STI Hz Vol.5, No.1, Part.9:(レポート)『Oslo Manual 2018:イノベーションに関するデータの収集、報告及び利用のための指針』-更新された国際標準についての紹介-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00168
  • 公開日: 2019.03.20
  • 著者: 伊地知 寛博
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.5, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
Oslo Manual 2018:イノベーションに関する
データの収集、報告及び利用のための指針』
-更新された国際標準についての紹介-

第1 研究グループ 客員総括主任研究官 伊地知 寛博

概 要

各国では、国全体の研究開発やイノベーションの状況や動向を把握し、これを踏まえて、将来に向けて政策の立案や戦略の策定が行われている。これらを支援し、また各国間で互恵する観点から、経済協力開発機構(OECD)は各国における研究開発やイノベーションに関するデータの収集・報告・分析のための国際的マニュアルを策定している。このうちイノベーションについては、先般、13年ぶりに実施されていた改訂作業が完了して、2018年10月に『Oslo Manual 2018オスロ・マニュアル2018)』として公表された。

本稿では、改訂の背景やプロセスについて触れたのち、この『Oslo Manual 2018』の概要について、マニュアル全体の構成や狙いとともに、「イノベーション」等の定義を含めた前の版からの主な変更点を紹介する。また、この版において勧告されている企業部門の企業を対象として測定すべき内容と方法についても言及する。

キーワード:イノベーション,イノベーションの測定,統計,指標,科学技術・イノベーション政策

1.序言-データの収集、報告及び利用のために国際標準指針を策定する意義

本稿は、経済協力開発機構(OECD)とEurostat(欧州委員会統計庁)との合同により策定され2018年10月に公表された『Oslo Manual 2018オスロ・マニュアル2018)』1)の概要について紹介する注1

Oslo Manualオスロ・マニュアル)は、その副題から示唆されるように、イノベーションに関するデータの収集、報告及び利用のための国際標準指針である。研究開発に関するデータの収集及び報告のための国際標準指針であるFrascati Manualフラスカティ・マニュアル)と同じファミリーに位置付けられているものである。

データの収集及び報告のために国際標準指針を策定する意義等については、『Frascati Manual 2015フラスカティ・マニュアル2015)』の概要を紹介する拙稿23)において既に述べており、イノベーションを対象とするこのOslo Manualについても全く同じことが当てはまる。

我が国では、文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が政府統計の一つとして実施しているイノベーション調査である「全国イノベーション調査」は、このOslo Manualの勧告等に沿って実施している。他国・地域においても同様である注2

Oslo Manualは、1992年に初版が公表され、その後、1997年、2005年にそれぞれ改訂版が策定され公表されてきた。したがって、今回は第4版であり、13年ぶりに改訂されたこととなる。

2.『Oslo Manual 2018』への改訂の背景とプロセス

今次改訂は、2015年4月に着手することが決定された。今回の改訂の背景には、近年の国際的要請に応じて、OECDとしてイノベーションに関するデータ、指標及び定量分析の提供に係る概念上及び実践上の指導書としてのOslo Manualの妥当性を強化する狙いのほか、前回改訂された2005年から13年が経過して、オープン・イノベーションやグローバル・バリュー・チェーンなどこの間におけるイノベーションのありようの大きな変化に対応して、また、企業部門にとどまらず全部門における測定に対応し得るものとすることなどがあった。

この改訂プロセス中に開催されたOECDのNESTI(科学技術指標各国専門家作業部会)会合やEurostat STI WG(科学技術イノベーション作業部会)会合において、段階的に、構成案及び改訂骨子案の承認並びに改訂案の原則的承認がなされた。また、この改訂プロセス中にはワークショップが4回開催され注3、改訂されるべき内容等についての検討に始まり、NESTI会合等に上程されるべき案等に関する検討を、NESTI代表員に加え関係する専門家等を交えて議論がなされた。

なお、NESTIとEurostat STI WGの両機関を代表するOMSG(オスロ・マニュアル改訂運営グループ)が合同で設置された注4。OMSGは、草稿作成チームやエディタによって準備された原稿案について検討して、マニュアル全体の品質や整合性を確保したり、改訂作業の工程を監視して遅延しないようにしたりするなどして、改訂作業を全体として運営した。改訂に際しては、各国における実践を踏まえて、根拠をもって検討するように図られた。

それから、この改訂作業に先だってまた並行して、メンバー国等により準備され実施された活動もある。それらの中には、イノベーション調査の潜在的回答者に対して直接的にインタビューを行い、調査票に示される術語等の解釈について明らかにする認知試験(cognitive testing)注5や、各国代表員が関わる学界、政府や研究機関により開催されたイノベーション測定に関する先導的研究者・専門家らによるワークショップ等注6〜注8も含まれており、これらの成果も改訂作業にいかされている。

また、この改訂プロセス中である2016年9月に、科学技術・イノベーション政策に情報を提供する次世代の科学技術・イノベーションのデータ及び指標をテーマとしたBlue Sky Forum 2016がOECD等の主催により開催された。ここでの議論を踏まえた主な勧告注9には、OECDがイノベーションの測定の枠組みについて企業を超えて他の部門にも拡張することや、イノベーションに対する既知及び隠れた形態の公的支援の発生範囲及び影響に関する証拠を提供することなども含まれており、これらも改訂に反映されている。

加えて、この改訂プロセスと並行して、ISO(国際標準化機関)(ISO/TC279)においては「innovation management(イノベーション・マネジメント)」に関する標準(ISO 56000シリーズ)の策定が進められており、結果的にはそこでのイノベーションの定義との共通化は図られなかったが、一時的にはそれに向けた模索もなされていた。

3.改訂における主な変更点を含む『Oslo Manual 2018』の概要:「イノベーション」等の定義も含めて

3-1 改訂における主な変更点

今回の改訂では、マニュアルが全面的に新たに書き換えられた。

改訂作業の当初では、定義など基本的事項については余り変更しないこととされていた。しかし、実際には第3版からの細かな変更点がかなり見られる。また、厳密に考えれば、異なる版に基づく統計データについては時系列に断絶が生じるものとなるが、それよりも、現在及び近い将来のイノベーションをより良く測定することが優先された結果である。

3-2 『Oslo Manual 2018』の構成と狙い

Oslo Manual 2018』は、まずは、イノベーション・データを編纂するイノベーション調査を実施する統計機関(我が国でいえば「全国イノベーション調査」を実施するNISTEP)のための指針であるが、これにとどまらず、同様にイノベーションについての測定を行う研究者や専門家、さらには、これらイノベーションのデータを利用する政策分析者・政策形成者等の広範なユーザに向けたものともされている。とりわけ、国際的に合意されて策定されたOECDと欧州委員会のEurostatとの合同文書であることから、国際的に承諾されたイノベーションの定義や関連する概念を提供して、イノベーション政策についての政府間の討議等においても“共通の言語”として活用されることが期待されている。

Oslo Manual 2018』は、図表1に示すように3部11章から成っている。

また、図表2は、第II部の各章間の関係を示したものである。

科学技術・イノベーション政策に資するためのイノベーションに関するデータを収集することが目的であり、そのため、個別企業におけるイノベーションのありようというよりは、研究やイノベーションのシステムについての機能や状況を観測して分析すること、換言すれば、国や地域等の全体における企業におけるイノベーション活動の実行やイノベーションの実現の状況やそれに関連すると考えられるビジネス能力等の企業内の要因及び企業外から影響を及ぼす要因や、企業を含む関係主体間等の知識の流動などを把握することに、より留意されている。そのため、イノベーション活動実行企業やイノベーション実現企業だけではなく、要因を明確化させるための比較対照も考慮してイノベーション活動非実行企業についても多様な情報を収集し、また、企業の戦略等に関する多面的な情報も収集することを勧告するものとなっている。

図表1 『Oslo Manual 2018』の構成図表1 『Oslo Manual 2018』の構成 出典:『Oslo Manual 2018』1)に基づき作成した。

出典:『Oslo Manual 20181)に基づき作成した。

図表2 『Oslo Manual 2018』第II部各章間関係の概略的表現図表2 『Oslo Manual 2018』第II部各章間関係の概略的表現 出典:『Oslo Manual 2018』1)から日本語訳を作成した。

出典:『Oslo Manual 20181)から日本語訳を作成した。
3-3 「イノベーション」等の定義
3-3-1 部門によらない一般化された「イノベーション」の定義

「イノベーション」という語は、日常的には、企業のような活動の主体によってなされる“行為”又は“プロセス”を表すということと、主体の外に生じる“成果”を表すということの2つの様相があり、しばしばそれらが混在して用いられている。しかし、Oslo Manualのこの第4版では、成果を“イノベーション”であるとして概念化し、“イノベーション”を生み出すためプロセスを“イノベーション活動”であるとして概念化した。

また、近年、企業部門にとどまらず公共部門や個人(家計部門)におけるイノベーションの測定も進められ、これらにも共通して適用可能な定義が求められてきていた。

以上を踏まえ、“innovation(イノベーション)”については、部門によらない一般的なものとして、以下のように定義された注10

イノベーションとは、新しい又は改善されたプロダクト又はプロセス(又はそれの組合せ)であって、当該単位の以前のプロダクト又はプロセスとかなり異なり、かつ潜在的利用者に対して利用可能とされているもの(プロダクト)又は当該単位により利用に付されているもの(プロセス)である。

この定義に示されているように、イノベーションとは、「新しい又は改善された」、すなわち、ある単位注11において“新規性”を有する「プロダクト又はプロセス(又はそれの組合せ)」であって、それが、当該単位における以前の「プロダクト又はプロセス」と比較して「かなり異なる」ものであって、かつ、それが「潜在的利用者に対して利用可能とされているもの」又は「当該単位により利用に付されているもの」というように“利用可能性”を有するものであるとされた。

この定義は、「新しい又は改善されたプロダクト又はプロセス(又はそれの組合せ)」というだけではなく、以下のような要件等を満たすことも示唆している:i)単なるアイディアということではなく、ユーザに利用可能とされるように実施が必要とされる;ii)必ずしも研究開発に基づくものである必要はない;iii)少なくとも主体にとって、以前のものと比較してかなり異なる;iv)成功は目指されているが、それは必然的にもたされるものでも必要とされるものでもない。

3-3-2 企業部門における企業を対象とした「イノベーション活動」及び「ビジネス・イノベーション」の定義

さて、上述のように一般的なものとして「イノベーション」が定義されたが、それを踏まえて、企業部門における企業を対象としたイノベーションを実現するための“プロセス”として「innovation activities(イノベーション活動)」が、それぞれ以下のように定義された:

イノベーション活動とは、企業によって着手された、当該企業にとってのイノベーションに帰着することが意図されている、あらゆる開発上、財務上及び商業上の活動を含む。

そして、この企業におけるイノベーション活動、すなわち、「business innovation activities(ビジネス・イノベーション活動)」について、その構成要素は、以下のとおりとされている:

ビジネス・イノベーション活動は、以下の活動の全部又は一部から構成されるものとされている:

- 研究及び試験的開発(R&D)活動

- エンジニアリング、デザイン及び他の創造的作業活動

- マーケティング及びブランド・エクイティ活動

- 知的財産(IP)関連活動

- 従業員訓練活動

- ソフトウェア開発及びデータベース活動

- 有形資産の取得又はリースに関連する活動

- イノベーション・マネジメント活動

また、企業部門における企業を対象とした「イノベーション」である「business innovation(ビジネス・イノベーション)」についても、以下のように定義された注12

ビジネス・イノベーションとは、新しい又は改善されたプロダクト又はビジネス・プロセス(又はそれの組合せ)であって、当該企業の以前のプロダクト又はビジネス・プロセスとはかなり異なり、かつ市場に導入されているもの又は当該企業により利用に付されているものである。

3-3-3 「ビジネス・イノベーション」の類型:「プロダクト・イノベーション」と「ビジネス・プロセス・イノベーション」

「ビジネス・イノベーション」については、「product innovation(プロダクト・イノベーション)」と「business process innovation(ビジネス・プロセス・イノベーション)」という2つの類型が設定され、それぞれ以下のように定義された:

プロダクト・イノベーションとは、新しい又は改善された製品又はサービスであって、当該企業の以前の製品又はサービスとはかなり異なり、かつ市場に導入されているものである。

ビジネス・プロセス・イノベーションとは、1つ以上のビジネス機能についての新しい又は改善されたビジネス・プロセスであって、当該企業の以前のビジネス・プロセスとはかなり異なり、かつ当該企業によって利用に付されているものである。

この2つは、新しい又は改善されたものが活動の“客体”である「プロダクト」に関わるものであるのか、それとも活動の“主体”である企業における「ビジネス・プロセス」に関わるものであるのかという観点から設定されている注13

また、この定義においては「business function(ビジネス機能)」という概念も導入されているが、主な6つのビジネス機能として、以下のとおり示されている:

- 製品及びサービスの生産

- 流通及び物流

- マーケティング及び販売

- 情報・通信技術(ICT)

- 運営及び管理

- プロダクト及びビジネス・プロセスの開発

3-3-4 「イノベーション活動実行企業」と「イノベーション実現企業」

上述の定義を踏まえ、企業におけるイノベーションの状況を示すものとして「innovation-active firm(イノベーション活動実行企業)」と「innovative firm(イノベーション実現企業)」注14とが設定され、それぞれ以下のように定義された:

イノベーション実現企業は、観測期間内に1つ以上のイノベーションがあると報告するところである。これは、あるイノベーションについて、個別に又は合同で責任を有する企業に、等しく適用される。

イノベーション活動実行企業は、ある意図された利用のために、新しい又は改善されたプロダクト又はビジネス・プロセスを開発又は実施するための1つ以上の活動に、観測期間内のあるときに従事しているところである。イノベーション実現企業もイノベーション非実現企業の双方とも、ある観察期間中に、イノベーション活動実行中であり得る。

3-4 『Oslo Manual 2018』において勧告されている企業部門の企業を対象として測定すべき内容
3-4-1 測定すべき内容

第II部において第4章から第8章までが当てられているように、イノベーション活動実行企業におけるイノベーション活動の内容やビジネス・イノベーションの目標及び成果に加え、イノベーション活動の有無にかかわらず企業におけるイノベーションに影響する内的要因(ビジネス・イノベーション能力)及び外的要因についても測定し、イノベーションの実現を可能にするような要因を分析できるようにしている。このようにすることで、国全体としてのイノベーション・システムの状況を把握し、これがうまく機能するように図るために政策の立案・執行等に資する情報を得ることとしている。また、企業における取組や状況等とイノベーション活動実行やイノベーション実現との関係を把握するには、イノベーション活動実行企業だけではなく、相違を見いだすためのイノベーション活動非実行企業に係る情報も必要である。これがこの第4版における勧告にも反映されている。

3-4-2 定量的指標

企業に関する全般的な基本的データについて収集することが勧告されている。これらには、従業者数、総売上高、高等教育を受けた従業者数のシェア等が含まれる。

固有の定量的指標については、イノベーション・マネジメント活動を除いたイノベーションに関連する活動(ただし、必ずしも当該企業における観測期間内のイノベーションに係るものとは限定されない)に係る支出額、そして、その中で当該企業におけるイノベーション活動に係る支出額である「innovation expenditures(イノベーション支出額)」、それから、総売上高に占めるイノベーション売上高のシェアといったデータについて把握することも勧告されている。

3-4-3 定性的指標

企業に関する全般的な基本的データについて同じく収集することが勧告されている。これらには、企業の所有状況、販売の地理的分布等が含まれる。

固有の定性的指標については、イノベーションと知識流動との関係(イノベーションのための情報源、イノベーションのための協働パートナーの種類、他者との知識相互作用の阻害要因を含む)、マネジメント、知的財産、人的資源、広義の技術といった内的要因(ビジネス・イノベーション能力)、市場、政府による支援を含む公共政策、社会及び環境上の様相といった企業におけるビジネス・イノベーションに影響する外的要因、ビジネス・イノベーションの目標及び成果といった観点で、様々なデータを収集することが期待されている。

3-5 『Oslo Manual 2018』において勧告されている企業部門の企業を対象として測定するための方法
3-5-1 企業のイノベーションに関するデータを収集する方法

マニュアルの第III部の第9章及び第10章では、企業のイノベーションに関するデータを収集する方法について丁寧に述べられている。ここでは、改訂に際してよく議論された客体アプローチと観測期間の長さに絞って述べる。

3-5-2 イノベーション測定における主体アプローチと客体アプローチ

イノベーション調査では、イノベーション活動を実施しイノベーションの実現を図るなどのことを行う企業という活動の「主体」やそれが行うイノベーション活動に焦点を置いてデータを収集している。この主体アプローチに対して、活動の結果として実現されるイノベーションという「客体」についてデータを収集する方法が客体アプローチである。第4版では、主体アプローチにおいて、企業にとってもっとも重要なイノベーションといった焦点を置くイノベーションを設定した“object module(客体モデュール)”を入れた場合に用いられるべき項目等が勧告されている。

3-5-3 観測期間の長さ

企業におけるイノベーション実現やイノベーション活動実行の有無を判断する観測期間(observation period)の長さについて、第4版では3年間を超えてはならないと勧告されている。現在、我が国も含めて、イノベーション調査では、これまでの慣行から3年間としているところが多いが、1年間としているところもある。プロダクト・ライフ・サイクルとも関係し、また、その長さには一長一短があることからこの第4版では特定の長さについての総意には至っていないが、国際比較可能性を向上させるために、もっとも適切な長さに関する国際的合意に向けて取り組んでいくこととされている。

3-5-4 イノベーション・データの利用についての指針

マニュアルでは、第11章を統計的指標及び分析のためのイノベーション・データの利用について当てて、イノベーション指標に望まれる特性、国際比較のための指標開発及び表示を含めたイノベーション指標を構成する方法、主題別の一連のイノベーション指標等について示している。また、イノベーション・データ作成者だけでなく利用者にとっても指針となるよう、イノベーションのインパクトの分析やイノベーション政策の実証的評価に焦点を主に当て、イノベーション・データを分析するための方法についても記述している。

3-5-5 『Oslo Manual 2018』の実行と国際比較可能性の更なる向上に向けた方法論への示唆

そして、EEA(欧州経済地域)諸国では現行の法令に基づきこの勧告に対応することは義務的であるものの、我が国を含む他のOECD諸国ではそこまでには至らない。しかし、それでもやはり最善を尽くして勧告を採用することが期待されている。また、勧告では各国・地域にかなりの程度の裁量が許容されているものの、統計方法について(しゅう)(れん)が目指されるべきことともされている。これは、イノベーションに関して国際比較可能なデータを作成する上で必須であるからである。

4.おわりに−『Oslo Manual 2018』のインパクト

今後、世界各国・地域で実施されるイノベーション測定は、今回改訂されたこのマニュアルの勧告に沿って実施されるように望まれ、そこで得られた結果が国際的に集約されるなどして、国際比較可能性がより向上した指標集が得られることが期待される。


注1 書名に付されているノルウェーの首都である「オスロ(Oslo)」は、このマニュアルに至る最初の版について議論した会合が開催された場所であることによる。

注2 EEA(欧州経済地域)締結国(EUメンバー国等)においては、その法令に基づき、このOslo Manualの勧告等に沿って「共同体イノベーション調査(CIS: Community Innovation Survey)」の中核質問票及び方法論が定められ、それに従って各国において調査が実施されている。他のOECDメンバー国(米国、韓国、カナダ、オーストラリア等)やその他の国・地域(中国、アフリカ諸国、中南米諸国等)も、同じくこのOslo Manualの勧告等に沿って調査を実施している。

注3 オスロ(ノルウェー)、2015年12月;ヘント(ベルギー)、2016年9月;パリ(フランス)、2017年3月;マドリード(スペイン)2017年12月。

注4 筆者はNESTIへの代表員の一人として改訂プロセスの全体にわたって関与し、特に、OMSGの一員として、他の構成員とともに頻繁にウェブ上でも会議を行うなどしながら、例えば、構成案や骨子について検討したり、草稿作成チームやエディタによって準備された原稿案について、精査して議論したりするなども行ってきた。

注5 Galindo-Rueda, F. and Van Cruysen, A., 2016, “Testing Innovation Survey Concepts, Definitions and Questions: Findings from Cognitive Interviews with Business Manages,” OECD Science, Technology and Innovation Technical Paper.

注6 National Research Council, 2014, Capturing Change in Science, Technology, and Innovation: Improving Indicators to Inform Policy. Washington, DC: The National Academies Press.

注7 National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine, 2017, Advancing Concepts and Models for Measuring Innovation: Proceedings of a Workshop. Washington, DC: The National Academies Press.

注8 Innovation in Firms: Proposals for a Better Measurement – Workshop in the Context of the Oslo Manual Revision Process, 30. 05. 2016, ZEW, Mannheim.

注9 Galindo-Rueda, F., 2018, “Blue Sky Perspectives towards the Next Generation of Data and Indicators on Science and Innovation.” in OECD, OECD Science, Technology and Innovation Outlook 2018: Adapting to Technological and Societal Disruption, OECD Publishing, Paris.

注10 ちなみに、第3版では、「イノベーションとは、新しい若しくはかなり改善されたプロダクト(商品若しくはサービス)若しくはプロセス、新しいマーケティング方法又は事業慣行、職場の組織若しくは対外関係における新しい組織的な方法の実施である。」と定義しており、「implementation(実施)」という“行為”であるとして概念化していた。また、第3版の定義では、プロダクトやプロセスの新規性に関して、新しいか「significantly improved(かなり改善された)」とされており、その「significantly(かなり)」の解釈や判断について議論を呼んでいた。しかし、第4版では、「以前のものとの相違」についてが「significantly(かなり)」であるというように変更された。これは、例えば、ある観点から見たときにはプロダクトの性能が劣後するような<「破壊的イノベーション」と“誤訳”されることが多い>disruptive innovation(分裂的イノベーション)についても適合させるためである。

注11 この定義は、イノベーションに対して責任を有するアクター<活動主体>を言い表すために、“unit(単位)”という総称的術語を用いている。これは、いかなる部門の、SNA(国民経済計算体系)におけるいかなる“institutional unit(機関単位)”をも示し、家計やその個々の構成員も含んでいる。また、統計上の基本的概念・用語である“statistical unit(統計単位)”等との関連も考慮されている。

注12 一般的な「イノベーション」の定義と比較して、企業部門に関することであることから、「単位」に対応して「企業」とされ、また、「潜在的利用者に対して利用可能とされているもの」に対応して「市場に導入されているもの」とされるだけの具体化がなされている。

注13 ちなみに、第3版では、「プロダクト・イノベーション」、「プロセス・イノベーション」、「マーケティング・イノベーション」、「組織イノベーション」という4つの類型が設定されていた。詳細については割愛するが、後ろ3つの類型が、第4版の「ビジネス・プロセス・イノベーション」とおおむね対応するものとなっている。

注14 日本語訳における「イノベーション実現…」について、これに対応する原語の英語では“innovative”という形容詞が用いられている、この語は、通常の用法では、将来においてイノベーションを実現する潜在的な能力又は傾向等を示す場合があるが、このマニュアル第4版では、所与の期間にイノベーションを有していることを同定するという特定の意味に限定して用いることとされている。

参考文献

1) OECD and Eurostat, 2018, Oslo Manual 2018: Guidelines for Collecting, Reporting and Using Data on Innovation, 4th Edition, The Measurement of Scientific, Technological and Innovation Activities, OECD Publishing, Paris/Eurostat, Luxembourg, https://doi.org/10.1787/9789264304604-en.

2) 伊地知寛博, 2016a, 科学技術・イノベーションの推進に資する研究開発に関するデータのより良い活用に向けて:OECD『Frascati Manual 2015(フラスカティ・マニュアル 2015)』の概要と示唆(前編), STI Horizon, vol.2, no.3, pp.64–68, http://doi.org/10.15108/stih.00047.

3) 伊地知寛博, 2016b, 科学技術・イノベーションの推進に資する研究開発に関するデータのより良い活用に向けて:OECD『Frascati Manual 2015(フラスカティ・マニュアル 2015)』の概要と示唆(後編), STI Horizon, vol.2, no.4, pp.42–47, http://doi.org/10.15108/stih.00048.