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- DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00170
- 公開日: 2019.05.27
- 著者: 葛谷 暢重、林 和弘
- 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.2
- 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
国立研究開発法人海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 高知コア
研究所 地球微生物研究グループ 鈴木 志野 研究員インタビュー
ー地球深部の厳しい環境に住む謎の微生物の発見と
J・クレイグ・ヴェンター研究所の経験を踏まえた
日本人研究者へのメッセージ-
科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘
鈴木志野氏は、米国のJ・クレイグ・ヴェンター研究所(以下「JCVI」という)在籍時に、強アルカリ性というかなり特異的な環境の湧き水をメタゲノム解析(ゲノムの網羅的な遺伝子解読)した結果、多くの新しい微生物を発見した。その後、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)で、地球科学的な側面での研究により、この微生物の発見が、原始生命の進化の謎を解き明かす上で非常に重要な発見となることを明らかにした。科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、この成果に着目し、2018年に「ナイスステップな研究者」の一人として鈴木志野氏を選定した。
今回のインタビューでは、鈴木氏に、本研究成果の発見の過程をはじめとした研究に関するものから、米国JCVIでの経験(挑戦的な研究をしなければいけない研究環境、女性研究者の環境等)、この経験を通じて得た研究者としての考え方や日本人研究者へのメッセージなどを詳しく伺った。
国立研究開発法人海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門
高知コア研究所地球微生物研究グループ 研究員
- 今回、ナイスステップな研究者に選定されるきっかけとなった研究の発見(地球深部の厳しい環境に住む謎の微生物の発見)とその過程について教えてください。
JCVI在籍時に、知り合いから、「変な植物がいるから変な微生物もいるのではないか」という話があったのがきっかけです。
その植物がいた場所は、ガーデナーが個人所有する山でした。この場所の水はpH12もある強アルカリ性のかなり特異的な環境で、実際この場所から20種類もの新種の植物が発見されました。まず、植物の新種がこれだけ見つかるというのはかなり珍しいです。
一般的にこのような強アルカリ性の環境では、微生物はいるはずがないと考えられており、後述するその当時の置かれた状況を踏まえて一種の賭けとして新しい微生物を見つけることに挑戦しました。最初は、大腸菌(数マイクロメートル)ぐらいの大きさの微生物を想定して、顕微鏡を用いて分析しましたが、見つかりませんでした。その後、約1トンの水を細かいフィルターでろ過し、メタゲノム解析注1をした結果、多くの新しい微生物が発見されました。そして、強アルカリ性でも生きる微生物は、通常より小さいことが後で分かりました。
その後、海洋研究開発機構(以下「JAMSTEC」という)で、地球科学的な側面での研究が可能となり、この微生物の発見に意味注2を持たすことができるようになり、今回、ナイスステップな研究者に選定された研究の発見となっています(図表)。
- 研究者の道を選んだきっかけを教えてください。
元から科学者志望だったのでしょうか?
小さい頃は、作曲や本を読むことが好きで、作曲家や作家を志望していましたが、自分が作曲した曲の評価が人によって変わることに一喜一憂してしまい楽しめなくなっていました。そんなとき、高校の生物の時間に、「メンデルの法則」を学び、そのシンプルな原理に感動し、自分もこのような誰にとっても不動の原理を発見したいと思うようなりました。科学は、必ず真実があり、人生をかけてもよいと思い、科学者の道を目指しました。
- 博士課程修了後、民間企業、JCVI(海外研究所)などで勤務され、JCVI(ヒトゲノムで著名なクレイグ・ベンター(現会長)が設立した研究所)では7年間勤務されています。海外機関で研究をしようと決めたきっかけについて教えてください。
タイミングというか偶然が重なって生まれたものではないでしょうか。私は、当時、大学で研究をしていましたが、そこでは論文を書かないと君の将来がないと言われ、次第に私自身が何のために研究をしているのかがわからなくなり、研究を楽しめない状況でした。研究者をやめて、別の仕事をしようかと考えていました。
そのようなときに、私の夫が、JCVIから一緒に研究をしようと誘われました。夫を誘ってくれたJCVIの研究者のグループに、たまたま私の知り合いの研究者(ケン・ニールソン氏)がサバティカルで来ていて、私が研究者をやめようとしていることを聞き、一緒に研究をしようと誘ってくれました。
本当に偶然が重なったことなのですが、私が大学院修士課程のときに、大学のカリキュラムの一環で2週間、米国航空宇宙局(NASA)ジェット推進研究所に留学をしていました。そこでは、岩からDNAを抽出する研究をしていましたが、その研究室のポスドクは抽出できませんでした。私はそのDNAの抽出がうまくできたこともあり、多忙なニールソン氏も私のことを覚えていてくれたのだと思います。また、ニールソン氏は、JAMSTECのアドバイザーをしていた経験もあるなど日本をよく知っていることもあり、私が研究者をやめようとしていることを聞き、「アジアには女性研究者が少ない」、「研究をやめてはいけない」、「あなたが幸せでなければあなたの夫もいい研究などできない」などと説得してくれ、一緒に研究をしようと誘ってくれました。
このおかげで、2008年、夫婦でJCVIに行きました。ところが、その年、米国でリーマンショックが起こり、私を雇うための研究費、また夫が在籍するチームの研究費がなくなるというまさかの事態に遭遇することになりました。そこから、私の米国での研究が始まりました。
- 大変な状況に追い込まれたのですね。以後の海外での研究立ち上げや環境について教えてください。海外の研究経験は、現在の研究にどのような影響を与えていますか。
まずは自分のため、チームのために研究費をとることが大事でした。研究費を獲得しなければ、チームは解散し、JCVIを去らなければなりません。私は、自分とチームのために挑戦しようと決意し、夫とともに米国国立科学財団(NSF)ファンドの申請を行いました。ビザや雇用の問題もあり、当時は研究代表者(PI)となることはできませんでしたが、チームメンバーの中で、私と夫が書いた提案書のみが合計で1.5億円/3年間の研究費を獲得できました。そのころには、帰国予定時期がせまっていましたが、せっかく研究費を獲得できたということもあり、チームメンバーのためにも、米国に長居することを決めて、本格的な研究生活が始まりました。
米国は日本と同等か、それ以上に競争の激しい社会です。米国では、絶えず挑戦していかないと研究者として生き残れません。例えば、ファンドの申請において、レビュアーから、「この研究のアイデアでは専門誌レベルにしか論文掲載できないものであり、お金は出せない」といったコメントがきます。レビュアーを納得させないと研究資金はもらえません。米国では、どれだけ「インパクト」があるのか、どれだけ社会を変えられるか、多くの人をエキサイトさせられるのかが大事です。また、ハイインパクトジャーナルである総合誌(サイエンスやネイチャーなど)に掲載されないと社会に訴えられないのではないかという合理的な考えがあり、複数報の専門誌なら1報の総合誌という考えは本質的にはあると思います。いいか悪いかは別として、専門誌に10報を出した場合、なぜあれだけのお金と時間があって輝く成果を論文にする能力がないのかと、むしろネガティブに働いていると感じることさえありました。社会的にインパクトがある研究成果を出せないならそもそも研究者ではないといった空気があり、幅広い訴求力を持った研究を出せてはじめて研究者として生き残ることができます。このため、絶えず研究の種をまき、挑戦し続けることが大事でしたし、そういった挑戦は、何より楽しいものでした。
また、私が在籍していたJCVIでは、クレイグや上司は、私に一度も論文を書けとは言いませんでした。これは、論文は研究者自身のためで、論文を業績として並べることは研究者が生きぬいていくために必要であるが、組織にとっては基本的に重要ではないという考えがあるからです。その代わり、彼らは、常に「Exciting(ワクワクする)なサイエンスで、世界をリードし、世界を変える。我々はそういう集団であるべきだ。」といった話をし、そういった思いで研究に向かうことを研究員に求めていました。このフィロソフィーは今でも私の中に残っています。
この米国での7年間を通じて、世界のどこでも職を得ることができるという自信と安心につながりました。
- 日本に研究活動の場所を移そうと考えたきっかけは何ですか。
私は、米国で第1子を出産しました。子供が4歳のとき、将来のことを考えて、日本に戻ることを考えました。米国で大学生と接していると、日本の学生の方が基礎学力は高いと感じました。課題を与えて、挑戦させ、解決させる形の教師がメンター的な役割を果たす米国の教育システムもとても魅力的ですが、一学問としてみた場合、日本の義務教育はすばらしいと思いました。私自身、日本の義務教育の中で育ったこともあり、そんな中で子供たちを育てたいと思い、戻ることを考えました。
また、米国での7年間を通じて、ゲノム解析技術を習得しましたが、必要な技術を得たと感じ、次のステージに進むには、地球科学分野との融合が不可欠だと感じ、JAMSTECに移りました。
- 御自身の経験を踏まえて、研究者へアドバイスする点はありますか。
日本の研究者は基礎学力がこれだけ高いのに、なぜ研究成果の花が開かないのか不思議でした。私はちょっとしたボタンの掛け違いではないかと考えています。「論文を書かないと職がない」という不安や焦りが先んじてしまうことも原因ではないでしょうか。まずは、研究者とは何か、なぜ研究者になりたいのか、研究成果で人類にどのように貢献したいのか、また、目の前にある自然現象で明らかにすべき重要な知の欠失部とは何なのかといったマインドで自分の職業、研究対象に真摯に向き合うことが必要ではないかと考えます。この論文1報が明日の自分の生活のためだとすると、なかなか情熱がわきませんが、自分は知のフロンティアにいて、自分しか見ていない景色がある、この景色を科学的にもっと明らかにしたい、そして見た景色を文章に書いて、このExcitement(興奮)を皆と共有したい、人類の知として残し、貢献したいと考えれば論文も情熱を持って書けると思います。結局、論文は書くことになるので、情熱を持てるようなマインドで論文を書くことが大事だと思います。
特に日本の研究者は真面目でレールから逸脱しづらいと思います。レールに乗ることで自らの思考を停止させている部分もあると思います。真実が知りたいといった純粋な好奇心を大切にし、情熱を持ち、レールを外れ、挑戦的な研究ができれば、いい成果に結びつくと思います。
- 女性研究者が活躍を推進する上で必要な支援策、研究環境について教えてください。
米国では、研究所の幹部に女性が多いですが、日本ではまだまだ少ないです。女性幹部の人数が増えれば、働く女性に対する理解が進むだけでなく、それらが組織の根幹に浸透し、システムとして反映されていくのではないかと思います。そして、ひいては男性にとっても快適なシステムになると思います。例えば、米国では、子供を託児所にお願いできないときは職場に連れてくるのは当たり前でした。子供と一緒に会議に出たときは、男性の上司から「子供に給料を払わないとね」と言われたこともあります。このような包容力のある社会システムが出来上がったのは、職場は男女問わず皆が快適に働ける環境であるべきという、ある意味当然の概念が定着しているからだと思います。その実現のためには、組織で影響力を持つ女性の存在は重要だと思います。
- 海外での研究経験について何かアドバイスはありますか。
奨学金での海外経験をする場合、お客様扱いとなって先方も本気で相手をしてくれない場合があるので注意が必要です。海外で研究するのであれば、雇用関係か、あるいは、学生として博士課程に飛び込むといったものをお勧めします。研究室の中で利害関係があって本当の海外研究経験ができると思います。
- 最後に、謎の微生物の発見に続く、今後の研究展開について教えてください。
私が行ったメタゲノム解析により、地球深部に住む謎の微生物のゲノム情報が明らかとなりましたが、その後、類似した微生物ゲノムは次々と発見され、現在、約8,000種類ものゲノム情報が発見されています。恐らく5年ぐらい経過すると、今までわかっていなかった、ありとあらゆる微生物のゲノム情報が確認されると思います。これにより、今まで私たちが考えていた微生物の理解は、全体の中のわずかであることなどが認識されると思います。また、これら地球深部の微生物を含む全てのゲノム情報がデータベース化されることで、より一層、生命の新しい代謝機能、生命機能の解明に拍車がかかり、生命とは何か、生物の進化とは何か?といった定義を改めて考えるべきときが来ると思います。
一方で、全てのゲノム情報のデータベースをもとに、バイオインフォマティクス解析を行うことで、遺伝子機能の研究は進んでいくと思いますが、このデータベースにない情報はわかりません。実際、地下深部の生命の中には、この「知のデータベース」をもってしても説明のつかない生命が多くいます。私は、この説明のつかない生命システムを追求していきたいと思っています。具体的には、ゲノムを読むといった研究の次の段階、ゲノム情報から生命機能の真実を見極める研究へ移行していきたいと考えています。
私はJCVIのフィロソフィーに大きく影響を受けたと思います。今回の私の技術を応用していけば関連の新しい発見はありますが、私は、その従属的とも言える研究ではなく、次のブレークスルーを生むための研究をしていくことが大事であると思っています。
* 所属はインタビュー当時
注1 環境サンプルから直接回収されたゲノムDNAの塩基配列を決定し、解析する方法であり、微生物を培養しなくても、環境中の微生物の遺伝子情報を獲得することが可能となった分析手法。
注2 湧き水の環境は地球が誕生した初期環境に似ており、この発見が原始生命の進化の謎を解き明かす上で非常に重要な発見。