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- DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00395
- 公開日: 2025.03.21
- 著者: 林 和弘
- 雑誌情報: STI Horizon, Vol.11, No.1
- 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)
ほらいずん
オーストラリアの研究データ基盤整備と
ARDCの役割からみた日本への示唆
オーストラリアは、研究データ基盤整備を国家戦略として推進し、FAIR原則やCARE原則に基づき、データの共有と管理を進めている。オーストラリア研究データコモンズ(Australian Research Data Commons, ARDC)は2018年に設立され、国内外でデータ共有と標準化のリーダーシップを発揮している。その活動は、研究者支援やスキル育成、国内外の連携を含み、森林火災や食料安全保障といった社会課題への対応を行っている。
一方、日本ではNII研究データ基盤(NII RDC)および「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」が国内のデータ基盤整備とその利活用を主導しており、PID戦略や統合的組織の構築などオーストラリアやARDCの事例が今後の進展のための参考となる。
キーワード:オープンサイエンス,研究データ基盤整備,ARDC,PID,NCRIS
1. はじめに
オープンサイエンス政策において、研究データ基盤整備は、論文のオープンアクセスを研究の再現性・透明性の確保から支え、さらに、論文と引用ネットワークを用いた研究活動とその評価を超えた新しい研究やイノベーションの基盤としても着目されている。オーストラリアは世界においても早期に国家戦略のもと、研究データ基盤整備を進めてきた。筆者は2024年9月にオーストラリア研究データコモンズ(Australian Research Data Commons, ARDC)1)を訪問し、関係者と情報交換並びに議論をする機会を得た。今回その内容と日本との対比を中心に報告する。
2. オーストラリアの研究データ基盤とデータに関する政策
オーストラリア政府は、研究基盤整備を国家的課題として捉え、2006年に国家共同研究基盤戦略(National Collaborative Research Infrastructure Strategy, NCRIS)を策定した2)。この政策は、全国規模での研究インフラ整備を目的とし、大学や個別研究機関では対応が難しい大規模な研究データや装置の共有基盤を構築するものである。これにより、天文学の観測データからバイオイメージング、スーパーコンピューティングまで、多様な研究領域でのデータ生成・共有が進んだ。
近年では、FAIR原則(Findable, Accessible, Interoperable, Reusable)3)に基づいたデータ管理が推進され、特に人文社会科学分野や先住民データのガバナンスにも注力しており、CARE原則 (Collective Benefit, Authority to Control, Responsibility, Ethics)も重要視している4)。また、研究データ基盤とそのデータの質を向上させるための政策的枠組みとして、2021年に更新された国家研究インフラマップ(National Research Infrastructure Roadmap)が、2028年までの長期計画を提示している5)。
さらに、この政策には持続可能なデータ管理を実現するための投資が含まれており、研究者がデータを効果的に利用できるよう、教育と技術支援の体制も強化されている。例えば、環境データの共有プラットフォームや医療分野でのデータ共有基盤など、具体的なプロジェクトが多数進行中である。このようにオーストラリア政府は研究データ基盤整備政策に早くから取り組んでいる。なお、オーストラリアには“オープンサイエンス政策”と呼ばれる明確な政策はないが、この研究基盤整備の目指すビジョンと目的は日本のオープンサイエンス政策と同様であることを確認した。
3. ARDCの発足とその経緯
オーストラリア研究データコモンズ(Australian Research Data Commons, ARDC)は、2018年に3つの異なる組織(ANDS:Australian National Data Service(2008年設立)、Nectar:National eResearch Collaboration Tools and Resources (2009年設立)、RDS:Research Data Services (2010年設立))が統合されて設立された。これらの組織はそれぞれ、データ管理、研究者向けツールの開発、データストレージの提供を担っていた。
統合の背景には、研究データの管理から分析、共有までを包括的に支援するための統一的な体制構築の必要性があった。特に、研究者間のコラボレーションを支援するために、国家規模でのデータ共有基盤の整備が求められていた。ARDCの発足後は、研究データの戦略的活用を通じてオーストラリア全体の研究力向上を目指している。
また、ARDCへの統合により、データ管理プロジェクトの重複が削減され、資源の効率的な配分が可能となった。その結果、より多くの研究者がARDCの提供するリソースを活用できるようになった。
4. ARDCのミッションと組織構成
ARDCのミッションは、研究データの活用を通じてオーストラリアの研究者に競争力を提供し、社会的・経済的な利益をもたらすことである。その目的を達成するため、以下の3つの柱を掲げている:
- (1)データ資産の作成、分析、保存を通じた研究革新の促進
- (2)データ管理の標準化とオープンサイエンスの推進
- (3)持続可能な研究データガバナンスの構築
さらに、これらを達成するための4つの戦略として、分野別のデータコモンズ、研究クラウド、情報インフラストラクチャー、スキルを掲げている(図表1)。
また、ARDCは、マトリックス型の組織構造を採用している。以下の4つの横断的チームとプロジェクトごとの縦軸チームが連携して活動している。
- アウトリーチチーム:研究者や支援者との連携
- ナショナルコーディネーションチーム:標準化や政策立案支援
- サービスチーム:クラウド基盤やデータプラットフォームの運用
- オペレーションチーム:組織運営と財務管理
これにより、研究者支援と政策対応を効率的に実施している。また、これらのチーム間の連携を強化するための定期的な会合、共創型の活動、ワークショップやトレーニングセッションも行われている。

5. ARDCの具体的な活動
ARDCの活動は多岐にわたるが、以下の点が特徴的である:
- (1)研究データコモンズの構築
研究者がデータ、分析ツール、コンピューティングリソースを統合的に利用できる環境を提供している(図表2)。具体例として、健康・医療データ、環境データ、人文社会学データ、先住民データなど分野特化型のデータコモンズが挙げられる。 - (2)データ管理フレームワークの策定
大学や研究機関と連携し、研究データ管理のベストプラクティスと標準を策定している。「Institutional Underpinnings Program」では、25の大学が参加し、データ管理の標準化を進めた6)。 - (3)トランスレーショナルリサーチの推進
オーストラリアにとって切実な森林火災や食料安全保障といった課題に対応するデータプロジェクトを実施している。これにより、研究データを社会的課題の解決に結び付けている。 - (4)人材育成とコミュニティ形成
研究者や支援スタッフ向けのトレーニングプログラムを提供し、データ管理スキルの向上を図っている。また、データ共有の促進に向けたコミュニティ・オブ・プラクティスを形成している(図表3)。 - (5)国際連携の強化
RDA(Research Data Alliance)やCODATA(the Committee on Data of the International Science Council)など、研究データの利活用を促進する国際組織と協働し、グローバルなデータ管理基準の策定に寄与している(図表4)。また、国際データウィーク(International Data Week,IDW)の開催等を通じて国際的な議論をリードしている。(2025年はブリスベンで開催予定7)。) - (6)先進的技術の活用
AIや機械学習を活用したデータ分析プロジェクトを進め、研究者が膨大なデータセットを効率的に利用できるよう支援している。 - (7)PID(永続的識別子)への取組
RDCは、研究データや成果物を一貫して追跡し、引用可能にするための永続的識別子(Persistent Identifier, PID)の活用を推進している。具体的には、デジタルオブジェクト識別子(DOI)やハンドルシステム(Handle System)を通じて、研究データ、出版物、プロジェクト、研究者などの識別とリンクを容易にしている。また、国家PID戦略8)を策定し、これを通じて研究成果の発見性と信頼性を向上させている。この取組により、研究データの長期保存と再利用が促進され、オープンサイエンスの基盤が強化されている(図表5)。





6. 日本のオープンサイエンス政策、研究データ基盤整備との比較
日本もオープンサイエンス政策、特に研究データ基盤整備に関しては、国の科学技術・イノベーション政策に係る大方針(科学技術・イノベーション基本計画)、戦略(統合イノベーション戦略)に基づき取り組んでおり、文部科学省がより具体的な制度設計(「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」10)等)を行い、国立情報学研究所(NII)が主に研究データ基盤(NII Research Data Cloud:NII RDC)9)の提供とその活用を推進するという構造になっている。また、2021年には、研究データの管理・利活用に係る国の方針として、公的資金による研究データの管理・利活用に関する基本的な考え方が、全ての国務大臣を構成員とする統合イノベーション戦略推進会議により決定されている。(https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kokusaiopen/sanko1.pdf)
このNII RDCとデータエコシステム事業が最もARDCに近い取組である。どちらも、研究データの統合・共有基盤を提供し、FAIR原則に基づく管理を推進することや、研究者支援やスキル育成を重視している点は同様であるが、以下の相違点がある。
- 設立背景:ARDCはオーストラリアの全国規模の統合的基盤整備を目指して統合された組織であり、NII RDCは全国規模ではあるものの、大学を中心としSINET(学術情報ネットワーク)などの国内インフラとの連携を重視している。
- 活動範囲:ARDCはトランスレーショナルリサーチや先住民データのガバナンスといったテーマ特化型プロジェクトをARDC独自の予算に基づき展開している。NII RDCは国内の大学や研究機関への支援に注力し、「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」を通じてデータ利活用環境の整備とユースケースの創出を進めている。
- 国際連携:ARDCはRDAやCODATAとの連携を強化し、国際的リーダーシップを発揮。NII RDCは国内の基盤整備に重点を置きつつ国際連携にも取り組むスタンスとなっている。
7. 日本のオープンサイエンス政策、研究データ基盤整備への示唆
日本のオープンサイエンス政策および研究データ基盤整備においてもオーストラリアと同様の取組が見られるが、オーストラリアの事例は、改めて以下の示唆を与える:
- (1)統合的組織の設立
ARDCのように、研究データの管理・活用を統括する省庁を超えた全国規模の組織の設立が、日本においても有効であると考えられる。また、その前提として、国としての研究データに関する戦略策定とそのアップデートが引き続き求められる。 - (2)長期的ビジョンの策定
ARDCはオーストラリアの国家戦略に基づき、2028年までの長期計画を持つ。日本も科学技術・イノベーション基本計画に基づき、研究データ基盤整備を進めているので、引き続きその具体的なロードマップを策定すべきである。
特に、PID(永続的識別子)を含む国家戦略の整備が重要である。PIDは研究データや成果物の識別と引用を容易にし、データの長期保存や再利用を促進するための基盤となる。日本においても、PIDを国家レベルで推進し、研究データの信頼性向上とグローバルな連携を強化することが求められる。
以下はNIIを中心に「AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業」などにおいて同様の取組が行われているが、重要性を再認識し、さらなる強化が求められる点である。
- (1)国際連携のさらなる強化
RDAやCODATAとの連携を引き続き強化し、日本の研究データ基盤をグローバルなエコシステムに統合する取組が必要である。 - (2)トランスレーショナルリサーチの推進
研究データを社会課題の解決に結び付けるプロジェクトを推進し、政策の具体的成果を示すことが求められる。 - (3)スキル育成とコミュニティ形成
データ管理スキルの普及やコミュニティ・オブ・プラクティスの形成を通じて、データ活用の文化を醸成することが重要である。 - (4)先進的技術の活用
AIやビッグデータ分析の技術を積極的に導入し、日本の研究データ基盤を次世代型に進化させる取組が必要である。
日本がオーストラリア並びにARDCの事例からも学び、研究データ基盤整備を通じてオープンサイエンスを推進することは、学術界のみならず、社会全体の利益とつながると考えられる。
謝辞
本記事の取りまとめにおいては、ARDC(Australian Research Data Commons)より貴重な情報と資料の提供を頂いた。Richard Keith氏、Natasha Simon氏をはじめとするARDCの協力に謝意を表する。
参考文献・資料
1) Australian Research Data Commons,https://ardc.edu.au/
2) National Collaborative Research Infrastructure Strategy (NCRIS),https://www.education.gov.au/ncris
3) NBDC 研究チーム.データ共有の基準としてのFAIR原則,DOI:https://doi.org/10.18908/a.2018041901
4) CARE Principles for Indigenous Data Governance,https://www.gida-global.org/care
5) 2021 National Research Infrastructure Roadmap,https://www.education.gov.au/national-research-infrastructure/2021-national-research-infrastructure-roadmap
6) Institutional Underpinnings,https://ardc.edu.au/program/institutional-underpinnings/
7) 2025 International Data Week,https://ardc.edu.au/event/international-data-week-2025/
8) Australian National PID Strategy and Roadmap,https://pidroadmap.ardc.edu.au/pids/
9) NII研究データ基盤(NII Research Data Cloud:NII RDC)の概要,https://rcos.nii.ac.jp/service/
10) AI等の活用を推進する研究データエコシステム構築事業,https://www.nii.ac.jp/creded/nii_ac_jp_creded.html