STI Hz Vol.7, No.4, Part.1:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)国立研究開発法人理化学研究所 革新知能統合研究センター(AIP)病理情報学チーム チームリーダー 山本 陽一朗 氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00268
  • 公開日: 2021.11.25
  • 著者: 矢口 雅英、大場 豪
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
国立研究開発法人理化学研究所
革新知能統合研究センター(AIP) 病理情報学チーム
チームリーダー 山本 陽一朗 氏インタビュー
医療・医学の進歩と発展に貢献する医療AI技術の開発
-病理学と数理解析学の融合研究-

聞き手:第2研究グループ 研究員 矢口 雅英
企画課 国際研究協力官 大場 豪

「ナイスステップな研究者2020」の1人である山本陽一朗氏は、病理学と数理解析学の研究分野を融合させることにより、病理標本画像のがん領域や再発予測を提示する新しい医療AI技術を開発した。数理解析と教師なしの深層学習(ディープラーニング)による人工知能(AI)を用いて、大量の病理画像を解析することで、専門家も気づかなかった新しいがんの特徴を発見し、高精度な再発予測を可能にした。この論文は、英国科学雑誌『Nature Communications』に発表され1)、同誌のTop 50 Physics Articlesにおいて第5位に選ばれている。本インタビューでは、山本氏が医学部へ進学後に数理研究を始めたきっかけ、海外での研究生活、画像解析の応用の可能性、御自身が携わるAI倫理等についてお聞きした。

国立研究開発法人理化学研究所(理研)革新知能統合研究センター(AIP) 病理情報学チームチームリーダー 山本 陽一朗 氏(山本氏提供)

国立研究開発法人理化学研究所(理研)
革新知能統合研究センター(AIP) 病理情報学チーム
チームリーダー 山本 陽一朗 氏(山本氏提供)

1.「ナイスステップな研究者2020」に選定された研究の概要

病理標本画像から新たな知識を自力で発見する医療AI技術を開発された経緯

私は現在コンピューターサイエンスの研究者として理研で研究を進めていますが、一方で病理医でもあります。そのような環境の中、どのようなAIシステムが最も医学に役立つのかを考えたときに、病理医の単なる代替品としてのシステムではなく、医療、医学の更なる進歩と発展に貢献するための医療AIを開発したいと思いました。病理医は「ドクター’sドクター」と呼ばれ、内科や外科などの担当医と協力しながら、診断を通して医療に貢献しています。一方で、疾患分類は年々複雑化してきており、医療技術の進歩に伴い治療方法も増加しています。そこで、AI技術を通して、診断基準そのものや医学自体にも貢献したいと思い研究を行いました。

がんの特徴をAIが自動で提示する仕組みについて

病理画像へAI技術を応用するためには、アノテーションについての課題がありました。病理標本は大きな組織で、正常組織とがんが混在しており、どこががんなのかAIに教え込むために、病理医ががんの領域をマーキングする必要がありました。これがアノテーションです。また、このがんの領域についての判断は、病理医ごとに特徴があるため、バイアスが生じるという問題があるとともに、病理医が知識として持っている対象しかアノテーションすることができないという問題がありました。

そこで、アノテーションを行う必要がない教師なしの深層学習(ディープラーニング)と、非階層クラスタリング(階層構造を作らずにデータをグループ化していく解析手法)のアルゴリズムを組み合わせたものをベースとして用いることで、AI自体が自力でがんの領域を発見していく新しいシステムを開発しました。さらに、AIが発見したものを病理医が分かるように提示することで、知識の拡張を目指したシステム開発を目指しました(図表1)。

システム発表時の対象疾患は前立腺がんでしたが、現在は前立腺がん以外に(すい)臓がんでもAIによる病理画像解析を進めています。膵臓がんは初期症状が出にくく、発見されたときは手遅れになりやすい、生存率の低いがんとされています。また、乳がんを専門とする医師との共同研究を行う機会が多いので、乳がんも対象として解析を進めています。

病理の研究は臓器ごとに行われてきた歴史があるため、医学分野の多くは臓器ごとに分けられています。一方で、開発したAI技術は、臓器にしばられずに疾患の特徴を拾うことをメインとして考えたシステムになっているので、様々な臓器に適用することが可能です。手ごたえのある結果が得られてきたので、更に広げていこうと考えています。

図表1 医療ビッグデータから自力で新たな知識を発見して提示する医療AI図表1 医療ビッグデータから自力で新たな知識を発見して提示する医療AI

(山本氏提供資料)

2.医学部へ進学後に数理研究を始めたきっかけ

数学が好きで、大学進学は数学科と医学部で迷いましたが、現実的な応用が向いていると思い、東北大学医学部へ進学しました。幸運なことに東北大学の病理には、過去に数理系の先駆的な教授がおられ、細胞形態を幾何学的に分析する研究をされていた流れがあったため、当時ほとんどの人が行っていなかった数理学と病理学を融合させた研究に取り組むことができました。始めはヒトの病理組織と比較しながら、細胞の状態の時間的な変化を数式(微分方程式)で表す数理モデルをつくり、予測していく研究を行いました。細胞の動態や、正常細胞ががん細胞に変化していく過程を解析することで博士号を取得しました。

3.研究生活

米国留学 -メイヨークリニックでの研究-

当時、ハーバード大学にはあらゆるものを数式で表してしまうMartin A. Nowak教授がおられ、がんが体内でどのように育っていくのかを数式で表す研究をされていました。また、Nowak教授の研究室にて勉強されたDavid Dingli教授がメイヨークリニックにて研究室を立ち上げたところでした。そこで、このお二人の研究室に留学させていただき、米国国内の2つの研究室を行き来しながら共同研究を行いました。

前立腺がんは、手術で切除する治療の他、放射線源を埋め込む放射線治療(小線源治療;ブラキセラピー)もしばしば行われます。その治療過程で、PSA(前立腺特異抗原;前立腺がんの腫瘍マーカー)が、再発していないにもかかわらず一定時期に上昇する「PSAバウンス」という現象が起こることが知られていました。患者さんにとっては再発したかどうか気が気でない状況なのですが、再発なのかPSAバウンスなのかは数か月待たないと分からないだけでなく、そのメカニズム自体も解明されていませんでした。

メイヨークリニックのスーパーコンピューターを使い、免疫細胞とPSAとの関係を表す微分方程式をつくりシミュレーションするとともに、実際の免疫細胞数との比較を行った結果、PSAバウンスのメカニズムの一端を解明することができました2)。この研究は、免疫チェックポイント阻害剤(抗PD-1抗体等)の効果予測の精度向上にも、今後貢献できる可能性があります。

ドイツ留学 -ハイデルベルク大学での研究-

ドイツでは、初期乳がんの病理標本画像を用いたAI画像解析システムの開発を行いました。この背景には、病理での形態変化を数理モデルに結び付けたいという思いもありました。病理学で言う「がんの顔つき」とは、細胞や核の形態を表します。同時期、コンピューター技術が急速に発展してきていたため、がん細胞に見られる核の形態を網羅的にデジタル化、定量化することができ、さらに、機械学習技術を結び付けることで、初期乳がんの「顔認証システム」を確立することができました3)

日本帰国後 -理化学研究所での研究-

ドイツで開発したAI技術は教師あり学習に基づく手法でしたが、日本に帰国してからは、教師なし学習の手法を発展させました。訓練された人間の視覚は、注目した対象の違いを高い精度で見分けることができますが、病理標本を隅々まで集中して見るのは限界があります。AIは、病理標本全体を網羅的に調べるため、医師があえてがんの特徴を教えないことで、人間とは違った新しいことができると考えました(図表2)。

図表2 教師あり学習と教師なし学習の違い図表2 教師あり学習と教師なし学習の違い

(山本氏提供資料)
日本と海外の研究環境の違い

1番印象に残っているのは家族とドイツへ行った際に、充実したゲストハウスが用意されていたことです。海外の研究者が安心して研究に打ち込める環境が整っていたことに感銘を受けました。滞在先のハイデルベルクは物価が高かったですが、大学の研究者用に、特に海外から来る人用にゲストハウスが準備されていました。また、1週間に1回、リタイアされた教授の奥様方がパーティーを開いてくれました。パーティーには家族同伴で招待され、コーヒーや紅茶だけでなくワインや手作りのケーキもありました。こうした皆で話ができるパーティーを毎週開いていただいたことで、すぐ馴染(なじ)むことができました。またパーティーへ行ったときに、同じ分野ではない人がたくさんいたことも良い刺激となりました。例えば法律や歴史、考古学、そして心理学と、いろいろな先生からそれぞれの研究について教えていただきました。皆いろいろな国から来ていますので、制度の違いや、今どんな研究をやっているのかを聞けるのが非常に良かったと思います。日本でもゲストハウスやパーティーがあると、いろいろな所から来た人たちが馴染みやすいのかなと思いました。

その他の違いとして、今はコロナ()によってテレワークが増えるなど多少変わってきているかもしれませんが、夏休みをしっかり取る等は皆さん共通していました。休みをしっかり楽しみながら、研究は研究でやるというメリハリが非常にあったと思います。

4.今後の展望

初期がんの研究について

「どこからを本当の意味でがんと定義するか、すべきか」という命題は、専門家の中でもずっと協議している難しい問題です。例えば時代によっては「この辺りからがんとして取ろう」としていたものが、時代が変わると「もう少し早い段階で取ろう」などと、その時代の治療に合わせて変わることもあります。また、社会システム(保険など)にも関係します。本当の意味で生物学的にどこからががんなのかは、実はまだどう定義したらいいのか分からないところがあります。例えば、だんだん遺伝子変異が積み重なってきたときに、どの段階の遺伝子変異でがんと言っていいのか、人の命に影響しない遺伝子変異の段階もあるわけです。その初期段階をどこまでにしたらいいのかは非常に難しく、今でも研究が進められているところです。

内閣府のムーンショット型研究開発制度注1では、祖父江元先生の指揮の下、目標2(2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現)の研究プロジェクト(大野グループ)に参加しています。私の担当としては、AI技術等を駆使して、診断が困難な「超初期」の膵臓がんを発見する研究を進めています。正にこの点が分かれば、多くの方の役に立つのではないかと思います。がん化の「超初期」段階を検出することで、より早い段階での治療が可能となり、可逆的に細胞を正常へ戻せる可能性やがん化を予防できる可能性もあると考えています。

開発したAI技術の応用について

医学以外にも使えるところがあれば積極的に使っていきたいと思っています。特に、複数のデータ(多階層のデータなど)に統合的なデータ解析をやっていきたいと考えています。また、現在のAI技術は画像と相性が良いので、画像を含む様々な対象に対して統合的に解析していきたいです。そして、それの発展として医療を超えたものにも使っていきたいと考えています。今回解析した病理画像は非常に大きな画像です。その点から、医療以外のもので何に応用しやすいか考えると、例えば、宇宙の画像や大きな地図といったものは、病理のように大きな画像を扱うので類似点があり、応用しやすいと思っています。特にその画像を解釈する専門家がいない、あるいは専門家が少ない領域は効果的かと思っています。病理画像は少ないながらも病理医という画像を解釈できる専門家がいますが、他の分野だと必ずしも画像を見る専門家がいるとは限りません。そういう分野で是非うまく使えたらいいかなと思っています。医療の分野でもそうでしたが、ますます他分野との連携が重要になってくるのではないかと思っています。

AI技術と倫理の問題について

AI技術の倫理面については、私が理研に来てからも大分整ってきたと思います。ここ数年で現在のAI技術がどういうものかがしっかりと見えてきたので、どのように整備していくかは、どんどん作られてきていると思います。例えば医療の分野だと、私を含む7人で日本メディカルAI学会を立ち上げました。弁護士の先生にも入っていただき、AI技術と倫理、法制度に関する問題にも積極的に関わろうと思っております。やはりAI技術が変に独り歩きしてしまうのが非常に危険なことでもあると思っており、安全に使っていくためにどのような整備が必要なのか、またそれを使う側にも訓練を受ける必要が出てくるので、そういうことについて皆で話し合うことは非常に大事になります。世界では、倫理面の声明を出している国もあります。それらに対して、日本はどこまでそれぞれのものに合わせるのか、ということも今正に進んでいます。また、個人情報の扱いについても、きちんと整理しなければいけません。日本ではPMDA注2で承認されたものが医療機器として使えます。AI技術が日々発展する中で、医療へ貢献する形も刻一刻と変化していく可能性があるため、今後更に検討していく必要があると思っています。

5.若手研究者へのメッセージ

AI関係の研究分野は基本的に何回も失敗するので、「失敗を恐れない」を通り越して、「失敗することが次へのステップだ」という切替えが必要になります。失敗を恐れていると、いつまでたっても結果が出ないので、ひたすらやっていく、試行錯誤していくということが大事だと思っています。応用分野については、コミュニケーション能力が結構求められると思っています。やはり一人の力だと分からないことがたくさん出てきます。自分なりの強みを持った上で、コミュニケーションを積極的に取っていくことが大事だと思います。また、研究は個人的に楽しまないとなかなか長続きしないと思います。楽しむ中でも面倒な作業はどこにでもあります。面倒な作業が出てくる時期は結構ゴールに近づくときで、一番つらくなっていく時期です。面倒なことや大変なことが増えてつらくなったときは、「もうゴールは近い」と自分を励ましながらやっていく。そして、やはり研究を楽しんでいただくことが一番大事かなと思います。

(2021年9月14日オンラインインタビュー)


注1 内閣府 ムーンショット型研究開発制度 https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html

注2 独立行政法人医薬品医療機器総合機構 https://www.pmda.go.jp/

参考文献・資料

1) Y.Yamamoto, et al., Automated acquisition of explainable knowledge from unannotated histopathology images. Nature Communications, 10, No.5642, 2019 (https://doi.org/10.1038/s41467-019-13647-8)

2) Y.Yamamoto, et al., Tumor and immune cell dynamics explain the PSA bounce after prostate cancer brachytherapy. British Journal of Cancer, 115, pp195-202, 2016 (https://doi.org/10.1038/bjc.2016.171)

3) Y.Yamamoto, et al., Quantitative diagnosis of breast tumors by morphometric classification of microenvironmental myoepithelial cells using a machine learning approach. Scientific Reports, 7, No.46732, 2017 (https://doi.org/10.1038/srep46732)