STI Hz Vol.7, No.4, Part.6:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)大阪大学大学院 基礎工学研究科 システム創成専攻電子光科学領域 教授 藤井 啓祐 氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00273
  • 公開日: 2021.12.20
  • 著者: 宮地 俊一、蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
大阪大学大学院 基礎工学研究科 システム創成専攻
電子光科学領域 教授 藤井 啓祐 氏インタビュー
-万能量子コンピュータ実現を目指した、
量子ソフトウェアの研究開発で量子情報科学分野を先導-

聞き手:企画課長 宮地 俊一
科学技術予測・政策基盤調査研究センター 特別研究員 蒲生 秀典

「ナイスステップな研究者2020」に選定された藤井啓祐氏は、万能量子コンピュータ実現を目指した量子ソフトウェアの研究開発で世界を牽引する多くの成果を創出するとともに、その応用を目指し、ベンチャー企業株式会社QunaSys(キュナシス)の起業に関わるなど、量子情報科学分野を先導している。

今回、量子コンピュータ実現のため、研究はもとより、産業との関係や人材育成など多様に地平を開拓し続けている氏の「ナイスステップ」を伺った。

大阪大学大学院 基礎工学研究科 システム創成専攻電子光科学領域 教授 藤井 啓祐 氏(藤井氏提供)

大阪大学大学院 基礎工学研究科 システム創成専攻
電子光科学領域 教授 藤井 啓祐 氏
(藤井氏提供)

- 以前の講演会1)で、現在の量子コンピュータについて、今が正に黎明(れいめい)期であり面白いところ、とお話しされました。改めて、御自身の研究で面白い点を教えてください。

私が一番面白いと感じるのは、既に何かがあるというより新しく根本的にいろんなものを作り変えるというところ、原理から取り替えてしまうところが面白いなと感じています。そのようなものは王道にならず淘汰(とうた)されて生き残らないことも多いけれども、根本的に新しいことがやりたいなと。

その点、今のコンピュータが行う演算は0と1で表される情報の足し算引き算掛け算割り算であるけれども、量子コンピュータは、そもそも0と1の重ね合わせまで許されるような物理法則が許しているより一般的な情報の表現に情報を置きかえ、また、演算も物理で許された最も一般的な演算に置きかえています(図表1参照)。

チャールズ・バベッジという19世紀の数学者が歯車を使って計算の自動化によりコンピュータの原型を作って以来今のコンピュータに至っていますが、そこから根本的に原理を新たにするという機会はなく、コンピュータを根底から計算の原理まで含めて作り変えることは、歴史的に見ても現代ある特定の時代に生きてる人しかできないと思います。そういう意味で幸運なタイミングで研究者人生を過ごしていると思っています。

図表1 量子コンピュータが実行する計算図表1 量子コンピュータが実行する計算

(藤井氏提供資料)

- 量子コンピュータ自体の面白い点は何でしょうか。

例えば、計算できるかどうかで重要になるのが、どれぐらい時間をかけたら解けるかという点です。従来のコンピュータでは難しいと言われる問題は計算に指数時間がかかります。その代表例が素因数分解問題で、桁数が増えると計算時間が指数関数的に伸びます。それに対して、量子コンピュータの原理で計算すると素因数分解は問題のサイズに対して多項式的な関数の時間で計算ができます。ものすごく大きい素因数分解は宇宙時間をかけても宇宙年齢をかけても従来コンピュータでは解けないけれども、量子コンピュータなら1日とか1週間かけたら解けます。

ほかには、例えば元々問題が量子的な要素を含んでいて難しくなっている問題があります。例えば分子のエネルギーは、原子や電子の量子力学的なふるまいやエネルギーの安定性によって決まってきますが、現状はこれを0と1の世界に無理やり落としこんで、ある意味古典の情報の世界に落として非常に効率を下げて解くしかできない、つまり量子を量子の演算のまま解くことができません。同じ量子力学の原理でできてる量子コンピュータであれば、自然とその分子の状態を量子コンピュータの中に作り出してそのエネルギーの計算などができるようになります。

このような問題では、例えば仕組みがわかってない触媒の反応が代表的です。遷移金属が入った触媒とかは非常に量子的に複雑な状態、いわゆる量子もつれを持った重ね合わせ状態になってるので、難しいです。よく言われるのは窒素固定もあります。ハーバーボッシュ法で空気中の窒素を固定するのに世界のエネルギー消費の数パーセントぐらいが使われていますが、それが生物系ではマメ科の植物は根に窒素固定酵素をもっているので、そういう特定の植物は自分で窒素固定ができます。その仕組みもFeMocoと呼ばれる補因子が関与しているけれども、そのメカニズムも非常に量子性が強くてスパコンでもまだよくわかってない。このほか、よくターゲットになるのは光合成です。光合成も光エネルギーを吸収してそれを化学反応のところまで輸送して化学エネルギーに変えてるわけですけれども、光による電子の励起が関係してくると量子性が強くて仕組みがまだよくわかっていません。光合成も窒素固定も量子コンピュータの性能を測る上でのベンチマークとなっています。

量子コンピュータを使ってありのままに分子のふるまいや化学反応をシミュレーションすることによって光合成の仕組みを解明し、新しい触媒開発や、究極の目標は人工光合成の実現だと思いますが、それ以外にも量子性で難しい問題をのぞき込むための計算ツールとして幅広く活躍すると期待しています(図表2参照)。

図表2 量子コンピュータで何ができるのか図表2 量子コンピュータで何ができるのか

(藤井氏提供)

- ベンチャー企業QunaSysの立ち上げや産学共同研究など、産業化、産業との連携などに積極的です。

私が研究を始めた2005-6年ぐらいの頃は、量子コンピュータの研究は産学連携できるような状況でもなくアカデミック側の理論研究という位置づけでした。そもそも、量子コンピュータのためのソフトウェア、量子ソフトウェアという言葉すらないような段階で、理論物理研究のかなり外れたところっていう位置づけでした。

しかし、量子コンピュータを実際にどうやって応用し活用するかを考えたときに大学の研究だけでは解決できない問題っていうのが多くあります。実際に実装する時には原理的なアルゴリズムだけでは解けなくて、ライブラリーもツールも必要ですし、足りないものが多くあるけれども往々にして開発要素がすごく高くて論文になりにくいようなテーマも多いんですよね。量子コンピュータを社会に使うために必要な実装ができるような、実装することが目標になって、実装することが報われるような組織が必要だなと思ってQunaSysを立ち上げました。

QunaSysを立ち上げた2018年ぐらいは、そこまで量子コンピュータで盛り上がってたわけでもなく、日本の産業界もゲート式量子コンピュータにコミットしてなかったので、大学でPhDを取った人が全員アカデミアに残れないときに、せっかく育てた量子人材のキャリアパスがなかった。アカデミックな研究をやりたいわけではないけど、ベンチャーで最先端の技術の社会実装に取り組みたいという人の受皿になればいいなということもありました。

産学共同研究に関しては、産業界では世界トップのスーパーコンピュータを我が国の研究所と企業が連携して動かしているという実績があります。全然違う分野ではありますが国産の量子コンピュータに向けて取り組む産学連携が必須なんじゃないかなと思っています。

国産量子コンピュータについて、もうGoogleもIBMもやっているし、もはや遅いんじゃないかと言われることもありますが、量子コンピュータは今後10~30年の話で、コンピュータの新しいパラダイムになるとするならばそれからまだ先の話になり、目先のことだけを追っていてもしょうがないなと思っています。量子コンピュータを本気で作るのが始まってから5年ぐらいの話で、2014年ぐらいから本気で開発がされ始め、投資の規模感が伸びてきたのも短期間の話なので、今の段階で国産量子コンピュータの芽を全て諦めてしまうっていうのは、多分日本の科学技術の将来にとって危険な判断だと思います。

- IPA未踏ターゲット事業のゲート式量子コンピュータ部門のプロジェクトマネージャーをお務めになるなど、人材の発掘や育成に御熱心です。

量子コンピュータの分野では様々な分野の知識が必要になりますし、量子コンピュータとして王道の人材が育成されるパスも少ないので、外から人を集める等して様々なバックグラウンドの人を集めないと何ともならないという分野の事情があります。

一方、人材の発掘はすごく大事だと思いますし、個人的には好きな活動でもあります。国際競争をしている研究者としての研究以外にも、若年層の人たちに論文にはならなくてもキラリと光る面白さがあるような開発であったりアイディアを出したりしてもらって何かをするのが個人的に面白いです。

高校生に向けた出張授業もしますが、高校の物理を選択してる人でも量子って最後の方に一瞬出るぐらいで、量子というキーワードを聞かないんです。なので高校生が大学を選ぶとき、量子や量子コンピュータという選択肢は今までほとんどありませんでした。高校生に向けて、大学に行けば量子というジャンルもあって将来的に面白い分野があることを情報提供することも重要と思い、アウトリーチ活動も積極的に行っています。100人に1人でも将来を担う人材が出てくれば量子コンピュータの実現にはプラスだと思いますので、そういう活動は重要だと思います。

これまで私がアウトリーチなり教材の提供なり全部やってたところを、QunaSysに人材が集まって、その役割を担ってもらっているのは有り難いです。例えば、「Quantum Native Dojo」というオンライン上で無償の量子コンピュータに関する教材がありますが、私の授業の教材を元にしてまとめてくれる、分担できるようなパートナーが増え続けています。また、量子に関しては新聞やネットなどのニュースもよくわからなかったり不正確だったりします。理系大学生レベルの読者が正確な情報を得られるような量子ニュースサイト「Qmedia」も運営しています。大学では雇用など融通が利かないところが多く、更にパートナーが増えてほしいと思っています。

量子コンピュータの実現まで先が長いことを考えると、直近では他の分野の研究者にこの分野に来てもらうこと、長期的には将来的にこの分野に来てもらえるような人を増やしていくことが重要と考えています。仮に実現まで20年かかったとしても今の大学1年生は38歳ぐらいになるので、私と同い年ぐらいなんですよね。なので今の大学1年生が元気なうちに量子コンピュータが多く使われる時代になる可能性が大いにあって、20年後に量子コンピュータを使ってるユーザとしてプログラミングできるような人っていうのが出てこないと国際競争力など考えると太刀打ちできないと思うので、今すぐやるべきこととはいつも感じています。

QunaSysのメンバーの集合写真QunaSysのメンバーの集合写真

(藤井氏提供)

- 御自身の研究に閉じず、共同研究、研究組織運営、さらには会社経営への関与、人材発掘・育成など、研究に限らず広くお取り組みです。

比較的嫌がらずに結構面倒なこともやってきましたし、圧倒的に人がいないのでやらざるを得ないという現状もあります。もう少し人が増えて研究に専念できると有り難いですね。ただ、量子コンピュータが実現し、その中で例えば自分が出したアイディアや開発したことが組み込まれていてそれが何らかの役に立つ、社会に羽ばたいていくっていうのが一番のプライオリティなので、必要になることはやるという感じです。しかし、例えば、量子技術分野に特化した知財戦略を考える人がいないので研究者がその場その場で知財の扱いを考えないといけないのが難しいですね。

私には大学の教員のほかにベンチャー企業の顧問の立場もありますし、共同研究をしていて、国産量子コンピュータや量子コンピューティング分野においてトータルとして日本にメリットがあることを選ぶべきですが、大学としての立場のプライオリティが一番高いこともあって、大学のルールを尊重しないといけないなどあり、その辺が難しいです。

- 工学部(量子物理)から量子と情報の融合分野である「量子コンピュータ」に進まれた経緯や思い、ポスドク時代などの御経験について教えてください。

このテーマを選んだ一つには、人がやろうと思っていることには余り興味がなく、特に自分の近くの人がやってることは何か私がやってもしょうがないなという反骨精神というかあまのじゃくのようなところがあったように感じます。土俵が定義されてないところに自分で土俵を作って上がったら有利なんじゃないか、自分のルールを作ってしまえばいいのではないか、という考え方がありました。量子コンピュータを選んだきっかけは、基礎(量子)と応用(コンピュータ)の間でまだ混沌としている感じがしたからです。その後この分野が盛り上がったのは運が良かったんだと思います。

また、京都大学白眉センターの頃の経験が大きく影響していると思っています。特定のプロジェクトに入って、特定の専門家が多い中で研究する場合は周りの理解を得ることがとても楽だと思います。自分の研究の面白さはもう既に大前提として共有されてますしね。しかし、白眉センターでは文系理系まで含めて自分と同じ分野はいませんでした。そういう環境に置かれると、研究分野だけでなく、科学技術ひとつとってみても、自分のやってることはありとあらゆる分野の中の一点にしかすぎない。なので、広い観点で見たときに自分のやっていることが将来的にどう伸びていくのか、また他の分野から見てどう見えてるのかなど、全体からみて自分は科学技術の歴史の中でどの部分を担っているのか客観視することができるようになり、その後の研究者キャリアに大きな影響がありました。

特に、新しい研究テーマにも直結したと思います。例えば私が白眉センターに応募した時代には、量子コンピュータのアプリケーションで何をやるべきかみたいな観点を全く持っていなかったのですが、今では量子コンピュータを機械学習や量子化学に応用するときに量子化学計算や機械学習の研究者とコラボレーションできているのは、自分の分野以外にどのような分野があってそれがどのように接続されているかというのを客観的に見ることができたことが影響していると思います。

白眉センターのカルチャーには、分野の違う人に双方の面白いことを伝えあうところがあります。確かに分野をまたいで研究するとすぐに論文にはならないし、そもそも言葉がかみ合わないので論文をテンポよく出すという意味では効率が悪いですが、長い目で見たときには分野を大きく変えることになるので、大きなヒットになると思います。他の分野の人と時間をかけてゆっくり目線を合わせて話し合うことによって根本的に新しいことができるという経験ができたことは大きいのかなと思います。

- 今後実現したい未来や、社会像などあれば教えてください。

やっぱり第一義的には量子コンピュータが何か役に立つ形で使われることだと思います。自分のアイディアで量子コンピュータが実現し、それが社会へと広がっていくことが究極の目標かなと思います。

社会像については難しいですね。例えば今回説明した化学計算や素因数分解などで、実際に量子コンピュータが普及してるような未来では、そのような用途ではないことにも使われていると思います。今考えてないキラーアプリケーションというか、そもそも量子コンピュータで計算すること自体が意味を成すみたいなものが、根本的に社会システムに組み込まれているような社会になっているんだろうなという気はします。例えば、そもそも計算することは何かの量を知りたいとか何か目的があって計算しますが、ブロックチェーンはハッシュ関数という全く意味のないものをひたすら時間をかけて計算するということ自体に意味を見いだしてる、違うシステムが出来上がったものと思っています。それを考えると、本当の量子 ICT の社会、「SocietyQ」というものかもしれませんが、社会システム、インフラといったものに自然と量子が溶け込んで、通信は量子で、ストレージも量子になり、そこで量子コンピュータ使って計算してるっていうこと自体に価値が生まれて、セキュリティは原理的にサーバー側では一切何をやってるかわからないっていうような形のクラウド計算もできますし、社会インフラの中に当たり前のように量子が組み込まれて使われてるといいなという感じはあります。

- 研究者を目指す方々や、研究者として自身を確立する時期である博士課程学生やポストドクターの方々へメッセージがあればお願いします。

まだを踏み固められてないっていうのが量子コンピュータの面白いところだと思います。私が研究を始めた頃はもっとそういう傾向が強く、そもそも量子コンピュータはSFだと言われ、学会で発表しても全く反応してもらえない時代でした。今に至ってもそうで、例えば研究室の学生から、今の実現している量子コンピュータは全然使い物にならないじゃないですか、と反論しに来るレベルなんです。アルゴリズムも全然ダメだと言われれば、そうなんですよ、だから研究しているんですよと。まだ固まってないっていうところが一番面白いところで、同じような状況が続いたらつまらないと思いますが、量子コンピュータの分野の風景はどんどん発展していっています。例えば私たちの世代はファミコンからスタートして以降、二次元から3Dになって小型化されて、というゲームがどんどん進歩した時代ですが、そのときの、「ゲームは進化して当然」という感じの感覚ですね。今の量子コンピュータが一番面白いのは、今はそこまですごくはないのだけれども、ハードもソフトも進化しながらも固まってない状態で、科学技術の進歩と一緒に進んでいけるところです。なので踏み固められてないところを自由に柔軟なアイディアでのびのびやりたいという人にはぴったりだと思います。

(2021年10月15日オンラインインタビュー)


注 「Qmedia」 https://www.qmedia.jp

参考文献・資料

1) 「近未来への招待状~ナイスステップな研究者2020からのメッセージ~」(2021年7月20日) 講演「量子コンピュータで描く未来社会」(https://youtu.be/m6TWdTl6l6Y