STI Horizon

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  • DOI: 10.15108/stih.00005
  • 公開日: 2015.12.01
  • 著者: 科学技術動向研究センター
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.1, No.1
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

レポート
ホライズン・スキャニングに向けて
〜 海外での実施事例と科学技術・学術政策研究所における取組の方向性 〜

科学技術動向研究センター

概 要

科学技術と社会との相互作用によるイノベーションにおいて不確実性が高まっていることを背景に、近年、国内外でホライズン・スキャニングへの関心が高まっている。

ホライズン・スキャニングは、将来大きなインパクトをもたらす可能性のある変化の兆候をいち早く捉えることを目的とした将来展望活動の一つである。対象は幅広いが、社会・経済・環境・政治的にインパクトをもたらす可能性のある科学技術の新興領域に焦点が当てられることが多い。

基本プロセスは、情報の収集と分類、情報の分析(インパクトの大きさや変化の実現する可能性の評価等)、分析結果の展開の三段階から成る。欧州では、フォーサイトの前段階あるいはフォーサイトプロセスの一部として位置づけられている。主な実施国・機関は、英国、オランダ、欧州議会等である。

当研究所では、フォーサイトとホライズン・スキャニングを車の両輪として、国内外の関係機関との連携・協力や共同研究の実施等を通じて、検討・取組を進める予定である。

キーワード:ホライズン・スキャニング,フォーサイト,エビデンスベース,イノベーション

1. はじめに

急速に進展する科学技術がもたらす社会の変化、また、技術開発側の想定を超えた新たな方向への社会展開など、科学技術と社会との相互作用によるイノベーションにおいて不確実性が高まっていることを背景に、近年、国内外でホライズン・スキャニングへの関心が高まっている。

第5期科学技術基本計画の策定に向け、内閣府基本計画専門調査会が取りまとめた答申素案1)の「科学技術イノベーション政策の推進機能の強化」の章では、ホライズン・スキャニングについて、「経済・社会のあり得る将来展開などを、エビデンスに基づき、体系的に観察・分析する仕組みの導入を進める」との記述が盛り込まれている。また、「科学技術外交のあり方に関する有識者懇談会報告書」2)においては、「国際社会で将来的に重要になり、我が国が指導力を発揮しやすい『次なる課題』をいち早く特定する仕組みを構築する」との提言の中で、「英国政府が実施する科学的な根拠に基づく将来予測 Foresight / Horizon Scanning に倣い、科学技術外交に関する横断的な将来予測を実施するのも一案」と述べられている。

本稿では、ホライズン・スキャニングに取り組むに当たり、海外での実施事例を通じてその全体像を概観するとともに、当研究所における取組の方向性について述べる。

2. ホライズン・スキャニングとは

(1)定義

ホライズン・スキャニングは将来を展望する活動の一つであり、将来大きなインパクトをもたらす可能性のある変化の兆候をいち早く捉え、ロバストな政策立案に資することを目的としている。エビデンスを基に分析・解釈を行う説明的な手法であるが、科学計量学や特許分析等と異なり、分析・解釈の対象とする情報の範囲が定まっておらず、当然網羅的なデータベースも存在しない。また、インパクトの可能性評価は主観的、創造的、探索的な作業である。

図表1に定義例を示す。ホライズン・スキャニングの定義づけに関わるキーワードは、エマージングイシュー、潜在的インパクト(機会及び脅威・リスク)、体系的・継続的モニタリング、エビデンスベースと言える。



図表1 ホライズン・スキャニングの定義例

定義 組織
現在利用可能な情報に基づいて、起こりつつある科学技術の新しい動向とそれがもたらすインパクトを様々な角度(社会、技術、環境、政策、倫理等)から分析する。 欧州議会調査局(2015年)3)
エマージングイシューをエビデンスに基づき探索し、評価や優先順位付けを行う。様々な展開を常時追跡し、新しい機会を見いだす。 英国政府ホライズンスキャニングプログラムチーム(2014年)4)
情報の体系的な調査であり、潜在的な脅威やリスク、また、新たに出現した課題や機会を特定し、十分な準備と政策策定プロセスへの軽減策の取り込みを可能にする。 英国省庁横断レビュー(2013年)5)
現時点の思考や計画の境界にある、潜在的な脅威、機会、望ましい将来の発展に関する体系的な調査である。持続的な動向ばかりでなく、想定外の事項も探索する。 オランダ研究開発会議顧問委員会(COS)(2007年)6)
政府の政策やプログラムに影響を与える国内外の環境変化を特定する。 カナダ政府ポリシーホライズン(2013年)7)


(2)対象

ホライズン・スキャニングの対象は、科学技術から経済、社会事象まで幅広いが、社会・経済・環境・政治的にインパクトをもたらす可能性のある科学技術の新興領域に焦点が当てられることが多い。情報源は、学術論文、雑誌記事、報告書、書籍、プレスリリース、インターネット情報(ブログ、ウェブサイト等)などである。情報の粒度や種類は様々であり、新たに情報収集する場合と既存のデータベースを利用する場合がある。専用のサイトを設け、情報の収集と共有を図る事例も見られる。

収集された変化の兆候・動向に関する情報は、カテゴリーごとに分類され、潜在的インパクトの種類と大きさ、実現する可能性などの評価が付与される。ワイルドカード(実現する可能性は低いと考えられるが、非常に大きなインパクトをもたらす変化)やウィークシグナル(将来変化の微弱な予兆)も焦点の一つである。

(3)プロセス

ホライズン・スキャニングは、大きく分けて、①情報の収集と分類、②情報の分析(項目の特定とインパクト等の評価)、③分析結果の展開(多様な可能性の検討等)の三段階から成るが、このうちの一部を実施する事例もある。評価に当たっては、インパクトの大きさと変化の実現する可能性の2軸で整理する例がよく見られる。

アプローチの方向としては、あらかじめトピックを設定してスキャニングを実施するトップダウンの方法と、広範な情報をスキャンして注目トピックを抽出するボトムアップの方法がある。展望期間は、今後10~15年程度が一般的であるが、20年、50年といった長期の展望を行う事例もある。

(4)フォーサイトとの関係

欧州連合の第7次研究開発枠組計画(FP7)下で実施された将来展望プロジェクト8)では、フォーサイトとともに、あるいはフォーサイトのプロセスの一部としてホライズン・スキャニングが取り上げられている。フォーサイトの前段階あるいは最初の段階での動向把握、トピック設定、キードライバー特定等に用いることにより、相乗効果がもたらされるとされている。ホライズン・スキャニングが明示的に位置づけられたブルースカイリサーチ9)は、「欧州の科学技術に影響を与えるエマージングイシューに関する研究」を対象とした公募プログラムであった。また、マッピングフォーサイトプロジェクトでは、将来展望の活動を図表2のように特徴づけている。ただし、これらの活動を総称してフォーサイトの語が用いられる場合もあり、一方ホライズン・スキャニング活動に含まれる内容にも多様性が見られるなど、各活動の範囲には幅がある。

ホライズン・スキャニングにおいて情報の分析を行う際には、ブレインストーミング、パネル、ワークショップ、SWOT分析、シナリオ、デルファイなどフォーサイトと同様の多様な手法が用いられる。

欧州議会調査局科学フォーサイトユニット(STOA)は、図表3に示すフォーサイトサイクルを掲げている。このうち、設定したテーマについて科学技術のあり得るトレンドやインパクトを調査する第二段階をホライズン・スキャニングと称している。ここでは、設定されたトピックについて、社会・技術・経済・環境・政策・法制度・倫理・人口の観点から、新たな科学技術動向とそのインパクトを幅広く調査・分析するとしている。

図表2 主な将来展望活動

活動 内容
フォーサイト ホライズン・スキャニングも活用しつつ、体系的、参加型、政策志向で将来展望を行うプロセス。主要な利害関係者を含め、技術、経済、環境、政策、社会、倫理等の幅広い面から予測し、提言し、転換を起こさせることを目的とする。
ホライズン・
スキャニング
政策・研究戦略に関する最先端の事項を観察・分析し位置づけるための、構造化された継続的なモニタリング。対象とするのは、政策、研究、技術、行動・言動、ワイルドカード、ウィークシグナルなどの最先端事項である。
フォーキャス
ティング
将来を予測する活動。通常は、評価と統計という二種類の情報が基になっている。評価は、自身または他者の行動を予測するものであり、統計は一変量(外挿モデル)か多変量(理論ベース、データベースモデル)のいずれかである。
インパクト
アセスメント
政策、プロジェクト、法制度、技術適用等の介入による、短期または長期的な因果関係を技術・経済・環境・政策・社会・倫理の観点から調査する。

図表3 欧州議会のフォーサイトサイクル
図表3 欧州議会のフォーサイトサイクル

3.各国の実施事例

(1)英国の事例

英国では、「科学・イノベーション投資枠組2004-2014」の中で、科学技術のホライズン・スキャニングによって5~10年あるいはそれ以上の期間における機会と脅威を想定することの重要性が指摘され、これを受けて各省にホライズン・スキャニングを担当する部署が設置された。

フォーサイトを実施していた科学・イノベーション局(OSI)も、新たにホライズン・スキャニングセンターを設置し、2005年に活動を開始した。科学技術を対象とした「デルタ・スキャン」、経済・社会・科学技術・環境の広い範囲を扱う「シグマ・スキャン」の二つのプロジェクトを立ち上げてイシューペーパーを作成し、将来社会の方向性に係る検討の材料として広く一般に提供した。

2012年にレビュー5)が実施され、これを受けて2013年に各省のホライズン・スキャニングを調整する組織が内閣府に設置された11)。新体制の下で、「人口変化が経済市場に与える影響」、「ビッグデータ」、「資源ナショナリズム」、「若者世代の社会的態度」について報告がなされている。

(2)オランダの事例

オランダでは、研究開発会議顧問委員会(COS)により2004~2007年にホライズン・スキャニングが実施された6)。その目的は、フォーサイトや戦略検討を実施するための重要事項を探索することである。将来の課題・脅威・機会、及びそれらの社会や経済への潜在的影響、不確実性を明らかにすることを目指した。

150に及ぶ項目リストの関係性、将来インパクト、実現の可能性等を検討し、「社会インフラの未来」、「変化する経済的・政治的世界秩序」、「感染症への世界規模での取組」、「新しい文脈における労働と教育」、「ロボティクスと相互接続化」、「場所の創造と利用」(都市と地方)、「紛争と安全保障政策」、「工学的または人的操作による人体の変異」、「加速する新エネルギー源開発」、「高齢化社会」の10クラスターが特定された。

(3)欧州議会の事例

欧州議会調査局の科学フォーサイトユニット(STOA)では、2015年1月にホライズン・スキャニングを含む科学フォーサイトに向けた取組に関する報告書を公表した3)。示されたプロセス(図表3参照)のうち、第二段階から第四段階までがホライズン・スキャニングと関連している。第一段階でトピック設定を行った後、第二段階において、利用可能な情報を用い、動向把握とインパクト評価を実施する。次の第三段階では、社会的側面に焦点を当て、あり得る多様な可能性、直接・間接のインパクトを検討することによりホライズン・スキャニングの結果を充実させ、第四段階でシナリオ作成を行うとしている。報告書では、事例としてIoT(Internet of things)の分析結果が挙げられ、また、同時に公表された試行結果「生活を変える10の技術」では、自動運転、グラフェン、3Dプリンティング、大規模公開オンライン講座(MOOCs)、バーチャル通貨(ビットコイン)、ウェアラブル技術、ドローン、アクアポニックシステム、スマートホーム、電力貯蔵(水素)が取り上げられている。

4.当研究所における取組の方向性

近年の科学技術イノベーションの文脈においては、例えばオープンイノベーションやユーザーイノベーションなどといった、新しい方向性が生まれている。多様な関係者の対話を通じた創発、すなわち、従来考えられなかった同業他社、異業種、産学など様々な専門家、さらに市民・ユーザーなども交えた立場の異なる関係者の対話により、社会の複雑な問題解決を図ることや社会の新しい仕組みを生み出すことが期待されている。

しかし、多様な関係者の相互作用により生まれる新たな価値とその影響は、環境や諸条件の変化に伴って変容するものであり、あらかじめ想定することは容易ではない。こうした不確実の高い社会においてエビデンスに基づいて政策の方向性を検討するためには、新しい変化の兆しをいち早く捉え、その可能性を検討することが必要となる。この要求に応えるツールの一つがフォーサイトやホライズン・スキャニングの活動であり、現在、世界各国において盛んに取り組まれている。

フォーサイト活動においては、将来の社会的課題の解決に向けて取り組むバックキャストの視点はもちろんのこと、これまで主たる役割を担ってきた専門家による検討のみならず、市民なども交えた多様な関係者による対話の重要性が増している。

一方、新しい変化の兆し、すなわち潜在的な機会や脅威とその影響の可能性を体系的に観察・分析する取組であるホライズン・スキャニングについては、方法論や何を「エマージング」とみなすか等によって多様な取組が見られる。ICT(情報通信技術)の発展を背景に、情報収集、分析、議論の新しい方法(ビッグデータ、アナリティクス等)も提案されている。ホライズン・スキャニングは、各国・機関において互いの経験に学びつつ試行が重ねられ、進化を続けていると言える。また、基とする情報については、他国・機関で実施済みのホライズン・スキャニングやフォーサイトの結果を利用している場合も多く、オランダのプロジェクトでは国際協力の必要性が指摘されている。

当研究所においては、これまで実施してきたフォーサイト12)と新たに取り組むホライズン・スキャニングを車の両輪として、国内外の関係機関との連携・協力や共同研究の実施等を通じて、検討・取組を進める予定である。特に国際的な連携では、OECD、ASEAN等国際機関をベースとした多国間協働の取組による社会変化の兆しを把握するための徹底した議論を、また手法開発では、ネットワーク分析や機械学習手法の高度化による定量的な探索・解析手法の確立を図る方針である。そして、オープンサイエンスの文脈の下、これらの取組をベースとして「政策形成プラットフォーム」(図表4)を構築していくことが目指すべき方向性であると考えている。


図表4 フォーサイト / ホライズン・スキャニングをベースとした政策形成プラットフォーム
図表4 フォーサイト / ホライズン・スキャニングをベースとした政策形成プラットフォーム

■ 参考文献

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