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- DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00421
- 公開日: 2025.12.22
- 著者: 加藤 淳、高本 聡、久富 隆史、藤代 有絵子、科学技術・学術政策研究所 企画課(編集)
- 雑誌情報: STI Horizon, Vol.11, No.4
- 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
ナイスステップな研究者2024の御紹介(2)
株式会社 Preferred Networks マテリアル&創薬 研究担当 General Manager 高本 聡
信州大学 アクア・リジェネレーション機構 卓越教授/
岡山大学 異分野基礎科学研究所 教授(特任) 久富 隆史
理化学研究所創発物性科学研究センター(兼)開拓研究所/
極限量子固体物性理研ECL研究ユニット・理研ECL研究ユニットリーダー 藤代 有絵子
科学技術・学術政策研究所 企画課(編集)
科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では毎年、科学技術イノベーションの様々な分野において活躍され、日本に元気を与えてくれる方々を「ナイスステップな研究者」として選定している。
2024年12月17日(火)に選定した10名の「ナイスステップな研究者 2024」選定者のうち、本稿では加藤 淳氏(国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間情報インタラクション研究部門 主任研究員)、高本 聡氏(株式会社 Preferred Networks マテリアル&創薬 研究担当 General Manager)、久富 隆史氏(信州大学アクア・リジェネレーション機構 卓越教授/岡山大学異分野基礎科学研究所 教授(特任))、及び藤代 有絵子氏(理化学研究所創発物性科学研究センター(兼)開拓研究所/極限量子固体物性理研ECL研究ユニット・理研ECL研究ユニットリーダー)の4名の研究活動等を御紹介する。
キーワード:ナイスステップな研究者
人間情報インタラクション研究部門
主任研究員

2014年 東京大学大学院 情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻博士課程修了 博士(情報理工学)
2014年 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 研究員
2018年 アーチ株式会社 技術顧問(兼務)
2018年 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 主任研究員
2024年 Université Paris-Saclay に Visiting Scientistとして滞在
現場に根差すツール研究で人々の創造性を支える
2005年に大学へ入学してすぐ、ジャーナリストの立花隆先生が立ち上げたゼミに参加して、幹事などを務めました。このゼミで、研究現場を取材して科学技術ニュースを配信するWebメディアを立ち上げた経験が研究の原点です。巡り巡ってこうしたメディアに掲載いただくことは少し面はゆいですが、先生も喜んでくださっていると思います。
学部4年でHuman-Computer Interaction分野の研究室に所属して以来、同分野の研究に従事しています。博士課程の頃はプログラミングのためのインタラクション設計を研究し、プログラミング言語分野の研究者のもとで研究インターンを経験しました。そして、コンピュータをフル活用するにはプログラミングができる必要があり、こうした体験を、多様な技術的背景を持つ人々に提供したいと考えるようになりました。博士課程修了後は、メディアコンテンツ制作のための創造性支援ツールを研究開発してきました。特に、音楽やアニメーションの制作現場と協力しており、立花ゼミ時代から御縁が続くアニメ会社で技術顧問も務めています。これからも、豊かな創作文化を情報技術で支える「道具鍛冶研究者」としての活動に邁進して参ります。
研究のポイント
私の研究は、Human-Computer Interaction(HCI)という、人・社会とコンピュータのよりよい関係性を探求する学問分野に位置づけられます。特に、コンピュータという人類史上もっとも変幻自在な道具の可能性を探求し、人々がより創造性を発揮できる支援ツール(創造性支援ツール、Creativity Support Tools)の研究開発に取り組んできました(図表1)。
例えば、人やロボットの写真を撮って文字ベースのプログラムに埋め込むことで、現実世界とインタラクションするプログラム開発を分かりやすくする研究1)を行いました。また、こうしたプログラミング言語分野の基盤技術や考え方を活かし、音楽やアニメに関する応用領域で、多様な人々がコンピュータならではの創造的文化へ積極的に関われるソフトウェアのツールを実現してきました2~4)。その際、現場の人々と年単位で信頼関係を築いて研究開発しており、こうした研究アプローチが時代の要請に応えるものとして高く評価いただいたものと理解しています。
創造性支援ツールの研究は、HCI分野で長年グランドチャレンジとされてきました5)。人が創造性を発揮できるツール設計は、プロセスを飛ばして結果をいきなり提示する生成AIなどが技術的に可能になった今、人が人ならではの活躍をするため、これまで以上に重要です6)。特にメディアコンテンツ制作において、表現は技術・道具の進歩とともに変化し続けており、私は、豊かな創作文化を技術で支えることを目指して研究してきました。リリックビデオの制作支援ツール「TextAlive」2)を実現し、2015年よりクリエータの方々向けに一般公開する中で、音楽再生のたび新鮮な体験が楽しめる「リリックアプリ」を着想・提唱し、開発用フレームワーク「Lyric App Framework」を実現しました。このフレームワークは、2020年の一般公開以降、大規模な創作文化のイベントである初音ミク「マジカルミライ」のプログラミング・コンテストで毎年活用されています。クリエータとともに新たな創作文化を生み出す過程を2023年に論文化3)できたことは、とても意義があったと思います。
また、情報技術はグローバルに展開容易だからこそ、ローカルな価値が毀損されないよう注視することが重要です。そのためには、現場に根差した研究アプローチが極めて有効です。ローカルな知見は、ともすれば「ニッチ」と批判されることもありますが、そもそも現在の「グローバル」なHCI研究の73%がWEIRD(Western(西洋)、Educated(教育水準が高い)、Industrialized(産業化された)、Rich(豊かな、裕福な)、Democratic(民主主義的な)の頭文字)な文化圏で評価されており、地球人口の12%にすぎないローカルなものと言えます7)。これまでコンピュータ科学で扱われてこなかった文化圏から、一般性のある知見が創出されることもあります。私は、2018年からアニメ業界のアーチ株式会社で兼業を始め、多職種数百人が関与する商業アニメの複雑な制作過程について、アニメの設計図と呼ばれる「絵コンテ」メディアを起点に研究し、制作ツールを開発してきました。2024年の論文4)では、絵コンテと西欧のストーリーボードに関する文化比較を行い、また、絵コンテの特徴であるコマが縦に並ぶユーザインタフェースが通常の動画制作ツールで余り見られないことを指摘し、そのメリットを一般性の高いかたちで報告しました。
こうした「道具鍛冶研究者」8)の研究アプローチは、コンピュータ科学の枠を超えた学術的インパクトを生み出し、科学技術を社会展開するための方法論として、今後ますます重要になると確信しています。

若手研究者や読者へのメッセージ
近年のコンピュータ科学の進展には目を見張るものがありますが、そうしたグローバルな技術革新とローカルな文化的蓄積の間には、しばしば断絶が、そして権力構造9)が現出します。パーソナルコンピュータ登場期と比べると、産業規模の拡大と情報環境の普及・洗練に伴い、資本の力で集積・加速した技術革新の成果が、文字どおり光の速さで人々の手元に届くようになりました。地に足をつけて「よりよい関係性」を問い続ける重要性がこれまで以上に増しています。
私は、情報技術の持つ可能性を信じているからこそ、幅広い学術分野の知見を取り入れて研究すべきだと考えています。国際的HCI研究では、黎明期から文化人類学者が顕著な貢献をしてきました。メディアコンテンツ制作支援の研究では、現在・未来だけでなく過去も踏まえた視点獲得のため、メディア論が重要でしょう。また、道具鍛冶研究者として現場に根差した研究アプローチを続けていると、そうした長期的視点での研究がどうすれば可能か、特に流れの速い分野の研究者から切実な問いかけをもらうことがあります。
いずれの場合も、答えは自由闊達な学術的共同研究にあるように思います。興味のある方がいらっしゃれば、是非、遠慮なく連絡いただければと思います。
参考文献・資料
1) J. Kato, D. Sakamoto, and T. Igarashi. Picode: inline photos representing posture data in source code. In Proc. of CHI ’13. ACM, NY, USA, 3097-3100. https://doi.org/10.1145/2470654.2466422
2) J. Kato, T. Nakano, and M. Goto. TextAlive: Integrated Design Environment for Kinetic Typography. In Proc. of CHI ’15. ACM, NY, USA, 3403-3412. https://doi.org/10.1145/2702123.2702140
3) J. Kato and M. Goto. Lyric App Framework: A Web-based Framework for Developing Interactive Lyric-driven Musical Applications. In Proc. of CHI ’23. ACM, NY, USA, Article 124, 1-18.
https://doi.org/10.1145/3544548.3580931
4) J.Kato, K.Hara and N. Hirasawa. Griffith: A Storyboarding Tool Designed with Japanese Animation Professionals. In Proc. of CHI ’24. ACM, NY, USA, Article 233, 1-14.
https://doi.org/10.1145/3613904.3642121
5) B. Shneiderman. Creativity support tools: accelerating discovery and innovation. CACM, 50(12) (Dec. 2007), 20-32. https://doi.org/10.1145/1323688.1323689
6) J. Kato, J. Frich, Z. Lu, J. Jacobs, K. Nakakoji, and C. Latulipe. Special Interest Group on Creativity and Cultures in Computing. In CHI EA ’23. ACM, NY, USA, Article 520, 1-4.
https://doi.org/10.1145/3544549.3583175
7) S. Linxen, C. Sturm, F. Brühlmann, V. Cassau, K. Opwis, and K. Reinecke. How WEIRD is CHI? In Proc. of CHI ’21. ACM, NY, USA, Article 143, 1-14. https://doi.org/10.1145/3411764.3445488
8) J. Kato. On the Relationship between HCI Researchers and Creators—Or How I Became a Toolsmith. XRDS, 29(4) (Summer 2023), 26-31. https://doi.org/10.1145/3596927
9) J. Li, E. Rawn, J. Ritchie, J.T. O’Leary, and S. Follmer. Beyond the Artifact: Power as a Lens for Creativity Support Tools. In Proc. of UIST ’23. ACM, NY, USA, Article 47, 1-15.
https://doi.org/10.1145/3586183.3606831

2016年 日本学術振興会 特別研究員
2017年 東京大学大学院 工学系研究科 機械工学専攻 博士課程修了
2017年 マサチューセッツ工科大学(MIT) Postdoctoral Fellow
2018年 東京大学大学院 工学系研究科 機械工学専攻 助教
2019年 株式会社 Preferred Networks リサーチャー
2024年 株式会社 Preferred Networks マテリアル&創薬 研究担当 General Manager
ナイスステップな物質を計算可能にする
2012年東京大学機械情報工学科卒業、2014年東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻修士課程修了、2017年に同博士課程を修了しました。「世界を理解するコンピュータ」を作ることを目指して、機械学習と物理シミュレーションの融合を模索しています。
博士課程3年時に日本学術振興会(JSPS)特別研究員(DC2)に採用され、博士号取得後に1年の同特別研究員(PD)の期間ができたため、この時間を活用して米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)にPostdoctoral Fellowとして留学しました。この頃に現在取り組んでいる深層学習に基づく原子シミュレーションのアイデアを着想しました。
帰国後に東京大学大学院工学系研究科助教を経て、株式会社Preferred Networksにて研究活動に従事しています。任意の元素の組合せを扱うことのできる汎用機械学習ポテンシャルPFP(PreFerred Potential)の実現に取り組み、材料探索のための原子シミュレーションソフトウェアMatlantisとして展開しました。
研究のポイント
20世紀は原子から世界を理解する科学技術が発展した世紀でした。原子の発見以降、原子の世界を記述する物理学(量子力学)とそれをシミュレーションする量子化学計算の手法は時間をかけて精緻化されてきました。また、コンピュータの発展により複雑な物質にも適用されるようになり、現象解明のためのツールとして活用が広まっています。
しかしながら、最新のスーパーコンピュータをもってしてもなお、計算主導での材料探索を行うには高い壁が存在していました。この困難さの原因は、量子力学の基礎方程式を正確に計算しようとすると極めて大きな計算コストが必要となってしまうことにあります。そのため大規模なシミュレーションには十分な精度と大胆な近似の両立が不可欠となり、実現に向けた大きな困難となっていました。私の研究は特に原子間ポテンシャルと呼ばれるものを扱っています。これは原子がどう動くかを予測する式のことで、物質の性質や化学変化などの現象を原子レベルで再現することが可能になります。従来は物質ごとに研究者が時間をかけて作り込んだ経験的原子間ポテンシャルと呼ばれる近似式が使われてきました。一方で電池や半導体、エネルギー変換など多くの社会的課題の解決において材料開発が重要な役割を担っており、そういった新材料の探索では今までに見たことのない物質を扱う能力が要求されます。このような汎用性を持った原子間ポテンシャルは、従来は概念上の存在であり、計算主導の材料探索における大きな技術的課題となっていました。
近年では、2010年代に入ってから機械学習の技術が大きく進展し、特に深層学習と呼ばれる大規模なニューラルネットワークを扱う技術が大幅に進展し、高い汎化性能を持ちつつ大規模かつ複雑なデータに適合する機械学習モデルを作成することが可能となりました。機械学習の技術と物理シミュレーションの融合により、以前は実現が困難とされていた、任意の元素の組合せに対して動作する汎用原子間ポテンシャルが近年になって現実のものとなりました。私はこの汎用原子間ポジションの実現に向けて研究に取り組んでいます。
私は原子間ポテンシャルとして動作するニューラルネットワークTeaNet (Tensor Embedded Atom Network)のモデルを考案しました1)。この技術では画像認識など他の機械学習のタスクとは異なり、物理の保存則を満たさなければいけないという特有の問題があります。例えば観測者の位置によって物理現象が変わってしまってはいけない、といった条件があります。その一方で原子の部分的な位置関係の変化は精度良く表現できる必要があります。この問題に対処するため、同変性という都合の良い性質を満たす演算であるテンソルの積を活用したグラフニューラルネットワークを考案しました。
この技術は、株式会社Preferred Networksで開発されている汎用原子レベルシミュレータMatlantisのコア技術として活用されています2)。Matlantisでは、独自に構築された大規模な量子化学計算のデータセットを用いて学習され、PFPという名前の汎用機械学習ポテンシャルが搭載されています3、4)。PFPは96元素(図表2)の任意の組合せに対応し、Matlantisを通して100を超える企業や学術機関に提供され、様々な物質の材料開発に応用されています。基本となるアイデアの着想から製品化に至るまでは多くの技術的な挑戦があり、多くの人との共働によってMatlantisは実現しています。2025年6月の講演会5)では、実際にこの技術を用いてシミュレーションされたNi-Ce-S-Te-Pの5元素を元にした混合物の原子構造を紹介しました(図表3)。


若手研究者や読者へのメッセージ
私が現在取り組んでいる研究分野は機械学習と原子シミュレーションという複数の領域にまたがるものです。今後発展していくだろうという期待はあったものの、研究を始めてから分野が注目されるまでには多少のタイムラグがありました。そのため、JSPS特別研究員のように先を見据えてじっくり研究できる機会があったことは非常に幸運だったと思います。
一口に博士や研究者といっても活動は多岐にわたると思いますが、私の周囲では博士に対する社会からの期待は高いように感じています。そこでの期待というのは、専門性はもちろんのこと、それに加えて直面している課題の解決に向けて幅広い人と協力しながらリーダーシップを持って取り組む姿が求められているように感じます。これは高いハードルで、私自身も、未熟であるように感じますが、研究テーマにしても、自分が担うべき役割についても、長期的な視野の重要性を日々感じています。それぞれの考える未来像に向かって腰を据えて取り組んでもらえたらと思います。
参考文献・資料
1) S. Takamoto, et al., “TeaNet: Universal neural network interatomic potential inspired by iterative electronic relaxations” Computational Materials Science 207, 111280 (2022).
https://doi.org/10.1016/j.commatsci.2022.111280
2) Matlantis株式会社ウェブサイト https://matlantis.com/(参照 2025-10-6)
3) S. Takamoto, et al., “Towards universal neural network potential for material discovery applicable to arbitrary combination of 45 elements” Nature Communications 13, 2991 (2022).
https://doi.org/10.1038/s41467-022-30687-9
4) S. Takamoto, et al., “Towards universal neural network interatomic potential” Journal of Materiomics 9, 3, 447-454 (2022). https://doi.org/10.1016/j.jmat.2022.12.007
5) 講演会「近未来への招待状~ナイスステップな研究者2024からのメッセージ~」第1回:6月13日開催の御案内 ¦ 科学技術・学術政策研究所 (NISTEP) https://www.nistep.go.jp/archives/60653(参照 2025-10-6)

2010年 東京大学大学院 工学系研究科 化学システム工学専攻 博士課程修了
2010年 スイス連邦工科大学 ローザンヌ校 博士研究員
2012年 東京大学大学院 工学系研究科 化学システム工学専攻 特任研究員・特任助教・助教
2018年 信州大学 先鋭領域融合研究群 環境・エネルギー材料研究所 准教授(特定雇用)
2019年 信州大学 先鋭領域融合研究群 先鋭材料研究所 准教授(特定雇用)
2023年 信州大学 先鋭領域融合研究群 先鋭材料研究所 教授
2024年 信州大学 アクア・リジェネレーション機構 教授
2025年 信州大学 アクア・リジェネレーション機構 卓越教授
2025年 岡山大学 異分野基礎科学研究所 教授(特任)
水分解用光触媒一筋20年
私はこれまでに20年以上、一貫して水分解用半導体粉末光触媒を研究してきました。現在は、水由来グリーン水素製造の実現を目指し、可視光応答光触媒材料と大規模水素製造システムを研究しています。
私が光触媒を知ったのは、東京大学1年生のときに受けた講義がきっかけでした。光のエネルギーで化学反応が起こり、それが環境問題の解決に利用できることが、私にはとても魅力的に映りました。夏休みには、光触媒を研究している研究室での体験実習に参加し、光触媒で色素を分解する実験を行うとともに、可視光応答性を持たせる方法や親水性を持続させる方法についてお話を伺いました。後から知ったのですが、訪問したのはホンダ・フジシマ効果で世界的に有名な藤嶋昭先生の関係の研究室で、偶然にも私の誕生日に藤嶋先生にお会いし、サイン本を頂くという幸運に恵まれました。
その後、私は工学部の化学システム工学科に進学しました。当時は、工業化学に必要な教養を勉強した後、大学院は応用化学専攻に進学して光触媒の研究をしようと考えていました。ところが、3年生の冬になってから、エネルギー変換型光触媒を研究する教授が化学システム工学科に着任することがわかり、私は迷わずその研究室への配属を選びました。そのとき着任されたのは、水分解用光触媒研究の原点であり、頂点でもあり続けている堂免一成先生で、現在まで研究を指導していただいている関係が続いています。
私は堂免先生の下で博士号を取得しました。私が博士課程に進学したのは、企業に就職すると「どんな研究ができるのか」想像がつかなかったことと、光触媒の研究の進展を見届けたかったという、幾分消極的な理由からでした。さて、私は博士号取得後には化学系企業に就職したいと思っていましたが、いずれも選考の初期段階で落ちてしまいました。そんな折、偶然にもスイス連邦工科大学のマイケル・グレッツェル(Michael Grätzel)先生から堂免先生に、光触媒の研究ができる博士研究員を探しているという連絡があり、堂免先生が私を推薦してくださいました。こうした御縁もあって、私は水分解用半導体粉末光触媒の研究を続けることになりました。
こうして振り返りますと、学生時代に幾つかの偶然が重ならなかったら、今頃は光触媒の研究者にはなっておらず、本稿を執筆する機会もなかったことと思います。
研究のポイント
光触媒を用いた水分解反応は、太陽エネルギーを利用して水由来のグリーン水素を大規模に製造する技術として研究されています1)。この技術の実用化には、5%以上、理想的には10%程度の太陽エネルギー変換効率が必要です。太陽エネルギーのうち、紫外光は4%しか含まれていませんので、目標の到達には可視光を利用できる水分解光触媒の開発が必須です。また、水から水素と酸素を発生させるだけでは水素を資源として利用できないため、水素と酸素の混合気体から水素を分離・回収する技術や、光触媒を大面積に展開する技術を確立する必要もあります。しかし、従来研究では、合成が容易な吸収端波長が短い光触媒が用いられることが多く、実験規模も小さいことから、実用化に向けた課題に十分に対処できているとは言い難い状況にありました。
私は、堂免先生らと共同で、可視光下で水を分解できる可能性のある酸窒化物系・酸硫化物系の光触媒材料(図表4)や2)、その性能を引き出すための活性点、それらの構造と機能に関する研究に取り組んできました。例として、紫外光下で電子と正孔の再結合をほとんど起こさずに水を分解できる酸化物光触媒を世界で初めて開発しました3)。開発した光触媒は、世界最大級の100m2の光触媒パネルに搭載され、屋外でグリーン水素を生成・分離回収するシステムの基本設計の確立に活用されました(図表5)4)。また、波長500nm程度までの可視光を利用できる酸化物光触媒を組み合わせることで、ほぼ常圧で世界最高レベルの1%の太陽エネルギー変換効率で水を分解することに成功しました5、6)。
さらに、波長600~700nmまでの可視光を利用できる酸硫化物や酸窒化物光触媒を組み合わせた場合にも水を分解できることを示しました7)。そのような光触媒の外部量子効率が向上すれば、目標となるエネルギー変換効率を達成できます。とはいえ、光触媒は精密な制御が必要な半導体でありながら、不均一性な粒子の集合体である粉体でもあるため、相性の悪い性質を併せ持つ材料です。さらに、光励起下でのみ光触媒作用を示すので、汎用的な暗所・大気中(又は真空中)の分析では、光触媒の機能に関して得られる情報は限られています。そのため、現状では、可視光応答非酸化物光触媒のエネルギー変換効率は低い値にとどまっています。私は光触媒の構造と光照射下での動的過程への理解を深め、それらの制御活用を通じて、高効率なグリーン水素製造の実現を目指しています。

若手研究者や読者へのメッセージ
今日、研究テーマは専門化が進み、指導教員や共同研究者の高度な専門性と組織力なしには取り組むことは難しいですし、成功と思える結果が得られることも稀かもしれません。しかし、これまで誰も解決したことのない研究テーマであり、他所では研究できないことばかりですから、若手研究者、特に学生の皆さんには、今の環境を当たり前と思わず、できることは何でも試し、自分の力として身につけていってほしいと思います。また、自身の研究に励むことはもちろんのこと、他の人の研究にも積極的に協力し、その成果を喜び合えるような協力関係を築いていってほしいと願っています。そうした関係は、研究分野全体の進展を促すだけでなく、各個人の知識と経験を豊かにし、自身の糧となります。
参考文献・資料
1) Hisatomi et al. Reaction systems for solar hydrogen production via water splitting with particulate semiconductor photocatalysts. Nat. Catal. 2019, 2, 387. https://doi.org/10.1038/s41929-019-0242-6
2) 信州大学堂免・久富研究室ウェブサイト.
https://www.shinshu-u.ac.jp/institution/rism/domen-hisatomi-lab/(参照 2025-10-6)
3) Takata et al. Photocatalytic water splitting with a quantum efficiency of almost unity. Nature 2020, 581, 411. https://doi.org/10.1038/s41586-020-2278-9
4) Nishiyama et al. Photocatalytic solar hydrogen production from water on a 100-m2 scale. Nature 2021, 598, 304. https://doi.org/10.1038/s41586-021-03907-3
5) Wang et al. Scalable water splitting on particulate photocatalyst sheets with a solar-to-hydrogen energy conversion efficiency exceeding 1%. Nat. Mater. 2016, 15, 611. https://doi.org/10.1038/nmat4589
6) Wang et al. Particulate Photocatalyst Sheets Based on Carbon Conductor Layer for Efficient Z-Scheme Pure-Water Splitting at Ambient Pressure. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 1675.
https://doi.org/10.1021/jacs.6b12164
7) Nandy et al. Activation of Nonoxide Photocatalyst Sheet Operable under Visible Light Irradiation up to 600 nm by Conductive Bilayer. ACS Energy Lett. 2024, 9, 4708. https://doi.org/10.1021/acsenergylett.4c01795
開拓研究所/極限量子固体物性理研ECL研究ユニット・理研ECL研究ユニットリーダー

2018年 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2021年 東京大学 工学系研究科 物理工学専攻 博士課程修了
2021年 理化学研究所 基礎科学特別研究員
2024年 理化学研究所 創発物性科学研究センター(兼)開拓研究本部、理研 ECL 研究ユニットリーダー
(2025年度より開拓研究所に名称変更)
極限環境で探るトポロジカル磁気相転移と新奇電子物性
こんにちは、理化学研究所で、2024年度から理研ECL研究ユニットリーダーを務めている藤代と申します。私の専門分野は物性物理学で、特に固体電子物性の実験と研究をしており、今回のナイスステップな研究者2024の選定はトポロジカルな性質を持つ磁気構造に関する研究成果です。学生時代から、共同研究を通じて様々な「極限環境」(強磁場、超高圧、低温)下における電子物性の研究を行ってきました。日常とは異なる条件下で現れる、多彩な新奇現象の魅力に、私自身が常に圧倒されてきたように思います。物性物理学の研究分野に入る前、素粒子物理や宇宙の研究に憧れていた自分にとって、物質の中に「極限環境」を作り出す物性物理学の実験は、ロマンをくすぐる楽しいものです。我々が暮らす地球上の日常環境は、物質にとっては本当に限られた狭い条件でしかありません。その枠から飛び出すことで、省エネルギー問題を根本から解決するような新しい物理原理の発見や、次世代の生活を支えてくれる新しい物質が見つかるかもしれません。「極限環境」下で得られる様々な知見は、私たちの新しい未来を作るヒントを与えてくれると信じ、日夜研究に取り組んでいます。
研究のポイント
近年、電子スピンの渦巻き構造である磁気スキルミオンや創発磁気モノポール(図表6)といったトポロジカル磁気構造が、次世代磁気メモリの情報担体として注目を集めています。これらの磁気構造は、トポロジーによって守られた粒子として振る舞い、数ナノメートルから数百ナノメートルと極めて小さいサイズであることに加え、従来の磁壁と比較して10万分の1程度の小さな電流で駆動することが可能です。これらの性質により、超高密度かつ超低消費電力のデバイス実現への応用が期待されています。また、トポロジカル磁気構造は固体中の電子と強く結合することで、ベリー位相と呼ばれる量子位相を通じた仮想磁場効果を引き起こします。この効果は従来の理論では説明できない新たな電磁気応答を数多く生み出し、基礎科学の観点からも極めて重要な研究対象となっています。これまで様々な物質でトポロジカル磁気構造が設計され、各々の物性が明らかにされてきました。一方、本研究では、化学圧力、強磁場、超高圧といった多様な手法を駆使して、磁気構造のトポロジーを制御する相転移を誘発し、相転移近傍で増大する非自明な磁気揺らぎを利用した新しい電子物性を開拓するという、独創的な視点から研究を行いました。
その結果、以下に示すように基礎学術・応用の両観点から重要な発見を行うことに成功しました。

1. 異なるトポロジカル磁気構造間の相転移の実現と新規トポロジカル磁気構造の発見1)
本研究では、磁気スキルミオンの集合状態が、創発磁気モノポールの集合状態格へと変化する様子を解明しました。具体的には、それぞれのトポロジカル磁気構造の代表物質MnSiとMnGeに着目し、高温高圧合成を駆使して両者の固溶体であるMnSi1-xGexを合成し、中性子回折実験やホール効果の測定などの多角的な実験を行いました。その結果、中間組成(x = 0.4-0.6)において、創発磁気モノポール・反モノポールが面心立方格子になるこの研究成果は、実効的な圧力効果によるトポロジカル磁気構造の変換とみなせることから、今後の物質開拓やデバイスへの応用の礎となることが期待されます。
2. 創発磁気モノポール格子の消失に伴う巨大電子物性の発見2、3)
巨大な仮想磁場を有するトポロジカル磁気構造を持つMnGeにおいて、磁場下で発生する巨大な熱電効果や、電子散乱に起因する異常ホール効果を発見しました。熱電効果は、温度勾配から電圧が発生する現象で廃熱の再利用や環境負荷の少ないエネルギー生成技術への貢献が期待されます。また、ホール効果は一般にエネルギーの散逸を伴わないため、新しい機構による巨大異常ホール効果は、次世代の低消費電力デバイス開発への応用が期待されます。多角的な検証実験を通じて、これらの現象がトポロジカル磁気相転移の近傍で増強するスピン揺らぎであることが明らかになりました。
3. カイラルな磁気相関と量子揺らぎに起因する自発的異常ホール効果の発見4)
量子相転移は物質が絶対零度近くで起こす相変化であり、量子揺らぎによる新たな電子相や物性が期待されるため、物性物理学の主要な研究テーマの一つになっています。本研究では、高い転移温度を持つ磁気スキルミオンを有するFeGeに超高圧をかけることで量子相転移を誘発し、その近傍で長距離秩序がないにもかかわらず自発的に時間反転対称性を破る異常ホール効果を発見しました。この現象は、カイラルな磁気相関と量子揺らぎがもたらす電子物性の新たな例となるだけでなく、高い転移温度を持つトポロジカル磁気構造の量子相転移の研究が、未解明の物性を探る上で重要な基盤となる可能性を示唆しており、今後の量子相転移の研究に重要な指針を与えるものです。
若手研究者や読者へのメッセージ
研究では、当初期待していた結果にならなかったとしても、自然界を理解する上で新しい知見が得られたとポジティブに考え、次に繋げていくことが大切だと感じています。特に、私が取り組んでいるような、強相関電子系(物質中で電子同士が複雑に相互作用しあっている系)では、思い通りの結果になることの方が少ないかもしれません。研究を始めたばかりの頃は落ち込むことも多かったですが、今では予想外の結果ほど面白いかもしれない、と思えるようになりました。全ての発見には、その大小に関わらず必ず価値があり、たとえ今一流の雑誌に載ることがなかったとしても、その成果をきっかけにして後世の研究者が重要な発見に辿り着くことができるかもしれません。また、理論的な理解が進んで初めて、その発見に新しい価値が付加されることもあるでしょう。自分の手で見つけた現象に素直に向き合い続け、また自分一人の殻に閉じこもることなく、周囲の研究者としっかり議論をする中で、研究の新展開がうまれると信じています。
※ 本記事内の図表は全て2025年に開催したNISTEP講演会のスライドから掲載。
参考文献・資料
1) Y. Fujishiro et al. Topological transitions among skyrmion- and hedgehog-lattice states in cubic chiral magnets. Nat. Commun. 10, 1059 (2019) https://doi.org/10.1038/s41467-019-08985-6
2) Y. Fujishiro et al. Large magneto-thermopower in MnGe with topological spin texture. Nat. Commun. 9, 408 (2018) https://doi.org/10.1038/s41467-018-02857-1
3) Y. Fujishiro et al. Giant anomalous Hall effect from spin-chirality scattering in a chiral magnet. Nat. Commun. 12, 317 (2021) https://doi.org/10.1038/s41467-020-20384-w
4) Y. Fujishiro et al. Pressure-induced quantum melting of chiral spin order and subsequent transition to a degenerate semiconductor state in FeGe. Phys. Rev. B 110, L220401 (2024)
https://doi.org/10.1103/PhysRevB.110.L220401

