STI Hz Vol.6, No.4, Part.5:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)慶應義塾大学医学部 眼科学教室 篠島 亜里 特任講師 インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00234
  • 公開日: 2020.12.21
  • 著者: 矢口 雅江、小野 真沙美、重茂 浩美
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
慶應義塾大学 医学部 眼科学教室
篠島 亜里 特任講師インタビュー
-疑問はとことん追求してあきらめない!
フランスで実現した宇宙医学の学際的国際共同研究と
宇宙飛行士の眼病発症メカニズムの解明-

聞き手:第2研究グループ 研究員 矢口 雅江
企画課 課長 小野 真沙美
科学技術予測センター 上席研究官 重茂 浩美

「ナイスステップな研究者2019」に選定された篠島亜里氏は、眼科医として網膜硝子体疾患に関する臨床研究に取り組む一方、宇宙医学の研究において、学際的なアプローチにより、宇宙から帰還した宇宙飛行士に見られる眼球後部平たん化や乳頭浮腫の病態が、頭蓋内圧(こう)(しん)だけでは説明がつかないことを理論的に証明し、脳が頭頂部へ移動することにより病態が発症するメカニズムを解明した。この研究成果は、米国医師会(AMA)及び宇宙医学界に大きなインパクトを与えている。

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)客員研究員でもある篠島氏は、パリに留学中、米国航空宇宙局(NASA)が主催する第一回宇宙飛行関連神経眼症候群(SANS注1)国際会議に日本代表として参加した。現在は、この国際会議のメンバーである米国、欧州、ロシア、カナダの宇宙機関との共同研究に取り組み、宇宙飛行士診断プロトコルの制定にも関わっている。また、重力があることで発症する疾患や重症化の予防に関する研究に取り組み、宇宙医学から得られた知見を臨床に応用して、新しい治療法の開発を目指している。

篠島 亜里 慶應義塾大学 医学部 眼科学教室 特任講師/宇宙航空研究開発機構(JAXA) 客員研究員/医師/博士(医学)(篠島氏提供)

篠島 亜里 慶應義塾大学 医学部 眼科学教室 特任講師/宇宙航空研究開発機構(JAXA) 客員研究員/医師/博士(医学)(篠島氏提供)

2006年 日本大学医学部卒業。2012年 日本大学大学院医学研究科修了。2012年 眼科専門医資格取得、2014年 宇宙航空認定医取得。2012年 日本大学医学部 助教、2013年 同愛会病院 眼科部長、2014年 日本大学医学部 助教、2017年 ラリボワジエール病院 研究医員、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA) 客員研究員、2018年 京都大学大学院工学研究科 非常勤講師、2019年 慶應義塾大学医学部 特任講師。2013年 第59回日本宇宙航空環境医学大会アワード、日本宇宙航空環境医学会 第13回研究奨励賞、2014年 第60回日本宇宙航空環境医学大会若手優秀研究企画賞、2016年 第15回Tokyo Retina League Young Investigator Award、2018年 欧州網膜学会Best Free Paper Award 2018、2019年 文部科学省科学技術・学術政策研究所「ナイスステップな研究者2019」受賞。著書に宇宙航空医学入門[再販](鳳文書林出版販売、2019年)分担執筆など多数。

宇宙医学との関わり

- 宇宙医学の分野で研究を始められたきっかけを教えてください。

小学生の頃から人を助ける医師になりたいと思っていました。中学生のとき、医師から宇宙飛行士になられて1994年7月に14日間宇宙に滞在した向井千秋先生のドキュメント番組を見て、宇宙医学に強い関心を持ち、宇宙医学の研究室がある日本大学医学部に進学しました。宇宙医学の研究は、日本大学大学院医学研究科に入学してから、本格的に行いました。

- 大学院で分野横断型プログラムを専攻された研究生活はいかがでしたか。

日本大学大学院医学研究科の横断型医学専門教育プログラムは、入学した2008年度から開講しました。従来は、臨床又は研究のどちらかを選ぶシステムでしたが、横断型医学専門教育プログラムは、基本領域の臨床経験を積んで専門医を目指しつつ、並行してsubspeciality領域(基本領域から分化した専門領域)の研究を行うことができます。医学部卒業後の初期臨床研修では、ヒトの全身を学ぶために外科系コースにおいて病院研修を行いました。大学院では、ロバート・F・ケネディ奨学金を獲得しましたので、基本領域は眼科に進み、subspeciality領域は宇宙医学を専攻して、奨学金を研究費に充てて実験を行いました。専門医資格を最短期間で取得し、宇宙医学の研究にも携われましたが、朝から夜まで病棟で外来診療や患者さんの手術をしてから朝4時まで研究論文を書き、翌日当直をこなす、という多忙な生活でした。

- 臨床と研究の相乗効果についてはいかがですか。

相乗効果はとてもあると感じています。患者さんのお話を聞くことで、次々と研究のアイディアが湧いてくるのです。同じ病気を抱えた患者さんたちに共通する訴えや悩み等の問題点を集積していくと、一定の傾向が見えてきます。このような視点から浮かんだアイディアが、研究へとつながっていきます。医師全員が研究を行ったらいいのにと個人的に思います。

フランス留学について

- 留学先にフランスを選ばれた理由を教えてください。

人生死ぬ前にやりたいことの1つが、フランス留学でした。大学生のときに、第二外国語でフランス語を選択したことがきっかけでフランスが大好きになり、フランス語検定2級を取得しました。同時期、部活動では医学英語研究会に所属し、活動の一環として医学部5年生のときにフランスのリヨンで1か月間の病院研修を体験しました。これらの経験が生きて、フランス留学生活はハプニングもありましたが、将来に(わた)り交流できる素敵な人たちと出会い、文化への理解がより深まりました1)

- 日本とフランスの臨床の違いはありますか。

病院にある機器類や臨床のレベルは日本と同じですが、大きな違いは、女性の医師が職場に多いことでした。全員が3-4人の子供を持ち、子育てしながら臨床をして研究論文を書いていました。日本では絶対に見られない光景であり、意識の違いに驚きました。

- フランスへ行く前と後で変わったことはありますか。

日本では、大学院を卒業後は医局長を務めるなど、臨床業務と研究との両立で多忙な生活でしたが、思い切って任期を残したまま大学を辞職してフランスへ飛び、自由な身分となりました。フランスでは自分と向き合う時間が持てるようになり、何が最もやりたいのかを真剣に考えました。フランス眼科学会の奨学金を得て、当初は1年間の留学予定でしたが、ラリボワジエール病院で取り組んだ臨床研究が軌道に乗り、宇宙医学分野の研究論文を書き始めていたため、もう1年延長させていただき、学際的な国際共同研究に発展させることができました。

ラリボワジエール病院(篠島氏撮影)

ラリボワジエール病院(篠島氏撮影)

- フランスでの学際的な国際交流の足場はどのように築かれたのでしょうか。

大学院に在学中、日本宇宙航空環境医学会注2に毎年参加して、研究発表をしていました。大学院卒業後は、宇宙航空環境医学の研究室注3と国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究が始まりました。これらの御縁でJAXAの先生より推薦を頂き、渡仏先からJAXA客員研究員として米国航空宇宙局(NASA)が主催する第一回宇宙飛行関連神経眼症候群(SANS)国際会議に日本代表として出席しました。この国際会議への参画は現在も継続しており、メンバーであるNASA・欧州宇宙機関(ESA)・ロシア国営ロスコスモス社・カナダ宇宙庁(CSA)との国際共同研究に取り組み、宇宙飛行士診断プロトコルの制定にも関わっています。また、滞在したパリでは、パスツール研究所やパリ国際大学都市で月1回、物理、数学、化学、生物など様々な分野の研究者たちによる研究発表会があります。これらの会に参加して出会った異分野の先生方と、宇宙医学の未解明な問題について議論を重ね、共同研究が実現しました。

篠島氏がパリで出会い議論を重ねた共同研究者(篠島氏提供)左から京都大学大学院工学研究科電子工学専攻准教授 掛谷 一弘氏、篠島 亜里氏、大阪大学大学院医学系研究科招聘教員 多田 智氏

篠島氏がパリで出会い議論を重ねた共同研究者(篠島氏提供)
左から京都大学大学院工学研究科電子工学専攻准教授 掛谷 一弘氏、篠島 亜里氏、
大阪大学大学院医学系研究科招聘教員 多田 智氏

- フランス留学を目指す研究者にアドバイスをお願いします。

フランスへ行くのであれば、フランス語を勉強してから行く方が、より楽しめます。フランスは、世界から多様な人たちが集まる刺激的な国です。自分の研究を確立してからフランスへ行く方が、コミュニティー等に参加して違う世界の人たちと交流を持ったとき、見える世界が大きく広がると思います。

宇宙飛行士の眼病解明に関する研究について

- 学際的な共同研究が実現したエピソードをお聞かせください。

JAXAの客員研究員になったことで、JAXAが配信する宇宙関係の資料や論文が留学先でも容易に手に入るようになり、病院勤務以外の時間を宇宙医学の勉強に費やしました。その情報の中に、宇宙飛行士の宇宙滞在が長期化するほど脳が頭頂部に移動したまま地上へ帰還後も戻りにくくなることを報告した衝撃的な論文2)に出会い(図表1)、パリの研究発表会でお会いした物理学が専門の掛谷一弘先生(京都大学大学院工学研究科)と神経内科医の多田智先生(大阪大学大学院医学系研究科)と議論を重ねました。ここから解剖学的・材料力学的な学際的共同研究へと発展し、宇宙飛行士の眼病の病態メカニズムを理論的に解明することに成功しました3)(図表2)。

図表1 宇宙飛行士の頭部MRI画像図表1 宇宙飛行士の頭部MRI画像

出典:参考文献2)(一部改変)
Roberts DR, et al. published on November 2, 2017, at NEJM.org.
Copyright © 2017 Massachusetts Medical Society. All rights reserved.

図表2 宇宙飛行士の眼病発症のメカニズム図表2 宇宙飛行士の眼病発症のメカニズム

出典:篠島氏提供資料
- 篠島先生の研究が与えたインパクトについて教えてください。

臨床医であれば誰でも知っている教科書的な当たり前の病態メカニズムが、実際には矛盾があり説明がつかないことを明らかにした点です。宇宙飛行士の視神経乳頭浮腫(眼底の視神経が腫れた状態)は、頭蓋内圧の亢進によって生じると説明されてきましたが、眼球後部平たん化及び視神経を取り囲む(さや)である視神経(しょう)の異常な拡大については、頭蓋内圧亢進だけでは説明できない点が大きな疑問でした。脳が頭頂部へ移動することで病態が生じることを、理論的に証明したことが画期的な点だと考えています(図表2)。

今後の展望について

- 現在取り組んでいる研究をどのように発展させていきたいですか。

慶應義塾大学では、マウスを用いた実験を行っています。眼科領域では、網膜疾患に関する臨床研究にも取り組んでいます。

将来的には、宇宙医学から得られた知見を、医療に応用できるようコミットしていきたいと考えています。例えば、姿勢や体位の変換により、(ぜん)(そく)の症状や(じょく)(そう)形成に変化が見られることが知られています。逆立ちを日課とする人においては、SANSと同様の所見を確認し、地上の事例として報告しました4)。宇宙医学の重力に関する研究の知見を、重力による症状の緩和などの臨床に生かすことができないかと考えています。

- 宇宙飛行士候補者選抜試験に挑戦する予定はありますか。

最近、13年ぶりに募集のお知らせが出ましたが5)、周りの環境が整えば、臨床により良い還元をするためにも、挑戦することを視野に入れています。

- 若手研究者へのメッセージをお願いします。

次のポストを気にしながら海外へ出ると、研究への意欲は低下しがちです。自分は何を明らかにしたいのか、何をやりたいのかにフォーカスし、勉強をたくさんして、本当にやりたいと思うことをあきらめないことです。とにかく、あきらめない!の一言に尽きると思います。


注1 SANS:Spaceflight Associated Neuro-ocular Syndrome

注2 日本宇宙航空環境医学会:http://jsasem.kenkyuukai.jp/about/

注3 日本大学大学院医学研究科宇宙航空環境医学:http://www.med.nihon-u.ac.jp/department/spacemed/research-area/index.html

参考文献・資料

1) 海外留学 不安とFUN, パリの空の下で働く・1, 臨床眼科 73巻8号, 2019年
海外留学 不安とFUN, パリの空の下で働く・2, 臨床眼科 73巻9号, 2019年
海外留学 不安とFUN, パリの空の下で働く・3, 臨床眼科 73巻10号, 2019年
海外留学 不安とFUN, パリの空の下で働く・4, 臨床眼科 73巻12号, 2019年
海外留学 不安とFUN, パリの空の下で働く・5, 臨床眼科 73巻13号, 2019年
海外留学 不安とFUN, パリの空の下で働く・6, 臨床眼科 74巻1号, 2020年

2) Roberts DR, et al. Effects of spaceflight on astronaut brain structure as indicated on MRI. New England Journal of Medicine, 377(18), 1746-1753, 2017

3) Shinojima A, Kakeya I, Tada S. Association of space flight with problems of the brain and eyes. JAMA Ophthalmology, 136(9), 1075-1076, 2018

4) Shinojima A, et al. A case of bilateral acquired hyperopia with choroidal folds similar to space-flight associated neuro-ocular syndrome. EURETINA 2020 Virtual

5) JAXA, 宇宙飛行士募集に関する発表及び資料(2020年10月23日プレスリリース):
https://www.jaxa.jp/press/2020/10/20201023-1_j.html