STI Hz Vol.10, No.3, Part.1:(レポート)既存企業とベンチャー企業を取り巻くイノベーション・エコシステムの状況-「民間企業の研究活動に関する調査2023」を用いた分析-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00374
  • 公開日: 2024.08.26
  • 著者: 佐々木 達郎
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.10, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
既存企業とベンチャー企業を取り巻く
イノベーション・エコシステムの状況
-「民間企業の研究活動に関する調査2023」を用いた分析-

第2研究グループ 主任研究官 佐々木 達郎

概 要

本稿では「民間企業の研究活動に関する調査2023」の調査結果を用い、既存企業とベンチャー企業の関係性について、また、大学発ベンチャー企業の特徴について、まとめた。

ベンチャー企業と連携する企業は資本金100億円以上の大企業の割合が高く、研究開発・特許出願に積極的な企業であることが確認された。また、共同研究・共同開発等の連携は実施されているものの、事業会社におけるM&Aの件数は限定的であった。

この他、大学発ベンチャーについては売上げよりも研究開発を先行させる経営を行う傾向が見られた。同じく、研究開発についても商品化まで時間を要する基礎研究の割合が高く、専門性の高い博士人材の活用を担っている様子が確認された。一方、大学発ベンチャーが他組織と連携を実施する割合は全体平均と比べても低く、連携支援策を期待する企業が多く確認された。

キーワード:オープンイノベーション,産学連携,ベンチャー,イノベーション,M&A

1. はじめに

令和3年度からの「第6期科学技術・イノベーション基本計画」にはイノベーション・エコシステムの形成が掲げられており、これに基づいてベンチャー企業の創出・成長を促す政策が立案・実施されている。更に「第6期科学技術・イノベーション基本計画」の中でも、大企業においてベンチャー企業との連携を通じて革新的な商品・サービスの社会実装するオープンイノベーションが求められている。

ベンチャー企業は新しい機会に対応した技術やビジネスアイディアを有し、柔軟・スピーディに対応することができる1)が、人材・資金・設備等の経営資源に大きな制約がある。一方、ビジネスを継続している既存企業は豊富な経営資源を有しているが、組織規模が大きくなると市場や技術の環境変化に柔軟に対応することが困難となる2)。このように、ベンチャー企業と既存企業は資源の面で補完的な組織であり、両者が連携することはイノベーションの創出につながることが報告されている3)

本稿では、日本のベンチャー企業と既存企業との連携・M&Aの現状、及びベンチャー企業の研究開発の状況を明らかにするため、「民間企業の研究活動に関する調査報告2023」4)データを用いて集計・分析を行った結果を報告する。

2. 調査の概要

「民間企業の研究活動に関する調査」4)(以下、民研調査という。)は、科学技術・イノベーション政策の立案・推進に資することを目的として、「資本金1億円以上であり、研究開発を実施している民間企業」を対象に、科学技術・学術政策研究所が毎年実施している質問票調査である。

研究開発の定義や組織の分類などに関してはOECDの国際標準に準拠した上で、政策ニーズに応じた調査項目も設けており、企業の研究開発費や研究開発人材の動向、知的財産活動、研究開発に関連したイノベーションの動向、他組織との連携や外部知識の活用状況、研究開発に関する政府の施策・制度の活用状況等を調査し、公表している。

2-1 ベンチャー企業と既存企業との組織間連携

民研調査では「他組織との連携」を「研究開発活動を促進させるために、他組織などが持つ技術・ノウハウ・情報を利用したり、自社が持つこれらを他組織に提供したりすることなどであり、特定の他組織と目的を持って交流する関係のこと」と定義している。

既存事業向けと新規事業向けについて、それぞれ他組織との連携実施割合を集計した結果を図表1に示す。新規事業向けの研究開発で連携する割合は国内の大学等(45.8%)が最も高く、既存事業向けの場合は大企業が最も高い(61.1%)。ベンチャー企業・新興企業を連携パートナーとする場合、既存事業向けよりも新規事業向けの研究開発において実施される割合が大きいことが確認された。

更に資本金を3つの階級(1億円以上10億円未満、10億円以上100億円未満、100億円以上)に分けて連携組織ごとに実施割合を算出した結果を図表2に示す。既存事業向けであるか新規事業向けであるかを問わず、他組織の種類別に連携を実施した割合を算出した。いずれの連携先組織についても資本金階級が上位になるほど連携実施割合が高くなっている。ベンチャー企業・新興企業との連携は資本金100億円以上の階級で60.9%となっており、資本金の最上位階級(資本金100億円以上:以下、本稿では資本金100億円以上の企業のことを大企業とする)と最下位階級(資本金1億円以上10億円未満)の連携実施割合の差は40ポイントを超えている。大企業はベンチャー企業・新興企業との連携の割合が高い状況にあることが認められた。

次にベンチャー企業・新興企業との連携実施割合を業種別に細分化して集計した結果のうち、上位10業種を図表3に示す。電気・ガス・熱供給・水道業(63.2%)、医薬品製造業(56.3%)ではベンチャー企業・新興企業との連携実施割合が高く、50%を超えている。エネルギーや医薬品に関わる研究開発において、革新的な技術開発を担うベンチャー企業と連携することが、連携する企業にとって重要な役割を果たしていると推測される。

図表1 既存事業向けと新規事業向けの研究開発の促進を目的とした他組織との連携の実施割合:

他組織の種類別(N=1,420)

図表1 既存事業向けと新規事業向けの研究開発の促進を目的とした他組織との連携の実施割合: 他組織の種類別(N=1,420)

「大企業」、「中小企業」は「外部コンサルタントや民間研究所」、「ベンチャー企業・新興企業」を含まない。
出典:民間企業の研究活動に関する調査報告2023(NISTEP公表)より

図表2 資本金階級別 連携を実施したと回答した企業における連携先組織別の実施割合図表2 資本金階級別 連携を実施したと回答した企業における連携先組織別の実施割合

出典:民間企業の研究活動に関する調査報告2023(NISTEP公表)より

図表3 業種別 連携を実施したと回答した企業における連携先組織別の実施割合図表3 業種別 連携を実施したと回答した企業における連携先組織別の実施割合

出典:民間企業の研究活動に関する調査2023のデータを用いて 筆者集計
2-2 ベンチャー企業に対するM&Aの状況

ベンチャー企業の出口戦略の1つとして、企業による合併・買収(M&A)が挙げられる。買手企業としてはベンチャー企業と自社の経営資源を活用することでイノベーションを創出することが期待できる。そこで民研調査の結果から、買手企業の合併・買収(M&A)の状況を概観する。

民研調査では企業を対象とした合併・買収(M&A)について、組織構造が大きく変化する「合併・買収・事業譲渡」と、資本関係が変化する「資本提携・資本参加・出資拡大」の2種類に区別し、それぞれについて実施目的や内容について尋ねている。合併・買収(M&A)の設問に回答した全ての企業を100%として、各項目について実施割合を算出した結果を図表4に示す。なお、民研調査では研究開発を実施している企業のみを対象としているため、投資会社等のM&Aは集計結果に含まれていない点には留意されたい。

「スタートアップを対象としている」M&Aに関して、「資本提携・資本参加・出資拡大」を実施した企業の割合が2.0%であり、「合併・買収・事業譲渡」を実施した企業の割合が0.5%であった。

28.6%の企業がベンチャー企業・新興企業と共同研究・共同開発等の組織間連携を実施しているが(図表2)、M&Aに至る件数は限定的であることが確認された。

図表4 企業の合併・買収(M&A)の実施目的・内容別の割合(N=1,833)図表4 企業の合併・買収(M&A)の実施目的・内容別の割合(N=1,833)

出典:民間企業の研究活動に関する調査報告2023(NISTEP公表)より
2-3 ベンチャー企業と連携する大企業の特徴

図表2からベンチャー企業と連携するパートナーは資本金100億円以上の大企業の割合が高いことから、ベンチャー企業と連携した大企業の研究開発の状況をまとめる。

資本金100億円以上の企業で、ベンチャー企業と連携した大企業と連携しなかった大企業の特許出願件数について、連携対象事業が既存か新規かで区分けし、比較した結果を図表5に示す。Wilcoxonの順位和検定の結果、ベンチャー企業と連携した大企業群は、連携しなかった大企業群と比較して連携対象事業の既存・新規を問わず、特許出願件数が多いことが確認された。

次に、研究開発活動のアウトプットとしての「新しい製品・サービスや新しい製造方法の開発」を実現した企業の割合について、既存・新規の事業別にベンチャー企業と連携した大企業と、連携しなかった大企業を比較した結果を図表6に示す。

「既存技術の軽度な改善改良による新製品・サービスの投入」に関しては両者に顕著な差は見られなかったものの、「新しいまたは大幅に改善した製品・サービスの投入」「新しいまたは大幅に改善した生産工程・配送方法等の導入」「既存技術の軽度な改善改良による生産工程・配送方法等の導入」に関してはベンチャー企業と連携した企業群は、実施していない企業群と比較して高い実施割合を示した。

特許出願件数が多く、新製品・新サービスや新しい製造方法の開発を実現する割合が高い大企業がベンチャー企業と連携していることが示された。研究開発に意欲的に取り組んでいる大企業がベンチャー企業と連携しているものと推測される。

図表5 特許出願件数の比較図表5 特許出願件数の比較

出典:民間企業の研究活動に関する調査2023のデータを用いて筆者集計

図表6 新製品・サービス・製造方法の開発実施割合図表6 新製品・サービス・製造方法の開発実施割合

出典:民間企業の研究活動に関する調査2023のデータを用いて筆者集計

3. 大学発ベンチャー企業の状況

ベンチャー企業の中でも特に大学発ベンチャー企業についての特徴・研究開発動向を明らかにするため、追加の分析を行った。ここでは民研調査の回答企業リストと、経済産業省が公開している大学発ベンチャーデータベース(2023年9月19日更新)5)とを照合し、回答企業の中から17社の大学発ベンチャーを抽出した。抽出した大学発ベンチャーについて民研調査の個票データを用いて集計を行った。なお、民研調査では「資本金1億円以上の企業」を調査対象としているため、資本金1億円未満のベンチャー企業は含まれていない。

3-1 大学発ベンチャー企業の研究開発の特徴

業種別に見ると17社中10社が「学術・開発研究機関」で2社が「医薬品製造業」であった。資本金平均が4.3億円、売上高平均が2.43億円、社内研究開発費平均が1.87億円であった。対売上高・社内研究開発費比率平均は77.1%であり、売上高の大半を社内研究開発に充てていることが確認された。

既存事業向けと新規事業向けの研究開発の比率及び短期的・中期的・長期的研究開発費の比率をまとめた結果を図表7に示す。

全体平均と比較すると、大学発ベンチャー企業では新規事業向けに割り当てる研究開発費割合が高い傾向が見られる。また研究開発期間別に見ると短期的(1年~3年未満)と長期的(5年以上)が同程度の割合であった。全体平均と比較すると長期的テーマに割り当てた研究費の割合が高い。

大学発ベンチャー企業は長期テーマに比較的多くの研究開発費を割り当てていることから、基礎的な技術開発に注力し、売上げ確保よりも研究開発を先行させる経営方針が採用されていると推測される。

図表7 研究開発を行う目的別及び期間別の研究開発比率平均図表7 研究開発を行う目的別及び期間別の研究開発比率平均

出典:民間企業の研究活動に関する調査2023のデータを用いて筆者集計
3-2 大学発ベンチャー企業の組織の特徴

大学発ベンチャー企業17社の正社員数は平均18.0人、非正社員数は平均3.8人、研究開発者総数が平均9.3人であり、社員の半数近くが研究開発に携わっている結果となった。

大学発ベンチャー企業17社の人材採用はポストドクター(博士課程修了後に任期付き研究職に就いていた者)の採用と中途採用であり、新卒採用は実施されていなかった。新卒・中途を含めた採用活動について、全体平均との比較を図表8に示す。

研究開発者の採用を行っている大学発ベンチャー企業は全体平均と同程度の割合を示している一方、構成比で見るととりわけ博士課程修了者を採用した企業の割合が高い。1社あたりの平均採用数を見ても、採用した研究者に占める博士課程修了者の割合が相対的に高い。

大学発ベンチャー企業では即戦力となる研究者を中途採用で確保しており、博士課程修了者の採用にも比較的積極的に取り組んでいる傾向が見られた。大学発ベンチャー企業は基礎的な研究や長期的な技術開発に先行して投資する傾向があるため、技術領域における専門知識を有する人材を採用しているものと考えられる。

図表8 大学発ベンチャーの採用活動(最終学歴別採用割合・採用平均人数)図表8 大学発ベンチャーの採用活動(最終学歴別採用割合・採用平均人数)

出典:民間企業の研究活動に関する調査2023のデータを用いて筆者集計
3-3 大学発ベンチャー企業の組織間連携

大学発ベンチャー企業が他組織との連携を実施した割合は47.1%で、全体平均の76.4%と比較すると低い割合にとどまった。連携先としては「国内の大学等」「大企業」が高い傾向が見られた。

大学発ベンチャー企業が研究開発活動を促進させるために連携した理由について、全体平均と比較した結果を図表9に示す。大学発ベンチャー企業で最も回答割合が高い理由が「研究開発における目標達成のための時間を短縮するため」であった。

一方、全体では「技術変化に対応するため」「顧客ニーズに対応するため」の理由が高くなっているが、大学発ベンチャー企業では連携の理由として低い割合となっている。これらは小回りの利く大学発ベンチャーが研究開発を実施する理由そのものであるためと考えられる。

大学発ベンチャー企業と国内企業との連携における問題点を集計した結果を図表10に示す。

大学発ベンチャー企業が他企業と連携する際の問題点としては「自社の技術が流出する恐れがある」点を回答した割合が最も高い。これは全体の傾向とも一致しており、企業間連携において技術流出の懸念が存在する。

また、大学発ベンチャー企業では「連携のための補助金などの政府等の連携支援策が十分でない」と回答した割合が全体と比較して高い結果となった。経営資源の限られる大学発ベンチャー企業においては、組織間連携を行う際に自社の予算や人員だけでは十分な連携活動を実施することができず、何らかの支援策が期待されていると考えられる。

図表9 大学発ベンチャーの組織間連携理由図表9 大学発ベンチャーの組織間連携理由

出典:民間企業の研究活動に関する調査2023のデータを用いて筆者集計

図表10 大学発ベンチャーの組織間連携の問題点図表10 大学発ベンチャーの組織間連携の問題点

出典:民間企業の研究活動に関する調査2023のデータを用いて筆者集計

4. まとめ

本稿では「民間企業の研究活動に関する調査報告2023」(民研調査)のデータを用いて、ベンチャー企業と連携する企業の特徴と、大学発ベンチャー企業の研究開発動向と、についての分析を実施した。

ベンチャー企業と連携する企業は資本金が100億円以上である大企業の割合が高く、研究開発・特許出願に積極的な企業であることが確認された。また、共同研究・共同開発等の連携は実施されているものの、事業会社におけるM&Aの件数は限定的であった。

また、(資本金1億円以上に限定した)大学発ベンチャー企業では売上げよりも研究開発を先行させる経営を行う傾向が見られた。研究開発も商品化まで時間を要する基礎研究の割合が高く、専門性の高い博士人材の活用を担っている様子が確認された。一方、大学発ベンチャーが他組織と連携を実施する割合は全体平均と比べても低く、連携支援策を期待する企業が多く確認された。

今後継続的に分析を実施することで、既存企業とベンチャー企業とのオープンイノベーションの成果について詳細に分析することが可能になると期待される。

参考文献・資料

1) Riepe, J., & Uhl, K. (2020). Startups’ demand for non-financial resources: Descriptive evidence from an international corporate venture capitalist. Finance Research Letters36, 101321.

2) Weiblen, T., & Chesbrough, H. W. (2015). Engaging with startups to enhance corporate innovation. California Management Review57(2), 66-90.

3) Rothaermel, F. T. (2001). Complementary assets, strategic alliances, and the incumbent’s advantage: an empirical study of industry and firm effects in the biopharmaceutical industry. Research Policy30(8), 1235-1251.

4) 科学技術・学術政策研究所, 『民間企業の研究活動に関する調査報告(2023)』, NISTEP REPORT No.203, 科学技術・学術政策研究所, 2024年6月. DOI: https://doi.org/10.15108/nr203

5) 大学発ベンチャーデータベース (https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/univ-startupsdb.html)