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- DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00129
- 公開日: 2018.06.25
- 著者: 葛谷 暢重、科学技術予測センター
- 雑誌情報: STI Horizon, Vol.4, No.2
- 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
東京大学政策ビジョン研究センター
江間 有沙 特任講師インタビュー
-人工知能を切り口に科学技術と社会の共創を推進-
科学技術予測センター
第5期科学技術基本計画では、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、Society5.0の社会が示されるとともに、科学技術の社会実装に関して、社会としての意思決定が必要になる事例が増加しつつあるとの認識が示され、人工知能等を例に、科学技術と社会の共創的取組の重要性が取り上げられている。
Society5.0で実現する社会では、人工知能がどのような社会をもたらすのかについて期待がある一方、社会における対応の遅れへの懸念や漠とした不安が共存しているのが現状である。このため、人工知能などの最先端研究が発展し、便利な社会が実現していく中で、そのコスト、意図せざる利用にも目を向けることは、今後の科学技術の方向性を議論する上で非常に重要な観点である。こうした科学技術と社会の関係性について、STS(Science and Technology Studies / Science, Technology and Society)の研究者で、技術の開発段階から科学技術と社会の関係を作り上げていく仕組みの構築を実践し、ナイスステップな研究者2017に選定された東京大学政策ビジョン研究センター特任講師 江間有沙氏にお話を伺った。
東京大学政策ビジョン研究センター 特任講師
- まず、STSについてお話を聞かせていただけますか。
STSは日本語で「科学技術社会論」、英語だとScience and Technology Studies若しくはScience, Technology and Societyという学問領域になります。
略称が2つある理由ですが、STSは社会の中で埋もれて見えなくなっているいろいろな問題や課題を指摘する「Studies=学問」の側面と同時に、課題についての対策を考える「Societyへの働きかけ」の側面も持つからです。また、ある対象に対してエビデンスを示しつつ、「少し視点を変える(ずらす)と、こういう見え方もある」という別の枠組みを提供するものでもあると思います。その際、自分自身を系の外部に立つ観察者としてだけ捉えるのではなくて、自分自身の立ち位置や視点についても常に冷静に批判的に見直して、フィードバックをかけていく。そうした活動も含めてSTSの研究だと私は捉えています。
- STSの国際・国内での研究動向について聞かせていただけますか。
日本では1990年代にネットワーク団体であるSTS Network Japanができ、2001年には科学技術社会論学会が設立されました。学部生のときからSTS教育を受けてSTS研究者となった、と言えるのは私の年代くらいからになると思います。
科学技術社会論学会の会員は500人くらいです。米国には4S(The Society for Social Studies of Science)があり、大体1,500人くらいの研究者がいると思います。欧州系だとEASST(European Association for the Study of Science and Technology)があります。また東アジアを中心としたSTSの雑誌EASTS(East Asian Science, Technology and Society)があるほか、ラテンアメリカやアフリカ等様々なところにコミュニティがあります。それぞれ背景としている社会的課題などに沿って、アプローチや問題関心にバラエティがあって興味深いです。
- 江間先生はどのようなきっかけでSTSに取り組み始めたのか聞かせていただけますか。
帰国子女だったこともあり、異文化コミュニティにおいて自分とは何かや、自律性とは何かといったことに興味がありました。東京大学文科Ⅲ類に入学して様々な学問に触れたとき、もっと理工系の分野を学びたいと思って教養学部広域科学科広域システム(当時)に進学しました。この学科が非常に面白いところで、システム論という考え方を軸として、数学や統計学、プログラミングの基礎といったことから生物、物理、化学、地学の実験もさせていただきましたし、認知科学、環境や生態系、複雑系や技術経営といった様々な分野を幅広く学べました。そのバラエティ豊かな講義の中に、後の指導教官となる藤垣裕子先生によるSTSの講義もあり、科学技術を対象としながら社会や文化について考えるという分野に魅力を覚えました。駒場には科学哲学や科学人類学の先生もいらっしゃってゼミなどを受講していたほか、本郷キャンパスの科学技術政策や情報法などの授業も受講していました。
- STSに取り組む上では科学技術と社会と、両方の側面の知識・経験を持たないと取り組みにくいでしょうか。
対象となる領域への興味関心があれば、知識や経験は自然と身についてくるとも思います。興味のあることをやっていたら、それがSTSという分野に多くの研究の蓄積があると知った、という方もいらっしゃると思います。あるいはもともと何か特定のディシプリン、生命科学や物理学であるとか、そういう研究に携わっていた方が、自分の分野の技術と社会との関係性に興味を抱いてSTSに入ってこられた、というケースも多いように思います。
科学技術と社会と両方の側面の知識・経験と関連する特性としては、ほかの分野の人との対話を楽しめることは大事かもしれません。大学には様々なプログラムが受講できる環境が整っていますが、私自身はそういった規定のプログラムは取らずに、「1人学際」と称して単位とか関係なく自分で勝手に興味のある授業を受講していました。教養学部や総合文化研究科は、いろいろな授業を受けやすい環境であり、ほかにも同様に「1人学際」をやっている学生が結構いて、そうした人たちとの交流やそこで議論したことも今に生きていると思います。違う分野の人との話を楽しめるのは必要かもしれません。
ひるがえって現在、教員という立場になってみると、様々な分野の学生さんとの対話も非常に刺激的です。2018年3月まで東京大学科学技術インタープリター養成部門の特任講師をさせていただいたのですが、これは全学の副専攻プログラムのため、様々な専門を持つ学生さんたちと話をする機会がありました。彼/彼女たちは、思いもよらない視点を持ってきてくれますし、また彼ら同士でも異分野の対話を楽しんでいます。専門性が深まるほど他分野の人と話す機会は減ってきますし、分野によっては「1人学際」をする時間がない人もいるかと思います。そのため現在、大学で開講している「AIが浸透する社会を考える」授業では、講師陣も様々な分野の先生に御登壇いただくほか、学生さんも分野の違う人たちとディスカッションできる時間を多く設けています(http://science-interpreter.c.u-tokyo.ac.jp/ai_society/)。そういう意味で、学生の方は、興味を持ったら知識や経験がない・浅いといったことに遠慮せず、気負わずに異分野の人に声をかけていただければうれしいです。
- 海外の留学経験などはSTSの研究にどのように影響しましたか。
修士課程では交換留学でサセックス大学に2か月間、博士課程では日本学術振興会の特別研究員制度でコーネル大学に1年間留学をし、それぞれふだんとは異なる環境に身を置いたことから、得るものがありました。
サセックス大学にはSPRU(Science Policy Research Unit)という科学政策に関する研究機関があり、そこでナノテクノロジーなどの先端科学技術に関する科学コミュニケーションや科学技術政策について様々な調査をさせていただきました。英国は市民参加型のイベントに力を入れており、そうした取組や活動を実際に体験できたのは貴重でした。
コーネル大学はSTS研究者層が非常に厚い大学で、科学哲学、歴史学や人類学などに根差したSTSの理論を基礎から学ぶことができました。学生も論文を書くためには1年間くらい対象となる地域やフィールドに赴くという研究スタイルであり、現在私自身が取っている研究スタイルの方向性を見いだせた意味でも大きな影響がありました。また冷戦研究やポストコロニアル研究、ジェンダー研究なども盛んで、その中で情報技術に関するSTSを様々な観点から見つめ直すことができました。
学生時代に英国型と米国型のSTSを学べたことは、日本で研究をしていく上でも、海外の研究者の方たちと共同研究を進めていく上でもとても参考になっています。
- ここから研究について話題を移します。江間先生は研究者と社会をつなぐような場を作る活動もなさっておられますが、どのように場を形成しているのか教えてください。
私の場合、博士課程までは、RFID(radio frequency identification)やプライバシー強化技術などが特定の場面や状況で使われているときの社会調査などを行っていたため、情報系研究者の方と直接お話しする機会は余りありませんでした。
ただ京都大学白眉センターに所属していたとき、ここも学際的なセンターでとても面白かったのですが、人工知能学会の表紙がジェンダーの問題と関連して社会的に大きなニュースになったことがありました1)。このとき、受け入れていただいていた情報系の研究室に、当時の同僚で現在立命館大学准教授の服部 宏充さんがいらっしゃって「こういうのって、江間さんの専門分野ではないの」と話が始まりました。そこから服部さんや同じく京都大学にいらっしゃった秋谷さんと議論を重ねて、人工知能と社会に関する課題について落ち着いて考える場が必要ではないかということになり、2014年に情報学、哲学・倫理学、人類学などの有志の研究者と「Acceptable Intelligence with Responsibility(AIR):人工知能が浸透する社会を考える」研究グループを立ち上げ、対話の場やイベントなどを企画するとともに、論文を執筆してきました。ウェブページには80年代90年代に関するオーラルヒストリー調査も公開しています(http://sig-air.org/)。
また、Beneficial AI Japan(http://bai-japan.org/)というコミュニティでは、様々な分野や業種の人と協力して、国内外のAIと社会について研究活動をしているグループの連携活動を促すような情報発信やイベント開催を行っています。
(人工知能研究者、法学者、倫理学者、囲碁棋士などを話題提供者に迎えた)
提供:江間 有沙 東京大学政策ビジョン研究センター 特任講師
- 場の作り方や、イベントの人選がかなり重要そうですね。何かコツのようなものはあるのでしょうか。
研究体制の在り方や作り方について結果だけではなくプロセスも論文などで言語化するようにはしています。一方で暗黙知のようなものも多いのでOJT(オンザジョブトレーニング)的にワークショップやイベントの運営を経験しないと身につかないものもあるかもしれません。私も学生時代から先生や先輩方のイベント設計や運営に関与させていただいてきた中で身についたことが多いです。
場の形成はふだんから色んな方々と広くつながっておくと、何かお題が出てきたときに、ふと「あの人と、あの人をつないだら面白いのではないか」という発想が出てきます。ワークショップやイベントというのはその「あの人と、あの人をつなぐ」ものであるだけではなく、「新しく面白い人を呼び込む」場でもあるので楽しんで企画しています。何より一緒に企画してくれる仲間がいるのが心強いですし、学生さんにも加わってもらうようにしています。
あとは、場を作るときには、なるべく参加した全員にメリットがあるように、誰か特定の人だけが搾取することがないように、ということを常に心がけています。イベントやプロジェクト企画でも、取り組むべきお題は参加する人にとって面白いものであるかを最初に議論しますし、興味やテーマによって「この指とまれ」方式でやっているので、メンバーはフラットで流動的でもあります。また異分野共同研究は、研究費を取るため、あるいは取ってから組織されることもありますが、そうするとお金の切れ目が縁の切れ目になってしまいます。AIRは研究費がない時代から、「とりあえず10年は続けよう」と話していましたし、かといって場の維持が自己目的化しないように適時皆で見直ししたりもしています。
- 近年、オープンサイエンスやシチズンサイエンス、オープンデータ、データパブリッシングなど新しい研究活動が出てきています。そうした動きと関連する部分もあるのでしょうか。
従来型の査読付き論文という形だけではない、新しい評価の必要性は出てきていると思います。また「オープン」が重要になってきていることとセットで「クローズ」もしっかり考えていく必要があると感じています。例えば、特許などを生む可能性がある技術や、セキュリティに関連する技術などは、必ずしもオープンが適切とは限りません。研究者や貢献者の権利は守りつつ、オープンにすることも必要だと考えます。時代や要請に合わせてオープンとクローズの垣根を考え直していく必要もあると感じます。
新しい研究活動の動き、という面ではIEEE(米国電気電子技術者協会)の活動は参考になるかもしれません。IEEEは「研究者、技術者が成果を持ち寄って議論し、共有する」だけでなく、倫理指針を作成したり、それをロビーイングしたりといった活動も行っています。2017年の12月にIEEEのグローバルイニシアティブは「倫理的に調和した設計」というレポートの第二版を公開しましたが、包摂性(inclusive)と多様性(diversity)を非常に重視している点は参考に値します。本レポートもそうですが最初から作り込んで公開するというよりは、まず非常にざっくりとした案を出しました。そしてIEEEの会員か否かを問わず、そこで批判・批評してくれた人に、「じゃあ、あなたの視点を是非生かしたいので、一緒に活動してくれませんか」というような形で巻き込んでいきます。オープンにしっぱなしではなく、一定割合でクローズする、つまりレポートなどの形でまとめ、更にそれを再構成するためにオープンにするといったことを繰り返すプロセスを重視し、可視化するやり方は興味深いです。
コンピュータソフトウェアの世界では既にGitHubなどのサービスを通じてプログラムを共有し、有志が協力し合っているほか、各自の貢献箇所が明確な形で修正したり、派生版を作成したりすることが行われています。上記のIEEEの取組はこれと似たところがあるかもしれませんし、論文など研究の推進自体も、今後、そのような方向性で進められる部分もあるかもしれません。
「倫理的に調和された設計」レポート
- そうした活動を、政策などで支援できる部分はあるでしょうか。
これらの活動は自律分散的にやっている、という点にも特徴があると思います。アドホックにつながっているため、どこが中心、核だということが定まらないので個別具体的に何か支援しよう、というのは難しい部分も大きいかもしれません。緩やかな支援としては、研究者や学生が異分野の人との交流や自分の研究以外の活動がしやすいような環境を整えてもらうのが有り難いかと思います。興味はあるのだけれど「時間がなくて参加できない」や「今の研究に直接結びつけられないから参加できない」という状況は、少なくなればいいなと思います。
- 今後の展望や10年後の目指す姿をお聞かせください。
STSではナノテクや遺伝子、原子力など、様々なドメインで科学技術と社会の関係を扱います。私は現在、人工知能やロボットの研究に関心を持っていますが、ほかの研究領域と比べると誰でも話に参加できるというのが1つの特徴だと考えています。例えば「ナノテク」で幼稚園児から高齢者の方までが参加して議論をする場を作ろうとするとかなり考えないといけませんが、「人工知能」や「ロボット」は「宇宙」と同じくらい皆が様々なことを語れる分野です。だからこそ、問題設定の粒度や扱いを考えないといけないところもあるのですが、「人とは何か」「人と機械の関係性」といった広いテーマにも結び付くため、科学技術と社会が対話し、共創するためのフレームが描けたら、ほかのドメインへ展開することもできるのではないかと期待しています。
現在、特任講師という3年間の任期付きポジションであるため、10年後はどこで何をしているのかまだわかりませんが、今と同じく科学技術と人、社会と環境との関係であるとか、人とは何かなど、興味のあるテーマに楽しんで取り組んでいたいと思っています。
参考文献
1) 大澤博隆:2015年表紙更新にあたって ─前年の「表紙問題」のまとめとこれから─, 人工知能学会誌, vol. 30, no. 1, pp. 2–6, 2015.
2) The IEEE Global Initiative for Ethical Considerations in Artificial Intelligence and Autonomous Systems, Ethically Aligned Design: A Vision for Prioritizing Human Well-being with Autonomous and Intelligent Systems (A/IS), http://standards.ieee.org/develop/indconn/ec/ead_v2.pdf
3) The IEEE Global Initiative for Ethical Considerations in Artificial Intelligence and Autonomous Systems, Regional Reports on A/IS Ethics, http://standards.ieee.org/develop/indconn/ec/eadv2_regional_report.pdf