STI Hz Vol.7, No.3, Part.6:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)九州大学工学研究院 地球資源システム工学部門 准教授 沖部 奈緒子氏 インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00266
  • 公開日: 2021.09.27
  • 著者: 竹内 聡志、齊藤 美智子、浦島 邦子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
九州大学工学研究院 地球資源システム工学部門
准教授 沖部 奈緒子 氏インタビュー
-バイオハイドロメタラジーによるサステイナブルな
社会創生を目指して-

聞き手:企画課 課長補佐 竹内 聡志、業務係長 齊藤 美智子
科学技術予測・政策基盤調査研究センター フェロー 浦島 邦子

「ナイスステップな研究者2020」に選定された沖部奈緒子氏は、高校時代に「自然環境と人間活動の共存」をかなえ得る手段としてバイオテクノロジーに興味を抱き、大阪大学工学部に進学。以来、特に極限環境微生物の働きに着目した研究を行ってきた。渡英した博士課程以降はバイオハイドロメタラジー(生物学的湿式製錬学)を専門とし、難処理性天然鉱物や都市鉱山廃棄物から経済的に有価金属を溶出するバイオ製錬技術(バイオリーチング・バイオオキシデーション)、金属汚染水のバイオ処理技術(バイオレメディエーション)に関する研究を行っている。これらの研究は、金属資源枯渇や環境汚染の同時解決に向けた、クリーンかつ簡易な製錬プロセスの開発等への貢献につながり、サステイナブルな金属供給に基づく社会創生への貢献も期待される。

今回のインタビューでは、極限環境微生物の働きに注目したきっかけや、海外への留学や自身の研究内容、人間と自然の共存について、また、今後の研究の展望について伺うとともに、研究者を目指す方々に向けたエールを頂いた。

九州大学工学研究院 地球資源システム工学部門准教授 沖部 奈緒子氏(沖部氏提供)

九州大学工学研究院 地球資源システム工学部門
准教授 沖部 奈緒子氏(沖部氏提供)

- 微生物のはたらきに着目するようになったきっかけは何でしょうか?

高校時代に本気で進路を考え始めた頃、当時大きな問題となっていたオゾン層破壊や水質汚染などの各種環境問題に大きく興味を持ち始めました。「地球進化カレンダー」では、46億年前の地球誕生を元旦とし、現在までを1年のカレンダーに換算します。人間による産業革命は大みそかの夜中、年明け前の数秒にしか過ぎません。地球が46億年もかけてつくり上げた進化の結晶が人間だったとすれば、地球を瞬時に破壊できてしまう人間が地球に現れた意味が分からなくなりました。そんな自分自身も人間として生きていくことに負い目を感じ、将来、自分の人生を費やすなら、「自然環境と人間活動の共存」を問い続けられる職業に就きたいと思いました。高校生の時点で、大学に入ったら博士号をとって研究者になろうと既に決めていました。

志望大学を探すに当たり、当時はインターネット検索もできず、高校の進路室にあった書籍(赤本)の情報に頼るだけでした。そんな中で見つけた大阪大学工学部 応用生物工学科の紹介文が心に響きました。当時の文章を見つけることができず残念ですが、微生物を利用して環境問題に挑むバイオテクノロジーの潜在性を、僅か数行の学科紹介文で読んだとき、直感的に「これだ!」という感触をもったのを今でも鮮明に覚えています。阪大に入学後、学部4年の研究室配属時には、新設された「極限生命工学講座」を、これまた「これだ!」と直感で選びました。各種の極限環境(高温や酸/アルカリ pH条件など)に好んで生育する極限生命の特殊能力が、将来の技術応用へ大きな可能性をもっていることを感じました。

- その後、志望をかなえて大阪大学に進学なさり学部及び修士課程を過ごされましたが、博士課程では英国の大学に進学をなさっていられます。なぜ海外で研究しようと思ったのでしょうか?

母校の高校は当時からグローバルマインドで自由な校風でした。修学旅行で行ったニュージーランドが本当に楽しく、若いときに海外から受けた刺激は大きかったです。また、もともと好奇心が旺盛なので、将来は早めに日本を出て色んな国を見てみたいという思いがありました。当時は何でもインターネットで情報収集できるわけでも、Google Mapで好きな国のStreet Viewが見られるわけでもありませんでした。それだけに、今の大学生よりも、知らない国を実際に見て体験したいという思いは強かったのかもしれません。学部生当初から、博士課程からは海外に行くことを決めていたので、修士課程進学後にはすぐに、当時使えるようになったばかりのEメールで、多数の海外の研究室にコンタクトを取り始めました。結果、英国ウェールズ大学バンガー校のBarrie Johnson先生よりポジティブな返信があり、博士課程からは極限環境微生物の中でも「超好酸性微生物」を専門とすることになったのです。最終的には英国政府や団体から合計3つの大きな奨学金を頂きました。私を育ててくれた英国には感謝の気持ちしかありません。

- 研究活動を始めとする海外での御経験は現在の活動にどのような影響を与えていますか? 海外での御経験が生かされているという具体的なエピソードがあれば、教えてください。

これまで、英国、ドイツ、オーストラリアなどで実際に生活し、働く中で、各国の異なる文化・価値観・社会通念などを体験しました。これらの経験全てによって私自身の世界観・人生観・価値観が形成されてきました。ですので、海外での経験は「研究」という枠ではなく、私という人間の形成自体に影響しています。どこの国の人とも隔たりを感じることはありません。現在、私自身の家族も、現所属である九大の研究室メンバーの半数近くも他国籍ですが、このような環境に身を置くことは、私にとってとても自然で心地良いものです。

- これまでの研究生活で苦労された点を教えてください。

修士研究、博士研究、語学習得、ポスドク研究など、それぞれのマイルストーンにおいて当たり前の苦労はありました。でも自分が選んだ道ですので、今となればそれは苦労とは呼べません。教員になった現在も予算獲得は一苦労ですが、これも当たり前のプロセスです。一方、これまでの研究生活でつらかったと言えるのは、日本に帰国したポスドク時代に出産を経験しながら自分の将来に強い不安を感じたことや、教員になってから幼児の育児と研究の立ち上げ時期が重なり、心に全く余裕が持てなかったことです。その時期を過ぎた今、もっとこうしてあげれば良かった、ああしてあげれば良かったと後悔にさいなまれます。日本社会がもっと人にやさしいものに変われば、世の中幸せな人が増えるだろうと思います。

- ここからは具体的な研究の内容について伺います。各研究テーマを包括して新たな製錬プロセスを考えておられるとのことですが、どのようなものでしょうか?

サステイナブルな金属供給に向けて、(図表1)①未利用地下資源である天然難処理鉱から有価金属を浸出させること、②PC基盤や廃触媒などの都市鉱山廃棄物から有価金属を浸出させること、③鉱山や製錬所で発生する重金属汚染水を浄化すること、④少量でも高機能を有する金属ナノ粒子を生成することで付加価値を創製すること、に取り組んでいます。①と②は固体から金属イオンが溶けだす反応(固→液)で、③は金属イオンを沈殿除去する反応(液→固)ですので、逆反応であると言えます。③では沈殿除去した金属は資源としての再利用が考えられます。④は②からの連続反応として行うことも考えています。必要に応じてケミカル/バイオプロセスを使い分け、①~④を包括的に連動させていきたいと思っています。

図表 1 サステイナブルな金属供給に向けた技術革新図表 1 サステイナブルな金属供給に向けた技術革新

(沖部氏提供資料)

- これまでの研究の社会実装に向けてどのようなことが必要とお考えでしょうか?

鉱山の元で行われるバイオリーチングやバイオオキシデーションは海外の資源国で実用化されており、銅生産量の約25%、金生産量の約5%に値すると言われています。国土が狭く国内鉱山をほぼ有さない日本では、国内でのプロセス化というより保有する海外鉱床の山元でのプロセスに対してどのような技術提供をしていくのか考えることになると思います。世界的な金属鉱床の低品位化や、逆に日本に大量に蓄積していく都市鉱山資源の現状を見据え、日本が世界でどのようなポジションをとり技術提供をしていくのか考えていくことが重要だと思います。また、鉱山開発を発端とする重金属汚染水のバイオレメディエーションについては、北米や欧州での実用化が進んでいます。特に、自然力を最大限に利用したパッシブトリートメントは、閉山後も半永久的に続く(こう)廃水処理のコストを抑えるためには非常に重要なものです。日本にも坑廃水処理が必要なサイトが多数ありますが、狭い国土事情に合うよう、コンパクト化する工夫なども必要になります。また、当然、実装に当たっては反応スピードが重要視されます。微生物反応をどこまでスピードアップできるかは大切ですが、一方で、環境負荷とのバランスの見極め、人間と自然がどこまで歩み寄れるか考え直すことも重要だと思います。

- 先生の御研究はSDGsにおける17の目標(図表2)のうち、どの目標にどのように関係するのか教えてください。

鉱業は地球の地下資源(金属・エネルギー資源)を扱いますので、あらゆる産業の基盤を成すものです。私の研究は、地下資源(一次資源)と地上資源(二次資源)を対象とした技術革新を提案していくものですので、17項目のうち、「9.産業と技術革新」に該当するものと考えます。また、地上資源(都市鉱山廃棄物)からの有価金属回収や、金属汚染水処理に関する技術提案は、「12.つくる責任、つかう責任」にも該当します。現在進行中の科研費基盤研究のプロジェクトでは、異産業間の廃棄物循環(鉱業廃棄物と農業/食品廃棄物)に挑戦していますので、こちらも、「12.つくる責任、つかう責任」に当てはまるものと考えます。

図表2 SDGs(持続可能な開発目標)図表2 SDGs(持続可能な開発目標)

出典:国際連合広報センターHP

- 今回の受賞に関して、周りの方々の反応はいかがでしたか?

正直、自分が受賞に値するとは思いませんでしたので、ほとんど自ら周囲に公表はしていません。しかし、両親にはすぐに報告しました。両親や親せきが心から祝福してくれたことはうれしかったです。大学時代から向こう見ずで留学も全て一人で決め、長い間海外をうろうろしていましたが、両親は何一つ反対せず陰でサポートしてくれました。本当は心配が尽きなかったはずです。受賞報告に飛び跳ねて喜んでいた母親の姿から、本当はいつも私のことが心配で仕方ないことがしみじみと伝わりました。

- 今後の研究の展望を教えてください。

人として生まれた自分に何ができるか、という初心をただただ忘れず、今までコツコツとやってきたことを今後も続けるだけです。幸いにも、これまで科研費による基礎研究と官民との共同研究(応用研究)に平行して取り組む機会を与えていただきました。新たな発想でシーズをまいていくことと、共同研究を通して現場でのリアルな課題に地に足をつけて取り組んでいくこと、バランスをとりながら自分にできることを丁寧にやっていきます。当然、共同研究の成果を実用化にもっていくことは目標の1つです。

- 研究者を目指す方々へのアドバイスをお願いします。

キャリア形成に関していえば、私自身もいろいろ迷ったり、後悔したり、遠回りしながら歩んできました。いろいろな人生のイベントの中で、渦中にいる間は不安やストレスで視野を失いがちですが、過ぎてみれば貴重な時間です。できれば、その時々をふと立ち止まって楽しもうとすることを忘れないでほしいです。

また、研究活動において大部分の時間はトンネルに潜っているようなものじゃないかと思います。うまく実験が進まなかったり、予想外の展開になったり、忍耐と再チャレンジの連続です。一本の論文公表の裏には、その何倍もの未公表データがあるものでしょう。研究成果が出たときは、トンネルから頭をひょこっと出して光を浴びた幸せの瞬間です。その幸せを求めてまたトンネルに潜っていきます。そしてトンネルに潜っている間も楽しめば良いのです。

冒頭に「地球進化カレンダー」の話をしました。人間が大みそかの夜中に生まれるまで、46億年かけて奇跡の連続のように生物史がつくられてきました。昨今、バイオミメティクス(生物模倣工学)が盛んに研究されているのは、この歴史が作り上げた自然の精密技術に人間が着目し始めたからです。工学部だから生物学は不必要、などと考えるのは愚かな発想で、生物を知ることは自分自身を知ること、自分自身を知ることは、人間が自然と共存するために必要な技術を生み出していく力につながります。人間の誕生が地球史における失敗談となるのか、成功談となるのか、決めるのは人間自身です。研究者を目指す動機は人それぞれだと思います。一人の研究者にできることは僅かかもしれませんが、自然科学を研究する方々の最終的なアウトプットがそこに通じて、大きな動きになっていってほしいです。

(2021年6月30日オンラインインタビュー)