STI Hz Vol.5, No.4, Part.7:(レポート)企業年齢とイノベーション-成熟企業は若年企業に劣るか? -STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00197
  • 公開日: 2019.12.20
  • 著者: 池田 雄哉、伊地知 寛博
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
企業年齢とイノベーション
-成熟企業は若年企業に劣るか?-

第1研究グループ 研究員 池田 雄哉、客員総括主任研究官 伊地知 寛博

概 要

成熟企業はイノベーションで若年企業に劣るだろうか? 本稿では企業年齢とイノベーションの関係について、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が実施した「全国イノベーション調査2018年調査」のデータを用いて分析する。

キーワード:イノベーション,全国イノベーション調査,統計,企業年齢,実証分析

1. 成熟企業はイノベーションで劣るか?

2019年のノーベル化学賞には、旭化成株式会社名誉フェローの吉野彰博士(名城大学教授)を含む3氏に授与されることが決まった。受賞理由は「リチウムイオン電池の開発に対する貢献」である。

我が国における企業研究者の受賞は株式会社島津製作所の田中耕一博士(2002年化学賞)に継ぐ2人目の快挙であり、吉野博士は「(旭化成(株)に籍を置いたことで)基礎研究や応用研究など自身の専門分野にとらわれず、実用化までの一気通貫の開発に携わることができた」と企業で研究に従事した利点を語っている注1

吉野博士の革新的な研究を支えた旭化成(株)は2022年に創業から100年を迎える成熟企業である。イノベーションの創出には成熟企業の活躍が欠かせないが、成熟企業よりもスタートアップを含む若年企業の活躍に期待する意見も少なくない。その背景には、米国でGAFAやFANG注2と呼ばれる巨大IT企業が誕生していることとは対照的に、日本では戦前に創業した自動車・総合電機メーカーがいまだに産業競争力を牽引している状況も一因にあると考えられる。

もし創業年数の浅い若年企業の方が、成熟企業よりもイノベーションに有利だとすれば、「企業年齢とイノベーションには負の相関」があるかもしれない。しかしながら、果たして我が国の成熟企業はイノベーションで若年企業に劣るのであろうか?本稿では、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が2018年に実施した「全国イノベーション調査2018年調査」から得た調査票情報(個票データ)を用いて検証してみたい。

2. 企業年齢とイノベーション

(1)イノベーション意欲

企業がイノベーションに意欲的かどうかは、イノベーション実現によって得られる追加的な利潤の大きさに左右される。イノベーションに成功して新プロダクト注3を導入しても、新プロダクトと既存プロダクトの「共食い」の程度が大きければ追加的に得られる利潤は小さくなるため、イノベーション意欲は乏しくなる注4

一般的に若年企業は市場シェアが小さく共食いが生じにくいため、新プロダクトから得られる追加的な利潤は大きい。対照的に成熟企業は既存プロダクトの需要が大きいため、新プロダクトが既存プロダクトを代替する可能性が高く追加的な利潤は小さい。イノベーション意欲は、成熟企業よりも若年企業の方が高いと考えられる注5

(2)能力格差

イノベーション意欲に差があるとはいえ、新プロダクトを開発するための研究開発能力も大きく関係する。これに関連する議論としては、大規模企業の方が研究開発に有利という「シュンペーター仮説」がよく知られている。

規模が大きいほど研究開発にかかる単位コストは低下し、自己資金も多く、人的資本や知識の蓄積速度も高まりやすい(規模の経済性)。また、規模が大きい企業は、複数のプロジェクトに投資して研究開発のリスクを分散したり、1つのイノベーションを複数の異なるプロダクトに活用したりしてコスト削減を達成できる(範囲の経済性)。

企業年齢が経過するほど成長して企業規模は大きくなりやすいので、成熟企業の方が若年企業よりも研究開発能力に優れていると考えられる。しかしながら、この研究開発の「能力格差」は飽くまで企業規模の違いから生じるものであり、企業年齢そのものが及ぼす効果とは区別して考える必要がある。

(3)学習効果と組織の硬直化

企業年齢を企業の経験値であると捉え、企業年齢を重ねるほど「学習効果」が高まると指摘した研究もある注6。ここでいう学習効果とは、新しい知識や技術の吸収能力(absorptive capacity)に対する学習効果を指している。企業年齢を重ねるほど先端的な知識や技術を効果的に吸収できるようになるため、成熟企業は若年企業よりも優れたイノベーションを生み出しやすいというものだ。

その一方で、学習効果よりもむしろ「組織の硬直化(inertia)」が問題となる場合がある。経験を蓄積することで組織内に「ルーティン」(企業の規則的で予測可能な行動パターン)が形成され精錬されていくが、それが革新的な研究開発プロジェクトへの投資を消極的にしたり、組織や戦略の大胆な変革を妨げたりする可能性がある4)。経験を積み重ねることが、必ずしもイノベーションに有利になるとはいえない。

3. 実証分析

(1)データ

企業年齢とイノベーションの関係は複雑であり、若年企業の方が成熟企業よりもイノベーションに有利かどうかは自明ではない。そこで本稿では、企業年齢とイノベーションの関係について「全国イノベーション調査2018年調査」の調査票情報を用いて分析してみたい。

「全国イノベーション調査2018年調査」は、イノベーションに関するデータの収集、報告及び活用に関する国際標準『オスロ・マニュアル2018』注7に準拠した統計調査である。2018年調査では従業者数10人以上の企業505,917社を対象母集団として30,280社を標本抽出し、うち9,439社から有効回答を得ている注8。本稿では欠損値などを含むデータを除いて、8,328社の有効回答を分析のサンプルとした。

(2)企業年齢の分布

まずは企業年齢の分布を確認してみたい。図表1は企業年齢(創業から2018年までの年数)のヒストグラムであり、企業年齢の頻度をグラフ化したものだ。50歳周辺の頻度が高くなっており、100歳以上の割合が5%を超えている注9

図表2には経済活動(産業)別に企業年齢の平均値を示しており、経済活動によってかなり異なることが分かる。例えば、情報通信業が36.2歳と最も低い一方で、最も高い食料品・飲料・たばこ製造業ではおよそ2倍の69.2歳となっている。

図表1 企業年齢の分布図表1 企業年齢の分布

出所:「全国イノベーション調査」2018年調査より作成。
注:企業年齢は、創業年から2018年までの年数である。150歳までの分布を表しているが、サンプルには150歳以上の企業も存在している。

図表2 企業年齢の平均値、経済活動別

経済活動 対象産業分野
(日本標準産業分類)
観測数 企業年齢の
平均値(歳)
農林水産業 01–04 201 40.1
鉱業 05 84 54.2
建設業 06–08 354 56.4
食料品・飲料・たばこ製造業 09–10 320 69.2
繊維工業、なめし革・毛皮製造業 11, 20 237 54.6
木材・紙製造業、印刷業 12, 14–15 374 58.5
化学工業、石油・石炭・プラスチック製品製造業 16–19, 21 770 58.0
鉄鋼業、非鉄金属・金属製品製造業 22-24 431 56.1
汎用・生産用・業務用機械器具製造業 25–27 476 53.8
電子部品・電気・情報通信機械器具製造業 28–30 414 45.9
輸送用機械器具製造業 31 361 53.4
家具、その他の製造業 13, 32 291 55.4
電気・ガス・熱供給・水道業 33–36 205 45.3
情報通信業 37–41, 801 348 36.2
運輸業、郵便業 42–49, 861 568 47.7
卸売業 50–55 474 58.9
小売業 56–61 554 52.3
金融業、保険業 62, 64–67 312 44.8
不動産業、物品賃貸業 68–70 247 38.6
学術研究、専門・技術サービス業 71–74 517 36.5
宿泊業、飲食サービス業 75–77 301 41.4
その他のサービス業 791, 88–92 489 37.2
全経済活動 8,328 50.1
出所:「全国イノベーション調査」2018年調査より作成。
(3)分析モデル

企業年齢がイノベーションに及ぼす効果を明らかにするため、本稿では以下のモデルを検討する。

Pr(プロダクト・イノベーション実現=1)
= f(企業年齢、企業規模、社内研究開発、競合他社数、経済活動)

このモデルは、プロダクト・イノベーション実現の有無が企業年齢を含む諸変数の関数になっている。上述したように、イノベーションには企業年齢以外にも企業規模や研究開発能力、市場競争度といった要因も影響する。これらの要因も考慮した上で、企業年齢の効果を推定することがモデルの趣旨である。

なお、プロダクト・イノベーション実現は1又は0の値を取るダミー変数であり、2016年から2018年の3年間にかけて実現した「新しい又は改善した製品・サービス」である。企業年齢は創業年から2018年までの年数に1を加えた値に対数をとっている。その他の変数の定義は、図表3の注を参照してほしい。

図表3 ロジスティック回帰:プロダクト・イノベーション実現

オッズ比 頑健標準誤差 p
企業年齢 (ln) 1.099 0.063 0.099
企業規模 (ln) 1.230 0.028 0.000
社内研究開発(1/0) 12.372 1.012 0.000
(競合他社数)(1/0)
0社 0.487 0.100 0.000
1-4社 1.138 0.109 0.176
5-9社 1.177 0.117 0.100
10-14社 1.194 0.136 0.120
15-49社 1.427 0.143 0.001
50社以上
定数項 0.015 0.004 0.000
経済活動(1/0) Yes Yes Yes
観測数 8,328
擬似対数尤度 -3,213
Wald χ2 1,442(p値=0.000)
出所:「全国イノベーション調査」2018年調査より作成。
注:プロダクト・イノベーション実現は1又は0の値を取るダミー変数であり、2016年から2018年までの3年間にかけて実現した「新しい又は改善した製品・サービス」。企業年齢は創業年から2018年までの年数に1を加えた値の自然対数値。企業規模は2015年の従業者数の自然対数値。社内研究開発と競合他社数については、2016年から2018年までの3年間における回答である。競合他社数は国内での競合他社数であり、海外における競合他社数は設問の対象外である。経済活動は図表2に示す通りである。頑健標準誤差は、誤差項の分散の不均一性を考慮した標準誤差。
(4)推定結果

(3)で示したモデルをロジスティック回帰により推定した結果が図表3である。

図表3を見ると、企業年齢のオッズ比注10は1より大きくプロダクト・イノベーション実現との正の関係が示されているが、p注11は0.099であり5%水準では統計的に有意ではない。図表4の信頼区間が示すように、企業年齢が及ぼす効果は企業年齢が高いところで誤差がかなり大きくなっている。これらの結果は、企業年齢とプロダクト・イノベーション実現には正又は負のどちらにも統計的に有意な関係が存在しないことを示唆している。

一方、企業規模と社内研究開発は、オッズ比が1よりも大きく統計的に有意な結果である。規模が大きい企業や社内研究開発を実行している企業は、プロダクト・イノベーションの実現確率が高いことを示している。

競合他社数もプロダクト・イノベーション実現に影響している。0社のオッズ比は1より小さいが、15–49社のオッズ比は1より大きい。この結果は、競争相手がいない市場で操業している企業よりも、市場で多数の競争相手にさらされている企業の方がプロダクト・イノベーションの実現確率が高いことを示している。

図表4 企業年齢の効果の信頼区間図表4 企業年齢の効果の信頼区間

出所:「全国イノベーション調査」2018年調査より作成。

4. 結語

イノベーションの創出を活性化するには、スタートアップを含む若年企業の活躍に期待されることが少なくない。しかしながら、若年企業がイノベーションで成熟企業よりも有利かは自明ではない。

本稿の分析によれば、企業規模や競合他社数などの影響を考慮すると、企業年齢とイノベーションには正又は負のいずれの関係も発見できなかった。この結果は、我が国においては必ずしも成熟企業がイノベーションで若年企業に劣るとはいえないことを示唆している。

本稿の分析方法には改善の余地があり、分析結果は頑健な因果関係を保証するものではない。しかしながら、エビデンスに基づく政策立案が重要視されている中で統計調査から政策的含意を引き出すには単純な集計・推計にとどまらず、因果仮説に基づく統計的な実証分析を積極的に試みていく必要があるだろう。


注1 『日経産業新聞』 2019年10月11日付

注2 GAFAは、Google、Apple、Facebook、Amazonの4社。FANGは、GAFAのうちAppleを除いてNetflixを加えた4社である。Apple以外の企業はいずれも1990年代に創業(Facebookは2004年)した。

注3 本稿でいうプロダクトとは、「製品又はサービス (good or service)」のことをいう。

注4 経済学では「置換効果」として知られる1)

注5 イノベーション意欲は市場競争度にも影響する。例えば、米国イェール大学の伊神ら2)は、競争相手が多くなるほどイノベーション意欲が高くなるという因果関係を明らかにしている。つまり、より独占的な市場構造にある企業ほど、イノベーションのインセンティブが小さいといえる。

注6 米国シラキュース大学のバラサブラマニアンら3)は、米国企業約500社の特許情報を分析して企業年齢が高い企業ほど技術の質(特許の被引用件数)が高いことを明らかにした。

注7 『オスロ・マニュアル2018』については、著者のうち伊地知による解説5)を参照してほしい。

注8 標本設計を含む調査方法論の詳細は、『全国イノベーション調査2018年調査統計報告』6)を参照してほしい。

注9 ヒストグラムでは150歳を上限として表している。サンプルの平均値は50.1歳であり、最大値は443歳であった。

注10 ここでいうオッズ比とは、偏回帰係数(対数オッズ)を指数変換してオッズの比(調整オッズ比ともいう)にした値であり、独立変数が1増加したときにオッズが相対的に何倍になるかを表している。オッズ比が1よりも大きければその独立変数によってプロダクト・イノベーションの実現率が増加することを意味し、逆にオッズ比が1よりも小さければその独立変数によってプロダクト・イノベーションの実現率が減少することを意味する。

注11 p値とは、検定統計量に関する帰無仮説を棄却するための有意確率のことをいう。p値が小さいほど、帰無仮説を棄却できる確率が小さくなる。

参考文献・資料

1) Arrow, K. (1962) “Economic Welfare and the Allocation of Resources for Invention,” in R. Nelson (Ed.), The Rate and Direction of Inventive Activity, N.Y., Princeton University Press.

2) Igami, M. and Uetake, K. (2019) “Mergers, Innovation, and Entry-Exit Dynamics: Consolidation of the Hard Disk Drive Industry, 1996–2016,” Review of Economic Studies, forthcoming.

3) Balasubramanian, N. and Lee, J. (2008) “Firm Age and Innovation,” Industrial and Corporate Change, vol.17: 1019–1047.

4) Nelson, R. and Winter, S. (1982) An Evolutionary Theory of Economic Change. Belnap: Cambridge, MA. (後藤晃・角南篤・田中辰雄訳 (2010) 『経済変動の進化理論』、慶應義塾大学出版会.)

5) 伊地知寛博 (2019) 「『Oslo Manual 2018:イノベーションに関するデータの収集、報告及び利用のための指針』-更新された国際標準についての紹介-」、STI Horizon、Vol.5 No.1. 41-47.DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00168

6) 科学技術・学術政策研究所 (2019) 「全国イノベーション調査2018年調査統計報告」、NISTEP REPORT, no.182、文部科学省科学技術・学術政策研究所.DOI: https://doi.org/10.15108/nr182