STI Hz Vol.9, No.2, Part.4:東北大学 流体科学研究所 准教授 鈴木 杏奈 氏インタビュー-持続可能な社会に向けた多様な研究の源泉としての「違和感」-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00332
  • 公開日: 2023.07.12
  • 著者: 小倉 康弘、髙山 勇人、浦島 邦子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
東北大学 流体科学研究所 准教授
鈴木 杏奈 氏インタビュー
-持続可能な社会に向けた
多様な研究の源泉としての「違和感」-

聞き手:科学技術予測・政策基盤調査研究センター 主任研究官 小倉 康弘
企画課 課長補佐 髙山 勇人
科学技術予測・政策基盤調査研究センター フェロー 浦島 邦子

鈴木杏奈氏は、地熱エネルギーの持続的な利用に向けた数理的アプローチによる最適化の研究をベースとしながら、温泉地域での新たなライフスタイル提唱、対話を通した人々の意識・行動変容等を通して、地域資源としての地熱エネルギーの利活用や、温泉地域活性化のための多様な研究活動、地域活動を展開している。これらの先端的かつ幅広い業績から、「ナイスステップな研究者2022」に選定された。

今回のインタビューでは、これら研究の概要とともに、幅広い研究活動の源泉としての海外・地域における経験、そこから生じた温泉地域が抱える課題と研究のモチベーションや、研究者のキャリアパスに関する認識、今後の研究構想に至るまで幅広く伺った。

東北大学 流体科学研究所 准教授 鈴木 杏奈氏

東北大学 流体科学研究所 准教授 鈴木 杏奈氏

- ナイスステップな研究者に選定された率直な感想をお伺いします。

「時代が変わった」というのは少し変な言い方ですが、私のような研究者が評価される時代になったのだなと感じました。

私は、自分の研究が特別優れているわけではなく、研究以外の社会的な活動(後述するWaku 2 as Lifeの活動等)が評価されたと感じています。もともと私は、研究者になりたいとも、研究が好きだとも思っていませんでした。エネルギー問題や環境問題を解決したいと思い、工学部に進学し、これらの問題を解決するには、教育が重要だと感じたため、研究と教育を両立できるアカデミアの道に進みました。世の中の課題を解決しようとして進んできたら、たまたま研究者になったというのが現状です。

- 改めて、鈴木先生の研究内容について概要をお伺いします。

地熱エネルギーを持続的に取り出すためのデザインを考えています。

私たちは、井戸を掘って地下に存在する熱水・蒸気を取り出すことで、地熱エネルギーを得ています。しかし、取り出しすぎると地下の熱水・蒸気が枯渇してしまうので、自然界とのバランスを保つことが必要です。ここで、利用後の水を地中に戻して温め、再度、熱水を取り出すことが可能になれば、より持続的・循環的なエネルギーシステムになると考えられています。

このシステムを設計するためには、どのような場所に井戸を掘り、どの程度の量を地中に戻すかを決める最適化問題を解く必要があります。そのためには、複雑な地中の構造の中の水や熱の流れを理解することが求められます。私の研究では、計測データに基づきながら、地下の水や熱の流れを推定し、将来予測をすることで、最適な設計をする手法の開発を行っています。特に、今後データが増えてくると、ビッグデータの中から適切な情報・本質的な情報を抽出することが重要だと考えられます。実験や数値シミュレーションを行い、機械学習や数学を利用しながら、複雑な中からうまく本質を捉えることのできる新しいモデルの提案を目指しています。また、今後の研究では、データ解析だけでなく、地中に粒子を入れて新たなデータを取得するなど、データの取得方法についても検討していきたいと考えています。

- Waku 2 as Lifeの活動についてお聞かせください。

自分が研究で関わってきた地熱発電に対して温泉事業者からの反対運動がありました。一方で、廃れた温泉街を見て、このままでは温泉としても資源を利用できなくなってしまうのではと危機感を抱いたことがきっかけです。超高齢社会がくることで、社会を維持すること自体が難しく、私にとっての日本の未来は、悲愴(ひそう)や失望などのネガティブなイメージになっていましたが、温泉という文脈で地熱資源を捉えることで、逆にネガティブなものをポジティブに変えられるのではと思いつきました。人々が温泉で幸せに健康になることで社会保障費を削減でき、資源を有効活用でき、地域社会を活性化でき、プラスの効果が生まれる可能性を考えています。

Waku 2 as Lifeでは、はじめは、温泉地域を活性化するため、温泉地域でのテレワークやワーケーションを流行(はや)らせようというものでした。温泉地域でテレワーク合宿を行ったり、夏休みに子供向けサマーキャンプを実施してきました。特に意識していたのが、異なる分野や業種の人々が集まる場づくりです。地域では、エネルギー問題や温泉の持続性について、科学的根拠に基づきながら論理的に説明してもすぐには理解してもらえないことがよくあります。これまでの活動を通じながら、多くの人々から、何を問題とするかではなく、なぜ問題に思っているのかを聞くことで、自分が当たり前だと思っている問題が、必ずしもみんなの問題ではないということに気づけました。そして、人々がそれぞれ持っている問題意識に正誤をつけるものではないことを認識できました。互いの価値観を認め合うことで、異なる価値観同士をかけ合わせることができ、そこから新たな価値を生み出すことができる可能性があると感じています。Waku 2 as Lifeでは、実際にそのような場を企画・運営し、異分野・異業種同士の対話を実現してきました。異分野・異業種同士で緩いネットワーク・サークルのような形で活動に取り組んでおり、協働しながら友情を育んだり、あるいは、友情を育みながら、協働できるものを探してきました。このような対話の場の中で、新たな価値を探すことは、実際の資源利用においても新しい発見ができると考えています。

近々、秋田県湯沢地域で地域資源に触れるイベントを企画しています。サイエンスコミュニケーターの方々の企画により、地熱・蓄熱に関する研究だけでなく、文化人類学者、微生物の専門家なども混在させ、地熱資源や地域文化、地元企業の見学、地元高校生との対話も含んだツアーを実施予定で、画期的な試みではないかと考えています。エネルギーの手触り感を体験してもらうため、地熱資源を現地で体感してもらいたいと考えており、このような場から、新しい何かが生まれると期待しています。

- 東北地方・東北大学での研究のメリットはありますか。

東北の地熱・温泉地に近いことが挙げられます。また、東北大学には多分野で活躍している先生が多いことで、刺激を受けています。研究者の他にもURAの方には、地域活動に協力してもらうとともに、企業の方と引き合わせてもらっています。東北大学では、附置研究所主催の若手研究者の集まる研究会が盛んで、COI東北拠点も分野間のつながりを深めることができました。COI東北拠点では、温泉地での健康促進という視点で関わらせてもらい、温泉地でのテレワークをすることによってCO2排出量を減らせるという研究はこの枠組みの中で可能になりました。比較的自由な予算の環境が設定されていたことで、新たな分野を探索でき、研究活動の広がりにとても有用でした。

- 先生の研究はアプローチの多様性が顕著で、時流を得た手法を様々応用し、多様な分野へ研究の幅を広げてこられました。これまでの経歴を踏まえて、ご自身の研究スタイルについてお伺いしたいです。

最初に取り組んだ研究は、偏微分方程式を用いて複雑系の現象を記述するものでした。複雑なものを複雑に表すのではなく、数学を用いて複雑さの本質を見抜くというアプローチに研究の発展・応用の可能性を感じつつも、私自身が数学を十分に理解しきれず、悔しい思いをしていました。

学生時代にお世話になった先生に、博士課程が終わり、スタンフォード大学でポスドクになることを報告した際、「お前の研究をやっていても世界は救えないぞ」と言われました。自分でもそのように気づいていた中で、自分らしさ・強みが出すためには、別のものを探さないといけないと感じました。

その後、ポスドクになってから実験を始め、リアルな世界の制約に気づきました。当初は地中における水や熱の流れを再現するためにガラスビーズを用いた実験を始め、ガラスビーズの扱いに苦戦していました。2014年当時、3Dプリンタが世の中に出始めた頃、ガラスビーズから逃げたいと思って3Dプリンタを地球科学の研究に応用し、それがブレイクスルーとなりました。元々の数学の研究が苦手だっただけに、わからないことは人に聞くと開き直ることができており、また、新たなシーズを導入することにも抵抗がなく、どんどんと挑戦するのが自分の研究スタイルだと思います。

スタンフォード大学でのポスドクの経験は、他にも様々な可能性を広げてくれました。その時に出会ったポスドク仲間とは今でも国際的な共同研究や交流が続けられており、当時築いた人的ネットワークが財産になっていると感じます。また、日本人学生や客員研究員の方々、周辺の企業に所属される方々との交流を持ち、意義深い経験を積むことができました。

- 日本に戻ってこられるきっかけはどういったものでしたか。

海外で次のポストを探していた中、知人から現在所属している東北大学流体科学研究所のテニュアトラック助教の公募を紹介されました。ちょうど東北大学の学生グループとの交流もあり、日本の学生に研究や教育を通して関わりたいという思いもありました。また、2011年の東日本大震災の際にボランティア団体を立ち上げたのですが、当時、ほとんど何もできないままに退いてしまったところもあり、何か東北に還元できないかという思いを持っていました。

ただ、日本に戻ることに対して、怖さや不安もありました。特に、スタンフォード大学では博士課程やポスドクにも女性が多かったのに対して、日本の大学の中で工学系に所属する女性教員の割合が低く、男性中心の環境に再び馴染(なじ)めるかと心配でした。しかし、私が所属する流体科学研究所は想定していた心配はなく、過ごしやすく、伸び伸びと研究をさせてもらえる環境でした。自由な研究を認めていただける周囲の先生や研究所の支援があり、テニュアトラック助教の5年間で、様々なテーマ展開が果たせました。

- 学部時代にアイスランドに滞在されたご経験についてお聞かせください。

大学4年の夏に、1か月半ほどの間アイスランドに留学しました。一人で海外に行くのはこの滞在が初めてで、自分にとって衝撃が大きかったです。アイスランドにはアジア人はほとんどいなく、木の生えないまるで月面のような光景が広がり、人も自然もこれまで自分が接してきたものと大きく異なっていました。また、人口が30万人で、街中には信号も数えるほどしかないにもかかわらず、経済水準が高い不思議な国でした。それまでの私は、人の目を気にする面がありましたが、アイスランド人は人の目を余り気にせず、そういった雰囲気も新たな発見でした。

現地では日本車をよく見かけ、日本ってすごいなと改めて思いました。当時は英語もろくに話せず人に頼りっぱなしでしたが、海外で日本の存在に接することで、私も世界に日本を伝えられるような人間になりたいと思いました。

- 留学プログラム等もありますが、留学を迷っている方にメッセージをお願いします。

海外へ、と思うと不安や怖い気持ちがあることはよく分かります。私の場合、博士課程時代の授業の一環で海外での研究プログラムがあり、必要に迫られる状況に背中を押してもらって、何とか海外に出ることができました。ポスドクとして海外に行く際には、身分が保証されていないため、不安がありますし、とりわけ家族がいる場合には難しいと思います。一方、学生は身分が守られており、失敗しても戻る場所があるという状態ですので、学生の間に海外を経験したことは良かったと感じています。

ずっと同じところにいた方が効率よく研究を前へ進められていたかもしれません。新しいところに行けば、思ってもみない苦労や面倒がふりかかってきます。それでも、自分の常識の通用しないところで自分の常識を覆し続けることが、研究者としても、人としても、大切だと感じています。若い人たちには、是非若いうちに、そのような居心地の悪い場所に積極的に行ってもらいたいです。

- コロナ禍での地域・国際的な研究活動における苦労や工夫についてお聞かせください。

コロナ禍を経て海外は遠くなったと感じています。コロナ禍が明けてから初めて2022年11月にアメリカに行きましたが、コロナ前はあれだけ飛び回っていた私ですら、海外に行くのが億劫(おっくう)になっているなと感じました。自分の強みは多様な人々との対話の場やネットワークを作ることだと感じていたのですが、少しアイデンティティの崩壊のようなものを感じ、悩みもしました。

コロナ禍でWaku 2 as Lifeの地域活動ができない状況の中、何か研究者として活動できないかと思い、温泉地域でテレワークをするとCO2排出量を減らすことができるという研究を最近発表しました。この研究は、専門家との協働によって成立したもので、私自身も研究の範囲を(ひろ)げることができました。制約があるからこそ、新しいアプローチに時間をとり、挑戦することができました。

- 今後の研究活動はどう構想していらっしゃいますか。

引き続き、工学的な視点で、地熱資源の利活用のデザインを行っていきたいと思っています。また、社会的な視点も含めると、異なる視点・観点を持つステークホルダー間の最適化も必要になってきます。Waku 2 as Lifeの活動は、人それぞれの価値観をかけあわせることで、それぞれの価値観をアップデートする場を目指しています。どのような場であればそれが可能か、また、どんな価値を提供できるかを考えていきたいです。

自由エネルギー原理という、人の認知を数理的に表現する研究を最近知りました。この原理では、自分が既に持っている知識や経験と新たな情報との差を驚きと捉えます。驚きが大きすぎる、又は自分の認識と遠すぎる情報ほどネガティブな感情を生みます。常に同じ人たちや同じ情報に囲まれていると、現状維持バイアスが働き、新しくて珍しいと感じる情報を受け入れ難く、ネガティブな感情を抱いてしまうかもしれません。他方、許容できる範囲での新しい情報は、ポジティブな感情を持てると考えられています。時間をかけながらも、自分と他者との違いを許容できる、あるいは、楽しめるようになれることが、人生に深みを出し、そこから他者との協働が生まれるかもしれません。今後は、この過程をモデル化するとともに、多様な人々が集まり、共創する場のデザインにうまく結びつけられると良いと考えています。モデル化するに当たっては、自分一人ではできませんので、哲学や文化人類学、感性工学、自然言語処理など、幅広い分野の方々と考えていきたいです。

将来は、日本が持っている資源を生かせる社会にしたいです。大学生のときにカンボジアに行き、現地の生活を目の当たりにして、なぜ日本はこれだけ豊かな生活をしていて、一方、カンボジアはこのような貧しい生活をしているのかと考え、日本の豊かさに違和感がありました。こうした違和感から、その国や地域が持っている自然と人々の生活とのバランスが(たも)てる社会が持続的であると考えます。そうした社会にできると、国としても、精神性としても自律した社会を築けると考えています。地熱はその一つのソリューションになると期待しています。

- 最後に、若い研究者に伝えたいことはありますか。

私は、研究を始めた当初はその楽しさを感じないまま研究を続け、そこから10年ほど研究を継続し、研究がとても楽しいと感じるようになりました。継続することで楽しさがやってくるし、継続することで自分の自信にもつながりました。

自分とちょっと違う人や文化に触れる経験をすると、その後に新しい展開が現れると思います。自分の感じる違和感や居心地の悪さこそ、アイディアの源泉です。是非、積極的に居心地の悪い状況に飛び込んで、違和感を大いに抱いてください。

鈴木准教授の研究室にて
鈴木准教授の研究室にて 左から小倉、鈴木准教授、浦島、髙山

左から小倉、鈴木准教授、浦島、髙山