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- DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00140
- 公開日: 2018.09.25
- 著者: 三木 清香、新村 和久、白川 展之
- 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.3
- 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
東京大学情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻 准教授/
株式会社ティアフォー創業者・取締役兼最高技術責任者
加藤 真平 准教授インタビュー
-完全自動運転システムの基本ソフト
「オートウェア」の開発と起業-
第2調査研究グループ 上席研究官 新村 和久
科学技術予測センター 主任研究官 白川 展之
近年、ICT技術等の発達を背景に、自動運転車の開発が急速に進んでいる。自動運転には、周囲と車の位置関係を瞬時に認知し、車を動かす方向やスピードの判断を行い、運転操作を行う一連の動作が必要で、この中核となり全体を統合する情報処理がキーとなっている。
コンピュータサイエンスを専門とする加藤氏は、名古屋大学情報科学研究科准教授時代に、長崎大学、産業技術総合研究所(産総研)などと共同して、完全自動運転システムの開発を行い、2015 年にその基本ソフト「オートウェア(Autoware)」をオープンソースとして公開した。これにより、自動運転の核となる情報処理技術が、国内外の幅広い分野の技術者、研究者に使えるようになり、完全自動運転のシステム開発やアルゴリズム開発に取り組めるようになっている。このように自動運転技術のイノベーションが加速されるオープンな環境を実現された加藤氏に、ベンチャー企業における活動を中心にインタビューを行った。
東京大学情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻 准教授/
株式会社ティアフォー創業者・取締役兼最高技術責任者
自動運転システム開発の研究と起業
私は、学生の頃からコンピュータサイエンスに取り組み、米国のカーネギーメロン大学とカリフォルニア大学サンタクルーズ校で研究をしていました。ちょうど帰国したときに、日本でも自動運転の研究開発が活発になり始めていたので、名古屋大学で取り組んだのが直接のきっかけです。今も、大学ではコンピュータサイエンスを研究していて、自動運転の研究開発は、ほとんどベンチャーでやっています。
もともと、自分の気質として基礎研究を基礎研究のまま終えてしまうより、研究成果を使ってもらうことに価値を感じていました。研究成果を普及させて、世界に発信したいという思いが強かったのです。イノベーションを起こす感覚は、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、マーク・ザッカーバーグといった起業家のレベルの世界です。大学でもある程度はできるかもしれませんが、大学教員でいるうちは自分でイノベーションを実現することは難しいと思います。やはり、成果を世界に発信し普及させていくのは、ビジネスとして取り組めるベンチャーかなと思います。
私の場合、起業のきっかけは自身の大学間の移籍でした。名古屋大学から東京大学に移るときが起業のターニングポイントでした。まず、私にとって、名古屋大学の自動運転研究の環境はすばらしいものでした。ロケーション的にも自動車産業が盛んな地域でしたし、何より、大学として自動運転を推進していこうという流れになっていました。私はまだ30代の准教授でしたが、自動運転の研究に対してはその立場以上の厚い支援を受けていたと思います。そのような状況下で東京大学に移ることとなったのです。そこで、名古屋にベンチャー企業という形で拠点を設ければ、東京大学に移った後も名古屋大学でお世話になってきた大学の方たちと一緒に研究開発を続けられると考え、そのタイミングでティアフォーを起業しました。
研究とベンチャー活動の両立について
東京大学に来てからは、研究活動とベンチャー活動の両方に取り組むこととなりました。私にとって、どちらの活動も非常に面白く有意義です。
研究は、最先端で新しい技術を生み出していく楽しさがあります。純粋に楽しいですね。一方のベンチャーは、技術を社会の役に立つ形に仕上げて世界に発信していく充実感、社会を変えていくイノベーションの手応えがあります。
同時に、ベンチャーでは、研究開発の全てが最先端というわけではありません。社会実装には、品質確保とかエコシステムとか、技術に加えて、社会の中でその技術が使われるよう、うまく自分で組み立てていくことが必須です。そのため、先端技術だけではない部分、例えば自動運転では、まだ法規制が整備されていませんので、関係省庁との規制に対しての議論や、技術が確立されているかの実証実験を行うなどの必要があります。こうした活動に没頭すると、自分の製品は作れても、1年2年とたつうちに最先端の基礎研究から遅れてしまうと感じます。最先端技術の観点では、やはり大学・学生さんが強いというのが率直な感想です。
研究とベンチャーの両方の活動がうまくいっている理由の一つは、コンピュータサイエンスの研究と自動運転の開発を、人材でうまくオーバーラップできていることだと思います。ティアフォーのビジネスモデルは、基本ソフト「オートウェア」をオープンソースにすることで、このソフトを用いた世界各地の開発成果を共有し、自動運転の最前線の技術を常に持ち続けることです。そして、自動運転が普及する前段階では、具体的に自社製品に自動運転を実装したい企業に対して、部品の調達からアプリの開発、実装まで丁寧に開発コンサルティングを行うビジネスを展開しています。こうした活動を行っているベンチャー企業において、最先端の知識と技術を持つ大学院の学生さんは、キラキラ輝いていて、喉から手が出るほど欲しい優秀な人材です。パートタイマーであっても学生さんに開発に参加してもらうことで、最先端の技術を熟知した上での製品を作ることができます。
学生さんの立場でも、大学の基礎研究は出口が見えにくい性質があるところに、ベンチャー企業の活動に参加することで、実際の実用化に携わる目に見える体験ができるメリットがあると思います。自動運転の実現という夢のある出口があって、達成に必要な研究をやっていると実感できることが、研究のやりがいや手応え、次のテーマにもつながっていると思います。また、ベンチャーの経験から研究ツールが得られるケースなど、研究活動に対するフィードバックも少なくありません。私としてはベンチャー活動をすることで研究開発が進み、大学の基礎研究活動によりベンチャーの技術力が上がっていると実感しています。ただ、難点というほどではないのですが、時には学生さんの関心がベンチャーの活動の方に偏り過ぎてしまう恐れが出てくることもあります。一概に悪いこととも言えませんが、やはり学生さんの本分は研究ですので、私にできることとして、大学の指導教員として学生に接して毎週ミーティングを行い、研究を主とするよう教育上の指導をしています。
他企業との連携
特に大企業との連携については、余り交渉で難航することもなく、うまくウィン-ウィンの関係を築いていると思います。
ポイントはティアフォーのビジネスモデルが既存の大企業にないオープンモデルであることです。日本の大手メーカーとシリコンバレーのIT企業の戦略を比べてもらうとわかりやすいのですが、日本のメーカーは知財を取得して技術を守り、技術力で競争する戦略をとっています。これに対し、IT企業はどちらかと言えばオープンモデルの方です。Android、Gmailといったサービスもオープンモデルです。無料でオープンにしつつ、彼らはビジネスを確立し、技術も進化させています。私たちが開発した基本ソフト「オートウェア」もオープンソースであって、新しいデータが次々に入って更新されていくオープンモデルです。常に進化し続けるプラットフォームを所有している点で、日本の既存の大企業とは全く異なるビジネスモデルです。大企業の文化では急激な変化は難しく、私たちのようなベンチャーと組むことは大企業にとっての飛び道具になっていると思います。もしかしたら、シリコンバレーよりも面白いビジネスモデルを展開しているという期待も持ってくださっているのではないかと思います。
ティアフォーの活動は、「オートウェア」をプラットフォームとして獲得した最先端の技術を、各企業が有する製品へ実装する開発の支援であり、導入から実証実験まで含めた実装コンサルティングサービスの形で提供することです。連携相手は世界の最先端技術を自社製品に実装することに魅力を感じて交渉に来られるので目的がはっきりしています。大企業にとってのティアフォーの価値は、最先端の技術を取り込み開発する圧倒的なスピードです。GoogleやUberが参入してきた市街地の自動運転開発競争においても、唯一世界に追従できるのが「オートウェア」と判断されて、日本の大手メーカーの方々は私たちと連携されていると思います。
一方、ティアフォーにとっては、大企業と取り組む魅力は「出口」です。製品の量産や流通に関しては、やはり大企業が圧倒的に強く、ティアフォーの側でも大企業との連携に価値を見いだしています。
他企業との連携における知的財産権の扱い
他企業との技術連携に当たっては、知的財産の処理が課題になります。ティアフォーの場合は、連携する企業の側がティアフォーのオープンなビジネスモデルを理解されていますので、オープンソースの部分に知的財産権を主張されることはなく、うまく知財問題が避けられています。もちろん、連携先企業の自社リソースである製品と結合して新たに発明をした場合には特許権が発生しますし、基本的にそうした発明部分で連携先企業が権利取得することに制限はかけていません。
連携先企業等が実装の過程で発生した発明について特許を取ることを拒んではいませんが、同時に、やはり我々のビジネスモデルの根幹であるオープンソースに弊害が出ないように注意は払っています。このため、なるべく先に公開してしまい、それから特許を自由にお取りください、という流れにしています。
ティアフォーの活動に弾みを与えた連携
現在の多くの国内外企業とティアフォーの連携への発展の基礎には、シリコンバレーで様々な企業に使ってもらい、ある程度の標準化の足掛かりと実績を積み重ねることができたことが大きいと感じます。
このきっかけは、米国にあるユダシティ(シリコンバレーに拠点を持つ人工知能(AI)や自動運転、ロボティクス、データ・サイエンスなどのオンライン教育企業)という教育ベンチャーのプログラムに「オートウェア」を使ってもらえたことだと思います。ユダシティの学生が一斉に「オートウェア」を使いだして実利用に流れ込みました。これを背景に米国の半導体メーカーNVIDIAとの連携が進み、さらに、シリコンバレーで多くの企業との連携へと発達しました。特に日本の企業は、ガラパゴス化を避けて世界で標準化された技術を使いたいと考えるので、このように海外で認められたことが、国内普及に効果をもたらしたと思います。ティアフォーのように標準化をビジネスモデルのコアに置く場合、普及をさせやすい地域で標準化させた後、日本に逆輸入することも効果的ではないかと思います。
鍵となったベンチャーキャピタル及び事業会社の支援
ベンチャーの成否を決める要因の一つは、株主に恵まれること、出資元の企業に恵まれることではないかと強く思います。私見ですが、大学発ベンチャーの失敗例の多くはベンチャーキャピタル(VC)の選択に失敗していると感じます。
良いVCというのは、出資後に出資先企業の中に入って、企業が成長するよう一緒に働いてくれるものです。多くの海外VCは、出資すると自分たちが出資先の会社に入っていき、投資したベンチャーを育てるようどんどん動いてくれます。ベンチャーを経営してみないと感覚的にわかりにくいかもしれませんが、お金を出すのはVC側にもかかわらず、出資後の立場はベンチャーの側の方が強くなるという構図が多くあります。なぜなら、株主となった出資者の手元の株式の価値がベンチャーの活動にかかっているからです。株式を得た投資者が自ら保有する株式の価値を上げるためにベンチャーの成長に手も口も出すのは当たり前の行動になります。ベンチャーの方から、投資者に「あなたの株のためですから、僕らベンチャーのために働いてほしいです」とアプローチするのも当然という感覚です。最初は、私もこの感覚がわからず、好ましいVCとそうではないVCの違いがわからなかったのですが、一緒に創業してくれた人が投資経験の長い人で、VCの選択時に非常に適切な助言をしてくれました。また、実感として、事業会社から受ける出資が良いですね。ティアフォーでの事例では、自社との事業上の効果の見込める事業会社が投資もして本気で取り組んでくれていることが多いと感じます。こうした意味でも、ベンチャーに対する公的支援では、直接的な資金援助もさることながら、ベンチャー企業の発展を支援する人材の育成が非常に大事だと考えられます。
博士人材の重要性の高まり
博士課程進学者が減少している背景の一つとして、日本では、優秀な学生への対価が他の先進国と比較すると本当に十分ではないと感じます。もちろん、制度的に給料を支払うことができない事情は理解しています。私の場合は、ティアフォーから学生ベンチャーに出資したり、アルバイトやインターンの報酬という形で支払ったりするようにしました。単なる博士課程学生の経済支援というわけではなく、彼らは自身の持つ最先端技術でベンチャーの成長を支えています。ここにもウィン-ウィンの関係が生まれています。さらに、ティアフォーの事業との相乗効果が期待できるベンチャーの創出や人材育成にもつながっています。
私は、コンピュータサイエンスがこれから先もどんどん進化していく中で、大学の基礎研究が弱いと、産業も弱くなっていくのではないかという危機感を持っています。産業の衰退を避けるには大学での基礎研究が強くなければいけません。また、基礎研究がうまく社会に活用されない、いわゆるアカデミアと産業の死の谷というものを乗り越えないといけないと思います。加えて、日本の産業は、世界の変化から取り残されかけていると思われ、対策をとるには、課題を特定し、解決に向けた手順を考え、実行する、という博士の課題設定能力と課題解決能力が必ず必要になってきます。
アカデミアと産業の橋渡しを担うティアフォーでは、冒頭でも申し上げたように、自ら社会を大きく変革するイノベーションを実現することを目指し、常に最先端の知識の実用化に取り組み、世界へと発信しています。