STI Hz Vol.5, No.2, Part.9:(レポート)Synthesizer人材育成の重要性- AAAS 2019 Annual Meetingにおけるセッションより-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00177
  • 公開日: 2019.06.25
  • 著者: 岡本 摩耶、犬塚 隆志
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
Synthesizer人材育成の重要性
-AAAS 2019 Annual Meetingにおけるセッションより-

第2調査研究グループ 客員研究官 岡本 摩耶、犬塚 隆志

概 要

グローバルに活躍しチームや組織を牽引するリーダーと確固たる専門性を持ちつつジェネラリストとしてチームの調和を図るシンセサイザー。産業界を中心に人材の多様化が進む我が国において、様々な文化や専門性を持つメンバーで構成されたチームを効果的にマネジメントし成功に導くために必要な人材とは?また、その際に必要となる能力・スキルとは?AAAS 2019 Annual Meetingにおいて主宰した人材セッションにおける発表やディスカッションの内容を紹介しつつ考察する。

キーワード:リーダー,シンセサイザー,チームマネジメント,ダイバーシティ

1.リーダーとシンセサイザー

平成31年4月18日、内閣府総合科学技術・イノベーション会議は「次期科学技術基本計画に向けて」を公表し、以下の2つを含む検討の方向性を示した1)

  • 一人ひとりの「個の力」を引き出すことを目指す初等中等教育においては、すべての国民が持続可能な社会の創り手として必要なAIやデータサイエンスを使いこなすリテラシーに加え、基礎力となる「読解力」や「論理思考力」などを身につけることを目指しつつ、研究現場等と学校の探究活動の連携を通じてSTEAM教育の裾野を拡大する抜本的改革を行うべきである。
  • 高等教育においては、専門性を有するととともに、人文・社会科学の知見も合わせて、専門を超えた対話能力も有する人材、「俯瞰的視野」「挑戦性」などを備えたグローバルリーダーを育成し、世界から優秀な人材を惹きつけるアカデミック・エクセレンスのハブを構築するなど、我が国の知の多様性と包摂性を増進するべきである。

このような専門性と卓越したマネジメント能力を併せ持ったリーダーの育成は、近年「博士課程教育リーディングプログラム(優秀な学生を俯瞰力と独創力を備え広く産学官にわたりグローバルに活躍するリーダーへと導くため、国内外の第一級の教員・学生を結集し、産・学・官の参画を得つつ、専門分野の枠を超えて博士課程前期・後期一貫した世界に通用する質の保証された学位プログラムを構築・展開する大学院教育の抜本的改革を支援し、最高学府に相応しい大学院の形成を推進する事業)」等で重点的に取り組まれてきており、引き続き本検討の方向性を取り巻く取組に期待したい。

これに関連し、ここでは、昨今の欧米のリーダーシッププログラムにおいて「Synthesizer(シンセサイザー)人材」の育成にもスポットが当てられていることを紹介したい。シンセサイザー人材は、エキスパート・ジェネラリストとも呼ばれ、確固たる専門性を持ちつつ、ジェネラリストとしての側面も併せ持った人材を意味する。いわゆる「持って生まれた」と表現されるリーダーとしての資質とは異なり、問題から立ち直る(立ち直らせる)能力、大量の情報を様々な観点から分析する能力、客観的に物事を捉え最善の決断を下す能力にたけた人材であるとされる2)。特に、情報を処理する能力に着目されることが多く、一見無関係とも思われる大量の情報を調べ上げて分析し、その中に意味のあるパターンを見いだして調和を図ることができるとされる。我が国では、一部の「T型人材」や「π型人材」がそれに当たろうか。

現在、我が国では、人権等の本質的な観点だけでなく、将来的な少子高齢化による労働力人口の減少等による人材の流入、有能な人材の発掘、斬新なアイデアの喚起、専門性の細分化、社会の多様なニーズへの対応の観点から、人材のダイバーシティに取り組む企業が増加している。このような社会に対応するためにも、圧倒的なリーダーシップで組織や集団を牽引するリーダーの育成と同時に、性別、価値観、ライフスタイル、障害、専門性等、様々な背景を持つ人材をチームとして効果的にマネジメントできるシンセサイザー人材の育成こそが、上に示した「検討の方向性」のもとで望まれるのかもしれない。

2.多様性に満ちたチームを成功に導くマネジメント人材

2019年2月16日、ワシントンD.C.で開催されたAAAS 2019 Annual Meetingにおいて、「Human Resource Development and Diversity: Insights from Public and Private Sectors」と題し、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)主宰のセッションを行った3)。このセッションは「Science Transcending Boundaries」をテーマとして開催された本年会において、人材育成における「境界」をいかにして乗り越えるかについて、産官学それぞれの切り口から検討したものである。

当日は、オーガナイザー兼モデレーターとして犬塚(NISTEP(当時))、パネリストとして、産官学それぞれの立場からRainy Shorey博士(キャタピラージャパン社)、岡本(NISTEP(当時))、Tim Johnson准教授(米国ウィラメッテ大学)が登壇し、キャリア構築や多様性に満ちたメンバーで構成されるチームをマネジメントし成功に導くための実践的な方策について、それぞれの立場から発表した。本セッションで米国連邦政府の職員のバックグラウンド(主に教育)と昇進との関係について発表したTim Johnson准教授とは、2018年にテキサス州オースティンで開催された同年会において、犬塚と岡本が「Promotion of RIKEJO’s success in the industry」と題してポスター発表を行った際に知り合い、その後の交流を経て今回のセッションの共同開催につながったものである4)

米国・欧州・日本でグローバルマネージャーとしての勤務経験を有するShorey博士が発表した、様々な背景を持つ人が集まるチームの管理を成功させるための課題とテクニックについて、まずは簡単に紹介したい。

チームマネージャーは、チームメンバーそれぞれと同じ専門性を有するわけではない。文化や言語が異なるメンバーでチームが構成されることもある。そのような状況下で、いかにしてチームをマネジメントし、成功に導くか?

Shorey博士は、①相手が自分より専門性を有する場合もあることから、まずは相手の話を聞き、その上で多くの質問をすること、②メンバーの肩書ではなく、その人の強みに焦点を当てること、③仕事を進める上でデータは必要だが、個人の資質を理解し、「人」が仕事の核となるようにすること、④計画は立てるが、想定外の状況にも適応できる準備をし、非常時には助けを求めるなど、予期せぬことに対し落ち着いてしっかり対応すること、等がチーム管理を成功させるためのテクニックとして重要であるとした。

次に、岡本は「産業界におけるキャリアの構築」と題し、管理職4,000人を対象とした意識調査の分析結果から、職階ごとに必要とするスキルが変化すること(図表)等に着目して発表を行った。職階が上がるにつれて、チームをマネジメントする場面が多くなり、大学や企業への入社後に身につけた専門性に加え、リーダーシップ、チームマネジメント、ビジョン・政策立案力が必要となるとの結果を示した。詳しくは、NISTEP調査資料 No.273 「産業界で必要なスキル・能力の獲得について-管理職4,000人の意識調査より-」(2018年5月)を参照されたい5)。これまで発表されてきた類似の調査結果は、主に企業の人事担当者を対象に行われていたものであるが、本調査は企業の管理職4,000人に直接質問をし、自身のキャリアパスに基づいて回答してもらう新しい視点の調査であり、この結果は嚆矢(こうし)となろう。

会場とのディスカッションでは、「日本や海外において、どのような高等教育若しくは技術研修を行っていくべきか。」との質問に対して、犬塚は「パネリストから発表があったように、高等教育においては、学際的な教育を受けること、専門性を持つことが重要であろう。また、産業界においては、専門性の追加が重要であろう。私が過去にインタビューをした、ある大企業の管理職の女性は、大学時代だけでなく企業に就職してからも常に学び、専門を加えていっている46)。特に開発現場から遠ざかる上位の管理職になればなるほど、適切なマネジメントを行うためにはそうした姿勢がとても大事になる。」と回答した。また、岡本は、「日本には『餅は餅屋』という(ことわざ)があり、各分野の専門家がその分野を一番熟知している。Shorey博士の発表にあったように、組織の管理職がマネジメントするチームのメンバーは多様な背景を持っており、調和の維持が非常に難しい。そのため様々な事柄に対応可能な管理職の育成が大切と思われる。」とした。

犬塚は「人材の育成やマネジメントを成功させるためには、マネージャーの専門性に加え、チームメンバー個人のバックグラウンド、スキル、特性等をうまく()かすマネジメントが重要であることが明らかとなった。」としてセッションを締めくくった。このようなマネジメント人材こそが、先に述べたシンセサイザー人材であろうと思われる。

AAAS2019 のセッションの1コマAAAS2019 のセッションの1コマ

図表 職階の変化と必要なスキルの変遷について図表 職階の変化と必要なスキルの変遷について

出典:岡本の発表スライドから


*所属はセッション開催当時

参考文献

1) 内閣府科学技術・イノベーション会議「次期科学技術基本計画に向けて」(平成31年4月18日)
https://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihui043/siryo2-2.pdf

2) Leadership Learning Community “Leadership Style” http://leadershiplearning.org/

3) AAAS 2019 Annual Meeting: Human Resource Development and Diversity: Insights from Public and Private Sectors
https://aaas.confex.com/aaas/2019/meetingapp.cgi/Session/21670

4) “PROMOTION OF RIKEJO’S SUCCESS IN THE INDUSTRY”, AAAS2018 Annual Meeting.
https://aaas.confex.com/aaas/2018/meetingapp.cgi/Paper/22699

5) 科学技術・学術政策研究所調査資料 No.273 「産業界で必要なスキル・能力の獲得について-管理職4,000人の意識調査より-」(2018年5月) http://doi.org/10.15108/rm273

6) 犬塚隆志、岡本摩耶「産業界におけるリケジョの活躍」第32回研究・イノベーション学会
http://hdl.handle.net/10119/14912