STI Hz Vol.9, No.4, Part.4:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)東北大学 未踏スケールデータアナリティクスセンター 教授Tokyo Artisan Intelligence 株式会社(大学発ベンチャー)代表取締役社長中原 啓貴 氏インタビュー-深層学習(ディープラーニング)高速処理専用大規模集積回路(LSI)の研究開発-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00351
  • 公開日: 2023.12.20
  • 著者: 深見 陸、鎌田 久美
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
東北大学 未踏スケールデータアナリティクスセンター 教授
Tokyo Artisan Intelligence 株式会社
(大学発ベンチャー)代表取締役社長
中原 啓貴 氏インタビュー
-深層学習(ディープラーニング)高速処理専用
大規模集積回路(LSI)の研究開発-

聞き手:企画課 係員 深見 陸
科学技術予測・政策基盤調査研究センター 研究員 鎌田 久美

「ナイスステップな研究者2022」に選出された中原啓貴氏は、エッジ側(端末側)において高速化した深層学習(ディープラーニング)が可能なFPGA(Field Programmable Gate Array)による半導体を開発してきた。2020年3月に大学発ベンチャー企業としてTAI(Tokyo Artisan Intelligence株式会社)を起業して、実用的な性能とコストで、深層学習のハードウェア化を実現しており、市場性においても期待が高まっている。

本インタビューでは、中原氏に研究成果までの道のり、ベンチャー企業を立ち上げるに至った経緯と運営について、そして、今後の展開や若手研究者へのメッセージなどについて伺った。

東北大学 未踏スケールデータアナリティクスセンター 教授 中原 啓貴氏(中原氏提供)
東北大学 未踏スケールデータアナリティクス
センター 教授 中原 啓貴氏(中原氏提供)

1. 研究概要

- 御自身のこれまでの研究活動や御経歴について伺います。

学生時代はLSI(Large Scale Integration:大規模集積回路)についての研究をしており、LSIの設計の対象としてハードウェアの研究なども従事していました。学位を取得した後も、LSIの信頼性に関するものとか、組み込みシステムに関する研究開発に従事しまして、ルネサスエレクトロニクス株式会社との共同研究なども行いました。

人工知能に携わることになったきっかけですが、FPGA(Field Programmable Gate Array)という書換え可能なLSIについての研究をする中で、国際会議の場で、深層学習のハードウェア実装について発表されたヤン・ルカンという先生にたまたま会ったのですね。当時はそこまで有名な先生ではなかったのですが、後にチューリング賞を受賞するほどの大物の先生です。そして、そのときにAIの面白さについてヤン・ルカン先生からお聞きして、AIに注目したのは2010年ぐらいのことでした。他にもオックスフォード大学に留学して電波望遠鏡のシステムを日本に持ち込むとか、信号処理に関する研究なども行ったのですが、どれもベースとしてはLSIがあって、特にFPGAを専門に研究していました。

FPGAのアプリケーションの中にAIが来るのではないか?と予測したのが2011年のことで、そこから本格的にシフトしまして、AIに関してはほぼ独学でしたが、2015年にAIのFPGA実装に関する論文を書き上げました。その後も、1ビットで表現できるようなAIの実現に向けて、1ビットと多ビットとを組み合わせたモデルを考えてハードウェア化した論文を、2018年に発表しました。また、FPGAのAIに関する研究の分野では、4つのトップカンファレンスがあるのですが、その全てに筆頭著者で発表しました。

そうなると国際的な共同研究もしてみたいなということで、2019年にはインペリアル・カレッジ・ロンドンに留学して1年間、私の分野ではトップの先生のところで共同研究開発をさせてもらいました。現在もインペリアル・カレッジ・ロンドンやトロント大学、シドニー大学とも共同研究しています。

帰国した後、2020年には新型コロナウイルスの流行がありましたが、それを契機にTokyo Artisan Intelligence株式会社という大学発ベンチャー企業を立ち上げました。大学の教員として研究をしながら、その成果を直接会社で実装する形です。そろそろAI向けのコンピューターが出来上がってくるので、それを量産しながら、AI向けの次世代のFPGAを作ることに取り掛かろうというところです。ソフトウェアというよりは、AIのチップとかコンピューターのハードウェアを作る会社になります。現在は20人ぐらいですが、2024年以降には40人体制を目指し、人が順調に増えてきているところです。

2. ベンチャー企業の立ち上げと運営

- これまでの御活動について伺いましたが、研究の道から一転、ベンチャー企業を立ち上げるに至った経緯について詳細を伺えればと思います。先ほど新型コロナウイルスの影響もあるとおっしゃっていましたが。

本音を申し上げると、大学の先生って給料が安いのですよね。労働力に対して対価が見合ってないような気がしています。もう少し、「稼げる先生」がいても良いじゃないか?と思いました。一方で、コロナ禍で海外出張禁止になったために、ある程度余裕ができまして、いっそのこと会社を作って、もうけられる先生っていう例外を作りたいなという気持ちになったのが理由の一つでした。何回か会社が潰れそうになる経験もして大変でしたが、何とか生き残って今に至ります。

2017年ぐらいにAIブームがあって、講演などをやるたびに4~500人ぐらいが名刺交換しましょうと言ってきて引っ張りだこになった時期があったのですよね。共同研究をやりましょう、実装しましょうって30社ぐらいとやり取りをしたのですが、その中で実用化まで行ったところは1社もありませんでした。特に大手さんは機動力に欠けるところがあって、すぐに新規事業化できないようです。だったら、もう自分でやってしまった方が早いなという理由もありました。

先ほど海外の先生と共同研究をするという話もしましたが、海外のトップ校の先生は自分で会社を持っていることが多く、知っている先生では、会社を作って弟子に社長をやらせてイグジットする(事業に投資した分の資本を回収すること)という流れを4回も行った方もいました。皆さんバリバリで、研究もするし実用化もするし会社も作るしたくさん弟子も作るし、エネルギーのある人はもうそういうのをガンガンやっても良いのだと思います。

日本だとそういうことやっている先生って非常に少なくて、会社作ってちゃんと成功させているとなるともう本当に1人か2人ってレベルじゃないでしょうか。私がロールモデルになって、大学の先生も遠慮せず会社作って、社会に還元する良いエコサイクルを作るのを目指すべきじゃないかと、そういう思いもありました。

- 会社が潰れかけたことも何回かあるとおっしゃっていましたが、その辺りの詳細を伺ってもよろしいでしょうか。

新しい事業を立ち上げようとすると、やはり最初は開発をしないといけないので、お金が減っていくのです。そこから売上げが入ってくるにはタイムラグがあり、特にAIなんて得体の知れないものですから、なかなか定量的な評価も難しく、どこまで行けば完成かを決めるのも難しい。最初の事例さえできてしまえば、他のクライアントもどんどん獲得できるのですが、最初の一発を取るのがなかなか大変です。毎月毎月の開発費や人件費と、なかなか入ってこない収入とのギャップで潰れかけました。

- そこから持ち直したきっかけは何でしょうか。

援助してくれる投資家に出会えたことが大きいです。売れるようになるまで支えてもらいました。そのときは、ベンチャーキャピタルなどに、いろいろとお金を集めるためにプレゼンテーションを行う、いわゆるピッチに精を出していました。ただ、この辺りは研究者も同じですよね。

- と、言いますと?

科研費もそうですけど、大きなお金をもらうためには結局プレゼンをして集める必要があって、計画書を書くのもピッチと同じですので、研究者が起業家になっても本質的なところは変わらないですね。私もそこは余り苦労せずにできました。

- 研究者と起業家のプレゼンテーションのお話ともつながりますが、ベンチャー企業を設立されて資金集め、運営などをしていくに当たって、こういった経験がいきた、あるいはこういった経験をしておけば良かったと思った瞬間などございますか?

結局、研究も水物というか、皆に価値が分かるとは限らないですよね。そこに対してお金を出してほしいと思うのだったら、やっぱり企業の方々にプレゼンして研究費をもらってこないといけないですし、研究費をそれなりにもらうには、それなりの実績を出さないといけない。それは民間に移っても、大学にいても変わらないと思います。そういう意味では、私もAIブームのときに研究費が足りなくて、いろいろなところから集めた経験があって、人前で話す度胸とかスキルセットを養いました。また、研究費を取るためにたくさんの申請書を書いたことは、会計的な数字計算とか、根本のところで役立ちましたね。あとは、AIブームに先行して研究していたという事実が、宣伝効果として役立ったので、それも経験としては良かったと思います。また、私自身の研究スタイルとして、何でも自分で手を動かして自分で開発するというのがありまして、学生に任せきりにせず、自分でプログラミングしたり回路を書いたり、プレゼンで研究費を獲得したり、また、発表もします。自分で現場に立って動かした経験が多くあったのですが、ベンチャーは自分で何でもやらないといけないので、そのスキルはいきたと思います。

一方で、会社を作って分かったことは、当然ながら会社には経理も法務も総務も必要だし、営業も経営もしなくてはいけないし、全て経験のないことで、今思えば財務諸表を読むとまでは言わずとも経理や簡易な法務などはパッケージとして知識を持っておけば、スムーズに経営ができたのではないかなって思うことはありました。

- お話を伺っていると、研究者の方こそベンチャー経営に向いているのかもしれない、と思うのですが、そういった方面を目指す先生が多くない理由はどういったものがあるとお考えでしょうか。

失敗したときのリスクが大きすぎるから、じゃないでしょうか。海外の人に聞くと、失敗しても何回でもやり直せることが多いのですが、日本はリスクに対する考え方が保守的であり、そもそも取戻しが効かない制度的な面もあると思います。銀行も、いろいろなものを担保に取ってこようとするし、失敗に対するリスクの負わせ方に関して日本特有のものがありますよね。

また、大学が時間をくれないということも大きい気がします。やっても良いけど100パーセント自分の時間でやってねって感じで、徹夜でも何でもしないと追いつかないということがあり、そういうことに対して制度が不十分なのを感じますね。

今までは大学に入って研究だけを続ければ良いっていう文化があって、周りもそういう状態だったから、起業するという選択肢自体が認知不足なところもあるのだと思います。

- では逆に、先生が一歩踏み出せた理由を伺ってもよろしいでしょうか。アカデミアとベンチャーの二足のわらじというのはかなり大変ですし、リスクも大きいものだと思いますが、その辺りの経験についても伺いたいです。

大変なこととしては、やはり時間の割り振りですよね。講義、学生の対応、大学の雑務もやりつつ、会社を経営する必要がありました。ただ、そんな中で踏み出せた理由として、先ほども言った通りコロナ禍で、時間を要していた出張の移動時間がほぼゼロになって、オンラインで良いという風潮になって、大幅に時間の余裕ができたことです。例えば、今回のインタビューもオンラインですものね。時間の効率化に対する考え方がコロナ禍を境に大きく変わったことが、やはり大きいと思います。

3. 国際共著率と国際競争力

- 少し話は変わりますが、日本の大学の研究は国際共著率が低いとよく言われています。先生は国際的な共同研究も多くされていますが、日本の国際共著率を上げていくという観点で、どのようなお考えをお持ちでしょうか。

私の周辺分野のことしか分からないことは前置きしますが、日本人って内向的な方が多いですよね。学会に行ったりすると、なぜか日本人だけで固まっていたりします。私は性格的に、人に対して遠慮なくガンガンとものを言えるから、海外の人と同じテーブルについたときもいろいろと雑談につながって仲良くなれるのですよね。そうすると、ちょっとうちの大学で講演してよとか、そういった話になったりします。友達作りというか、コミュニケーションで、日本人は目立てていないのかもしれません。外国の人ってガンガン来る人が多いじゃないですか。その中で大人しくしていても駄目だよねって思ったりはします。

- 昨今、先生も研究されている半導体が注目されていますが、日本の国際競争力という意味で、海外と渡り合っていくにはどういったところに主眼を置いてらっしゃるのでしょうか。

今AIをやろうと思うと、最近ChatGPTもそうですが、インターネットにつないでクラウドで計算して、手元で結果を表示するというのが基本です。クラウドはもう本当に資本力という名の体力勝負でして、日本はその勝負ではなかなか勝てないですね。中国は開発に十兆円ぐらいお金を投じていますし、GoogleやMicrosoftなどは、何百倍も資本力があります。

でも、エッジAIだったらコスト勝負できて、一個あたりの単価を削って安くしていく勝負になります。エッジでは数十億円くらいを投じることになるのでクラウドより参入しやすい。資本力がなくてもアイデア力で勝負ができる。エッジAIの分野には、NVIDIA、Intel、Microsoft、Google、イスラエルのスタートアップなど多くの企業が参入しています。日本の中でもスタートアップ企業はありますが、ほとんどが失敗しているのが現状で、クラウドよりもマーケットサイズが小規模ということが要因となっています。中国のベンチャー企業も多数ありますが、ほとんど成功していない状況です。

4. 研究や教育の取り組み

- 企業との共同研究についてお聞かせください。

三井住友海上と共同研究を進めています。三井住友海上の投資部門は、純粋なキャピタルゲインであり、投資からお金を回収して、お金を貸し付けてくれた人に返すのが本来の業務です。期待されていることは保険で、事故が発生したときの保険の支払を減らすことが目的になっています。人命に関わるような衝突事故の減少や、安全のための防災や危険予知に興味があって、うまくできると保険の支払が減ることになります。事故を減らして保険の支払を減らすということです。世の中を見ても、傷つけられて、亡くなられる人が減ることは意義のあることなので研究開発を進めています。

- 生成系AIの登場によりAI業界を取り巻く環境についていろいろと変化が起きていますが、先生御自身の身の回りでの影響についてお聞かせください。また、今後の研究への影響についてもございましたらお聞かせください。

大規模モデル系のハードウェア化や軽量化は実は行っていまして、幾つか成果が出始めているので、ハードウェアの研究発表を行う予定です。日常業務では雑多な業務が多く、例えば、1日にメールが400通も届くので、ChatGPTに任せています。プログラムを書くときも、ChatGPTに作成させて、修正して使ったりしています。学会においてもChatGPTで生成された論文が取り入れられてきています。

- 大学生・院生への教育についてのお考えをお聞かせください。

大学生・院生への教育については、感受性の高い時期に教育を行うことが重要と考えます。ある一定の年齢になると考えが固まっている傾向にあるので、若いときにいろいろなことを経験して、いろいろな価値観を身に着けることが良いと思います。

5. 若手研究者へのメッセージ

- 若手研究者や学生の皆様へのメッセージがございましたらお聞かせください。

リターンが欲しかったらリスクを負わなくてはいけないので、リスクをどんどん取りましょうということでしょうか。研究者になった時点でリスクを負っているので、リスクを取るのであれば、一を取っても百を取っても変わらないので、徹底的にリスクを取った方がいいのではないでしょうか。博士課程に進学したり、研究者になっている時点で、給料の面だったり、任期付きだったりして、リスクを負っています。研究は成功しなければアウトですが、やるなら徹底的にリスクを取って挑戦してみることが大事だと思います。やるだけやって失敗したら、そのときは、あのとき頑張ったなと思えるはずです。やらなかったらもっと後悔すると思います。研究に挑戦するためには、徹底的にリスクをとる気持ちで、夢を持って研究に進んでいってほしいと思います。

(2023年9月15日オンラインインタビュー)