STI Hz Vol.9, No.4, Part.2:(特別インタビュー)東北大学総長 大野 英男 氏インタビュー-戦略性をもって日本の存在感を高める-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00349
  • 公開日: 2023.12.20
  • 著者: 大山 真未、赤池 伸一、林 和弘、横尾 淑子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
東北大学総長 大野 英男 氏インタビュー
-戦略性をもって日本の存在感を高める-

聞き手:所長 大山 真未
上席フェロー 赤池 伸一
データ解析政策研究室長 林 和弘
科学技術予測・政策基盤調査研究センター 横尾 淑子

東北大学は、世界のトップ大学に伍する研究大学となるべく先導的な取組を進めており、2023年9月には国際卓越研究大学の認定候補に選定された。こうした大学の取組を意欲的に進めてきた大野英男総長は、科学技術・学術審議会会長、国立大学協会副会長として、広く日本全体の科学技術や高等教育の在り方に関する議論をリードしている。本特別インタビューでは、東北大学のビジョン、日本における大学の役割、オープンサイエンスの進め方等について、お考えを伺った。

大野 英男 東北大学総長(東北大学提供)(略歴)1982年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。北海道大学工学部講師、助教授を経て、1994年より東北大学工学部教授。同大学電気通信研究所教授、ナノ・スピン実験施設長、電気通信研究所長、スピントロニクス学術連携研究教育センター長等を経て、2018年より第22代東北大学総長。

大野 英男 東北大学総長(東北大学提供)

(略歴)
1982年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。
北海道大学工学部講師、助教授を経て、1994年より東北大学工学部教授。同大学電気通信研究所教授、ナノ・スピン実験施設長、電気通信研究所長、スピントロニクス学術連携研究教育センター長等を経て、2018年より第22代東北大学総長。

1. 東北大学のビジョン

- 大野総長は、御就任早々に「東北大学ビジョン2030」をまとめられました。また先日は、貴学が国際卓越研究大学の初の認定候補に選定され、注目度が更に高まっているところです。貴学での取組や重視している点などについてお聞かせください。
世界で存在感のある研究大学に-社会価値創造に向けた自己変革

「ビジョン2030」は当時としては異例で、任期を超えた先まで見据えて方向性を示しました。このビジョンを原点に「世界で存在感のある研究大学として役割を果たすには何をなすべきか」を考え、国際卓越研究大学の提案に反映しました。

本学は、社会価値の創造を掲げ未来を創るインパクトを持つ大学、多彩な才能を開花させ未来を拓く人材を輩出する大学、そのための変革と挑戦を加速する自己変革する大学であるべきと考えています。

社会価値創造の観点からは、学術的インパクトに加え、社会のニーズに応え、イノベーションを駆動し、社会課題の解決を導くことが求められます。本学では、東日本大震災からの復興に深く関わってきた大学として、震災復興の取組を社会の行動変容へつなげるとともに、国際社会に展開しつつあります。日本の大学では、こうした取組が組織的になされていないのが現状です。第3回国連防災世界会議において採択された「仙台防災枠組」が中間評価を迎えていますので、そこにアカデミアとしてコミットし、新しい社会の形を提案していくことなどに取り組んでいます。

もう一つは、科学技術イノベーションのプラットフォームになることです。次世代放射光施設ナノテラスや、15万人のデータをお預かりする東北メディカル・メガバンク機構などがこの核となります。従来の高等教育の枠組みでは捉えきれない大学の活動となりますが、世界には実際にそうした活動を実現しつつある研究大学も散見されます。

研究インパクトを大きくするには、研究体制の構造変革が必要です。方向性が明確な時代には教授をトップとする講座制がその力を発揮してきました。しかし、課題が多様化した時代に突入した今、独立したPI(プリンシパルインベスティゲーター)が必要に応じて連携するダイナミックなチーム編成がより適しています。若手研究者の活躍の場も増えます。不確実な時代に、新たな価値を創出する期待に応えるものだと思います。

2. 日本における大学の役割

- 将来を見通しにくい時代にあって、大学の果たすべき役割、特に高等教育の在り方、若手研究者の育成などについて、どのようにお考えでしょうか。
大学の役割と規模をセットで議論

大学の役割は多様になっています。本学のビジョンは、従来の高等教育の枠を超える研究大学を指向し、イノベーションや社会課題の解決の核となるプラットフォームとしても機能することを目指すものです。一方、地域の人材や特定分野の人材を養成する大学も同様に重要で、大学群全体として多様な人材育成に貢献することが大切です。

人口減少の中で求められる高等教育の規模感については、役割と規模をセットで議論し、一定のコンセンサスを得る必要があります。私は、人口減に比例して大学の数を減らすのではなく、知識集約型社会を担う人材が人口減の中でもこれまで通り必要であること、果たすべき役割によっては人材を増やさなければいけない場合もあることから、最初から縮小均衡ありきで考えると将来を誤ると考えています。

大学が多すぎるという議論の裏には、学生が学んでいない、学んだことがその後のキャリアに生かされていないとの指摘があります。これは大学の責任が大きい。多様な学生が自分の可能性を見いだす環境を提供することは、極めて重要です。リスキリングも含めて、高等教育全体で考えていかなければいけません。

博士人材活躍にはヒューマンキャピタルマネジメントが必要

世界では高度人材が博士にシフトしています。日本でも徐々に博士の活用が進んでいます。ジョブ型雇用への移行が進むことを念頭におくと、博士が研究以外の領域でもその専門性を生かして活躍する時代がすぐそこまできています。

若手研究者育成には、キャリアパスの可視化と多様化、そしてキャリア形成のための助言機能が重要であると考えています。人材の流動性に富んでいるとは言えない日本社会の中で、若手研究者を育成していくには、高度人材として各界での活躍を促進する丁寧な仕組みが必要です。博士課程学生も対象とするヒューマンキャピタルマネジメントが大学に必要となると考えています。国際頭脳循環も促進することにより、アカデミアはもちろん、社会全般においてグローバルな視野を持った博士課程修了者の活躍が当たり前になるのではないでしょうか。

- 御指摘の博士人材の活用について、今は過渡期ではないかと感じています。米国では企業などでも博士人材が活躍しており、専門性を持った上でジェネラルに活躍できる人材は、世界の中の日本を考えたときに大事な点だと思います。「博士人材が活躍する時代はすぐそこ」とのお話がありましたが、どのあたりでそのように感じておられるのでしょうか。

学術に限らず世界と関わらないと日本を維持することも発展させることもできません。既に多くの博士号取得者が活躍している世界とやり取りする上では、世界と同じく日本でも専門性の高い博士が必要です。民間もその認識を深めつつあります。博士課程学生のインターンシップの受入れも、ジョブ型への流れが後押しして、研究の場を超えて裾野が拡大しています。

昔は大学院に進学して修士号を取得するのは極めて少数でしたが、今は普通になっています。博士もそうなるように社会は変わりつつあると思います。

3. オープンサイエンスの進め方

- G7科学技術大臣会合で、オープンサイエンスが大きなテーマの一つとなりました。研究データの利活用を含む今後のオープンサイエンスの方向性について、日本の研究力強化の観点から、お考えをお聞かせください。
オープンサイエンスと戦略性

知を深めていく上でデータは重要です。本学のキャンパスに建設中の次世代放射光施設ナノテラスがフル稼働すると年間60ペタバイトほどの巨大な情報が生まれます。このような非常に大きなデータから生み出される価値が、サイエンスやイノベーションを駆動します。このような巨大なデータから多様な価値を抽出するには、データをオープンにして共有する必要があります。一方、データのオーナーシップや戦略性をどう仕組みの中に組み込むかは考えなければなりません。幸いG7の枠組みがあるので、その中で議論を進めることが重要だと思います。

被引用回数で測られる日本の学術論文のインパクトが低迷していることはNISTEPの調査から示されています。この向上には、論文をオープンアクセスにし、インパクトの高い学術誌に掲載することが有効です。高いインパクトを有するハイブリッド型の学術誌(通常は購読料がかかるが、著者が費用を負担することにより論文をオープンアクセスにできる)に掲載される日本の論文はまだまだ少なく、全体の1割程度とのデータがあります。この理由はオープンアクセスにするためにかかるAPCと呼ばれる出版社に支払う費用です。例えばNature本誌では約170万円と極めて高額です。これは極端に高額な例ですが、日本の学術論文には、インパクト向上の伸び代がありますので、短期的な方策として、まずはAPCを支援するのが良いと考えています。並行して、寡占状態にある出版社と、購読料とAPCを併せた価格交渉を行う体制を構築する必要があります。長期的には、学術コミュニティの文化、学術出版の生態系全体を考えていかなければなりません。現在、被引用回数が多くなる可能性の高い雑誌に論文を掲載することがレピュテーションを高めますが、レピュテーションの仕組みをグリーンOA(無料のオープンアクセス、通常公的機関がその仕組みを用意する)に組み込み、費用が発生しない形にできると良いと考えています。G7などと協働して新たな価値の物差しを作ることを検討することも重要です。

公のファンディングの研究成果は原則オープンにするとして、その上で、どのようにその成果を価値づけるかの戦略性が問われます。

論文の読む(購読)と書く(投稿)をパッケージにした転換契約の可能性

学術論文に関して早急に改善しなければならないのは、学術論文を読む環境です。現状、大学の規模で大きな格差があります。構成員15,000人以上の大規模大学だと平均で約1万タイトルの海外電子ジャーナルが読めますが、10,000人程度の中規模大学だとその4割程度に下がり、5,000人未満の小規模大学では1割しか読めません。大学によって環境が大きく異なるのは、学生にとっても研究者にとっても良くありません。包摂的な環境の整備が喫緊の課題です。

いま広がりつつあるのが、読む(購読)と書く(投稿)をパッケージにした転換契約です。日本には国公私立と多様な大学があり、学費、運営費交付金、様々な研究費から出版社に支払をしていますが、これらをまとめて出版社と交渉することで、購読も投稿もその範囲を広げることができると期待されています。ただし、様々なファンディングが絡むことから、まとめるには総合科学技術・イノベーション会議など政府の関与も必要です。

- オープンアクセスについて、研究分野ごとに異なる議論をどうまとめるかが課題と言われます。一方、若手は、分野を意識せずに課題解決のための研究にシフトしているように見えます。分野別あるいは部局別のオープンアクセスをどのようにマネージされているのでしょうか。一方、若手の柔軟な取組をどのように支援するのでしょうか。
マスで取り組む-論文と人的ネットワーク

大学の図書費で購入する学術ジャーナルが高額になってきたため、従来はタイトル数を減らす方向で解決しようとしてきました。一方で、オープンアクセスのための出版費用は別途研究費で支払ってきました。どちらも支払先は同じ出版社です。分野によってスタンスが異なりますが、全学で研究情報の受発信プラットフォームを確保すべきであることを共通理解として、従来の図書購入の考え方から脱却しなければいけません。

若手に関しては、オープンアクセスを奨励する目的でAPCを支援する制度を大学で作りました。良い研究成果をインパクトある形で発信できる体制を法人としても国としても整えるべきだと思います。発信には、人的ネットワークも重要であることを付言しておきます。先端的な研究の最新の議論は、論文になる手前の段階において、小さなワークショップ等でなされます。国内外の重要な研究者に来てもらえるワークショップを日本のリーディングサイエンティストが開催する、これを論文発表とペアで考えていく必要があります。JSTやJSPSなどはこうした背景を踏まえて研究費のカテゴリを新たに設定するなどしています。

- 御指摘のように、国がリーダーシップをとって推進の枠組みを作ることはとても大事だと思います。もう一つは、時間軸です。出版社に支払う費用を減らそうとしている中でなぜAPCを支払うのかという素朴な疑問を耳にします。まずは日本の学術論文のインパクトを高めることが大事など、しっかりしたロジックで説明することが大事だと思っています。東北大学のオープンサイエンス推進における存在感に期待しています。

長い時間軸で考えるとAPCを支払うことを過渡的なものとする戦略性を国はもつべきです。短期的には関係機関がまとまって出版社と交渉する体制が必要です。オープンサイエンスということでは、論文以外に大規模データがあります。本学では、東北メディカル・メガバンク機構のコホートデータと2024年から稼働する次世代放射光施設ナノテラスのデータがあり、データを活用してサイエンスとイノベーションを駆動する舞台設定が整ったと感じています。今後、戦略性を持って、データをオープンにして皆さんに使っていただくことを一緒に整備できたらと思います。主体性を持ってオープンデータのよいモデルを出していきたいと考えています。

4. NISTEPへの期待

- 当研究所では、様々な観点から日本の研究力について取り上げており、政府として研究力を更に上げていく必要も感じているところです。こうした観点から、NISTEPはどのような役割を果たすべきでしょうか。

NISTEPで行っている論文の注目度分析は有名です。これは続けていただきたい。被引用上位10%論文が全論文の10%に満たないことは、日本が抱えている課題を示しています。研究の成果をインパクト、すなわち被引用につなげられていません。それは、世界の研究者とのネットワークが少ないことやオープンアクセスの遅れが影響している、というのが私の仮説です。論文で先行研究を引用する範囲が狭い傾向にあることも影響しているかもしれません。ここの仮説を検証してもらえれば有難いと思います。

もう一つは、社会貢献の可視化です。地域への貢献は国立大学が非常に意識しているところですし、様々な研究費の目的にも入っていますが、評価方法にコンセンサスがありません。NISTEPの貢献が待たれます。

また、政策研究所であるからには、政策の良し悪しについてエビデンスを持って踏み込んでもらいたいと思います。ただし、政策立案におけるエビデンスの位置付けには注意が必要です。EBPMが行き過ぎると、政策立案者が大局を踏まえた迅速な判断をできなくなると危惧しています。多大なコストがかかる詳細分析をしないと有効な政策を採れないとなると、日本はどんどん遅れてしまいます。バランスが重要です。

(2023年9月27日オンラインインタビュー)

インタビューの様子インタビューの様子 (左上段から)東北大学総長 大野 英男 氏、NISTEP 大山(右上段から)NISTEP 赤池、林、横尾(NISTEP撮影)

(左上段から)東北大学総長 大野 英男 氏、NISTEP 大山(右上段から)NISTEP 赤池、林、横尾
(NISTEP撮影)