STI Hz Vol.6, No.2, Part.4:(ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 農業環境変動研究センター 上級研究員 坂本 利弘 氏 インタビューSTI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00213
  • 公開日: 2020.06.25
  • 著者: 玉井 利明、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.6, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
農業環境変動研究センター 上級研究員 坂本 利弘 氏インタビュー
-成り行きや縁を大切にして衛星リモートセンシングで
日本の食料と農業を支える-

聞き手:企画課 課長補佐 玉井 利明
科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘

坂本氏は、大学時代に、本人の言葉を借りると、たまたま、成り行きで、農業機械、そしてマシンビジョン(画像処理・リモートセンシング)の世界に入った。その後も、就職氷河期で公務員試験を受験後、当初なじみのなかった独立行政法人農業環境技術研究所(当時)の面接を受けたところ、たまたまリモートセンシング分野の研究者を募集していたことを知り、大学院修士課程を中退して入所した。研究所では、農業研究の多様性の塊と本人に言わしめるほど、非常に様々な研究が実施されており、その中で、坂本氏は入所当初より、衛星リモートセンシング分野に従事。その後、衛星データを活用した農業環境変化のモニタリングや海外の作物の将来予測手法の開発等(図表参照)で注目を浴び、ナイスステップな研究者2019に選定された。衛星データをモニタリング・共有して世界の農業に役立てようという機運はフランスで2011年に行われたG20において高まり、2019年度末に閣議決定された「新たな食料・農業・農村基本計画」(https://www.maff.go.jp/j/keikaku/k_aratana/)にも記述されるなど、グローバルかつ国内でも重要なテーマである。

今回のインタビューは、新型コロナウイルス感染症拡大の関係で緊急事態宣言の期間中である4月10日にWeb会議システムを用いて実施した。その時の成り行き、御縁を大切にして活躍されている坂本氏に、研究所入所までの背景、リモートセンシングや関連のあるドローンを活かした研究の状況、研究データの共有状況などについて話を伺った。

坂本 利弘国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構農業環境変動研究センター 上級研究員(坂本氏提供)

坂本 利弘
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
農業環境変動研究センター 上級研究員
(坂本氏提供)

決して狙ってリモートセンシングの分野、今の職場に入ったわけではなく、結果的にそうなってしまった

- 現在の農研機構農業環境変動研究センターについて、また、業務について教えてください。

私は、当時の独立行政法人農業環境技術研究所(農環研)に入所しました。入所後、平成28年4月に、農環研は、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)を含む3つの独立行政法人と統合し、現在の機構となりました。統合前の農研機構は、先端的な農業機械の開発や農業生産に直結する研究業務を実施しており、私が入所した農環研は、農業生産の対象となる生物の生育環境に関する研究を行い、生育環境の保全及び改善に関する技術の向上に寄与することを目的とした研究機関でした。具体的に言うと、地球環境変動に関連した収量予測・影響評価研究、農耕地における生物多様性研究、農業生態系における化学物質の動態やリスク軽減に関する研究、そして、私が現在研究しているリモートセンシングといった技術などを含む農業環境情報に関する基盤的な研究があり、非常に多様性のある業務を実施しておりました。研究所が統合した後も、統合前のそれぞれの業務を引き継いで行ってきています。

- 大学進学時に農学部を選んだ背景や、当時の農環研に就職された背景について教えてください。

私が農学部を選んだ理由は、当時、環境問題や食料安全保障に漠然と興味がありました。その後、大学3回生に上がる際に、試験結果に基づくコース選択を行うことになっており、成績が芳しくなかった私は、当時の農学部の学生にとっては必ずしも人気が高いわけではなかった、現在の職業に通じる農業機械分野が所属するコースに進むことになりました。すなわち初めからその分野を目指して選択したわけではありませんでした。

そこで、恩師の梅田幹雄先生と出会い、現在で言うところのスマート農業研究(当時は、精密農業と言っていた)を先駆的にやっておられて、私はその中で、デジタルカメラを用いた稲作の栄養診断に関する研究に興味を持ち、リモートセンシング(当時はマシンビジョンと言っていた)の世界に入りました。決して狙ったわけではなく、結果、そうなってしまった感じです。

私が修士に入った頃は就職氷河期の真っただ中であり、修士1年の時に、練習感覚で公務員試験を農学区分で受験しました。行政官を目指していたわけではなかったのですが、試験合格後、現在の国家公務員試験のプロセスと同様に、希望する官庁に面接に行くことになっており、私は農林水産省に面接に行きました。そこで、農林水産技術会議事務局の研究調査官の方に当時の農業環境技術研究所(農環研)を紹介していただきました。農環研では、当時、リモートセンシングの若い研究者を探しており、就職氷河期ということもあり、大学院を1年で中退して就職できる機会を得ました。紹介されるまでは農環研のことは全く知りませんでした。

- 入所後の農環研の印象はいかがでしたでしょうか。研究費は潤沢だったのでしょうか。

先の経緯で、右も左もわからない研究素人の状態で入り、企画部門・業務支援部門・農家研修等を経てリモートセンシングの研究部署に配属されました。当時は、独立行政法人としての農環研が立ち上がったばかりで、初代の理事長や幹部の、「独法農環研のアイデンティティーや基本理念を確固たるものにしよう」というエネルギーが強烈な印象として残っています。

当時は独法化後の過渡期の時代でありましたが、今から比べれば人も予算もたくさんあった時代に就職できたと思います。研究費の不足を感じることはなく、JSPS(Japan Society for the Promotion of Science; 日本学術振興会)からも早い段階で科研費(科学研究費助成事業)を助成していただいたので、スタートアップとしては恵まれていたように思います。修士を中退してほかを知らずに就職したので、研究所とはそういうものだという認識でした。

当時の研究費の配分というのは、ユニットの担当する課題や担当する人数に応じて配分されていましたが、その後、ユニットの制度はなくなり、研究プロジェクト制というフラットな形で研究推進を行うことになりました。研究プロジェクトリーダーが一定の権限を持つ形で予算配分され、各担当者が研究プロジェクト達成のために個々の課題を推進する形です。その後、組織再編や初の民間出身理事長の就任もあって、トップマネージメント型の経費も増えてきました。基本は、他の研究開発法人と同様に、主務省から示された中長期目標を達成するための中長期計画を実行するためのミッションに基づいて予算配分されています。ただ、時代と組織の変遷に伴って予算配分方針や研究結果に対する評価も大きく変わってきた印象を持っています。法人の予算以外にも科研費を獲得して、法人のミッション達成に資する基礎的な研究にも精力的に従事しています。

- 修士を中退して農環研に入所し、その後論文博士を取得していらっしゃいますが、入所当時から研究活動に従事されていたのですか。

研究員として採用されたので、研究して我が国の食料・農業分野に貢献する研究成果を出すのが主たる活動になります。初めは衛星データの処理、分類、図表を作成するようなテクニシャン的な作業をこなすのに手一杯でした。そもそも私は修士も出ていなかったので、論文を書くトレーニングを受けておらず、また、すべてOJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)の世界なので、独学・見よう見まね・試行錯誤の連続でした。一方で、原著論文を書き、博士号を取らないと、研究者として評価されない雰囲気・プレッシャーは感じとっていたので、自分なりに組織のミッションに貢献するような課題を設定し、解析結果を英語論文でまとめ上げる一連のスキルを習得することにも注力しました。自分なりに悪戦苦闘しつつ、当時採用してくれた農環研幹部の関係者の方々も、私のような新卒のヒヨッ子に即戦力としての成果を要求しない懐の大きさがあり、アフターファイブの薫陶ともに長い目で見守っていただきました。採用当初はよく分からないままに無我夢中でしたが、周りの精神的なサポートと伸び伸びとした研究環境のおかげで、育てていただいたという感じです。

基礎研究と応用研究のバランス取りと、多様で冗長性を持つことが重要な農業研究

- リモートセンシングの研究自体は国際的ですが、一般的には、農業に関連すると農家との兼ね合いなど事情は複雑になると伺っています。現場との連携など、どのように取り組まれていらっしゃいますか。

農業・食品産業技術総合研究機構は、フロントラインとして農家と密に組み現場の問題解決を図るグループや、後方支援的に基盤技術の開発・社会実装を図るグループなど、基礎から応用まで様々なアプローチで日本の農業を取り巻く課題を解決しようとしています。初めに述べましたが法人統合に伴って、農業生産側に直結する実務をする法人と統合して、基礎から応用までの研究をシームレスかつ迅速に研究を進めることができるようになりました。かつては、同じ農林水産省所管の独立行政法人であっても、共同研究するには法人間の煩雑な協定手続を結ぶ必要があり、スピード感がありませんでした。

私のリモートセンシングの研究は基盤技術研究が中心であり、その中で生み出された研究成果を公的な研究機関の職員に対する短期・長期の技術講習などの形式にて現場で活躍する研究者や実務家に受け渡すことで、間接的に生産現場に新たな基盤的技術を実装していくという役割を担っています。その中で、先輩である井上吉雄上席研究員(当時、現東京大学)が受け入れた青森県産業技術センターの研修生は、農環研で修業され、後に、青森県のお米の品質評価をリモートセンシングで行った研究により、第3回宇宙開発利用大賞「農林水産大臣賞」(https://www8.cao.go.jp/space/comittee/27-minsei/minsei-dai19/siryou4.pdf)を受賞されました。その他、研究グループでは、ドローンを使った利活用研究をかなり早くから始めており、研修生も多く受け入れています。私自身は、ドローン研究と関連して、GNSS干渉測位技術に興味を持ち、東京海洋大学の高須知二先生の開発されたオープンソフト「RTKLIB」を使った高精度測位方法をマニュアル化するなど、ドローン研究に必要なcmレベルの位置補正情報を、農業現場でも簡単に取得できる技術として普及させる試みを行っています。

このように、我々の基盤技術研究に付随した研究グループの取り組みには、農業現場で活躍される研究者を広く受け入れ新たな応用技術を生み出すインキュベータ機能があると思っています。基盤技術を先駆的に導入し、コストの問題など現場では取り扱いにくいものを、使いやすいものとして出すように整え、興味ある方に学んでもらって持ち帰るような場を提供することも、日本の農業全体を元気にする一つの研究アプローチとして重要な役割を担っているのではないかと考えています。専門分野的に直接的な研究成果の現場実装は必ずしも簡単ではありませんが、地域の農業研究機関と連携することで日本の農業現場・生産者の方々に貢献できればと思っています。

- 御自身の興味に基づく基礎研究活動と、農業育成を中心とした社会の役に立つ応用研究のバランスをどのようにとっていらっしゃいますか。

基礎的な研究の活動と、現場の農業に役立つ応用的な活動とを意識的に使い分けています。例えばドローンの活用研究は現場からのニーズが非常に高い課題なので、農業に役立つ関連基盤研究として積極的に情報発信しています。その一方で、衛星データを活用したリモートセンシング技術は、まだ、コスト面の問題から農業現場に広く導入することができる段階にはありません。しかしながら、ここ10年で地球観測衛星の数は劇的に増加しており、それに応じて画像調達コストも低下傾向にあります。ドローンでは、どうしても、地域スケール・国スケールの農業モニタリングはできないので、10年先を見据えた基礎的技術の開発・蓄積を地道に続けており、常に新しい技術を研究に取り入れ、その成果を論文として発表していくことが重要だと思います。

とはいっても、ドローンの空撮画像を処理することと、衛星データを処理すること自体は技術的に共通する部分が多いので、それほど二足の草鞋(わらじ)を履いて大変というわけでもないです。それよりも、かつては、「そんなコストのかかるリモートセンシングは、農業に役立つ技術になるのか?」といった世間の評価が厳しかったのですが、ドローンの登場とそれを活用した研究成果の発表を通じて、リモートセンシング技術の社会実装の未来について理解していただけるようになりました。リモートセンシング研究分野は、ドローン技術という科学技術の進展という追い風を受け、今が勝負時という感はあります。また、大学生時代に携わった精密農業のためのマシンビジョン技術研究が、20年を経て、期せずして現在の研究課題に通じてしまったことを考えると、出身大学の研究室でお世話になった恩師の先見の明に新ためて感心しています。今は、このような新しいツール(通称「飛び道具」)に付随した新しい技術がたくさん生まれますので、先端技術の現場への応用研究と基礎研究のバランス取りがやりやすい時代なのかもしれません。

図表 リモートセンシング農業を活用した作柄予測の例(アメリカ産トウモロコシ)図表 リモートセンシング農業を活用した作柄予測の例(アメリカ産トウモロコシ)

出典:坂本氏提供資料
- その切り離している、御自身の基礎的な研究成果が結果的に現場に生かされることはありますか。

農環研に就職して以降、アメリカのNASAの地球観測衛星センサー(MODIS)で取得された高頻度観測衛星データの応用を目指した研究を継続して行っています。この衛星画像は、毎日のデータを無料で取得できるので作物生育の時間変化を広域で観察するのには適しているのですが、1画素250mと解像度がとても粗いので、日本の小さな()(じょう)を1枚1枚分けて観察することはできません。残念ながら、日本の農業現場が求めるニーズに直接応えることはできません。とはいっても、高頻度で観測された衛星データを時系列解析し、作物の生育ステージ(開花時期や成熟時期)といった時間情報を広域で観測するという技術は、誰も確立していない技術であり、そこに何か新しい地平線があるだろうと信じてはいました。そこで、ベトナムのメコンデルタやアメリカのコーンベルト地帯といった、日本よりも何倍も大きな()(じょう)で生産している外国を研究対象地域にして研究を継続しました。これらの地域は、輸出用食料の生産地帯でもあり、中でも我が国はアメリカの飼料用トウモロコシ・大豆の輸入に依存していることから、食料安全保障の観点で、研究の重要性・必要性は説明することができました。なので、この画像を使った衛星リモートセンシング研究では、直接、日本の農業現場に生かすことができないのですが、つたない英語で書きつづってきた論文を通じて、MODISデータの時系列解析技術が、多くの外国人研究者に引用・応用され、ブラジルの大豆生産地帯の土地利用変化やバングラディシュにおける洪水の時空間把握といった研究に活用されています。ベトナムのメコンデルタ洪水の時空間把握技術は、フランスのパリ天文台の研究グループによる世界の水資源動態を把握する研究の一部として活用されています。最近、話題に挙がるようになった日本の食料安全保障を支えるツールとしては使えるのではないかと考えています。ドローンや小型GNSS受信機を活用した活用研究については、最近取り組み始めたことなので現場での活用事例は少ないですが、熊本県の草地畜産研究所からの研修生として技術を持ち帰り、2016年熊本地震による牧野(採草地)のひび割れの把握に活用されているようです。

私の経験論からすると、研究は狙えば狙うほど的から外れるものだと思っています。狙おうとするという行為は、多くの人と同じ発想・アプローチに陥ってしまい、結局、多くの人と同じような成果・失敗しか得られないということだと思っています。むしろみんなが見ていない盲点に興味を持つことがチャンスであると思っています。大勢を意にも介しない気風を持つ出身大学のDNAが少し自分にも流れているのかなと思ったりもします。その意味では、研究分野の多様性が大事で、社会的な説明が容易でない研究に取り組んでいるマイナー分野であっても、一見無駄で冗長に思われても一定の許容が望まれます。例えば、農業環境分野での放射線モニタリング研究も、原発事故の前後でその基盤的・継続的な研究の重要性の評価が大きく変わりました。

このような冗長性のある研究を平時に情熱を持って進めることに意味があると思っていて、「選択と集中」によってマイナー研究分野が継続できなくなっていくのは、日本の科学技術の底力・裾野を狭めることとなり、将来の成果を生む木を失うような機会損失にもなります。新たな科学技術の芽を育む苗床をどのようにして維持していくべきかを考える必要もあると思います。もちろん、税金で運営されている以上、マイナー研究分野であっても説明責任が伴います。その意味では、農研機構は、多様性の縮図のような研究機関で、栽培、育種、土壌、気象、AI、機械、土木、動物、生態系サービス、リモートセンシング、インベントリー、化学物質、昆虫、微生物、農業経済など、多様な専門家集団が有機的に連携をして、農業に関するどんな問題にもアプローチできる、唯一無二の貴重な研究機関だと思っています。

新型コロナウイルス(COVID-19)対応で上がるデータリテラシー

- 新型コロナウイルス(COVID-19)の影響はいかがでしょうか。

在宅勤務をしなければならない日々が増えているので、現場でデータを取ることが本務の研究グループには影響が出そうです。私の衛星リモートセンシング関係の研究への影響は今のところありません。ただ、新型コロナウイルスに端を発した食料の輸出規制やサプライチェーンの混乱、農業生産活動への影響から、世界の食料安全保障の不安定化が危惧されています。したがって、衛星リモートセンシング技術を利用した、食料輸出国の作物の生育モニタリングや収量予測研究に大きな期待がかけられるかもしれません。

別の視点で、現在、感染者数のデータなどが地図とともに可視化され全世界が注目しています。多くのリモートセンシング研究者は、こういったインターネット上のGIS(地理情報システム)プラットフォームをふだんから活用しており、その観点から言えば、今回の問題を契機に、一般の方々が、こういったデータを平時より当たり前のように目にし、地理空間情報に対するリテラシーが上がることに期待しています。今後、一般の方々の地理空間データも見る目が肥えてくれば、地理空間データを用いた農家への説明などが、よりしやすくなると思っています。あるいは、地理空間データをグローバルに眺める素養が深まることで、地政学的な問題、食料安全保障に関連したグローバルな農業環境問題に対する意識も高まるのではないかと思います。

世界の食料供給源である作物生産地域が、今回の新型コロナウイルスやあるいは気候変動・経済発展あるいは不況によって、どのように変化するのかを、衛星リモートセンシング技術を使って、いかに俯瞰的・客観的に観察・評価できるのかが、私の大きな研究テーマです。今回の新型コロナウイルス問題は、人類が直面する歴史的な危機です。このような事態に直面しているからこそ、有事を織り込んでおきながら、平時の研究をいかに行うことが大事であることが、再認識されるかもしれません。

- 新型コロナウイルス対応では論文やデータの共有が進んでいますが、先生の分野ではいかがでしょうか。

組織のデータポリシーに依存するため、個人の判断で勝手に研究データを共有するのは難しいです。許可なく未公開データをクラウド上に置くことはそもそもできず、イントラ内の組織共有に限定されます。未発表データの外部公開はNDA(秘密保持契約)など契約を結んでからになります。特に企業と組む場合はこの手続が重要で、やはり知財の関連から、情報の扱いにはシビアになってきており、立ち話でも、アイデアに関することを話すのには気をつけるようになっています。その一方で、組織として公開すべき研究成果やデータは組織のWebを通じて積極的に公開しています。これとは別に、農業データ連携基盤(WAGRI)といったインターネット上のデータプラットフォームに組織として積極的にデータ公開するといった取り組みも盛んになりつつあります。いずれにせよ、組織としての判断が必要になるので、海外の研究者と同じようにとはいきません。研究成果やデータの共有・公開は、世界の科学技術の発展には必要なことなのですが、研究成果や知財に対する考え方についての国際的な約束を平気で反故(ほご)にする国家もあることも考えなければなりません。フリーライダー問題や軍事関連の問題もありますので、慎重な対応が必要です。科学として互恵的な価値観が共有できる相手との共有ならよいのですが、こちらのデータを使われるだけで、向こうのデータが使えないということは避けなければならず、情報の秘匿と公開のバランスをどう取るのかが難しくなってきているのが現状だと思います。

成り行きに逆らわず目の前の研究に邁進(まいしん)した先に未来がある

- 先生のこれまでのお話を伺うと、たまたま、成り行きというのが多いように思いましたが、どのように思われていらっしゃいますか。また、将来展望はいかがでしょうか。

自分たちの世代は、就職氷河期という時代に翻弄されてきた人が多いと思っています。新型コロナウイルス問題を境に、今の時代を生きる人全員が困難な局面に立たされています。決して科学的な表現ではないのですが、私は、縁というものに大きな意味があるように思っています。自分の置かれた環境を宿命と受け入れ、その環境に適応するための最善を尽くしつつ、日本全体でこの極難を乗り越えていくしかないと考えています。縁というのは、行き当たりばったりでやってきた結果の後付け説明かもしれません。将来的にもこれといった特に大きな夢があるわけではなく、自分としては、先ほどの通り狙うと当たらない、夢を描くと実現しないと思っていて、時代の成り行きとともに目の前の研究を粛々と進めれば、それが結果的に役立つと信じています。今回の受賞もそうですが、一生懸命やっていればどこかで見てくれている人がいます。そのためにも論文による成果発表と情報発信自体は大事だと思っています。