STI Hz Vol.9, No.1, Part.6:(ほらいずん)民間企業における博士人材活用の促進に向けた計量的分析STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00324
  • 公開日: 2023.03.20
  • 著者: 北島 謙生
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
民間企業における博士人材活用の促進に向けた計量的分析

第2研究グループ 研究員 北島 謙生

概 要

我が国の研究力を支える博士人材のキャリアパス拡充は喫緊の課題であり、民間企業を調査対象とした博士採用動向の把握とその要因分析は不可欠である。2022年6月、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では「民間企業の研究活動に関する調査報告2021」を公表し、同報告書の中で、企業が博士採用に否定的でないものの、博士人材とのマッチングが成立せず、採用に至らないケースが52.6%存在することを示した。本稿では「民間企業の研究活動に関する調査報告2021」で得られた個票データをもとに、博士人材とのマッチングが成立した企業と成立しなかった企業の特徴を定量的に分析し、民間企業の博士人材活用を促進させるための示唆を得る。

キーワード:博士人材,キャリアパス多様化,民間企業,マッチング

1. はじめに

第6期科学技術・イノベーション基本計画で掲げられるように、日本の研究力を支える博士人材の活用は重要施策の一つである。博士人材の活躍の場は従来、大学や公的研究機関が主流とされてきたが、民間企業を含めたノンアカデミック・キャリアパスにおける博士人材の活用は第2期科学技術基本計画の頃から掲げられ1)、2020年の総合科学技術・イノベーション会議で策定された研究力強化・若手研究者支援総合パッケージでは、産業界を含む多様なキャリアで若手研究者の活躍を図る支援策など、博士のキャリアパス多様化に向けた科学技術人材政策が推進されている。従来企業では、自社で博士人材を採用することに消極的な姿勢を見せていたが、博士人材が産業界で有用であるエビデンスとして、博士人材がイノベーション創出に資する可能性や2)、企業経営における博士人材の価値などが明らかにされつつあり34)、民間企業における博士活用の社会的潮流を継続させる必要がある。

2. 先行研究

企業を対象としたヒアリング調査から、企業の博士採用動向や博士採用ニーズの実態があらわになりつつある。株式会社富士通総研の調査によると5)、「企業が必要とする人材像に合う人材であれば良く、必ずしも博士号を持っている必要はないため」や、有限責任監査法人トーマツの調査によると6)、「応募者の学歴は問わないが、結果として博士人材を採用していないため」などが最多の回答数を占める。つまり、多くの企業では、応募者が博士号を保有しているかによらず、自社が求める人材像に合致しているかを採用基準の柱としていると推察される。産業界におけるグローバル人材としての博士の必要性を背景に、製造業への博士就職割合を見ると、2003年頃から緩やかな上昇傾向にあるとの報告や7)、長期的には概ね横ばいに推移しているとの報告がある8)。日本のみならず、他のOECD加盟国においても、キャリアパスの多様化の一環として、アカデミア以外に職を求める博士課程学生が増加しており9)、アカデミアと企業間のキャリアの人材流動性に関する議論が行われている10)。日本企業における博士人材のニーズについては、NISTEPで過去に実施された調査研究から11)、専門性に加え、柔軟性・適応能力を重視する企業が多い。一方、博士課程在籍者を対象とした意識調査では12)、研究テーマとの関連性などが重視され、企業・博士の双方が抱く意識のマッチングを促進するための取組が求められる。

3. 本研究の目的

2021年度に実施した民間企業の研究活動に関する調査では、社内で研究開発を行う3,685社の企業(資本金1億円以上)のうち1,891社から回答を得た13)。図表1に、過去3年間に博士人材を採用しなかった理由に対する集計結果を示す。博士を採用しなかった理由として、博士課程修了者とのマッチングがうまくいかなかったため、と回答した企業が最も多く(52.6%)、適当な人材が見つかれば博士を採用する可能性がある。これは、自社の人材像との一致性を重視する企業の採用動向とも一致している56)。本研究では、企業における博士人材活用の促進に資するべく、博士とのマッチングが成立した企業と不成立となった企業の回答結果を分析し、マッチングが成立しうる要因を調べることを目的とした。

図表1 研究開発者として博士課程修了者を採用しない理由として得られた回答結果
博士課程修了者とのマッチングがうまくいかなかった、とする企業が最多であった。図表1 研究開発者として博士課程修了者を採用しない理由として得られた回答結果博士課程修了者とのマッチングがうまくいかなかった、とする企業が最多であった。

出典:民間企業の研究活動に関する調査報告2021(NISTEP公表)より13)

4. 業種に応じた博士とのマッチングの状況

図表2に、過去3年間に博士を採用した企業と採用しなかった企業の割合、及び、マッチングの問題を不採用の理由とした企業の割合を業種ごとに示す。博士を採用した企業として、医薬品製造業(59.2%)、学術・開発研究機関(50.0%)、総合化学工業(33.3%)、その他の化学工業(28.6%)、電子部品・デバイス・電子回路製造業(25.0%)が上位5位を占め、いずれも研究開発人材として博士人材が活躍しうる業種と考えられる。一方、過去3年間に博士を採用しなかった企業は、金属製品製造業(95.4%)、卸売業・小売業(93.5%)、ゴム製品製造業(92.0%)、その他の輸送用機械器具製造業(90.0%)、鉄鋼業、及び電気・ガス・熱供給・水道業(同率88.9%)の順に割合が高かった。博士不採用企業のうち、マッチングの問題を不採用理由と回答した上位の業種は、窯業・土石製品製造業(67.4%)、非鉄金属製造業(66.7%)、油脂・塗料製造業(65.6%)、はん用機械器具製造業(64.1%)、総合化学工業(63.3%)であった。特に、マッチングの問題を不採用理由に挙げた業種では、同業種に属する企業を中心に、博士人材の評価が必ずしも低くないと推察されることから、博士人材の登用を推進しうる知見の提供が有効だと考えられる。

図表2 業種ごとに見た博士人材の採用状況

過去3年間に博士を採用した企業、博士を採用しなかった企業、マッチングの問題により不採用となった企業の割合を示し、それぞれ上位5業種に黄色、灰色、緑色でハイライトした。

図表2 業種ごとに見た博士人材の採用状況過去3年間に博士を採用した企業、博士を採用しなかった企業、マッチングの問題により不採用となった企業の割合を示し、それぞれ上位5業種に黄色、灰色、緑色でハイライトした。

注1:回答企業数が10未満の業種については、集計結果を秘匿して×と記載した。

5. 博士人材とのマッチングに関する計量的分析

博士人材と企業とのマッチングの成立要因を調べるため、民間企業の研究活動に関する調査報告2021から、過去3年間に研究開発者として博士課程修了者を採用した企業(324社)と、自社と博士課程修了者のマッチングがうまくいかなかった企業(707社)を対象に、ロジスティック回帰分析で両者の特徴を分析した。マッチングが成立する要件には様々な背景が存在しうるが、本分析のフレームワークでは、1)企業の業種やその規模、2)大学との連携、3)博士人材に求めるニーズがマッチングのしやすさに影響すると仮定した。そこで説明変数には、企業規模を表すファクターとして、正社員数の自然対数値、他組織との連携の多重度、さらに、企業が博士人材に求めるニーズ(図表3に示した①〜⑨の9項目)を用いた。一方、企業が「博士課程修了者を採用した」ならば“1”を、「マッチングがうまくいかなかった」ならば“0”を被説明変数とした。

図表3に、ロジスティック回帰分析により得られた各説明変数と博士マッチングの有無との関係を示す。まず、「正社員数」と「他組織との連携の多重度」は、いずれも5%の有意水準で相関が見られた。これは、企業規模の大きさや他組織との連携状況が博士人材とのマッチングと相関を持つことを意味し、企業のスケールファクターに起因するものと考えられる。一方、博士人材に求めるニーズについては、今後の技術変化への対応を除き5%の有意水準で相関が見られたが、これらのオッズ比には相違が見られた。オッズ比とはある事象が起こる確率を、事象が起こらない場合の確率で割った比であり、オッズ比が高いほど相関が強いことを意味する。オッズ比の高い博士人材へのニーズには、国際的な研究開発活動への対応、研究開発における即戦力、研究開発人材の量的確保などがあり、いずれも具体的な研究開発力の強化に関係する。一方、今後の技術変化への対応や社内の他部門との協力といった研究開発に必ずしも直結しないスキルや、自社に重要な専門分野の知見をニーズとした場合はオッズ比が小さく、マッチングにつながりにくい結果となった。多重共線性の影響の有無を確かめるため、相関行列を調べた結果を図表4に示す。同図表で示す通り、正社員数と他組織との連携の多重度に加え(相関係数が0.54)、博士人材のニーズの一部(②と⑥、②と⑦、④と⑨、⑥と⑦で相関係数が0.31−0.38)で若干の相関が見られる。マッチングを促進する上で、図表3及び図表4の結果から推察する限り、研究開発スキルを重視した博士採用基準の明示化が有効と考えられる。

さらに、図表3より、最もマッチングと相関が高いニーズは国際的な研究開発活動への対応であった。7つの外部組織(国外の大学等・公的研究機関、ベンチャー企業、民間研究所、国内の大学、大企業、国内の公的研究機関、中小企業)との連携の有無を説明変数に取り分析したところ、国外の大学等・公的研究機関と連携する企業で、博士のマッチングと相関が見られた14)。これらの結果を総合すると、国際的な研究活動に取り組む企業ほど、博士とのマッチング成立割合が高いと解釈される。博士課程在籍者に対するキャリアパスの意識調査では、博士の海外就職意識は必ずしも高くないことから15)、本研究結果は、従来調査で現れなかった企業と博士の意識の実態を反映した調査分析として有効だと期待される。

図表3 ロジスティック回帰分析を用いたパラメータの推定結果

被説明変数は、博士課程修了者を採用した場合を“1”、マッチングがうまくいかなかった場合を“0”とした。オッズ比が大きい順に博士人材のニーズを示し、上位3項目をハイライトした。

図表3 ロジスティック回帰分析を用いたパラメータの推定結果被説明変数は、博士課程修了者を採用した場合を“1”、マッチングがうまくいかなかった場合を“0”とした。オッズ比が大きい順に博士人材のニーズを示し、上位3項目をハイライトした。

注2:他組織とは「国外の大学等・公的研究機関」、「ベンチャー企業」、「民間研究所」、「国内の大学」、「大企業」、「国内の公的研究機関」、「中小企業」の7種類であり、多重度は他組織との連携の数が多いほど大きく0−7の範囲の値を取りうる。

図表4 本分析のフレームワークで使用した説明変数の相関行列

弱い相関が見られる項目(相関係数が0.3以上)をハイライトしてある。

図表4 本分析のフレームワークで使用した説明変数の相関行列弱い相関が見られる項目(相関係数が0.3以上)をハイライトしてある。

6. まとめ

本稿では、民間企業の研究活動に関する調査報告2021で得られた調査結果をもとに、博士人材との採用のマッチングが成立しうる要因分析を行った。まず、過去3年間に博士を採用した企業、採用しなかった企業、さらに、マッチングを不採用理由とした企業の割合を業種ごとに比較した。医薬品製造業、学術・開発研究機関、総合化学工業といった、博士が研究開発人材として活躍しうる業種で博士採用の傾向が観察された。一方、博士を採用せず、マッチングの問題を不採用理由に挙げた企業は、必ずしも博士の評価は低くなく、適切なニーズの設定次第で博士とのマッチングの成立に期待ができる。さらに、ロジスティック回帰分析により、博士とのマッチングが成立しうる要因を調べたところ、研究開発スキルを明示化する企業ほどマッチングと相関を持ち、間接的な研究開発スキルを求める場合には相関が低下する結果が得られた。本分析を継続的に遂行することで、従来のヒアリング調査等に反映されなかったマッチング成立要因を明らかにすることが期待される。

参考文献・資料

1) 富澤宏之,長根(斎藤)裕美,安田聡子,第5章,科学技術人材の需要と政策および大学,鈴木潤,安田聡子,後藤晃,変貌する日本のイノベーションシステム,有斐閣 (2021).

2) 池田雄哉,乾友彦,博士号保持者と企業のイノベーション:全国イノベーション調査を用いた分析,NISTEP DISCUSSION PAPER, No.158, 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (2018). http://hdl.handle.net/11035/3204

3) L. McAlpine and K. Inouye, What value do PhD graduates offer? An organizational study, Higher Education Research & Development, 41, 1648 (2021).

4) L. San-Jose and J. L. Retolaza, The value of PhD degree in management science, SN Business & Economics, 1, 45 (2021).

5) 株式会社富士通総研,産業界と大学におけるイノベーション人材の循環育成に向けた方策に関する調査,経済産業省令和2年度産業技術調査事業 (2021).

6) 有限責任監査法人トーマツ,産業界における博士人材の活躍実態調査,経済産業省令和3年度産業技術調査事業 (2022).

7) 野村総合研究所,博士課程進学の環境を改善するためのノンアカデミック・キャリアパスに関する調査,野村総合研究所 (2010).

8) 文部科学省科学技術・学術政策研究所,科学技術指標2022,RESEARCH MATERIAL, No. 318 (2022).
https://doi.org/10.15108/rm318

9) C. Bloch, E. K. Graversen, and H. S. Pedersen, Researcher mobility and sector choices among doctorate holders, Research Evaluation, 24, 171 (2015).

10) E. Germain-Alamartine, R. Ahoba-Sam, S. Moghadam-Saman, and G. Evers, Doctoral graduates’ transition to industry: networks as a mechanism? Cases from Norway, Sweden and the UK, Studies in Higher Education, 46, 2680 (2021).

11) 文部科学省科学技術・学術政策研究所,科学技術イノベーション人材の現状と課題,NISTEPブックレット (2018).

12) 松澤孝明, 博士課程在籍者のキャリアパス意識調査:移転可能スキルへの関心と博士留学生の意識,NISTEP DISCUSSION PAPER, No.176, 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (2019). https://doi.org/10.15108/dp176

13) 富澤宏之,高山大,矢口雅英,民間企業の研究活動に関する調査報告2021, NISTEP REPORT, No.193, 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (2022).

14) 北島謙生,富澤宏之,民間企業での博士人材活用と採用ミスマッチ要因に関する試行的分析,研究・イノベーション学会第37回年次学術大会 (2022).

15) 篠田裕美,松澤孝明,博士人材データベース(JGRAD)を用いた博士課程在籍者・修了者の所属確認とキャリアパス等に関する意識調査,RESEARCH MATERIAL, No.250, 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (2016).