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- DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00246
- 公開日: 2021.03.22
- 著者: 浦島 邦子
- 雑誌情報: STI Horizon, Vol.7, No.1
- 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
ほらいずん
デルファイ座長に聞く「科学技術の未来」:
環境・資源・エネルギー分野
-カーボンニュートラルの加速に向けて-
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
技術戦略研究センター エネルギーシステム・水素ユニット
矢部 彰フェローインタビュー
約半世紀の歴史がある科学技術予測調査では、分野別分科会等において日本有数の各分野の専門家の英知を結集して調査の質問項目・内容が作成され、調査結果の分析が行われている。調査結果のみならず、その検討過程についてより深く理解をいただくため、第11回科学技術予測調査デルファイ調査における分野別分科会の座長インタビューを連載する。
連載第5回となる本稿では、環境・資源・エネルギー分科会座長の国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)矢部彰フェローに、本分野の科学技術トピックの設定と調査結果、並びに本分野における研究開発や人材育成の今後の方向性について伺った。
キーワード:科学技術予測,デルファイ,環境・資源・エネルギー,水,リスクマネジメント
矢部 彰 フェロー(NISTEP撮影)
- デルファイ調査の環境・資源・エネルギー分野のトピックス設定と調査結果についての概要と、今後の展望についてお聞かせください。
結果全体について
この分野は地球規模のものから身近な技術まで多岐にわたって取り上げています。近年、話題になるような技術はなるべく網羅するようにしました。資源の開発から、種々の利用、リサイクルなども重要な技術として取り上げましたが、これからは利用システム全体を変革させることが、技術開発推進には必要であるものも増えてきています。また、技術の社会受容性がますます重要になってきており、リスクマネジメントも重要な項目として取り上げました。
図表1に、細目別のキーワードと、結果から見た細目別の将来展望の概要を示します。重要度ではエネルギーシステム、リスクマネジメント関係のトピックが上位に複数を占める結果となりました。二次電池、再生可能エネルギーの余剰電力を用いた水素製造、自然災害に対する分散電源の活用・制御や自然災害リスク評価手法等のトピックが注目されました。また、国際競争力では「水」に関する評価が高く、特に発展途上国への普及などが期待されています。これからはデータを活用した総合的な管理開発や、モニタリング、倫理的・法的・社会的課題(ELSI:ethical, legal and social implications)への対応といった、海外との協力が必要なことが明確となりました。特に環境問題に関しては、国内だけをターゲットとするのではなく、世界全体を視野に、日本が国際社会にどのように寄与できるかを検討することが必要です。我が国が持つ環境改善・保全技術などの普及をどのようにしていくかが重要になると思われます。
また、短期で実現可能な技術としては二次電池、水素製造・貯蔵技術、長期での持続可能社会実現のための再生可能エネルギー技術、化石燃料を使用しない航空機などが重要技術として注目されています。
さらに、これからは、最大限再生可能エネルギーを社会に普及させることが重要ですが、実際どのくらい実現可能なのかといったことも、カーボンニュートラルの社会構築にはカギになってくると思います。
細目 | キーワード | 今後の展望 | |
---|---|---|---|
1 | エネルギー変換 | エネルギー生産、エネルギー消費、エネルギー輸送、CO2回収・低減、炭化水素合成、再生可能エネルギー、センシング・モニタリング、ヒートポンプ・熱変換、法整備・経済性 | 短期では、自動車の熱効率向上や、二次電池への期待などが高く、中長期(2050年)では気候変動・温暖化環境対策として再生可能エネルギーを用いる持続可能社会形成技術、さらに、エネルギーの消費者・一般ユーザーからは比較的見えにくい災害対策・レジリエンスが注目される。 |
2 | エネルギーシステム | 再生可能エネルギー、余剰電力利用、送電、電力貯蔵、水素等の長距離輸送、水素等の大規模貯蔵、電力取引、電力需給制御、未利用熱 | 電気自動車用や系統連系安定化用の二次電池、太陽光・風力発電の余剰電力を用いた水素製造などが、重要度が高く国際競争力がある。その科学技術的実現には研究開発費の拡充、そして社会的実現には事業環境整備や事業補助が望ましい。 |
3 | 資源開発・リデュース・リユース・リサイクル(3R) | 金属資源・非金属資源、石油資源、地熱資源、環境、シェアリング・サービサイジング、省力化・自動化、資源効率、廃棄物のエネルギーとしての活用、リサイクル、サーキュラーエコノミー | 材料利用とエネルギー利用の両面から、資源循環を高度化する具体的な対策や、リユースを推進するための部品としての機能を維持したままの革新的な解体技術、情報技術を活用したサプライチェーンの飛躍的効率化技術、そしてシェアリングエコノミー等による脱物質化の推進などが重要である。 |
4 | 水 | 地下水マップ、連続モニタリング、ゲリラ豪雨、水管理技術、下水処理技術、浄水技術、汚染水浄化再利用技術、水質指標、水圏マイクロプラスチック、環境科学技術 | 重要度、国際競争力とも高く評価されている都市における統合的水管理技術や、途上国で一般利用できる循環型汚染水処理技術、上水供給における連続モニタリング技術等が注目される。研究開発費の拡充や研究開発基盤の整備のみならず、国内連携・協力そして国際連携が期待される。 |
5 | 地球温暖化 | 温室効果ガス、化石燃料、気候変動、異常気象、将来予測、大気、海洋、生態系、氷床、水、食糧 | モデル解像度と実験数の増加によりデータ量が膨大になり、その流通と処理が困難になりつつあることから、データインフラの整備が重要となる。同時に、観測データについても国際的な共有を促進するためにオープンデータのインフラ整備を進めることが、研究開発の加速につながるであろう。 |
6 | 環境保全(解析・予測・評価、修復・再生、計画) | 土壌修復技術、除染技術、病原微生物検知システム、外来種の移動拡散、越境大気汚染、遺伝的多様性、環境負荷管理、生物多様性、植生維持管理 | 人材育成、研究開発費の拡充、国際連携、ELSI課題の対応を求める意見が相対的に多かった。中でもビッグデータやモニタリングシステムには研究開発基盤の整備が、絶滅危惧種についてはELSI課題への対応が期待されている。 |
7 | リスクマネジメント | 生物多様性、環境リスク、レジリエンス、安全規制、ナノ粒子、化学物質、放射線、自然災害 | さまざまなリスクに関してコンセンサスを得るための人材や、法規制の整備の必要性が高い。自然災害に対応する分散電源活用・制御技術には、特に国内連携・協力の必要性が指摘されている。 |
実現年について
図表2は結果の一部を社会的実現予想年が早い順に掲載していますが、2030年前後に実現が期待されているトピックの多くは、自然災害に関係しています。2035年までを見ると、電気自動車の普及や資源開発の高度化、気候変動関連技術の実現が予想されています。ゲリラ豪雨のような自然災害は、近年多発しているので、被害を最小限に食い止める技術の早期実現が期待されます。技術の社会的実現に向けた重点施策では、エネルギーシステム、水の細目で事業補助を求める回答が多い結果となりました。また、リスクマネジメントでは、法規制の整備、ELSI課題への対応が必要とされました。これらの実現のためには、具体的な施策を省庁横断したオール日本で検討する必要があります。
社会的 実現時期 |
科学技術トピック | 関連細目 |
---|---|---|
2029 | 線状降水帯・ゲリラ豪雨による都市洪水、高潮、地盤沈下等の人口密集地における統合的水管理技術 | 水 |
2031 | 太陽光・風力発電の余剰電力を用いた水素製造 | エネルギーシステム |
2031 | 自然災害に対する電力システムのレジリエンスを高めるための分散電源制御技術(再生可能エネルギーを含む) | リスクマネジメント |
2031 | 放射性物質で汚染された水や土壌を健康に影響を及ぼさない程度に除染する技術 | 環境保全(解析・予測・評価、修復・再生、計画) |
2031 | 小型電子機器類、廃棄物・下水汚泥焼却飛灰からレアメタルを合理的に回収・利用する技術 | 資源開発・3R |
2032 | 電気自動車のための交換不要な長寿命かつ低コストの二次電池(寿命15年・コスト0.5万円/kWh以下) | エネルギーシステム |
2032 | 海水酸性化による生物多様性、とりわけ漁業資源への影響の解明 | 地球温暖化 |
2034 | 稀頻度自然災害のリスクの評価手法 | リスクマネジメント |
2035 | 海洋鉱物資源の採取に必要な採鉱、揚鉱技術 | 資源開発・3R |
2035 | 高解像度大気循環モデルと海洋大循環モデルおよび社会活動に伴う物質・エネルギー循環をデータ同化によって考慮した地球環境予測モデルに基づく、100年にわたる長期地球環境変動予測 | 地球温暖化 |
- 本調査の実施に当たっては、社会課題・目標との関係性、分野横断や融合、国際連携などが常に課題として挙がります。調査の今後の方向性について御助言をお願いいたします。
社会課題と国際的視点に関して
リスクマネジメントは、技術開発と社会との接点であり、技術の社会受容性にも関連します。人材育成・確保、法規制整備が重要であり、その実現のため、ステークホルダーが意見交換を通じて、共通認識を形成し、コンセンサスに達する仕組みが求められています。
また、環境・資源・エネルギー分野を取り巻く状況は、気候変動問題への世界全体での対応に向けて、2015年にパリ協定が採択され、2020年以降の温室効果ガス排出削減に向けた世界全体での対応の枠組みが合意され、我が国でも菅総理が温室効果ガスの実質的な排出ゼロの実現を目指すことを宣言しています。2050年に世界及び日本での温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするという大きな社会課題に対して、日本だけでは実現できないことから、国際連携を積極的に推進しながら、貢献できる技術を総動員し、実現していくことが重要になります。
エネルギーと新型コロナウイルス感染症の関係
現在、新型コロナウイルス感染症の影響で、ロックダウン等が生じ、経済活動が大きく減速しています。それでも、世界全体のCO2排出量の低下は、約20%であり、100%削減を目指す2050年目標を考えると、2050年の経済活動をどこまで維持できるのかは、大きな問題です。これからはCO2削減と経済とのバランスを考慮した施策は、ますます重要になると思われます。また、革新技術の研究開発により低コストでCO2排出削減を実現することがますます重要になっており、研究開発費の確保も重要です。
また、テレワークが普及したことで、エネルギー消費のパターンも変化しています。これまで節電のためにできるだけ集中した一か所での作業を推奨していたのが、密を避けるために個別になり、今までは昼間不在であった一人暮らしの家でも昼間から冷暖房が使われ、需要が増え、電力供給が逼迫してきます。どこまでの変化を予測して準備をできるかによりますが、変化が予測を上回る場合、停電の危険性が生じます。
分野横断への取組について
デルファイ調査にて選定した702科学技術トピックに対して、AI関連技術を活用した自然言語処理(分散表現化)と階層的クラスタリング分析を行い、32の科学技術トピッククラスターをつくり、定量・定性分析し、専門家会合でのエキスパートジャッジとを組み合わせることによって、分野横断・融合と特定分野を表した「クローズアップ科学技術領域の抽出」をしましたが、大変有意義だったと思います。技術が創造する未来社会を横断的に示すことができ、大きな方向性が示されていると思われます。
例えば、「サーキュラーエコノミー推進に向けた科学技術」は、環境・資源・エネルギー分野に最も近いテーマでありますが、単なる物のリサイクルだけではなく、社会全体を含めてシステムも考慮した新たなリサイクルシステムや、シェアリングの推進で、物の製造量を減少させて、使用エネルギー量を減らすことも重要になってきます。また、「社会・経済の成長と変化に適応する社会課題解決技術」に関しては、IoTやAIの普及により技術が複雑化していることが背景にあります。温室効果ガス排出低減のためにモビリティの電化が進み、それに伴い車の自動運転化が推進されますが、今後、万が一事故が起きた場合の責任の所在も曖昧になることが危惧されます。これからの技術開発は、リスクをどう評価するかという点ばかりでなく、社会の中で技術の運用に関する法律や規則をどのように作るかという「法工学」注的な視点も、重要な社会課題になると思われます。環境・資源・エネルギー技術に関しても、技術の社会受容性、安全等のリスク評価、リスクコミュニケーション、そして、法工学的な視点からの検討と、社会課題解決技術が重要性を増していくものと思われます。
今後の取組について
デルファイ調査は、アンケートという性質上、取り上げるトピックスが重要になります。今回は各分野の専門家がそれぞれ、将来重要となるであろう技術を選定しましたが、今後は、未来社会をベースに、今から取り組まなければならない技術やシステムを選定することも必要になると思われます。そのためには、今回の調査の結果導き出された、分野横断的な将来の社会像を導き出した「クローズアップ科学技術領域の抽出」の図表3の活用は、重要であると思われます。次回のトピックスの検討前に、今回の調査結果をフィードバックさせる意味で、横断的な科学技術の未来像から、想定される新たな技術項目を設定する試みが重要と思われます。新たなビジョンや新たな技術項目の創造には、できるだけ多くの分野の方々が一緒になって議論することが有効です。環境・資源・エネルギーの分野でも、エネルギーのこと、気候変動のこと、資源のことを、各専門家のみならず広い視点で検討し、未来社会を創造するプロセスを導入することも、将来予測に有効と思われます。
将来を予測することはビジネスの促進の面でも重要ですし、科学技術の専門家は、科学技術の将来を予測できる可能性を持っています。今年は日本で科学技術予測が始まって50年という、他国には例を見ないすばらしい記念の年であり、科学技術の予測調査の重要性をもっと多くの方々に認識していただくように活動してほしいと思いますし、社会的にもより重要な位置づけになってほしいと思います。この50年で実現した技術や、実現しなかった技術、そして、実現した理由、実現しなかった理由などを検討し、科学技術の将来を予測して、それを基に、日本が世界の技術開発をより先導・牽引できるようになることを期待したいと思います。
注 日本機械学会法工学専門会議、https://www.jsme.or.jp/lat/
参考文献・資料
1) 科学技術予測センター「第11回科学技術予測調査 デルファイ調査」、NISTEP RESEARCH MATERIAL、No.292、文部科学省科学技術・学術政策研究所、http://doi.org/10.15108/rm292