STI Hz Vol.7, No.2, Part.11:(レポート)博士離れの要因についての一考察STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00260
  • 公開日: 2021.06.25
  • 著者: 治部 眞里
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
博士離れの要因についての一考察

第1調査研究グループ 上席研究官 治部 眞里

概 要

科学技術イノベーションの重要な担い手となる若手・女性・外国人研究者を含む多様な人材の育成・確保を図るため、様々な施策が政府により推進されている。

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)においては、科学技術・イノベーション人材を取り巻く環境をより網羅的に把握し、今後の政策立案に資することを目的として、「博士人材追跡調査」1~3)、「修士課程(6年制学科を含む)在籍者を起点する追跡調査」、「ポストドクター等雇用・進路に関する調査」4)、「研究大学における教員の雇用状況に関する調査」5)を実施している。

本稿では、上記調査及び政府統計を活用することによって、科学技術・イノベーションの基盤である人材の「博士離れ」を生む要因の中に、継続性を保証されない外部資金による不安定な有期雇用の増加、研究者市場及び我が国の労働市場における低い流動性があることを示した。

キーワード:博士離れ,進学率低下,任期付き,流動性,外部資金

1. はじめに

我が国は、「科学技術基本法」(1995年法律第130号)に基づき、科学技術基本計画を策定し、科学技術政策を推進してきた。現在まで、第1期(1996~2000年度)、第2期(2001~2005年度)、第3期(2006~2010年度)、第4期(2011~2015年度)、及び第5期(2016~2020年度)の基本計画が策定されてきたところである。2021年度からは第6期科学技術・イノベーション基本計画(2021~2025年度)が始動する。

第6期科学技術・イノベーション基本計画は、国際的に見ても低下傾向にある我が国の研究力強化、教育・人材育成等を柱としている。研究力を支えている人材を取り巻く環境は、非常に厳しい状況が続いていると言われている。本稿では、研究力を支える人材における、特に「博士」離れの要因について、科学技術・学術政策研究所が実施している「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査」、「研究大学における教員の雇用状況に関する調査」、「修士課程(6年制学科を含む)在籍者を起点する追跡調査」、「博士人材追跡調査」、及び政府統計等から考察した。

2. 「博士離れ」

我が国の研究力を支える人材、特に修士課程を修了した者が博士課程へと進学しない「博士離れ」が続いている。文部科学省「学校基本調査」における修士課程修了者の進学率によると、1981年度(18.7%)から2020年度(9.4%)にかけて9.3ポイント減少した。特に2000年度以降の減少傾向は顕著である。2000年は、平成3年の旧大学院審議会の答申「大学院の整備充実について」6)及び答申「大学院の量的整備について」7)によって、研究力の高い大学を中心に大学院の量的整備を実施した、いわゆる「大学院重点化」の10年間が終了した年である。博士課程に進む標準的な年齢である24歳人口に関しても、2000年度(180万人)から2019年度(129万人)にかけて減少している(図表1)。24歳人口の減少を考慮しても、博士課程修了者の進学者の割合に関する減少傾向は大きい。

大学院重点化により増加した博士課程の定員は、修士課程から直接進学しないで、一度社会人を経験してから博士課程に入る社会人を増加させ、その割合は2003年21.7%だったが、2019年には42.4%となった。「博士人材追跡調査」によると、博士課程に在籍する前に社会人経験があると回答した者のうち、57.3%が博士課程在籍中に「在職」又は「休職」していた。

「博士取得後のキャリアパスの不安定さや不透明さから、学生が博士課程への進学に不安を抱いている」8)ことから、修士課程修了者が博士課程進学を忌避する場合が増加し、一方、それとは独立して社会人として多様なニーズから博士課程が選択されていると考えられる。

図表1 修士課程進学者数、博士課程入学者数、修士課程修了者の進学率、
及び24歳人口に占める修士課程修了者の進学率図表1 修士課程進学者数、博士課程入学者数、修士課程修了者の進学率、及び24歳人口に占める修士課程修了者の進学率

出典:博士課程入学者数、修士課程修了者の進学率:NISTEP「科学技術指標2020」
修士課程修了者数:文部科学省「学校基本調査」
24歳人口:厚生労働省「人口動態調査」(2000年及び2005年:総務省「国勢調査」)

3. 外部資金

「博士」離れの要因の一つに、外部資金の増加により、継続性の保証されない研究費による不安的な有期雇用状況があると考えられる。外部資金の増加は、第1期中期目標期間に国立大学の運営費交付金に対して「効率化係数」及び「附属病院の経営改善係数」が導入され、毎年度1%ずつ、附属病院については2%ずつ、運営費交付金の減額が行われた。「効率化係数」とは、法人化後も多額の国費が投入される国立大学法人に一律の経営改善を課す必要から、教育研究経費相当分(一般管理費及び教育研究経費)に一律 1%相当を減額していくものである9)。この「効率化係数」が適用される教育研究経費減額相当分を補完するため、特別教育研究経費の確保、科学研究費補助金等の競争的な研究費の増額が図られた。これをきっかけに外部資金が増加する。この外部資金で雇用される場合、資金の継続性が担保されないため、任期付き(有期)雇用となっている。任期付き(有期)雇用は、ポストドクター等注1だけでなく、従来のポストドクター等に代わり、特任教員として雇用されるケースが増えている。大学により「特命」、「特定」、「特別」等、付与される称号は異なっている。

我が国の研究活動を牽引する主要な18研究大学注2の教員を対象に無期雇用(任期無し)と有期雇用(任期付き)の状況について調査した「研究大学における雇用状況調査」によると、25歳から34歳までの有期雇用の割合は、平成25年度69.6%、令和元年度70.4%、0.8ポイント増となっている。一方、厚生労働省の「労働力調査」における就業状況調査によると、平成25年度27.3%、令和元年度24.7%、2.6ポイント減となっている(図表2)。また、主要な11大学の教員を対象に任期付き(有期)雇用教員のうち、競争的資金等の外部資金で雇用されている割合を見てみると、平成19年度から平成25年度にかけて競争的資金等外部資金で雇用されている教員数が大幅に増加している。令和元年度には、若手の世代において若干の改善傾向が見られるものの、依然として大きな問題である(図表3)。研究大学等の若手教員は、一般労働市場の同年齢層に比して、非常に不安定な雇用状況にあること、また、その雇用財源が競争的資金等外部資金で雇用されていることが認められる。

図表2 有期雇用者の割合図表2 有期雇用者の割合

出典:NISTEP「研究大学における教員の雇用・状況に関する調査」、厚生労働省「労働力調査」

図表3 RU11注3大学における有期雇用のうち競争的資金等外部資金注4で雇用されている割合図表3 RU11注3大学における有期雇用のうち競争的資金等外部資金注4で雇用されている割合

出典:平成19年度 NISTEP「大学教員の雇用状況に関する調査」平成25年度及び令和元年度 NISTEP「研究大学における教員の雇用状況に関する調査」
(注)平成25年度及び令和元年度は「研究大学における教員の雇用状況に関する調査」からRU11 大学を抽出。平成19年度は、調査対象を65歳以下としている。

4. 低い流動性

若い年齢層の間は例え不安定であっても、教員及び研究職の労働市場、労働市場全般が流動していれば、問題は少ないと考えられるが、労働市場における流動性は高くない。例えば、ポストドクター等の状況を「ポストドクター等の雇用進路に関する調査」で見てみると、2018年度ポストドクター等として在籍し、2019年4月1日時点でポストドクター等を継続している者は71.2%、大学教員やその他の研究開発職に職種を変更した者は13.0%にすぎない(図表4)。

また、研究大学の教員の状況を「研究大学における教員の雇用状況に関する調査」で見てみると、年齢階層が高くなればなるほど、「変更なし」の割合が高くなく、流動性は高くないと言える(図表5)。

さらに、労働市場全体の流動性も決して高くない。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」の年齢別、勤続年数別、大学・大学院卒の労働者数を見ると、各年齢階層の「0年」、すなわち、新しく入職した者の割合が、35歳から44歳で見ると、3.9%にすぎない(図表6)。

図表4 ポストドクター等の次年度在籍状況(2018年度)図表4 ポストドクター等の次年度在籍状況(2018年度)

出典:NISTEP「ポストドクター等の雇用・進路に関する調査(2018年度)」

図表5 18大学における教員の年齢階層別前職図表5 18大学における教員の年齢階層別前職

出典:NISTEP「研究大学における教員の雇用・状況に関する調査」

図表6 労働市場における年齢階層別労働者の割合(無期雇用、大学・大学院卒)図表6 労働市場における年齢階層別労働者の割合(無期雇用、大学・大学院卒)

出典:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」

5. 今後の展望

継続性を保証されない外部資金による不安定な有期雇用の増加、研究者市場及び我が国の労働市場における低い流動性が、「博士離れ」の要因となっていることが示唆された。

2020年11月に実施した「修士課程(6年制学科を含む)在籍者を起点する追跡調査」において、「日本国内の大学院は博士課程へ進学を検討する場合、どのような条件が整うことが重要か」を尋ねたところ、「博士課程在籍者に対する経済的支援が拡充する」が65.9%で最も高く、次いで、「賃金や昇進が優遇されるなど、博士課程修了者の民間企業などにおける雇用条件が改善する」が29.5%、「民間企業などにおける博士課程修了者の雇用が増加する」が25.6%と続く。「任期制が見直されるなど、若手を対象としたアカデミックポストの雇用条件が改善する」が13.0%となっている(図表7)。博士課程における経済的支援、雇用問題が大きいことがわかる。

2020年1月には「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」10)が策定された。また、2021年度博士課程に進学する学生の生活費を支援する新たな制度が設定され、さらに、10兆円注5規模の「大学ファンド」の運用益を活用し、博士課程学生などの若手人材推進等支援にも動き出す。

「大学ファンド」は、米国の大学が管理運用しているエンダウメントをモデルにしている。米国の大学のエンダウメントとは、寄付金から構成される基本財産を投資運用し、基本財産からのペイアウト(利益の払戻し)を活用して、教育及び研究のミッションに還元するものである。2020年度米国においては、Student Financial Aid(学生に対する経済的支援)に対して48%、Faculty Positions(教員の確保)に対して11%が使用されている11)

大学ファンドからのペイアウトにより、学生の経済的支援だけでなく、継続性の保証されない研究費による不安的な有期雇用ではなく安定的な雇用へとつながることによって、「博士」離れを脱し、我が国の研究力の発展につながることを願ってやまない。

図表7 博士課程へ進学を検討する場合、どのような条件が整うことが重要か(複数回答)図表7 博士課程へ進学を検討する場合、どのような条件が整うことが重要か(複数回答)

(注)速報値であるため、確定値ではデータ値の変更がある。 出典:NISTEPにて作成


注1 博士の学位を取得した者又は所定の単位を修得の上博士課程を退学した者(いわゆる「満期退学者」)のうち、任期付で採用されている者で、①大学や大学共同利用機関で研究業務に従事している者であって、教授・准教授・助教・助手等の学校教育法第92条に基づく教育・研究に従事する職にない者、又は、②研究開発法人等の公的研究機関(国立試験研究機関、公設試験研究機関を含む。)において研究業務に従事している者のうち、所属する研究グループのリーダー・主任研究員等の管理的な職にない者をいう。

注2 学術研究懇談会(RU11)を構成する大学(北海道大学、東北大学、筑波大学、東京大学、東京工業大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学、早稲田大学、慶應義塾大学)、又は、国立大学法人運営費交付金の重点支援③に当たる大学(北海道大学、東北大学、筑波大学、千葉大学、東京大学、東京農工大学、東京工業大学、一橋大学、金沢大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、神戸大学、岡山大学、広島大学、九州大学)

注3 学術研究懇談会(RU11)を構成する11大学(北海道大学、東北大学、筑波大学、東京大学、早稲田大学、慶應義塾大学、東京工業大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学)

注4 競争的資金等の外部資金は、科学研究費補助金、国・政府系関係機関の補助金等の直接経費、国・政府系関係機関以外による補助金等の直接経費、その他の外部資金

注5 2020年度補正予算により0.5兆円、さらに財投融資4兆円を元本として運用が開始される。

参考文献・資料

1) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 2015.11, 博士人材追跡調査第1次報告書, NISTEP RPORT No. 165.

2) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 2018.2, 博士人材追跡調査第1次報告書, NISTEP RPORT No. 174.

3) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 2020.11, 博士人材追跡調査第3次報告書, NISTEP RPORT No. 188.

4) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 2021.3, ポストドクター等の雇用・進路に関する調査, 調査資料 No. 304.

5) 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 2021.3, 研究大学における教員の雇用状況に関する調査, 調査資料 No. 305.

6) 大学審議会, 1991.11, 大学院の整備充実について(答申), 大学教育の改革について-1-,
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/attach/1411733.htm

7) 大学審議会1991, 大学院の量的整備について(答申),
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/attach/1411733.htm

8) 中央教育審議会大学分科会大学院部会, 平成27年9月, 「大学院教育改革の推進について~未来を牽引する「知のプロフェッショナル」の育成~(審議まとめ案)」,
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2015/09/29/1362371_3_1_2.pdf

9) 福島謙吉「国立大学法人運営費交付機制度の構造的特質と問題点について-国立大学法人化の経緯の分析を通して-」大学アドミニストレーション研究 第5号(2014年度)

10) 内閣府 文部科学省「財政制度等審議会 財政投融資分科会 説明資料」, 令和2年12月10日,
https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_filp/proceedings/material/zaitoa021210/zaito021210_10.pdf

11) NACUBO-IAA、Study of Endowments (NTSE) Results, 2020,
https://www.nacubo.org/Research/2020/Public-NTSE-Tables