STI Hz Vol.3, No.4, Part.1:ウーロンゴン大学 山内 悠輔 教授インタビュー-オーストラリアを拠点にナノ材料の創成で基礎から応用まで幅広い研究を展開-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00100
  • 公開日: 2017.10.25
  • 著者: 大場 豪、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
ウーロンゴン大学 山内 悠輔 教授インタビュー
-オーストラリアを拠点にナノ材料の創成で基礎から応用まで幅広い研究を展開-

聞き手:企画課 国際研究協力官 大場 豪
科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典

 近年、分子同士の相互作用による「自己組織化」現象は、高次構造制御されたナノ材料をボトムアップ的に合成する方法として注目されている。山内氏は、高度な分子設計技術に基づき物質をナノレベルで精密に制御し、既成概念にはない合成手法を提案して、次々に新しい無機材料を創成している。その研究成果は基礎科学に大きく貢献するとともに、材料の応用面でも環境エネルギー分野やライフサイエンス分野をはじめ多方面でのブレークスルーへの貢献が期待されている。

 現在はオーストラリア東海岸のニューサウスウェールズ州にあるウーロンゴン大学において教鞭をとるとともに、無機材料創成の基礎研究に軸足を置きつつも、多方面との共同研究により電池触媒などのエネルギー関連やバイオ系のデバイスへの応用研究も精力的に進める、山内悠輔教授(国立研究開発法人物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)メソスケール物質化学グループリーダー兼任)にお話を伺った。

オーストラリア・ウーロンゴン大学 山内 悠輔 教授

― 研究者の道を選んだきっかけは?

私は修士課程を修了したときに、企業に行くか、あるいは研究者になるかを考えました。企業に行くと企業の方針等があるため、自分のやりたいことは自分で探せない。それより、自分で道を切り開いてみたいと思いました。

それから化学を専攻したのは、元々何となく化学が好きで、高校のときに物理や生物よりも化学ができたので、「できる=好きになる」という意味で化学が好きになったのでしょう。早稲田大学入学の際には応用化学を専攻しました。化学の世界で、自分の意思で道を切り開けるような職業に就きたいと思い、では切り開くためにはどうしたらいいのかを考えました。大学の先輩で、博士号を取って学術の分野に就職した研究者をたくさん見ていましたので、非常に参考になりました。ただ、本音を言うと、私は余り年を取りたくなかった。つまり博士課程において何年もオーバードクターをするとかです。そのため、とにかく頑張って若いうちに大学院を出たいと思い、修士課程を1年短縮しました。つまり、学部4年、修士1年、博士3年、合計8年で博士号を取得しました。年齢が若ければ就職口もありますが、オーバードクターで年齢を重ねると就職が少なくなります。

博士号取得の1年くらい前から、物質・材料研究機構が新卒、特に若い人の採用に力を入れていたことを知りました。すぐに応募し、在学中に25本の筆頭論文があることが高く評価されて、同機構に採用されました。

― 新しい無機材料の合成手法を研究するに至った経緯

研究の経緯の前に、私は小さい頃から凝り性で、ブロック玩具のような小さい物を組み上げる細かい作業が好きでした(小学生の頃は、ゾイドプラモデルでした)。それがまず自分の心の根底にあると思います。このような背景があり、研究において材料を見たときに、その材料に対してどのような構造でどのような原子の配列で作れば、若しくはそういう物を作り出すことができればこんな効果が出る、と考えることができるわけです。つまり、「こういう材料を作ってください」と言われたときに、「その材料をこういう組成で、こういう構造で作るために、こういう手法があるな」と考えるわけです。私はこのように考えることが結構好きです。

新規無機ナノ物質を合成する際に、余り公式的な物質の作り方はありません。特に、今回のナイスステップな研究者の選定対象となった多孔性の分野では、どのような無機化学反応を鋳型上で使えば良いのか、反応をどのように制御すれば良いのかなど、知られていません。未開拓のところで、新しい多孔体の作り方を見つけて、新しい構造を作ることに魅力を感じています。

バルクの物を削ってナノ構造体を作るというトップダウン手法(微細加工によりナノ構造を作製する技術)と比べて、分子・原子のレベルでそれらを組み上げてナノ構造を作る(ボトムアップ手法)ためには、やはり無機化学反応が必要なわけで、ここの魅力は化学者でないと分からない部分かもしれません。自己組織化は、分子・原子の意思で組み上がるため、それを見られる楽しみがあります。無機化学には、一般に分かりやすく伝えるのが難しいですが、そのような専門的な魅力があります。

― 2016年からオーストラリアのウーロンゴン大学で教鞭をとっておられますが、研究環境を海外に移す際のメリットは?

私は2007年3月に早稲田大学の博士課程(工学)を修了して、翌月に物質・材料研究機構に定年制職員として入りました。任期無しのポストなので、65歳まで働けます。ものすごくいい職場ですが、私には海外経験がありませんでした。海外の人と英語で議論をすることはとても大切です。論理的思考力に基づいて、事実を踏まえて、議論をすることが重要です。そのときにまず英語力がないと駄目ですね。私は、それらを培いたかったため海外を選択しました。若いうちだからできると思ってやりました。科学論文をトップジャーナルに掲載させる際にも、完璧な回答書(論文の査読者に対する反論)を英語で書き上げるかが重要ですが、この力もついたと思います。

あと、海外の研究者ともっと友達になることです。日本人は、やはり海外の友達が少ないと思います。私の場合は、米国物理学協会や英国科学誌の編集者もしているので、結構友達を作ることができます。研究成果も重要ですが、研究成果をいかにアピールするかは、著者の該当分野の認知度にもよります。私の場合は、ナノ材料化学の研究者の中で「ああ、日本人の山内だ!」と認知してもらうようになればいいですね。しかし、日本だけに研究拠点を置いていただけでは有名にはなれませんね。

最近気になっていることは、若い日本人が海外に行きたがりません。1年程度海外に滞在する研究者はいますが、本当に現地の教員として活躍している人はめったにいません。私が勤める大学内には、日本人の教員は1人だけです。やはり日本人はもう少し海外に出て行かないと…。昔の日本人は海外で修業をすることをしていたように思います。例えば、ノーベル賞を取った先生方は、かつての海外生活の重要性などを紹介しています。私は、英語圏の国に行きたかったんです。米国、英国、オーストラリアなどですね。物質・材料研究機構のグループリーダーを兼任することが決まっていて、飛行機で頻繁に移動することが想定されたので、移動する際に時差の少ないオーストラリアを選びました。あと、私の家族が元々オーストラリア好きだったので、安全な国で、子供の教育を考えたときに良い環境だと思います。

― オーストラリアと日本での研究面や教育面での違い

まず、研究の予算についてですが、日本には科学研究費助成事業(以下、科研費)があります。科研費は基礎科学が対象です。日本の良いところは基礎科学に主を置き、あるいは考慮する傾向にあります。そのため科研費の下で余り注目されてない学術分野も細分化し、分野を選択すれば、その分野で科研費の配分が決まります。それが日本のとてもいいところです。オーストラリアに関しては、そういうのはほとんどありません。いわゆる応用研究第一主義です。オーストラリアでは、エネルギー政策がほぼ終わって、今はバイオ研究に移行しています。そのため政府はバイオ研究に大量の資金を投入するわけです。そうするとバイオ研究の研究費の獲得のために、みんなが申請書を書きます。私の分野では、ナノ材料をどうやって使ってバイオに応用するかという申請書ばかりを書く。そうすると根本の材料をどうやって作るのか、どういう反応がビーカーの中で起こっているのかという基礎レベルでの研究が全くできません。日本はやはり科研費によって基礎的研究が支援されているため、その点が日本のいいところです。

次に教育についてですが、オーストラリアの学生は日本の学生と違い集中型です。朝8時に来て、17時に帰る。土日はいない。博士課程の学生も同様です。私は、早稲田大学の博士課程在学時に徹夜で実験して、机の下で寝泊まりをする日々もありました(今、日本でもそんなことをする学生はいないかもしれませんが…)。オーストラリアの学生は、日本のように指導教員に指示された実験をやるというよりは、むしろ自由な環境の中で学生が自由な考え方で研究を独自に行います。得られたデータの解析、論文執筆などを教員が支援するという形です。私の大学では、学生が研究室ごとに分かれていません。80人ぐらいの学生部屋があり、異なる研究室の学生同士が自由に話せる環境です。1人の学生に対して、主教員の他、副教員が2人から3人ついています。私がメインで指導する学生が5人いても、学生1人ずつに異なる副指導教員がついており、学生のテーマによって副指導教員を選ぶことができます。例えば、研究テーマが「ナノ材料を用いた薬物カプセルの合成」だったら、バイオ専門の先生をつけます。時には、他学科からの先生をお願いすることもできます。私の認識だと、日本の大学は研究室ごとに学生の机の場所、実験する場所が固定されていて、余り他の研究室の学生と話す機会がないのが実情だと思います。そのため隣の研究室が何をやっているか分からない。他の研究分野との交流があれば、学際的で新しい発見があると思いますね。

当然、ゼミや講義は英語でやっています(下手な英語ですが…)。日本では講義中に寝ている学生がいますが、オーストラリアの学生はものすごく真面目で余り寝ている学生がいない。毎日実験をやっていても17時には帰る学生ですが、授業はしっかり聞くから、「興味があるの?」と思っていましたが、「メリハリがある」という言い方が正しいようです。遊ぶときは遊ぶ、実験するときには実験をするということでしょう。学生の中には留学生もいますが、ネイティブ並みに英語ができます。そのため英語には問題がないと思いますし、むしろ私の方が英語はできないと思います。

今は、講義を週に1度のペースでやっています。大型の研究予算を持っていると、担当する授業の数を減らせます。これは日本ではないと思います。いわゆる研究重点教員です。研究・教育・サービスの3つにおいて私のパーセンテージは、70%・10%・20%です。他の教員の場合、多くは20%・60%・20%です。研究のパーセンテージが低いと、講義のコマ数が増えていきます。でも、研究の予算を獲得すれば、研究の割合が高くなります。予算のうち間接経費としてオーストラリア政府からものすごい額が大学に入りますから、予算を取ることは大学にとってメリットがあるわけです。研究をやりたかったら、予算を取り続けないといけません。予算が切れた時点で講義のコマ数が増えます。私はこれまでにそのような教員の悲惨な状況をたくさん見ています。予算の獲得に失敗して、研究重点教員ではなくなった教員が大勢います。私も予算を取り続けないといけません。私はとりあえず現在5年間の数億円規模の研究費を獲得していますが、この5年間のうちに次を取らないといけないので挑戦しています。

日本の科研費とは異なり、研究費獲得のための申請書は100ページぐらい必要です。米国もそうらしいですね。米国人の先生は申請書を書くのに忙しいといつも言っていますが、それと似たような感じなのでしょう。

― 今後の研究の展望について

今オーストラリアでは応用に重点を置いていますが、彼らは私の無機材料に関する知恵や合成する力を求めていると思います。したがって、国の方針に従って応用先を目標において、それらのプロジェクト達成のために必要な物質を作るというのが私の役目だと思います。今、私が付き合っているのは電池の専門家とバイオの専門家で、彼らの欲しい物を作れば、性能が2桁もあがるということもたくさんあります。近い将来には、日本の企業を巻き込んで、製品の開発に結びつけたいですね。

私の研究の重点は基礎研究ですが、応用分野の人たちと組めば1段階も2段階もいいデバイスができる。とりあえずそれをやることが目的です。私の考えとしては、オーストラリアでも基礎をやり続けたい。今考えているのは、結晶面をそろえることです。原子1個1個を手でつかんで移動させることはできないにしても、化学反応で特定の結晶面を作り出すように原子を再配列させることです。そんなことできるのか?できないことをやるから面白いんですね。無機合成化学の基盤を作ることが私のやるべきことだと思っています。

― 若い研究者や、これから研究者を目指す学生へのメッセージ

私は就職を考えていたので、自己分析(性格診断)を行いましたが、これが研究者の道を進む上で大変参考になりました。自分の性格、自分は組織の中でやっていける人間か、自分にリーダーシップはどれだけあるのかという点が分析で出てきます。例えば、自分は議論の中でリーダーに成りうるとかという可能性も分かります。リーダーとして議論を仕切る能力も結構大事なんです。アカデミックとは関係がないように思いがちですが、実は意外と関係があります。

そして、1番自分がやりたいことを逃げないで考えることです。研究者の世界でも、逃げたり、すごくつらい状況に置かれて研究が推進できないでいたりする人がいます。私も物質・材料研究機構で働き始めたときは研究費がなく、自分で全部やらなければいけなかった。それでも自分の目標のためにいつ何を準備をしなければいけないかという計画をしっかり立てることです。それをやることが自分の精神安定剤になります。例えば、将来の自分の目標があったら、それをやるためにはこの時期にこのぐらいまでしておかないといけないという目標を立てられます。それに向かって、一歩ずつやっていくことが非常に重要だと思います。自分が置かれた環境を認識して、目標との差を見積もり、最終目標に向かって年々成長していくための計画を立てて実行していくことが大変重要なことではないでしょうか。

『Nature Communications』に掲載された
排ガス浄化用の新ロジウム触媒のプレスリリース

提供:ウーロンゴン大学 山内 悠輔 教授