STI Hz Vol.7, No.3, Part.5:(特別インタビュー)東北大学理事・副学長/総合科学技術・イノベーション会議 議員 小谷 元子 氏インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00265
  • 公開日: 2021.09.27
  • 著者: 岡谷 重雄、横尾 淑子、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

特別インタビュー
東北大学理事・副学長/
総合科学技術・イノベーション会議 議員
小谷 元子 氏インタビュー
-第6期科学技術・イノベーション基本計画への期待-

聞き手:総務研究官 岡谷 重雄
科学技術予測・政策基盤調査研究センター 専門職 横尾 淑子
データ解析政策研究室長 林 和弘

2021年3月に閣議決定された第6期科学技術・イノベーション基本計画1)(以下、基本計画)は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響を色濃く反映し、国際社会の大きな変化を踏まえつつ、「国民の安全と安心を確保する持続可能で強靭な社会」や「一人ひとりの多様な幸せ(well-being)が実現できる社会」を目指すとしている。

そこで、総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)議員を長く務めておられる東北大学理事・副学長の小谷元子氏に、第6期基本計画の掲げる方向性、及び、近年特に懸案事項とされている日本の研究力低下及び人材確保について、これまでの御経験や東北大学の事例を交えて話を伺った。

小谷 元子 東北大学理事・副学長、総合科学技術・イノベーション会議 議員 (小谷氏提供)

小谷 元子 東北大学理事・副学長、
総合科学技術・イノベーション会議 議員
(小谷氏提供)

東京都立大学にて博士号取得後、東邦大学理学部講師、独マックスプランク研究所客員研究員、仏高等科学研究所訪問教授、東北大学大学院理学研究科数学専攻助教授・教授、同大学ディスティングイッシュトプロフェッサー、同大学材料科学高等研究所長、同大学高等研究機構長、国立研究開発法人理化学研究所理事等を経て、令和2年4月より現職。平成26年3月より、総合科学技術・イノベーション会議議員(非常勤)を兼任。

第6期基本計画の方向性:well-being実現に向けた社会の在り方を提案

- まず、CSTI議員として策定に関わられた第6期基本計画について、その思いをお聞かせください。
Society 5.0の宿題

基本計画専門調査会委員も含めると、第4期基本計画から策定に関わっています。最も思い入れがあるのはSociety 5.0を掲げた第5期基本計画です。非常に悲しいことに先日亡くなられた中西宏明前経団連会長から、ドイツが掲げたindustry 4.0のようなIoT的な考え方ではなく、社会を変えるところまで持っていくべき、との御発言がぎりぎりのタイミングでなされたと記憶しています。当時、文部科学省でも「超スマート社会」を掲げていました。Society 5.0は、そうした様々な人の思いが表現された概念でした。

科学技術・イノベーション(STI)政策の範囲を超えて社会の在り方を提案したことは、とても画期的なことだったと思います。諸外国のSTI政策関係者と話す機会が多くありましたが、彼らからも高く評価されていました。人間中心の社会、つまり、科学技術は人間が幸福になる社会を作るためのものであると打ち出したことも、注目されていました。

中身が詰まる前に定義を与えると小さくまとまってしまうので、まずはコンセプト提案し、徐々に形作っていこうとの考えでした。しかし、その必要性を意識していたものの、サイバーとリアルの融合やデジタル化が世界的な変化の加速に比して具体的に進まなかったことが、今般のCOVID-19パンデミックの中で指摘されました。

well-beingと総合知

第6期基本計画には、COVID-19が大きく影響しました。第5期基本計画では経済発展と持続可能な社会の両立のための科学技術が中心でしたが、社会、特にwell-beingが強く意識されたことが第6期基本計画の特徴だと思います。経済発展より上位概念として人間が幸福になるための社会の在り方が置かれ、そのための科学技術、という考え方の下、人文・社会科学を含めた「総合知」という概念が生まれました。科学技術の向かう方向として、持続的発展をもたらし、人間が幸せを感じられる未来社会という方向性が、議論を重ねた結果書き込まれました。

もう一つの特徴は、デジタル化です。理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」が今般のパンデミックで社会に大きく貢献したように、社会課題の数理モデル化とこれまでできなかった手法によりデータから見えてくること、計算によりわかることが増えました。データ解析も含めた広い意味でのデジタル化が、これまでと全く違う社会の在り方や価値観を作るということが明確になりました。以前からやらねばと言っていたことが、COVID-19の影響で大きく進んだという実感があります。

第6期基本計画は始まったばかりです。総合知をどう進めるか、データからどう価値を生み出すかなど、これから魂を入れていく必要があります。

- 科学技術・イノベーション基本法(科学技術基本法が2021年に名称変更)で言う「科学技術」が拡張されて人文・社会も含まれるようになったことが、人間のwell-beingの実現という方向性につながった気がします。日本では、科学技術と人文・社会科学とのつながりが欧米と比べて弱いように見えますが、その中で、どのようにすれば総合知あるいは人文・社会科学との融合が進むとお考えでしょうか。
総合知―社会のための新しい科学技術を作る

第6期基本計画に人文・社会科学が書き込まれたことに対して、人文・社会科学の先生方からの様々な意見を耳にします。また理工系からの人文・社会科学への期待に偏ったところがあるとも感じています。これはちょうど第4期基本計画で数理科学が大切だと書かれたときの数理科学コミュニティの状況とよく似ていると感じています。

第4期基本計画は、数学者にとって記念すべきものでした。NISTEP(科学技術・学術政策研究所)から「忘れられた科学―数学」2)という報告書も出て、科学技術の基盤として数学が重要だと基本計画に書き込まれたのです。これを機に、数理科学を諸科学や産業に生かすための政策が打たれるようになり、科学技術の方向性や人材育成に政策が大きな影響を与えるところを間近で見ました。それまでの数理科学は自発的発展に任されており、世界の研究者の激しい競争の中で大きく発展してきました。しかし、外からのニーズに応える視点はやや欠けており、そのことに価値があることや、それに応える中で数理科学自身にも新しい発展があることも明確には認識されていませんでした。トップダウンで数理科学への期待が示されたことで、結果として大きな進展がありました。それまで多くの数学者は、科研費(科学研究費助成事業)以外のファンディングについてほとんど知らなかったと思いますが、数理科学振興の中で、例えば、十数年前に「さきがけ」注1で採択された人たちが今活躍しています。政策がなければこうした人材は育たなかったと思います。

総合知については、やはりまずやってみるのが良いと思います。人文・社会科学の方向性をどうしよう、ではなく、人文・社会科学も理工系もなく皆が一緒にアイディアを出しあって、社会のための新しい科学技術を議論することです。例えば、持続可能性、グリーン、格差社会など共有できるテーマを設定して、その解決に貢献したい人が集まってオン・ザ・ジョブ的にやってみると10年後にはすばらしい成果が間違いなく出ると信じています。お互いを専門家として尊敬し価値を交差させることにワクワクします。

- 当時の文部科学省には数学を担当する課室はありませんでしたが、今や重要な基盤としての認識が浸透しています。数理科学が社会に向けて徐々に花開き、融合が進んだ歴史を振り返ると、人文・社会科学の知恵を取り入れて、社会のための新しい科学技術を作っていくというのは非常に重要で時宜にかなった政策と考えています。

日本の研究力:国際化が研究力向上の鍵

- 先生は、国際経験が豊富でいらっしゃいます。近年、日本の研究力低下がデータから見えてきて、その一方、中国のプレゼンスが高まっています。こうした状況の中で、政策的に何が急務とお考えでしょうか。
国際コミュニティへの参加

国際化、特に大学の国際化が大切だと思います。私が関わった中で、理化学研究所や沖縄科学技術大学院大学では、外国人研究者がストレスなく活躍できる環境が整っています。大学では、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)拠点注2など例外を除いて、ほとんどが日本語をベースとしていて、日本語を話さない方が活躍するためには様々なハードルがあります。そのため、学生、ポスドクや助教レベルでは国際化が進んできていますが、准教授や教授、更に総長となると、国際化はまだまだ十分に進んでいないのが現状です。国際的な頭脳循環をあらゆるレベルで進めるべきと考えています。

日本の研究力が、論文の被引用度をベースとした研究指標に見るほど落ちているとは思いません。日本と海外の著名な大学との圧倒的な違いは、論文被引用の程度です。実力を考えたら、例えば被引用TOP10%論文など、日本はもっと多くてもよいはずです。情報発信の仕方など研究の中身以外の部分で損をしている気がします。研究における国際活動は世界的には「交流」から「協働」に変化する中、日本ではいまだにファンディングが交流支援の中心に考えられている傾向があり、その結果、国際プロジェクトへの参加の機会を逃しています。個人個人の研究者は国際活動をしていますが、大学など研究組織としての国際的な認知度が遅れているのではないかと思います。ビッグサイエンスを除くと、日本の研究者の国際プロジェクト参加はまだまだです。これは、日本にとっても科学技術にとってももったいないことです。実力に見合う国際貢献が期待されているし、すべきと思います。

- 日本は、国際コミュニティに溶け込むことが遅れて損をしていると常々感じており、全く同感です。では、今後国際化を進めるための着眼点として、何があるでしょうか。
ブランド化戦略

成功例として、前述のWPI拠点を挙げることができます。卓越した拠点を設置し国際化を進めることで、研究力も高まり、ビジビリティも上がることは証明済みです。東北大学のWPI拠点では、外国人を優先的に採用しているわけではありませんが、国際的な環境を整えることで、自然と半分近くが外国人になっています。東北大学の材料科学の輝かしい歴史と実績、オープンなリクルート、研究に専念できる環境、生活サポート体制がそろっており、自然と国際的な人材が集まってきます。日本の科学技術力や日本に対する信頼や魅力は現時点ではあり、環境さえ整えれば国際頭脳循環は進みます。WPIの経験をどう横展開していくかが手掛かりになります。

文部科学省にお願いしたいのは、プロジェクトを考えるときに英語名も考えてほしいということです。WPIはプログラムの英語名を統一的に使えましたが、オフィシャルな英語名がないプログラムでは各所で訳が異なり、ブランドになりません。ブランドは非常に大切です。今の日本ではまずはプログラムや研究所をブランド化し、それを手掛かりに大学全体のブランド力を向上するのが効果的と考えています。

人材確保:若手研究者への期待

- 人材政策に関して、第6期基本計画において期待されていることをお聞かせください。
アイディアを試せる環境の整備

東北大学の研究担当理事として、若手研究者の活躍促進を考えています。東北大学には、優秀な若手研究者が独立研究環境で新領域開拓に果敢に挑戦する学際フロンティア研究所があり、すばらしいパフォーマンスを示しています。昨年度開始された創発的研究支援事業において東北大学は採択数第1位となり、また文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞、ムーンショット型研究開発事業や科研費の採択など「東北大学は若手研究者が活躍する大学」であることを示しました。学生評議員制度を創設し、学生の声を大学運営に取り入れる努力も開始しました。

若手研究者は新しいアイディアを持っており、それを実現する機会を持ちたいと強く思っています。現在のような大変革時代には、若い方が良い価値観やアイディアを持っているのではないかと思います。若手研究者が独立して挑戦する環境を作り、意欲を持つ研究者をプロモートするための、制度設計や研究スタート支援事業に取り組んできました。

もう一つはダイバーシティです。研究のダイナミズムは多様性から生まれます。様々な背景や価値観を持つ人材が集まることで発展します。女性をダイバーシティという観点で考えることにはやや違和感を覚えますが、女性研究者の活躍環境ですら他国と比べて圧倒的に劣っているので、まずはそこから考えていきたいです。

- 東北大学での斬新な取組には、大きなものが生まれてきそうな胎動を感じます。そのほか、理事・副学長として力を入れていることがあればお聞かせください。

東北大学では、研究のライフサイクルを考えて3層からなる研究イノベーションシステムを考えています。第1階層は、多様で自由な研究で、大学として一番大切な部分です。核形成が起こり始めた領域が第2階層で、基準を設けてクラスター指定します。第3階層は世界をリードする領域で、高等研究機構の中に拠点を置きます。現在第3階層にあるのは、材料、スピントロニクス、未来型医療、災害科学の4拠点です。

まだ手をつけられていないのですが、研究者のパートナーとなる研究支援人材の育成とそのための環境整備を行うことも大切と考えています。日本の研究力向上には、研究支援体制、特に装置共用化とそれを支える高度なテクニカルスタッフが不足していることも要因であるということは指摘されているとおりです。

- 最後に、若手研究者へのメッセージをお願いします。
新しいアイディアで挑戦を

繰り返しになりますが、この大変革時代、今までとは異なる価値が生まれています。特にデジタル化の中で、研究手法だけでなく、新しい価値を生み出すことを若手研究者に期待しています。独自のアイディアを持ってこれまでにない挑戦をする若手研究者がこれからの科学技術、そして未来社会を作っていきます。我々はそうした若手研究者を応援したいですし、若手研究者には、もっとガツガツと、あれがしたい、これがしたいと言ってほしいと思います。

(2021年7月21日オンラインインタビュー)

インタビューの様子インタビューの様子 中央:小谷 元子氏、右側上段から、NISTEP 岡谷、横尾、林(NISTEP 撮影)

中央:小谷 元子氏、右側上段から、NISTEP 岡谷、横尾、林(NISTEP 撮影)


注1 科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業プログラムの一つで、科学技術イノベーションの源泉を生み出すネットワーク型研究(個人型)を推進。

注2 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI : The World Premier International Research Center Initiative):「世界から目に見える研究拠点」の形成を目指した文部科学省の事業として平成19年度から開始。

参考文献・資料

1) 「第6期科学技術・イノベーション基本計画」:https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index6.html

2) 細坪護挙・伊藤裕子・桑原輝隆、「忘れられた科学 – 数学 ~主要国の数学研究を取り巻く状況及び我が国の科学における数学の必要性~」、科学技術・学術政策研究所、Policy Study No.12(2006年5月):
http://hdl.handle.net/11035/721