STI Hz Vol.10, No.3, Part.3:(ほらいずん)ノーベル賞受賞における主要研究の被引用数に関する分析STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00381
  • 公開日: 2024.09.10
  • 著者: 原 泰史、川崎 正貴、赤池 伸一
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.10, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
ノーベル賞受賞における主要研究の被引用数に関する分析

データ解析政策研究室 客員研究官 原 泰史*、リサーチアシスタント 川崎 正貴**
上席フェロー 赤池 伸一

概 要

新たな科学的知見をもたらした基礎研究に与えられるノーベル賞に関し、その受賞対象となる研究がいかなるものであったかは、政策的にも学術的にも関心が高い。本稿では、受賞対象となった研究成果の被引用数等について基礎的な情報をまとめる。

キーワード:ノーベル賞,科学技術・イノベーション政策,基礎研究,被引用度

1. はじめに

研究者のキャリアがどのように形成されるかは、科学技術・イノベーション政策における重要事項の一つであり、これまでの科学技術基本計画や科学技術・イノベーション基本計画においても継続的に取り上げられてきた。いわゆる研究力を測定するには、論文、特許等の様々な指標があり、その目的に応じて多面的な側面から捉えられるべきであるが、受賞対象となった研究成果がいかなるものであるかは政策的にも学術的にも関心の高いところである。科学技術・イノベーション政策における「政策のための科学」(SciREX)プログラムの一環として、ノーベル賞の受賞選考プロセスやキャリアについては、原、赤池らがワーキングペーパーとして発表し(赤池,原,中島,篠原,内野. 2016)1)、最新のデータに基づく更新を行い、本誌上でも公表した(松浦,原,赤池. 2022)2)

本稿では、前述のSciREX ワーキングペーパー及び本誌の先行記事を基に、ノーベル賞受賞者の受賞に至る重要な論文の被引用数推移について基礎的な情報をまとめる。

2. ノーベル賞受賞者による論文の被引用数の分析

ノーベル賞に至るような優れた科学的発見としての学術研究の重要性を指し示す一つの指標として、被引用数が挙げられる。すなわち、公刊後即座に、あるいは後世に数多く引用されるような論文を執筆し公表することは、科学的に重要な知見であることを指し示しているとする視座である。Web of Scienceを提供するClarivate社は、ノーベル賞が発表される毎年10月のノーベル・ウィークの直前に、高被引用論文を有する科学者の一覧であるHighly Cited Researchers3)を公表している。では、高被引用論文の存在がすなわちノーベル賞の受賞に直接結びつくのであろうか。本節では、受賞年代ごとのノーベル賞受賞者のコア研究論文(ノーベル賞に至る重要な研究)について、それぞれ被引用数を求めた。ここでは、(Li et al. 2019)4)が公表している、NobelPrize.orgから収集したコア研究論文の文献リストを利用した。また、科学文献データベースであるOpenAlex API5)を用いることで、コア研究論文の書誌情報及び累積の被引用数を取得した。なお、受賞前のコア研究論文の注目度と、受賞後のインパクトを区別するために、受賞年の9月末までを「受賞前」、受賞研究が発表される10月から2023年12月末までを「受賞後」として、被引用数を区分することで分析を行った。

2-1 ノーベル化学賞におけるコア論文の被引用数の状況

図表1はノーベル化学賞におけるコア研究論文の被引用数の分布について、「受賞前」と「受賞後」の累積被引用数ごとに、箱ひげ図(縦軸は対数表示)を用い、1900年から2022年まで、受賞年を20年ごとに区分することで比較したものである。箱ひげ図の箱は上下4分位(25%タイル~75%タイル)を示し、線および点は最大値あるいは最小値を示している。箱の中の横線は被引用数0を含めた中央値(メディアン)を示しているが、図中には被引用数0は表示されていない。

ノーベル化学賞においては、受賞前の被引用数は年代を経るごとに増加傾向にあることが確認できる。1940年から1959年には受賞前の被引用数の中央値は19であったが、1980年から1999年には378まで増加している。また、3年間の計測値とはなるが、2020年から2022年には受賞前の被引用数は7,079回まで増加している。また、受賞により被引用数が増加していることも経年の傾向として確認できる。

また、ノーベル賞の受賞は被引用数を増加させることも確認できる。なお、累積の被引用数を集計しているため、2000年以降は受賞後の被引用数が受賞前より低く計測されることに留意されたい。

受賞前後の期間にわたり最も引用されている論文は、1977年に公刊され1980年に受賞した、Sanger教授による“DNA sequencing with chain-terminating inhibitors”6)であり、OpenAlex APIでは65,603回、Web of Scienceでは69,610回引用されている。後述する物理学賞、生理学・医学賞同様、受賞理由となった主要コア研究論文の被引用数が増加していることが確認できる。また、累積の被引用数が100以下の論文も受賞対象となることも示唆される。

図表1 ノーベル化学賞における受賞年代ごとの受賞前後の被引用数図表1 ノーベル化学賞における受賞年代ごとの受賞前後の被引用数

注. OpenAlex APIを基に原泰史(科学技術・学術政策研究所客員研究官・神戸大学准教授)及び川崎正貴(科学技術・学術政策研究所リサーチアシスタント・筑波大学大学院)が集計。
被引用数は、2024年6月時点の値を用いている。
2-2 ノーベル生理学・医学賞におけるコア論文の被引用数の状況

図表2にはノーベル生理学・医学賞における受賞年代ごとの受賞前後の被引用数の分布を示す。

ノーベル生理学・医学賞においても同様に、受賞前の被引用数は年代を経るごとに増加していることが確認できる。1940年から1959年には受賞前の被引用数の中央値は33であるが、2000年から2019年には1,076まで増加している。また、こちらも同様に、受賞後の被引用数も増加する傾向にあることが確認できる。受賞前後の期間にわたり最も被引用数を得ている論文は、2012年に受賞した京都大学山中伸弥教授による“Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors”7)であり、累計OpenAlex APIでは23,048回、Web of Scienceでは18,065回引用されている。ノーベル賞が授与された論文は被引用数が多い傾向が見て取れるが、生理学・医学賞は「最も重要な発見を成し遂げた者」に授与されることからノーベル賞授与が被引用数の多寡のみで判断されるものではないことが類推できる。

図表2 ノーベル生理学・医学賞における受賞年代ごとの受賞前後の被引用数図表2 ノーベル生理学・医学賞における受賞年代ごとの受賞前後の被引用数

注. OpenAlex APIを基に原泰史(科学技術・学術政策研究所客員研究官・神戸大学准教授)及び川崎正貴(科学技術・学術政策研究所リサーチアシスタント・筑波大学大学院)が集計。
被引用数は、2024年6月時点の値を用いている。
2-3 ノーベル物理学賞におけるコア論文の被引用数の状況

図表3にノーベル物理学賞における受賞年代ごとの受賞前後の被引用数の分布を示す。

ノーベル物理学賞でも、類似の動向が確認できる。すなわち、受賞前の被引用数は年を経るごとに増加傾向にあること、ノーベル賞授与は被引用数を押し上げる効果を有することが示唆できることである。また、1980年から1999年の受賞前の被引用数の中央値は192、2000年から2019年の受賞前の被引用数は1,110回と、21世紀以降、受賞前の被引用数が急激に増加していることも確認できる。主要なコア研究論文が学術論文として特定できたもののうち、受賞前後の累計で最も被引用数が多いのは2010年の受賞者であるNovoselovやGeimらによる“Electric Field Effect in Atomically Thin Carbon Films”8)であり、OpenAlexの書誌情報ではこれまでに56,417回、Web of Scienceでは52,584回引用されている。

図表3 ノーベル物理学賞における受賞年代ごとの受賞前後の被引用数図表3 ノーベル物理学賞における受賞年代ごとの受賞前後の被引用数

注. OpenAlex APIを基に原泰史(科学技術・学術政策研究所客員研究官・神戸大学准教授)及び川崎正貴(科学技術・学術政策研究所リサーチアシスタント・筑波大学大学院)が集計。
被引用数は、2024年6月時点の値を用いている。
2-4 自然科学3賞の分析からの示唆

これらの自然科学3賞についての分析から以下が示唆される。ひとつに、受賞前のコア論文の被引用数は総じて高いものの、引用なしから数千までに至る幅があり、必ずしも論文の被引用数が写象する論文そのものの注目度のみが、ノーベル賞受賞の一義の基準ではないことが推察されること。第二に、受賞後は、受賞前に比して大幅にコア論文の注目度が高まり、被引用数が増加すること。第三に、年代が進むにつれ、受賞前後ともに被引用数が増加すること。これは、科学コミュニティの拡大によるものと推察されること。なお、年代が進むにつれ、受賞前後の被引用数の差は小さくなり、2000年代以降は逆転する傾向にあるが、これは受賞後の影響が蓄積されるだけの十分な期間が無いためであると考えられる。

3. 今後に向けて

研究力の強化や研究環境の改善は引き続き重要な政策課題であり、ノーベル賞をはじめとする優れた科学者を表彰する制度及びその受賞者の分析は定量的な書誌情報分析や個別のケーススタディを補完しうるものとして主要な役割を果たす。一例として、受賞者の論文がどのように引用され新たな学術領域を形成していったか、その際研究助成等の政府の関与がどのような役割を果たしてきたか等である。こうした分析をより深めることにより、具体的な政策への示唆が得られるものと考えられる。

また、ノーベル賞の受賞が被引用数にどのような効果を与えたのかについては、さらなる精査が必要不可欠である。具体的には、ノーベル賞というシグナルが論文の被引用数のパターン変化について、どのような影響を与えたのか、同程度の高被引用論文と比較を行うことで分析を行う必要がある。


*神戸大学経営学研究科准教授、政策研究大学院大学・一橋大学・早稲田大学・関西学院大学客員研究員

**筑波大学システム情報工学研究群博士後期課程

参考文献・資料

1) 赤池伸一,原泰史,中島沙由香,篠原千枝,内野隆(2016)「ノーベル賞と科学技術イノベーション政策一攻プロセスと受賞者のキャリア分析」,SciREXワーキングペーパー,SciREX-WP-2016-#03,2016年5月.

2) 松浦幹,原泰史,赤池伸一(2022)「ノーベル賞受賞者のキャリアに関する分析」,STI Horizon, Vol.8, No.3, Part.1, pp.24-29. https://doi.org/10.15108/stih.00305.

3) Highly Cited Researchers. [2024.06.20 閲覧]. https://clarivate.com/highly-cited-researchers/.

4) Li, J., Yin, Y., Fortunato, S. et al. (2019) A dataset of publication records for Nobel laureates. Sci Data 6, 33. https://doi.org/10.1038/s41597-019-0033-6.

5) OpenAlex.org. [2024.06.20閲覧]. https://openalex.org/.

6) Sanger, F., Nicklen, S., Coulson, A.R. (1977) DNA sequencing with chain-terminating inhibitors. Proc Natl Acad Sci U S A., 74, 12, pp.5463-7. https://doi.org/10.1073/pnas.74.12.5463

7) Takahashi, K., Yamanaka, S. (2006) Induction of Pluripotent Stem Cells from Mouse Embryonic and Adult Fibroblast Cultures by Defined Factors, Cell, 126, 4, pp.663-676. https://doi.org/10.1016/j.cell.2006.07.024

8) K.S.Novoselov, A.K.Gein, et al. (2004),Electric Field Effect in Atomically Thin Carbon Films. Science 306, 666-669. https://doi.org/10.1126/science.1102896.