STI Hz Vol.2, No.3, Part.9: (ほらいずん)自動運転自動車の普及に向け、技術開発から社会制度設計へSTI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00040
  • 公開日: 2016.09.25
  • 著者: 中島 潤
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.2, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
自動運転自動車の普及に向け、技術開発から社会制度設計へ

科学技術予測センター 特別研究員 中島 潤

 当研究所では科学技術動向誌2013年1・2月号にて、自動運転自動車の研究動向についてレポートした1)。以来、自動運転自動車の実現、普及に向け、研究開発のみならず、法規などの社会基盤整備の議論も進んでいる。特に、自動運転機能に過度に依存してしまうことで起きる交通事故など、新たな懸念も出てきており、適切な規制と新技術普及の両立が注目されている。

自動運転自動車の実現に向けた技術開発や実証実験が世界中で進められている。またそれに伴い、法規や道路インフラなど、社会基盤の整備に向けた議論も続けられている。とりわけ法整備については、国連欧州経済委員会(UN/ECE)などの場で自動運転自動車が普及する社会を見据えた改定議論が進んでいる。

現在、UN/ECEで議論が進められている主な法整備には、各国の道路交通法のベースである「道路交通に関するウィーン条約(条約締結1968年。最新改訂:2016年。なお日本は旧協定のジュネーブ条約を批准)」と、車両構造法の一部であるUN-R79(Steering Equipment;かじ取り装置)の改定がある。前者には条約本文内に「あらゆる走行中の車両か連結車両には、運転者がいなければならない。」(第8.1条)と記述があるとおり、人間が運転操作を行う責任を有することを前提とした内容である。今後、米国運輸省道路交通安全局レベル区分(図表)におけるレベル4に分類される完全自動運転の許容に向け、無人運転を想定した内容への改定が検討されている。後者(UN-R79)については、自動命令型操舵は10km/h以下でしか実施してはならないという制限のため、通常走行時(10km/h超)の車線変更や手放し状態での車線維持が認められず、レベル2に相当する「複合機能の自動化」の一部機能が実現できない。そのため、2017年後半にはこの制限撤廃と、併せて安全機能強化(ドライバーのアクション検知など)が盛り込まれるよう、改定作業が進んでいる。

図表 米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)による車両の自動化の分類
(Level of Vehicle Automation)

出典:参考文献2

一方、フォルクスワーゲン(VW)による排気ガス不正問題や、国内複数の自動車会社における燃費試験不正問題など、自動車会社と規制に関する社会問題が頻出している。どちらも、車両構造法に基づく認証試験の試験手順において、規制逃れのための不正ソフトウェア搭載や、正規の試験法にのっとらない形での試験法の実施及びデータ提出という、自動車メーカーの法規適合保証方法自体への課題が指摘されたところである。

そのような中、テスラモーターズ社のAutoPilotという自動運転機能を使用中の交通事故が2016年5月7日に発生し、メディア等で大きく取り上げられた。AutoPilot機能自体は完全自動運転ではないと告知されてはいたが、当該ドライバーがAutoPilot機能中に二次タスク(運転中の運転以外の作業)を行っていた可能性が浮上しており、運転支援機能を自動運転と誤認、又は過度に依存してしまうなどの課題、またドライバーへの自動運転機能の適切な告知の必要性が指摘されている。

上述した排気ガス、国内燃費不正問題は、その後法規の厳格化や厳格運用に向けた動きがあり、今回のテスラモーターズ社のAutoPilot機能使用中の交通事故も、自動運転技術の普及に向けた法整備活動に影響を与える可能性も十分考えられる。この事故を踏まえた、安全確保のための法整備は当然重要だが、過度に厳格にすることにより、自動運転技術の普及自体が遅れてしまうことも懸念される。自動運転技術は、ヒューマンエラーによる交通事故を劇的に減らす可能性を秘めており、厳格すぎる法規制による、有用な新技術の普及の遅れは、社会にとって不利益となりかねない。

自動運転技術のように、現在の科学技術の延長ではない非連続なイノベーションを起こす科学技術が社会実装される過渡期においては、予期できぬ事態が発生し得る。その際にも、ステークホルダー間での綿密なコミュニケーションを通じ、社会便益を最大化させるための手段を採るべきである。

参考文献

1)「自動運転自動車の研究開発動向と実現への課題」 科学技術動向誌2013年1・2月号:
http://hdl.handle.net/11035/2341

2)国土交通省HP オートパイロットシステムに関する検討会 第5回配布資料:
http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/autopilot/pdf/05/2.pdf

3)2016年7月4日付 テスラ車死亡事故関連記事:
http://jp.reuters.com/article/tesla-autopilot-dvd-idJPKCN0ZJ0Z1

4)国土交通省HP 報道発表資料:http://www.mlit.go.jp/report/press/jidosha07_hh_000216.html