STI Hz Vol.6, No.1, Part.5: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)京都大学大学院 人間・環境学研究科 相関環境学専攻 上田 純平 助教インタビュー-蛍光体の消光プロセスの解明と新規蓄光材料の開発-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00203
  • 公開日: 2020.03.23
  • 著者: 大場 豪、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
京都大学大学院 人間・環境学研究科 相関環境学専攻
上田 純平 助教インタビュー
-蛍光体の消光プロセスの解明と新規蓄光材料の開発-

聞き手:企画課 国際研究協力官 大場 豪
科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典

上田純平助教は、白色 LED に使用される蛍光体の消光メカニズムを世界で初めて実験的に証明するとともに、蛍光体にとってデメリットである消光プロセスを逆手に利用し、既存の材料に匹敵する新しい蓄光材料を開発した。この成果に着目した科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、2019年に「ナイスステップな研究者」の一人として上田純平助教を選定した。蓄光材料は夜光塗料として、時計の文字盤や緊急避難用の標識などに広く用いられている。しかし近年白色 LED が室内照明として急速に普及する中、白色 LED を構成する最短波長成分である青色光で蓄光できる材料の需要は高まっており、上田氏が開発した材料に注目が集まっている。今回のインタビューでは、上田氏に研究成果までの道のり、今後の展開や日本と海外の研究環境の違い、若手研究者へのメッセージなどを詳しく伺った。

上田 純平京都大学大学院 人間・環境学研究科 相関環境学専攻 助教

上田 純平
京都大学大学院 人間・環境学研究科 相関環境学専攻 助教

- 上田先生はどのようなきっかけで研究者の道を選んだのでしょうか。

子供の頃に漠然と「研究者や技術者はかっこいいな」とずっと感じていました。それは本だけでなくテレビからの影響も大きく、未解明の現象や研究プロジェクトの特集などの番組で、研究者や大学教授が一つのことを突き詰めて、問題解決する様子や真理を探求していく姿を見て、憧れを抱いたのが小学生のときです。将来の夢は「研究者、教授」と書いたこともあります。ただ、その頃は具体的ではなく、実際に研究者を目指そうと思ったのは、京都大学大学院人間・環境学研究科の田部研究室に進んだ修士課程の頃からです。研究室で、自分でガラスやセラミックスを作製し、それが様々な色で光り輝く現象を見て、心引かれ、将来は発光材料に関する研究者になりたいと考えるようになりました。

- 今回、ナイスステップな研究者に選定されるきっかけとなった研究の内容や経緯について、詳しく教えてください。

白色LED用蛍光体の消光現象に注目

近年急速に普及が進む白色LED照明は、半導体のインジウム・ガリウム・ナイトライド(InGaN)の青色発光素子と、その上部に樹脂等で封入された蛍光体で構成されています。半導体の発する青色(Blue)の透過光と、その青色光を吸収して緑色(Green)と赤色(Red)で光る蛍光体を入れて、3原色(RGB)で光ることで白色に見えています。私は、修士課程の頃からこの蛍光体の研究を行っていました。その蛍光体には、広く市販されている有名な材料として、希土類イオンの一つである3価のセリウムイオン(Ce3+)が添加されたイットリウム・アルミニウム・ガーネット(Y3Al5O12:Ce3+)があります。面白いことに、この蛍光体において、アルミニウムを少しガリウムに代えただけでCe3+による発光の量子効率がどんどん低下してゆき、すべてをガリウムに置換すると全く光らなくなります。修士課程のときにその現象に驚きを感じました。結晶構造は同じで、もちろん発光中心イオンも同じですが、周期律表でアルミニウムの直下にある同族のガリウムに置換するだけで、完全に光らなくなるというその不思議な現象までは解明できませんでした。そこから、「なぜ光らないのか?」の研究が始まったのです。

消光メカニズムの新たな仮説を提案

古い教科書を開くと、消光現象は「配位座標モデル」というもので説明されています。光エネルギーで励起された発光中心は、容易に振動による熱によって基底状態に戻るというのが定説でした。しかし、我々の研究対象であるCe3+添加のイットリウム・アルミニウム・ガリウム・ガーネットの系ではうまく説明できません。というのもそのモデルでは、ガリウムを入れるとCe3+の励起準位は、高エネルギー側にシフトするので、基底状態と励起状態のエネルギー差は大きくなり、励起状態から基底状態に光を出さずに緩和する(()(ふく)(しゃ))過程の活性化エネルギーが大きくなると予想されます。しかし、実験結果は全く逆でした。つまり、ガリウムを入れると活性化エネルギーは小さくなって、消光しやすくなり、これまでの既存のモデルでは全く説明できないのです。

そこで何か別の原因があるだろうということで、候補に挙がったのが「熱イオン化現象」(図表)でした。これは、Ce3+の基底状態の電子を励起状態に遷移させた後、この電子がそのまま単純に基底状態に、熱振動によって戻るのではなく、一度この電子が熱エネルギーによって母体結晶の伝導帯に移動してから基底状態に戻るような消光プロセスがあるのではないかと考えました。この場合、Ce3+の励起状態が高エネルギー側にシフトしていくと、母体結晶の伝導帯に近くなるので、活性化エネルギーが小さくなるのとつじつまが合います。またイットリウム・アルミニウム・ガーネットにガリウムを入れていくとバンドギャップも縮まっていくことも確認されたので、このことも活性化エネルギーが小さくなる事実と一致します。よって、熱イオン化現象によって消光している仮説を立てたのです。

図表 消光プロセスの解明と蓄光材料の開発イメージ図表 消光プロセスの解明と蓄光材料の開発イメージ

出典:京都大学 上田 純平 助教御提供資料
新たな消光モデルを実証

この仮説を実証するために、光伝導度測定を行いました。半導体の分野では、一般的な測定方法ですが、絶縁体の無機材料である蛍光体では、余り測定されていませんでした。そこで、実際に光伝導度測定を室温で行ったところ、完全にアルミニウムに置換されたサンプルは全く光伝導を示しませんが、ガリウムを増やしていくと光伝導が得られました。つまり励起した電子が伝導帯へ移動したために電気が流れたと解釈することができます。その結果から、先ほどのモデル、伝導帯に電子が熱エネルギーのアシストにより移動した後に()(ふく)(しゃ)的に再結合して消光することを実証できました。

新規蓄光材料の開発への応用

Ce3+添加ガーネット蛍光体において、ガリウムを添加していくと発光量子効率が低くなるため白色LED用の蛍光体としては使えません。しかし、青色光で光電子移動が起きるという現象はすごく面白く、この消光要因を何かプラスにできないかと考えたときにアプリケーションとして、長残光蛍光体、すなわち蓄光材料というアイディアが浮かび、そちらに研究をシフトしていきました。

長残光蛍光体は、光励起によって電子が発光中心から離れて、結晶中に存在する欠陥にトラップされ、それが室温の熱エネルギーによって時間をかけて解放され、発光中心で再結合することによって光り続けます。ガリウムを添加したCe3+添加ガーネット蛍光体では、青色光で光電子移動が起きることがわかったので、結晶中にその条件を満たす欠陥を導入すれば、蓄光材料として利用できる可能性があります。そこで実験を進めたところ、クロミウムイオン(Cr3+)がこのガーネット蛍光体において最適な電子トラップになるということを見つけました。

実はCr3+が電子トラップとして働くということは、偶然に見つかったもので、ガーネット蛍光体の主原料となるアルミナ(Al2O3)に不純物としてCr3+が入っていたことが発見のきっかけでした。これは、学生が少し純度の低いアルミナを使うと、蛍光体が良く残光するようになる現象がありました。初めはなぜかわかりませんでしたが、恐らくアルミナ中のCr3+が効いているのではないかと考えるようになりました。実際にCr3+を意図的に添加したところ、電子トラップとして良く働くことがわかったのです。

透光性セラミックス蓄光材料のメリット

この研究で見いだした長残光蛍光体(蓄光材料)は、半透光性又は透光性セラミックスであるため、従来の粉末タイプの長残光蛍光体材料と比較し残光強度が高く残光の持続時間も長いという特徴がありますが、それは長残光蛍光体粉末を押し固めた圧粉体を作っても、不透明でサンプル表面しか残光を示さないからです。また、たとえセラミックスを通常の方法で作製しても透明にはなりません。それは、多結晶体であるセラミックスには、微小単結晶が集まってバルク体を作っており、結晶と結晶の間の部分(粒界)に通常空気の層が入ってしまい、それが光の散乱要因となるからです。Ce3+添加ガーネット蛍光体は、ガリウムが蒸発しやすいので作製は容易ではありませんでしたが、我々は作製条件を突き詰めることで、透光性セラミックスの作製に成功しました。不透明だと表面でしか蓄光できませんが、透光性セラミックスではサンプル全体で蓄光できるので、これまでの長残光蛍光体と比べると特性はすごく良く、青色光の蓄光で照射後約60分間は強い残光を示します。

- 先生の研究の魅力はどのようなところですか。

この研究の魅力の一つは、自分で作った材料を目で楽しんで体験できることです。紫外線を当てれば青色や緑色や黄色などに光り輝きますし、紫外線を止めれば残光が見られます。例えば、作った材料を大型研究施設に持って行って測ってやっと結果がわかるのではなく、すぐに確認できることが研究を続けるモチベーションにつながっていると思います。また、ものづくりをして物性評価をするという一連のプロセスを全て自分でできるのも魅力の一つです。材料合成だけを行ったり、物性だけを測ったりとかではなくて、自分たちで組成をデザインして、ものづくりをして、物性評価し、より良い光機能性材料を創りあげていく行為がとても楽しいですね。

- 先生はオランダの大学と共同研究をされていますが、その内容や経緯について教えてください。

長残光蛍光体のトラップ準位(光励起された電子を一時的に捕獲する結晶欠陥や金属イオンのエネルギー位置)について、半経験的に理論予測できるモデルを提唱しているのが、オランダにあるデルフト工科大学の教授であるドーレンボス先生(Prof. Pieter Dorenbos)です。私は先生の論文を修士課程の頃からずっと読んでおり、尊敬する研究者の一人でした。最初に教授にお会いしたのが長残光蛍光体の国際会議で、その後の国際会議でお会いすると議論する仲になりました。そして、ドーレンボス先生が、私が所属する京都大学の田部研究室の客員教授になったことで、具体的な共同研究が始まりました。その後、1年間オランダに研究留学する機会を得て、ドーレンボス先生の研究室でいろいろと実験を行いました。ドーレンボス研究室は電子トラップ解析の実験にもたけていたので、このときは、我々のサンプルをオランダに持って行き、この電子トラップ解析とドーレンボス先生の理論に基づき構築したエネルギーダイアグラムから長残光蛍光体のメカニズムを明らかにしました。そして、我々の研究室は材料の作製から物性評価までできるので、共同研究機関へ材料を提供したり、向こうから持ち込まれた材料の物性評価をしたりと、いろいろな形で共同研究が進んでいます。

- 日本とオランダの研究環境の違いがあれば、教えてください。

一つは効率的な研究の進め方です。ドーレンボス先生の研究室は、デルフト工科大学の原子炉を有する建屋の中に研究室があり、入出管理が徹底されており、実験時間も夜の7時までと決まっています。この制限もあり、学生又は研究員の研究室の滞在時間は日本と比べると短いです。そのため効率的に実験をするように皆心がけているように感じます。ダラダラと実験していると時間が足りなくなりますので。そして、効率的な実験ができるように、実験系が工夫されているなと感じます。ほとんどの測定系は、リモートコンピューターでプログラム制御されており、例えばデスクで論文を書きながら、実験室にあるコンピューターにアクセスし、実験状況の把握や次の実験の指示をすることが可能です。

二つ目は、研究支援体制です。ドーレンボス研究室には研究室所属の研究を支援する技師(テクニシャン)がいます。その方はドーレンボス先生と20年以上は一緒に働いていると聞いています。研究者は研究者にしかできないことをやる一方で、例えばプログラミングや実験装置の準備・構築は技師が基本的に担当します。そのため研究者はアイディアを出し、そのアイディアをもとに技師は実験系を作り、そして研究者が実験をして結果を出し、理論を構築し論文を書きます。このように、技師と実験系の知見を長年にわたって共有できれば、実験系構築までの時間が短縮され、研究者は研究だけに集中できるようになり、研究のスピードアップや研究の幅も広がるのではと感じます。日本の大学の場合、研究の準備として、例えば学生にプログラミングや実験系を教えても、修士課程の学生ですと2年で修了するため、再度新しい学生に教える必要があります。結局、長期にわたって実験系を理解し調整できる人材が少ないと、研究の進歩がどうしても遅くなってしまいます。もし技師の方がいれば、今までの研究の流れや研究の内容、どんな実験系を作ればいいのかを把握しているため、研究支援者の整った研究体制はいい制度だと思います。

- 今後の研究の展開についてお聞かせください。

このまま長残光蛍光体の研究を続けていこうと考えています。この研究を始めたきっかけは、ある組成を持つ蛍光体の研究対象があり、その延長で長残光の研究へと展開していきました。そこでは、最初から実用化を目指して、例えば安い原材料での取組とか、若しくは汎用的な工業用装置で作製可能な材料とかを想定して、開発を進めてきた訳ではありませんでした。しかし、今後は、元素の選択やコストや長残光蛍光体の合成法など実用化や産業化を念頭に置いた研究開発にも力を入れていこうと思います。

現在、青色LEDが開発されてから20数年の間、蛍光体の開発がなされてきましたが、実用化されたのは恐らく10種類程度しかないと思います。そのほかの実用化されていない蛍光体の中には、発光効率の悪い蛍光体がたくさんあり、電子移動による消光が存在するような蛍光体ももちろんあります。そういうものが今後、長残光蛍光体としてよみがえる可能性があります。我々の研究で、トラップ準位を予測する理論モデルに基づいて残光特性を付加することができました。さらに、遷移金属イオンにおいてもこのモデルを展開しており、ある化合物中の最適な電子トラップ準位を形成するイオンを、希土類イオンと遷移金属イオンの中から理論モデルを用い予測することができます。つまりたくさんの試料を手当たり次第に作製しなくても、効率的に有望な組成の選択が可能になります。今後、効率よく優れた特性を有する長残光蛍光体の開発ができるのではないかと期待しています。

- 最後に若手研究者へのメッセージをお願いします。

自分の興味のある対象をまずは見つけてほしいです。見つけたら、その対象に向かってとことん突き詰めていってほしいと思います。最初は自分が興味のある研究をしたくて研究者を目指すと思うので、その興味のあることを、更に好きになり面白く取り組めば、良い結果がついてくると思います。