほんとした牧歌的なところがあって、でも最近は変わってきているという噂もありますが、僕がいた頃は、途上国の開発支援や社会貢献のマインドも強いよい大学でした。かなり研究室次第でもあるので一概には言えませんが、研究者という人種は、いろいろな国の人と話していても、そこまで変わらないような気もします。

でも、何かしようと思ったときに、既にやり方ができているというのは大きいと思います。いざ会社を作ろうとしたら、Ph.D.(博士)人材がごろごろしていて、そこには非常に優秀な層が転がっています。お金も、ネットワークも、経験も蓄積されています。それに、個人的に研究者が社長をやることは良いことだと思わないのですが、向こうであれば科学技術の分かるビジネスパートナー(社長)が見つけやすい。対して、日本ではタネがあっても社長探しで苦労されている方の話を多く聞きます。結果として、現時点ではハードルの高さが違っていて、マインドが違うという表現になっているのかもしれないです。

シリコンバレーも一日にしてなったわけではなく、たくさんの失敗の上に成功のストーリーがあって、1、2、3世代を経て、もう10世代目くらい(勝手な数字)まで続いているイメージです。その結果、失敗を許容する文化の醸成があり、厚みのある人材が蓄積されてきました。その意味で日本での僕ら世代はまだまだこれからなのですが、それでも既に、前の世代の方たちに教わることは非常に大きいものです。そういう方たちのノウハウなり失敗の礎なりがあって、その上にぐるぐると雪だるま式に育っていくものと思っています。米国にもその雪だるまの最初の一握りであった時代があったと思うので、根っこはそんなに変わらないと信じたいところです。付け加えれば、カリフォルニアの気候はちょっと特別ですね。

今後大事なのは、僕たちも含め、「型」を作っていくことだと思います。ここは米国ではないので、日本なりの進化の道となる「型」です。例えばヘルスケアの場合、国外のメインマーケットに直結するトンネルを作り、開拓し、そして日本を含めた世界のマーケットに通じていく、そういう仕掛け方があれば理想的です。そのトンネル作りは、多分民間だけでは最初は難しいこともあり、「官」も一緒になってやっていくことも大事と思います。

最近では同世代が、どんどんベンチャーに就職したり転職したり起業したりしています。一つはベンチャーがたくさん増えて安心感が増していることもあると思いますが、アカデミックでやるよりも面白い研究開発がそこにあるというケースも、増えてきているのかもしれません。そういう世界があると知れば、そこで挑戦するために博士号を取るといった人も増えてくるのではないでしょうか。待っていてもできるものではないので、頑張って作っていかなければいけないと思います。

- これからベンチャー企業を立ち上げようと考えている学生や研究者に向けてメッセージをお願いします。

うちの会社の人は楽しそうに仕事をしています。それこそ、アカデミックの世界でも一流の人たちが来ていて、すごく楽しそうに研究しています。「ベンチャーは微妙だな」といって(選択肢から)はじく前に、そういう場を見てくれたらうれしいです。

偉そうなことは言えないのですが、自分で起業したい人は、やりたいのであったらやってみるしかないと思います。待っていていろいろとリサーチしていても、実際にやってみないと分からないことだらけかと。チャレンジして失敗したところで、チャレンジしていない人より得られるものは大きいと信じています。もちろんベンチャーのほとんどが失敗しますが、それも許容してくれる土壌が必要です。僕たちの前の世代でベンチャーをやってきた先輩たちや、そこで失敗したところから学んでいる人たちというのが、いま屋台骨というか柱になってくれているところがあり、世代の積み重ねの重要性を感じます。また僕らが頑張っていかなければ、日本の基礎開発から生まれるマーケットは細り、博士も当然更に減るでしょう。翻っては大学で研究を続けさせる意義に対し、社会からプレッシャーを掛けられていくと思っています。大学で自由な研究を続けるためにも、世代も会社の枠も超えて、気概を持って皆でチャレンジしていければうれしいです。