STI Hz Vol.4, No.3, Part.9:(ほらいずん)シチズンサイエンスを超えた共創型研究の兆しと可能性-Japan Open Science Summitのシチズンサイエンスセッションと事前アンケートの報告-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00144
  • 公開日: 2018.09.25
  • 著者: 古屋 美和、住本 研一、林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
シチズンサイエンスを超えた共創型研究の兆しと可能性
-Japan Open Science Summitの
シチズンサイエンスセッションと事前アンケートの報告-

国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 「科学と社会」推進部 古屋 美和
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST) 知識基盤情報部 住本 研一
科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘

概 要

オープンサイエンス及びその政策は科学のあり方や科学と社会のあり方を変えることを予見しており、市民が科学研究に参加するシチズンサイエンスにおいても新しい展開をみせている。本稿ではJapan Open Science Summit 2018において、科学技術振興機構(JST)と科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の共催で行われたシチズンサイエンスのセッションと、事前に行われたアンケートの結果について報告し、シチズンサイエンスを超えた共創型研究の可能性について議論する。特に、共創型研究のどのプロセスにおいて参加者が関わり、どのような結果が生み出されているか、あるいは、これまでにない知の創出やイノベーションの創出はなされているのかについて示唆を得た。

キーワード:シチズンサイエンス,共創型研究,オープンサイエンス,Japan Open Science Summit,         リフレーミング

1. はじめに

近年、デジタル・ネットワーク時代の新しい可能性と、公的資金による研究成果のより広い社会還元のあり方を踏まえ、研究論文や研究データ等へのアクセスを容易にしようとする「オープンサイエンス」に対する関心が高まっており、第5期科学技術基本計画をはじめとする政策文書に明記されるとともに、オープンサイエンスに関するイベントが関係機関や団体により開催されてきた1~4)

オープンサイエンス及びその政策は科学のあり方や科学と社会のあり方を変えることを予見している。実際に、市民がデータ収集などで科学研究に参加する「シチズンサイエンス」と称される活動も新しい展開を見せている。多様な参加者と進める新しい研究活動(以下、共創型研究とする)は活発化しており、その実態を把握し分析することでオープンサイエンス政策や今後の研究プログラム開発のあり方に重要な示唆を得ることができる。

本稿では、Japan Open Science Summit 2018(以下「JOSS」という)において、科学技術振興機構(JST)と科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の共催で行われたシチズンサイエンスのセッションについて報告し、共創型研究のどのプロセスに参加者が関わり、その結果として何が生み出されているか、あるいは、これまでにない知の創出やイノベーションの創出はなされているのかについて議論する。合わせて事前に行われたアンケートの結果についても報告する。

2. JOSSとシチズンサイエンスセッション

オープンサイエンスに関する様々なイベントが日本でも各関係機関や団体により開催されている。一方でこれらのイベントは、研究分野ごと、あるいは職種ごと等で実施されており、日本におけるオープンサイエンスを更に推進するためには、これらの枠組みを超えて全体動向を俯瞰しステークホルダーの相互連携や情報共有を進めることが必要である。そこで、著者の林も発起人となり、オープンサイエンスを推進している6機関の主催で2018年6月18日・19日にJOSSを開催した5)。当日は研究者や図書館、URA等の研究支援組織関係者、政策決定者や情報基盤提供者、出版社関係者など、オープンサイエンスの推進に関係する全てのステークホルダーが一堂に会した。実参加者535名を数え、文字通り日本で最大規模のオープンサイエンスに関するカンファレンスとなり、各セッションで活発な意見交換がなされた。

今回著者らは、JOSSの中で、「シチズンサイエンスから共創型イノベーションへのNext Step」というタイトルで、オープンサイエンスと密接な関係を持っている「シチズンサイエンス」について、国立天文台 臼田-佐藤功美子氏、首都大学東京 大澤剛士氏、産業技術総合研究所(産総研)江渡浩一郎氏を招いてセッションを開催した(図表1)。

セッションの企画に当たっては、シチズンサイエンスの概念をどのように置くかということから検討し、従来多かった「市民がデータを収集する活動」や「科学の監視役」という活動にとどまらず、「一般人が研究者とともに行う科学的活動」に広げた。そのため、実際のセッションの中では「共創型研究」という言葉で議論を行い、その多様性や可能性を探った。

図表1 登壇者の先生方とセッションの様子図表1 登壇者の先生方とセッションの様子図表1 登壇者の先生方とセッションの様子

3. 多様な「共創型研究」からの話題提供

当日は、3名の登壇者からそれぞれ話題提供の講演があった。

臼田-佐藤功美子氏からは、国立天文台で計画している銀河の形の分類を市民参加で実施する活動について内容と課題について紹介があった。

特に課題として、中高生の参加も促したいが、教育と研究の質が両立できるかは不明であることが述べられた。また科学に関われる段階を、レベル1はデータの収集、レベル2はデータの分類、レベル3は議論への参加、レベル4は共同研究(図表2)と分類したときに、レベル3以上の段階に専門教育を受けていない市民が関わるのは困難であるとし、しかしながら市民の関わりはレベル1と2だけで良いのかという制度設計上の課題が説明された。

次に、大澤剛士氏からは、今までの活動に基づき「今のシチズンサイエンスはオープンなのか」という問題提起がなされた。現状のシチズンサイエンスは研究者がトップで市民はその下でデータを集める形式が多いが、この場合研究を考える頭脳は従来型の研究と同じく研究者であり、新たなイノベーションは生まれないことが指摘された。もし新しい可能性を求めるならば市民と研究者が同じ立場で集合知を出し合うかたちや、むしろ市民が主導するよりオープンなかたちを模索すべきであるとの意見が述べられた。

次に江渡浩一郎氏からは、ニコニコ学会β等の運営経験をもとにして、「共創プラットフォームの困難さは多くの人の力をまとめて一つにすることである。その際には“モチベーションの設計”が鍵になる。」との指摘がなされた。そして、「サービス提供者とユーザーが協力することでイノベーションを起こす共創型イノベーションを考案した。」「協業と共創は異なる。協業は利益を分けあうことに主眼が置かれるが、共創は利益が未確定でその場合は共通善(共通な大きな目的)が必要になる。」等の見解が出された。

その後、登壇者間での意見交換と、会場との質疑応答がなされた。「シチズンサイエンスに取り組まず、従来型のサイエンスを続けても良いのではないか。」という問いに対して、登壇者から「もちろん良い。自分はシチズンサイエンスが面白いからやっており皆さんに紹介している。」と、決して従来型研究に取って代わるものではなく、あくまで新たな研究手法の一つであり、その可能性への期待から取り組んでいるとの見解が出された。

「集合知形成におけるリーダシップを誰がとるかを考えたときに、知識量では研究者になるが」という問いに対しては、「合議制を廃して、信頼できる人に任せる方式もある。」「中学校の生物部に任せたら、主体的に研究者が想定していなかった活動を実施し賞を獲得した例もある。結果的に意図しない成果が生まれていることも重要。」との回答が出された。

「質の管理について」の質問については、「論文等を目標にするなら制度設計等で考えるが、本質的には利用する研究者が責任を負うべきこと。」「特に論文を出口とする場合は、解析手法等を工夫し、得られたデータから科学的に議論できる結果を出すのが研究者の仕事。」との回答が得られた。

最後に座長の林より、「シチズンサイエンスといってもこれだけ多様なパターン、分類、考え方などがある。つまり、オープンサイエンスの時代になり、論文や研究データに容易にアクセスでき、市民も科学に参加できるようになったことで、今までのように紙メディアをルーツとする論文を中心とした決まったゲームの方法を超えて、原理的にはICTを活用して皆さん誰もがオリジナルの研究スタイルを確立できうる楽しい時代になったと考えられる。これがオープンサイエンスの便益であると考えている。」とのまとめがなされて90分のセッションは終了した。

図表2 市民は科学活動のどの部分・どの段階まで関わるのか図表2 市民は科学活動のどの部分・どの段階まで関わるのか

4. 事前アンケートについて

今回のセッションを企画する上で、まず、日本にどのような共創型研究があるのか、参加している研究企画者はどのような考えで取り組んでいるのかを明らかにすることが必要と考えられた。このため、2018年5月7日から6月1日の間、共創型研究に取り組んでいると思われる研究者を中心としたアンケートを実施した。

実施に当たっては、著者らが「共創型研究」を実施していると考える研究者約20名に回答を依頼するとともに、周囲で同様の活動をしている人への展開を依頼した。その結果、最終的に「共創型研究」を実施、又は計画している方34名、実施や計画はないが関心がある方8名の計42名から回答の協力を得ることができた。

4-1 回答者属性

今回、回答者42名の内、大学/研究機関所属者が26名、博物館/科学館/図書館関係者が14名であった。年代は、30代から40代が7割弱であった。研究分野は多岐にわたっているが、科学コミュニケーションを含むその他を選択された方が13名おり、人文・社会科学系の方が7名と多いのが特徴である(図表3)。回答者の範囲が初めに回答を依頼した研究者に依存している部分が多く、我が国の“共創型研究”の全体像を捉えるまでにはいたらなかったが、少なくとも様々なバックグランドを持つ研究者・人々によって“共創型研究”が実施されていることが判明した。

図表3 回答者の専門分野図表3 回答者の専門分野

4-2 “共創型研究”が実施されている分野

共創型研究が実施されている分野も様々であることがわかった(図表4)。特に、環境学や生態学など、社会との関わりの強い分野や、近年分野融合的に立ち上がっている領域が多いのが特徴である。例えば、持続可能な環境づくりなど地域課題解決に関する研究や、工学と心理学を融合した技術の社会受容性に関する研究などの実例が報告された。この傾向は、海外の共創型研究に関する類似研究6)と比べても同様であり、共創型研究がなされやすい分野の存在を示している。

また、研究を始めた動機としては、「自らの研究を進める上で必要だった」との回答が最も多かった(34名中19名が選択)ことを考えると、実態としては、共創型研究は成熟した学問領域に比べ分野横断的に新興する社会との関わりの強い学問領域で、研究上の必要性をもって行われていることがわかる。

図表4 共創型研究の実施されている分野図表4 共創型研究の実施されている分野

4-3 “共創型研究”で研究企画者が期待する参加者の役割とその意義

多様な参加者による研究の類型として、京都大学白眉センター理学研究科特定准教授の榎戸輝揚氏は、

1.市民が研究者にデータを供給する

2.市民が研究者とデータ解析をする

3.市民が研究者に資金を供給する

4.市民と研究者が一緒に研究を楽しむ

の4つを挙げていることが紹介されている78)。また、成果の可能性として、新しい科学研究スタイルによる新規発見がなされること、科学リテラシーの向上、また科学的才能の発見が挙げられている9)。この点について、科学に関する市民参加プロジェクトの可能性を広げるためのプラットフォームを構築するドイツ連邦教育研究省(BMBF)は、実践者向けのガイドブック10)で、科学への利益、参加者への利益、社会への利益を挙げている(図表5)。

今回、今まで日本で広く調査されてこなかった研究プロセスにおける参加者の役割について、研究企画者が何を期待しているか聞いた(図表6)。

現在、よく知られている共創型研究の例が「Galaxy Zoo」のような参加者がデータの採取・分類に係るものが多いのに比べ、研究課題の設定、研究計画の立案からデータ分析・解釈にいたる様々な過程に関与し、また、研究成果の評価、利用、賛同・広報といった役割も期待されていることが判明した。

図表5 シチズンサイエンスの可能性(ドイツ連邦教育研究省. 著者の仮訳)図表5 シチズンサイエンスの可能性(ドイツ連邦教育研究省. 著者の仮訳)

図表6 研究企画者が期待する各研究プロセスにおける参加者の役割(複数回答可、件)図表6 研究企画者が期待する各研究プロセスにおける参加者の役割(複数回答可、件)

4-4 “共創型研究”の効果

共創型研究で得られる効果について期待も含めて聞いたところ、「科学的な楽しみや知的好奇心を共有する」が最も高く、次いで「参加者の科学への理解を深め、科学的思考を醸成する」、「研究成果の社会実装の促進や社会受容性の向上」の順であった(図表7)。

効果の実例として、自由記述では、地域の環境計画において民間やコミュニティの知見が生かされた例などが挙げられた。セッションでも、ヒューマノイドの不気味の谷を越えるために必要な要素を参加者が見いだした例、参加者による観測で新たな銀河が見つかった例などが挙げられ、研究者と参加者が相互に得るものがあり、社会的インパクトを与える研究の兆しが見られ始めている。

図表7 研究企画者が期待する「共創型研究」の効果(複数回答可、件、回答件数順)図表7 研究企画者が期待する「共創型研究」の効果(複数回答可、件、回答件数順)

4-5 “共創型研究”の課題

共創型研究について、今後の課題について記述式で回答を求めた。

この結果、参加者と研究者の双方にメリットがあるかたちとなりにくいこと、参加者が単なる労働力とならない設計が必要であること、成果の定義が明確でないこと、論文発表といった既存の研究評価の枠組みでは必ずしも評価できないこと、また多様なステークホルダーをつなげ研究としてデザインできる共創的思考をもった若手人材の育成が必要であることが挙げられた。研究者をリーダーとするピラミッド型の構造ではない、相互に知恵を与えあう構造・場の必要性、参加者のモチベーションを維持する工夫の必要性、そのような共創型研究をデザインできる人材育成の必要性が示された。これらは具体的にどのような方策によって実現するかは明らかではなく、実施する研究者が個々に試行錯誤している段階と思われる。今後の政策検討においては、このような自発的な新しい研究の枠組みについて、中長期的に把握し、研究者の主体性を損ねることなく支援していく必要がある。

5. 総括

今回のセッションと事前アンケートの総括は以下の通りである。

1)今までの、“市民科学”、“シチズンサイエンス”とされてきたものの定義を越えて、近年のWebを活用して市民が科学に参加するかたちの従来見られなかった共創型の研究活動が日本でも着実に現れている。

2)共創型の研究は、目的や分野特性に応じて様々なスタイルがあり、そこに優劣はない。また、従来型科学に取って代わるわけではなく新たな選択肢が増えたと考えられる。さらには自分で新しい研究手法を作ることも可能な時代になっている。

ちなみに、図表8に今回のJOSSセッションで紹介された“共創型研究”を、従来型の研究とならべて比較した。

3)活版印刷の普及以来築かれ、長年続いてきた論文生産を中心とした従来の研究と評価のスタイルは、デジタル・ネットワーク時代において変革期にある。現在は従前の枠組みを越え、新しい研究と評価のスタイルが生まれうる、科学研究のリフレーミングの時期である。

4)共創型研究の将来に対しては、シチズンサイエンスではない新たな呼び名が必要となる。

5)今後の政策検討においては、このような自発的な新しい共創型研究の枠組みを中長期的に把握し、研究者や参加者の主体性を損ねることなく支援していく必要がある。

図表8 シチズンサイエンスを起点とした多様な研究の形図表8 シチズンサイエンスを起点とした多様な研究の形

6. 最後に

日本ではシチズンサイエンス、特に「市民科学」という術語においては、研究者と市民が持つ情報が非対称であった中で、科学と社会の信頼性に関わる活動を指していた面も強かった。一方、今回兆しとして現れた共創型研究では市民を含む多様な参加者が研究の初期段階から参画することで、より透明性の高い研究活動を行うことができる。科学研究を変え、科学の信頼性の担保を含む科学と社会の関わりを捉え直す、シチズンサイエンスを超えた共創型研究の発展が期待される。また、オープンサイエンス政策の中の重要な課題11)として今後検討されるべきものであろう。

参考文献

1) 林和弘. 動向レビュー:世界のオープンアクセス,オープンサイエンス政策の動向と図書館の役割. カレントアウェアネス. 2015, No. 324, p. 15-18.

2) 内閣府. “「国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会」報告書:我が国におけるオープンサイエンス推進のあり方について~サイエンスの新たな飛躍の時代の幕開け~”.
https://www8.cao.go.jp/cstp/sonota/openscience/

3) 第5期科学技術基本計画.平成28年1月22日 閣 議 決 定.
https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/5honbun.pdf

4) 林 和弘.オープンサイエンスが目指すもの:出版・共有プラットフォームから研究プラットフォームへ. 情報管理. 2016,58 (10), p.737-744.https://doi.org/10.1241/johokanri.58.737

5) “Japan Open Science Summit 2018(JOSS2018)”.http://joss.rcos.nii.ac.jp/

6) Christopher Kullenberg; Dick Kasperowski. What Is Citizen Science? – A Scientometric Meta-Analysis. PLoS ONE. 2016, 11 (1), e0147152.https://doi.org/10.1371/journal.pone.0147152

7) 石亀一郎. “オープンサイエンスとは何か?多様な視点からその正体に迫るイベントが京都で開催”.academist Journal. https://academist-cf.com/journal/?p=673

8) “KYOTOオープンサイエンス勉強会”.http://kyoto-open.science/

9) 林 和弘.オープンサイエンスをめぐる新しい潮流(その5) オープンな情報流通が促進するシチズンサイエンス(市民科学)の可能性.科学技術動向研究. 2015. vol150. p.21-25. http://hdl.handle.net/11035/3097

10) German Ministry for Education and Research (BMBF). “citizen science for all. A guide for citizen science practitioners”. Bürger schaffen Wissen.
https://www.buergerschaffenwissen.de/sites/default/files/assets/dokumente/handreichunga5_engl_web.pdf

11) 横尾淑子. 欧米における市民科学(シチズンサイエンス)支援の動き. KIDSASHI.
https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/index.php/ja/weekly-weakly-signals/228