- PDF:PDF版をダウンロード
- DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00297
- 公開日: 2022.06.27
- 著者: 横尾 淑子、浦島 邦子、蒲生 秀典
- 雑誌情報: STI Horizon, Vol.8, No.2
- 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
ほらいずん
未来のモビリティが拓く2050年の社会
-東海ワークショップ開催報告-
新型コロナウイルス感染症流行による社会変化を受けて、愛知・岐阜地域を対象として地域の目指す未来社会の検討を行った。具体的には、アクセシビリティをテーマとして掲げ、デジタルコミュニティ、モビリティ、働き方、ヘルスケア、ライフスタイルについて、望ましい未来社会像、実現に必要な取組、各ステークホルダーの役割、留意点・懸念点に関してワークショップ形式で議論を行った。その結果、デジタル化の更なる進展に伴い、人・物・情報がつながって多様なニーズとのマッチングが行われ、自然と共生しつつ、ストレスなく幸せを実感できる社会が描かれた。実現に当たっての留意点・懸念点として、システム障害、セキュリティ、プライバシー、格差拡大、人間関係の希薄化などが挙げられた。
キーワード:科学技術予測,地域,未来社会,サービス,アクセシビリティ
1. はじめに
科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、科学技術の発展を基盤として中長期の未来を展望する科学技術予測調査をおよそ5年ごとに実施している。2000年代からは、社会的視点の導入に取り組んでおり、その一環として、地域の目指す未来社会とその実現に向けた手段の検討を継続的に行っている。これまでに、国内延べ14か所でワークショップ(以降、WS)を開催し、多様な関係者による幅広い議論を行ってきた。1~4)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の長期的流行は人々が望ましいと考える未来社会の姿にも影響を及ぼしていると考えられる。そこで、改めて地域の人々が描く未来社会を展望するための議論を開始した。2020年度には岩手県でWSを開催5)し、SDGs(持続可能な開発目標)との関係を考慮しつつ未来社会の検討を行った。2021年度は2回のWSを企画し、これまでの地域WSで多く議論されてきた事柄やCOVID-19流行による変化を踏まえ、地域産業及びサービス需給に焦点を当てた。
未来のものづくりをテーマに議論を行った山形WS6)に続き、本稿ではサービスへのアクセシビリティ注1をテーマに議論を行った東海地域でのWSの結果を報告する。開催に当たっては、共催いただいた東海国立大学機構に多大なる御尽力を賜った。
2. WSの実施概要
2-1 テーマ設定
本WSのテーマ「アクセシビリティ」に関して、東海国立大学機構FUTUREライフスタイル社会共創拠点(以降、共創拠点)注2では、「居住地に関わらず充実した仕事・サービスが得られ、豊かな生きがいを持てるレジリエントな社会プラットフォームの構築」をビジョンとして掲げ、社会活動オペレーティングシステム構築、移動、仕事、健康医療、教育の5課題を社会活動の需給交換(ニーズとサービスのマッチング)のための研究開発課題として挙げている7)。一方、NISTEPの科学技術予測調査では、2040年をターゲットとした未来社会の全体像として50の社会像を取りまとめている8)。
これらを踏まえ、さらに、デジタル化の進展によるサービス機能の潜在可能性も考慮し、本WSでは、グループ別のテーマとして、デジタルコミュニティ、モビリティ(人や物の移動)、働き方、ヘルスケア、ライフスタイルを設定した。
なお、本WSでは、特定の自治体を対象とせず、各自の生活拠点を想定して議論いただくこととした。参加者の多数が愛知県又は岐阜県に拠点を持つことから、この2県を中心とする意味で「東海」をWS名に用いた。
2-2 実施概要
WSの実施概要を図表1に、検討の流れを図表2に示す。検討は、全体対話、小テーマ別のグループ対話、全体討論から構成された。全体対話では、5つの小テーマについて、COVID-19流行の影響や愛知・岐阜地域の課題も含め、未来社会への期待や懸念について意見出しを行った(STEP 1)。続くグループ対話では、全体対話を踏まえ、各テーマについて深掘りの議論を行った。まず、2050年の社会像を具体化し、実現に向けて必要な取組の検討を行った(STEP 2)。次に、実現に向けた取組を具体化し、ステークホルダーの役割を検討した。あわせて、取組を進める上で留意すべき事項や懸念される事項について検討を行った(STEP 3)。最後の全体討論では、グループごとに検討結果を発表し、質疑応答と議論を行った(STEP 4)。
なお、検討の参考として、小テーマに関連する社会像及び科学技術の例を「第11回科学技術予測調査」8)の中から提供した。
3. 検討結果
3-1 COVID-19流行の影響を踏まえた未来社会像
全体で検討した結果、COVID-19流行の影響によりデジタル化の浸透が加速され、様々なサービスへのアクセシビリティが向上した社会が描かれた。個々の関心や状況に応じた多様な選択肢が用意され、人々は物理的制約や旧来の枠を超えて活動し、充実感と安心感を持って生活するとされた。あわせて、自然との共生を強く意識し、デジタル技術の支援も得て地球温暖化などの課題解決に取り組むとされた。
小テーマ別に見ると、デジタルコミュニティについては、平時の様々な活動において、また災害などの有事において、デジタル技術が新たなサービスを提供して役立っている社会が描かれた。モビリティについては、利便性や安全性の向上とともに、移動を楽しむ社会が挙げられた。働き方については、場所や時間に縛られずにワークライフバランスを重視して働く姿が描かれた。ヘルスケアについては、医療と人がつながり、心身の健康が保たれた社会が描かれた。ライフスタイルについては、仕事や生活の選択の自由度が高く負荷を感じずに環境にやさしい生活を送る社会が描かれた。
3-2 小テーマ別の結果
5グループに分かれて議論した小テーマ別の検討結果を図表3に示す。
「デジタルコミュニティ」の検討では、“共生”がキーワードとなった。現実空間と仮想空間がシームレスにつながり、ニーズと各種サービスとの高度なマッチングが実現し、デジタル技術が人の役に立ち、人と人とのつながりを支え、それにより人間と地球環境が共生している2050年の社会が想定された。その実現のためには、利便性、効率性、感動、安心などを享受できるデジタル技術の発展とともに、使用障壁解消などが必要とされた。留意点・懸念点としては、プライバシー、セキュリティ、均質化や無個性化、サイバー攻撃、情報格差などが挙げられた。
「モビリティ」の検討では、“ストレスフリー”がキーワードとなった。効率性、時間の正確性、安全性のみならず、移動中の時間や空間を楽しむなどのニーズもあり、一方では移動時の環境負荷低減も重要な課題とされた。こうした人及び環境へのストレスが解消された姿が、2050年の社会として想定された。その実現のためには、人間と移動手段の共存する都市インフラの設計が重要とされた。留意点・懸念点としては、関連機関による横串の議論、新たなモビリティに関する法整備、システム障害による社会機能停止などが挙げられた。また、技術開発という手段を目的化しないことも挙げられた。
「働き方」の検討では、“つながり”がキーワードとなった。社会にとって意義のある活動を仕事として価値付けることが重要とされた。こうした新しい概念の下、場所・時間・年齢・性別などによる制約なく、誰もがやりがいを持って働くことが2050年の社会として想定された。その実現のためには、仮想空間での新しいコミュニケーション技術などが求められ、社会的には、行動を価値化してやりがいにつなげる仕組み、自由に働ける制度設計などが必要とされた。留意点・懸念点としては、人間関係の希薄化などが指摘された。
「ヘルスケア」の検討では、“つなぎ”がキーワードとなった。AI・システム・ロボット・人などの仲介により医療と人がつながったヘルスケアシステムが実現し、身体的にも精神的にも健康度が上昇、人生100年の幸せを満喫できる、幸福度の高い社会が2050年の社会として想定された。その実現のためには、人を知った上での技術開発と、持続可能なビジネスモデルが重要とされた。留意点・懸念点としては、自治体の枠を超えた協力体制、情報格差などが挙げられた。
「ライフスタイル」の検討では、“ストレスフリー”と“人の縁”がキーワードとなった。技術の支援により生活がより便利に豊かになり、職業と認知されていなかった活動が金銭的価値を持つなど仕事選択の幅も広がり、ストレスなく誰もが幸せを感じられる社会が2050年の社会として想定された。ただし、自己中心や孤独に陥らないよう、働く場所や地域の人との縁・つながりも重要とされた。その実現のためには、現場と差のない遠隔技術や高度コミュニケーションツールなどが必要とされる一方、社会側にも、多様な就労形態の受容、子育て支援などが必要とされた。留意点・懸念点としては、AIやロボット等の暴走、プライバシー、新技術に関する法整備、財源確保、自己中心社会、災害からの復旧力などが挙げられた。
4. まとめと考察
東海国立大学機構との共催により、愛知・岐阜地域の2050年の社会を検討するWSを開催した。デジタルコミュニティ、モビリティ、働き方、ヘルスケア、ライフスタイルについて、産学官民の関係者31名が議論を行い、次のような結果を得た。
[未来社会像]
デジタル化の更なる進展に伴い、人・物・情報がつながってニーズとのマッチングが行われ、自然と共生しつつ、ストレスなく幸せを実感できる社会が期待される。
- ● 利便性、効率性、安全性、健康とともに、感動、楽しみ、安心なども併せて生活の質が向上する。
- ● 諸活動の意義が評価され、社会とのつながりを実感しつつ、やりがいを持って場所や時間などに縛られず自由に働く。
- ● 人と環境(都市空間を含む)が共生し、自然災害などの有事にはしなやかな復旧力を発揮する。
- ● アナログやリアルの意義も再認識され、デジタル世界とシームレスにつながる。
[留意点・懸念点]
システム障害による社会機能停止や暴走、サイバー攻撃、セキュリティ、プライバシー、法整備、格差拡大、人間関係の希薄化などが挙げられる。
本WSでは、COVID-19流行の影響を踏まえて未来社会像の議論を行ったが、COVID-19のような事象は今後も発生し得ると考えられ、また、地震を始めとする自然災害の脅威も切実である。これらについて、WSの中で言及があった。未来社会を考えるWSにおいて社会を変えるような事象をどのように議論していくのか、今後の検討課題としたい。
謝辞
本WS開催に当たり、テーマ設定や参加者構成などの内容面、並びに、参加者への連絡調整や会場手配などのロジ面において多大な御協力を賜った、名古屋大学未来社会創造機構の長谷川泰久教授を始めとする関係の皆様方、及び、同大学学術研究・産学官連携推進本部の関係の皆様方に心より感謝申し上げる。また、御参加の調整を頂いた岐阜大学Coデザイン研究センター長の三井栄教授に併せて感謝申し上げる。そして、年末の慌ただしい中、長時間にわたるWSにおいて活発な御議論を頂いた皆様に御礼申し上げる。
注1 データ移動等を含む新しいサービス需給の在り方を「未来のモビリティ」と称し、WS名に用いた。
注2 「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)(共創分野・育成型)」2020-2021年度採択。東海国立大学機構を代表機関とし、企業や自治体等15機関が参画。産学官民によるフォーラムや検討会を通じて研究開発から社会実装に至るまでの共創プロセスを展開。
参考文献・資料
1) 科学技術動向研究センター、「来社会を支える科学技術の予測調査 地域が目指す持続可能な近未来」、NISTEP Report No.142 (2016年3月):http://hdl.handle.net/11035/687
2) 科学技術予測センター、「地域の特徴を生かした未来社会の姿~2035年の『高齢社会×低炭素社会』~」、調査資料-259 (2017年6月):https://doi.org/10.15108/rm259
3) 科学技術予測センター、「2035年の理想とする“海洋産業の未来”ワークショップ in しずおか」活動報告、STI Horizon Vol.4 No.1 (2018年3月):https://doi.org/10.15108/stih.00118
4) 河岡将行・蒲生秀典・浦島邦子、「理想とする2050年の姿 ワークショップin 恵那」活動報告、STI Horizon Vol.4 No.4 (2018年12月):https://doi.org/10.15108/stih.00154
5) 浦島邦子・横尾淑子・岡村麻子・黒木優太郎・今井寛、ハイブリッド型ワークショップ「SDGs 実現に向けた地域の未来を検討する岩手ワークショップ」開催報告、STI Horizon Vol.7 No.2 (2021年6月):https://doi.org/10.15108/stih.00257
6) 蒲生秀典・横尾淑子・浦島邦子、やわらかものづくりが拓く2050 年の未来社会-山形ワークショップ開催報告-、STI Horizon Vol.8 No.1 (2022年3月):https://doi.org/10.15108/stih.00285
7) 東海国立大学機構FUTUREライフスタイル社会共創拠点:https://coi-next.mirai.nagoya-u.ac.jp/
8) 科学技術予測センター、「第11回科学技術予測調査 総合報告書」、NISTEP Report No.183:
https://doi.org/10.15108/nr183