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- DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00136
- 公開日: 2018.08.27
- 著者: 浦島 邦子、奥山 知香子、椿 光之助
- 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.3
- 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
国際応用システム分析研究所(IIASA)
和田 義英 水資源プログラム長代理インタビュー
-地下水の利用可能量を示す、地球規模の水資源モデルの開発-
地下水は、世界の都市用水や農業灌漑用水を供給する安定した水資源とされているが、地球規模でデータが乏しく国際的な研究は進んでいなかった。ナイスステップな研究者2017に選定された和田氏は、世界規模で地下水がどこにどの程度あり、人口増加や経済発展、食料生産の増加に伴い、地下水がどの程度、持続的に利用できるか調査研究を進めている。同氏は、本研究で2017年にオランダの水文学の賞と欧州の若手研究者の賞を受賞され、研究成果がNature誌等に多数掲載されるなど、世界の注目を集める研究を展開している。今回は、ナイスステップな研究者2017の和田氏に、地球規模の水資源モデルと、国際的に活躍されてきた御経験についてお話を伺った。
和田 義英 水資源プログラム長代理
- 「地球規模の水資源モデルの開発」という研究テーマに取り組んだきっかけは何ですか。
私は愛媛県西条市という、日本の名水百選にも選ばれた地下水の豊富な地域で育ち、幼いころから地下水に興味を持っていました。実は私は文系の出身です。大学の学部と修士課程では、社会科学を専攻し、地下水の管理ガバナンスについて学んでいました。社会科学の観点から研究をしているうちに、水を管理する方々に、より具体的な提案をしていくためには、文系の視点だけでは見えないもの、つまり地下水の利用量等の数値に基づくモデリングの知識も必要であると考えるようになりました。そこで、研究の幅を理系に広げてみようと思い、修士課程修了後に文部科学省の長期海外留学支援プログラムを利用してオランダに留学し、ユトレヒト大学で「水文学」を学びました。水文学は日本では余り有名ではないかも知れませんが、海外ではメジャーな学問の1つです。ユトレヒト大学在学中には、グローバルな水資源を推定する数理モデルを開発しました。
この研究テーマの面白さは、目に見えない地下水を表現できるところにあります。水は人間活動に必要不可欠であり、水不足は生活用水の問題、食糧の問題に直結しているため、実際に国際問題・政治問題に発展している例もあります。過去100年のデータを見ると、河川等の表流水の量は余り変動しません。一方、地下水の利用量は上昇する一方で、地下水の枯渇は常に懸念されています。そうでありながら、地下水の世界的な利用可能量などを示すデータはありませんでしたので、これは限られたデータとモデルをうまく利用して世界的に研究するしかないと思い、このテーマに取り組むことにしました。
- これまでにない研究に取り組む上で苦労はありましたか。
前例がなく挑戦的なテーマではありましたが、様々な国や国際機関の方と協力してデータをかき集めて、それに人間活動のデータや降雨からの地下水への流入量等も統合し、地下水位がどれぐらい変動しているかを研究しました。言語も異なる各地の情報を世界中から集めるのは、非常に時間と手間がかかる作業でした。しかし、当時はグローバルな視点での地下水の研究は珍しく、研究の結果が出ると、様々な新聞やニュースに取り上げられるようになりました。特に私の研究は水資源に地下水を含めており、更に灌漑や工業活動、家庭の水利用などの人間活動の影響を水のサイクルに組み込んだという特徴があり、このような新しい視点も高い評価を受けることができました。
- 海外での研究活動についても教えてください。
オランダでは修士課程を2年間、博士課程を4年間、更にポスドクも2年ほど経験しました。そこで良い研究成果が出たのですが、同じところでずっと研究していると停滞してしまう気がして、新しいことに挑戦したいと考えるようになりました。そこで、日本学術振興会(JSPS)の海外特別研究員制度を利用して、米国航空宇宙局(NASA)に行き、今度は地球全体の観点から水資源について研究しました。NASAでは、気候、海洋との関係等が統合された水循環について、衛星から見たり、数理モデルを使ったりしていることから、更に総合的な観点で研究できることが魅力でした。思い返してみると、所属先を変えるたびに、社会科学の視点、理系のモデリングの視点、そして地球規模の観点と、視点を変えながら水を見てきたのだと思います。
最近はNASAが打ち上げたGRACEという衛星に注目しています。この衛星により、宇宙から、表面水や氷河、地下水など全部を含めた水の変動を計測することができるからです。先日新しい衛星が打ち上げられたばかりですが、これから10年、15年かけて、この衛星を使い、いまだデータがない地域についても地下水利用の影響を推定することができるようになると考えています。また、衛星のデータを使って、今使っているモデルをもっと向上させたいとも考えています。地球の水資源モデルはここ10年ぐらいは、世界を1辺50kmの立方体(グリッド)に分割して水資源の量を推定しています。将来的には、今のモデルと衛星の情報とを掛け合わせて、このグリッドを1辺が1kmぐらいまで細かくして、もっと詳細なデータをとれるようにしたいと考えています。
データがそろえばスーパーコンピュータを用いて、地下水位の将来推計を算出することができると考えています。その年の夏に使用可能な水量や水不足の程度等が前もってわかると、いろいろな管理の仕方が提案でき、具体的な対策の構築に役立てることができます。最近では、南アフリカのケープタウンで大規模な水不足があり、そこに住んでいる人たちはシャワーを浴びられるのが1週間に2回程度で、貯水していた水もほとんど使い切ってしまったそうです。水には国境がないので、その資源利用を巡って国同士のトラブルになることもあります。利用可能な水の量をあらかじめ知っておくことが様々なトラブルの解決策にもなるので、今後是非研究を進めていきたいと考えます。将来推計を出していくに当たってスーパーコンピュータを利用できるかどうかはこれからの課題です。
- 国際研究所で研究して良かったことや苦労したことはありましたか。
グローバルな研究テーマに取り組んでいるので、やはりデータの収集や分析をする上で他の国際機関と連携できることが非常にメリットになりました。テーマが大きいとスケールが飛躍してしまうので、ステークホルダーを見つけにくくなるのですが、国際研究所に所属していることで、世界銀行や国連関係の方ともお話をする機会を得て、研究に興味を持ってもらうことができました。SDGs等に関連していろいろな提案や協力ができるなど、大きな話にも関わることができました。これらは、最終的に開発したモデルから見えるデータを用いて水資源ガバナンスの提案をしていきたいという私の目標にもかなっていました。
一方で本当にいろいろな国の方がいるので、文化的な違いで苦労する面はあります。研究員として様々な国際研究所に所属するようになると、更に世界中の国の人々と関わるので、接し方についてはそれぞれの人々の性格や場面を考慮する工夫が必要です。海外では本当に厳しいことでもはっきりと言わないと意見を聞いてくれない場合や、話す相手によって話し方を変えないと誤解を生んでしまう場合もあるので、その意味では非常に気を遣います。しかし活発な議論ができるという点では非常に面白く、本音で言い合える研究環境は私の性格には合っているのかも知れません。
- 国際研究所で活躍する日本人はまだ少ないのでしょうか。
現在私が所属する国際応用システム分析研究所 (IIASA)は加盟国が25か国ぐらいあり、日本もその拠出国です。1972年に創設された研究機関で、米国とソビエト連邦が協力して、冷戦中でも東と西の研究者が一緒に研究できる場所として、中立国であるオーストリアに設立されました。今では、世界50か国以上から約450人が所属していますが、日本人は3人だけです。IIASAは毎年、博士課程の学生を対象にした夏期研修プログラムを3か月ほどやっています。費用もIIASA負担なのですが、2018年は日本人の応募はありませんでした。国際会議でも日本人の若い研究者は余り見ないので、是非日本の若手の方にも世界に出てほしいと思います。
同時に、少ないながらも海外で研究する日本人は増えていますので、将来的には彼らが日本に帰ってくることが国にとってもメリットになると思います。一方で、海外で研究すると日本でポジションが取りづらくなると言われています。最近だと、日本から海外に出て行ったまま帰ってこない人もいます。その意味で、海外に出た研究者が日本に帰ってきても、うまくポジションにつくことができる環境を整えることが重要だと思います。中国では最近、海外に行った中国人を中国に呼び戻そうとして、大学教授等のポストに好待遇で迎えているという話を聞いたことがあります。国際的に研究してきた経験が評価されるとなれば、海外に出る研究者は増えるのではないかと思います。また、日本は国内に大きい科学コミュニティがあるので、論文は国際雑誌に挑戦するよりも、むしろ国内雑誌に発表する方が良いと考える人が多いのかも知れません。私は、もう15年海外に出ていますが、将来は日本に帰ってきて研究したいと考えています。
- オランダと日本の研究環境の違いについて教えてください。
日本は、研究に関する議論の場では先生方が発言し、若い方々の発言は少ないように思います。そして教授の先生に対して挑戦的な質問はしないイメージがあります。一方、オランダでは全てがストレート、本音で意見を言い合う国民性です。上下関係もなく、「先生、それ間違っていませんか」と真っ向から指摘します。教授も、指導された通りに言うことを聞く学生よりも、自分の意見を説明できる学生を高く評価します。ポジションや年齢よりも「何をやっているか」が重視され、基本的に質問があれば誰にでも聞きに行くという非常にオープンな環境です。そして、夕方の5時になるとみんな家に帰ります。研究室に夜まで残っているのはアジア人が多いです。
日本だと博士課程は学生で、どちらかというと教育の場というイメージが強いですが、海外では博士課程は給料や社会保障、年金保障もある仕事の場なので、博士課程の間は研究に集中し、どれだけ良い論文が出せるかが重要になります。そのせいか、海外の博士課程の学生は、日本の学生よりも積極的な印象を受けますし、研究を行うときに仕事としての責任感も感じます。オランダの博士課程は、博士号の取得要件として国際学会誌に4本論文を投稿する必要があります。オランダの博士課程は4年間ですので1年に1本のペースで論文が国際学会誌に掲載されないといけないので、修了がとても難しく、なかなか思うような成果を出せず博士課程に8年在籍して頑張っている人もいます。あとは海外での経験や海外の人々とのネットワーク、そして活発に議論ができるかということが重視されます。海外経験も、単に海外に行ったかどうかではなくて、そこでどんな研究をして、それが今どんな研究につながっているのかが非常に重要です。
それから、オランダは大学による教育の質の差がほとんどありません。どこの大学に行っても大体同じなので、みんなここの大学に行きたいという希望よりは、分野への興味や通学距離で大学を選びます。そもそも、オランダでは中学生の頃にはもう将来の進路について決めるので、職人になるのか、大学に行って高等教育を受けるのかといったことは、人生の早い時期に既に決断してしまっています。そして、大学に行く人は日本のように多くはなく、大学に進学する人はエリートです。日本と比べるとどうかはわかりませんが、欧州は教授のポストの数が決まっており、前の教授が引退するまではポストが空かないので、こちらもアカデミアのポジションを獲得するための競争は激しいです。
- 今後の展望をお聞かせください。
今の地下水の研究は、量がわかってきたところです。これからの地下水の課題は、地下水の経済的な価値について知ることだと思います。地下水は無料で使えて、管理する人もいないことが多いため、乱用されて水が枯渇した例が多くあります。私は自分の研究を通して、この問題をもっと多くの人々に向けて発信したいと思っています。過去5年ぐらいでBBCやCNNで取り上げられるようになってきましたが、まだまだ、もっと広く発信していかないといけないと思います。
今私は水資源のモデルに経済価値を取り入れることに挑戦しています。水資源の価値がどのくらいあって、今後水の利用が増加する地域で水の需要と供給のバランスを保つにはどれぐらいの投資が必要なのかを計算しています。
そして将来的には、IIASAが国際研究所であることを活用して、地下水や水資源を研究している方を集めた新しいコミュニティを作っていきたいと考えています。分野内での競争がかなり激しいのですが、ライバルとして情報を秘密にし合うよりも一緒に協力してモデルの開発をやっていく方が、より早く成果を出せると思うからです。IIASAは研究結果と政策をつなげていくための機関なので、協力し合えるコミュニティを確立し、より早く成果を出して、世界中の人々の日常生活に役立ちたいと考えます。
- 世界的に活躍する和田さんから次の世代の研究者の方にメッセージをお願いします。
私はどこにでもいるような普通の人間です。そんな私がなぜ国際研究所で研究ができたと言うと、単に野心があったからです。目標を持って努力することで、誰にでもチャンスはあります。地下水は、どちらかというと地域の資源と見られやすいのですが、例えば日本が輸入している米国の農作物は、米国の地下水を利用して育てられています。それが原因で米国の地下水が枯渇しているとなると、この問題は特定の地域に限定された問題ではなくなります。日本の研究所で日本の研究をすることも大切ですが、日本だけではなくより大きな観点で研究することも非常に面白いものです。海外に行くといろいろな人とネットワークができるメリットもあります。海外で研究してみたいと思えば、私が利用した文部科学省の留学支援やJSPSの研究者支援等もありますので、是非野心をもって、心の向くままに様々なことにチャレンジしていただきたいと思います。
*所属はインタビュー当時