STI Hz Vol.9, No.4, Part.6:(ほらいずん)第12回科学技術予測調査 ビジョニング-個々人の多様な価値観に基づく「ありたい」未来像の共創-STI Horizon

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  • DOI: https://doi.org/10.15108/stih.00353
  • 公開日: 2023.12.20
  • 著者: 岡村 麻子
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.9, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
第12回科学技術予測調査 ビジョニング
-個々人の多様な価値観に基づく「ありたい」未来像の共創-

科学技術予測・政策基盤調査研究センター 主任研究官 岡村 麻子

概 要

科学技術が社会変革を駆動していく一方で、個人や社会の未来に対する願望も、未来をかたち創る力となる。本稿では、第12回科学技術予測調査の一部として行った、個々人の願望に基づき未来像を描くビジョニングのダイジェスト版を報告する。特に若者世代の声をできるだけ多く取り込みながら、ワークショップでの対話により共創的に、また市民アンケート調査、ビジョナリー調査などをあわせてボトムアップにビジョンを積み上げることにより、個々人及び社会の価値観を考慮しながら、「ありたい」と(おも)う多様な未来像を描いた。得られたビジョンを暫定的に24のビジョンにまとめ、更に6つのビジョンに統合した。内面の豊かさなど精神性を重視するビジョンが10程度と多く、大まかには、個々人の生き方・暮らし方、他者とのつながり・関係性、社会のかたち・在り方、科学技術との向き合い方等にビジョンを分類することができる。また、地域の文化・歴史観・自然観の継承を重視するビジョンもあった。今回の結果は、第12回科学技術予測調査の他の調査結果とも併せて総合的に分析し、未来像に向けた方策を描いていく。

キーワード:ビジョン,価値観,共創,フォーサイト,第12回科学技術予測調査

1. はじめに

我が国では、1970年代から科学技術予測調査を実施しており、1990年代以降は、科学技術・学術政策研究所(以下、NISTEP)が、主宰機関として同調査を実施している。科学技術予測調査は、科学技術が未来社会にもたらす様々なインパクトを踏まえた上で、20~30年後の社会の在り方について検討し、科学技術イノベーション政策の立案に資する未来情報を抽出するための調査である。科学技術予測調査は当初、長期的な視点に立ち科学技術の発展の方向性を探るため、科学技術専門家が中心となり検討を行うデルファイ調査のみを実施する調査として開始されたが、これまでも時代の要請により、その目的や方法等は大きく変化してきた。2000年頃までは科学技術の発展から社会の未来を描く方向性であったが、それ以降は目指す社会の姿から必要な科学技術を見出す方向性へ転換したと言える1)

第12回科学技術予測調査(以下、第12回調査)は、2055年までを展望し、次のパートにより構成されている。まず、国内外の社会や科学技術のトレンドや変化の兆しを「ホライズン・スキャニング」により把握する(起こりうる未来)。そして、できるだけ社会の多様性を反映して、人々の未来に対する願望を「ビジョニング」により描き出す(ありたい未来)。続いて、将来実現が期待される科学技術等を抽出しその実現見通しなどを、多数の専門家の参加を得て「デルファイ調査」により検討する(もっともらしい未来)。これらの結果を総合的に検討し、複数のあるべき・目指すべき未来社会像の選択肢と、それらに向けた方策を「シナリオ分析」により描くことを予定している注1

本稿は、第12回調査の一部として行った「ビジョニング」のプロセス・結果をより分かりやすく伝えることを目的としたダイジェスト版である。詳細は報告書4)をご覧頂きたい。本稿では、そもそもビジョニングとは何か紹介した後に、採用した方法及び結果を紹介し、最後に課題をまとめている。

2. ビジョニングとは何か

フォーサイトにおいて望ましい未来像(ビジョン)を描く「ビジョニング」という用語はよく用いられるが、その標準的な方法・手法はない。そのため、フォーサイト手法に知見を持つ未来学者やフォーサイト実務家へのインタビュー調査や文献調査をまず行った。

2.1 ビジョンとは何か

そもそもビジョンとは何か。調査から得られたビジョンの要件をまとめると以下の3点に整理できる。

  • ビジョンとは、価値観に基づいて想像する未来である。
  • ビジョンとは、共創により得られたポジティブで最高の願望を表現した未来である。
  • ビジョンとは、力強く、自信に満ちた言葉で示した説得力のある未来である。

つまりビジョンとは、価値観に基づいて共創により得られたポジティブで最高の願望を未来に向かって投影した説得力あるイメージだと言える。

上記のように定義されるビジョンは、「方向づけ、目的の共有、行動の推進、参加させる・動機づける」機能を持つ。特に、良いビジョンは幅広い願望やモチベーションの源となり、「意思決定に影響を与えるような良いやり方で刺激を与える、向かうべき方向性を与える、共通の価値観の周りに人々を結集させる、明確な経路へ人々を向かわせる」ことができ、変革のための強力なツールとなりうる5)

2.2 誰がビジョンを形成するのか

ビジョン形成は、その対象や目的によりトップダウンでもボトムアップでもありうる。社会全体のビジョンにおいては、民主主義的価値に基づき、意思決定者や限られた関係者だけではなく、市民も含めた多くの参加者によりボトムアップでビジョンを形成していくことで、社会の多様性をより反映した包括的なビジョンを描くことができると考えられる。ビジョン形成に多くの人が参加することで、ビジョンへの賛同者が増え、より多くの人々の行動を方向付けるきっかけとなるため、ビジョンを共創することの意義は高まる5)。また、利害関係者や影響力を持つ参加者だけでなく、異なる職業・文化的背景等を持つ多様な人々が参加することで、違う観点を取り込み問題が再構成され、創造性を豊かに望ましい未来像を描く能力が高まるとされている6)

2.3 ビジョニング手法の特徴

調査では、「ビジョニング」というカテゴリで学者・実務者間で合意のとれた手法体系があるのではなく、それぞれの実施者が未来に対する様々な信念や前提の下、最適な手法を考案しながら試行錯誤している実情が分かった。しかしながら、ビジョンは通常、中長期視点で形成されるものであり、外的な環境要因だけでなく、価値観等の長期不変な深層概念にまで立ち返る内省的な活動を伴うことが特徴として浮かび上がった。これが、「もしも?」の問いから始まり外的環境変化に焦点を当てるシナリオプランニング等と大きく異なる点であろう。

ビジョニングの事例調査6)では、多くのプロセスに共通する段階として①問題の特定、②過去の成功、③将来の願望、④測定可能な目標の特定、⑤目標達成のためのリソースの特定という5段階を示している。①と②がより内省的な活動であり、③はビジョンを描くプロセスそのものである。④と⑤はフォーサイトにおいてバックキャスティングと呼ばれる工程である。

3. 方法

上記の調査を踏まえて、第12回調査では、ビジョニングを次のとおり仮に定義して検討を行った。

「ありたい」未来社会像を、個人及び社会の価値観を考慮しながら、共創的に描くこと

その際、20~30年後に30~50歳代となり、社会で主要な役割を果たすことが期待される若者世代の声をできるだけ多く捉えることを重視した。

対話により共創的にビジョンを描くため、若者世代及び全世代を対象とした「国内ワークショップ」を計2回開催した(ボックス参照)。参加者はフォーサイト活動やワークショップに必ずしも慣れていないことを想定して、誰でも事前知識なく参加できる設計とした。また、個人の内省的なプロセスと参加者間の対話を組み合わせて、未来において避けたいと思うネガティブな要素を抽出したり、日本のユニークさ・良さを探ったりするなどのプロセスを取り入れた。

一方で、ワークショップへの参加人数には物理的な制限があることから、より広く市民の声を拾うべく、一般市民を対象とした自由記述ベースの「アンケート調査」(有効回答数160)を実施した。加えて、サイエンスアゴラ2022に展示ブースを出展した。

更に、未来社会に向けて先導的な役割を果たすことが想定される人物を「ビジョナリー」として同定し、活動概要のデスクトップリサーチ(国内外計20名)を行うとともに、一部の方へのインタビュー調査(8名)を行った。また、実践されているビジョニング手法や課題について各国事例から学び、調査検討に反映させることを目的として、欧州委員会JRC(共同研究センター)と共催により「国際ワークショップ」を開催した。

今回、延べ260名程度(国内ワークショップ参加者、市民アンケート調査回答者、ビジョナリー・インタビュー対象者、ビジョナリーの活動・発言内容収集の対象者等)がビジョン作成に参加した。参加者・対象者の属性をみると、男女比は全体でほぼ同等であった(その他・回答しないは4%程度)。年代構成は20代が最も多く(40%弱程度)、続いて30代(20%弱程度)、40代(15%程度)、10代と50代がそれぞれ10%程度であった。60代及びその他(70代以上含む)・回答しないはそれぞれ5%程度であった。日本の現在の人口構成比と比べると、今回のビジョニングへの参加者・対象者は若者世代が中心であり、特に20代の女性の割合が多いという特徴がある。

若者世代ワークショップ

開催日時:2022年11月5日(土) 13:00~17:00
(科学技術振興機構(JST)サイエンスアゴラ2022において開催)

対  象:若者世代(15~29歳程度)を中心

参加者数:28名
(リアル 20名、オンライン 8名)

場  所:ハイブリッド

リアル会場:テレコムセンタービル西棟8階会議室

オンライン会場:Zoom

プログラム構成:

  • 自分たちにとって大切にしたい価値観を引き出す
  • 未来に変わりうる「当たり前」を探索する
  • 未来ビジョンを描き、刺激し合う

全世代ワークショップ

開催日時:2022年12月8日(木)13:00~17:00

対  象:研究者や産業界・行政官など、多様な世代・職種

参加者数:41名
(リアル 20名、オンライン 21名)

場  所:ハイブリッド

リアル会場: 3331 Arts Chiyoda

オンライン会場:Zoom

プログラム構成:

  • 自分たちにとって大切にしたい価値観を引き出す
  • 実現したい世界に誇れるユニークな未来ビジョンを描く
  • 若者ビジョンも踏まえた日本のユニーク性について対話する

4. ビジョンの統合

上記により得られたビジョン・知見を6つのビジョン及び24の下位ビジョンに暫定的に整理・統合した(図表1)。まず、全世代ワークショップにおいて、事前に行われていた若者世代を対象としたワークショップでの結果を共有し、ビジョンを統合していくプロセスを取り入れた。その後、ビジョナリーへのインタビュー調査の内容や、国内ワークショップ2回の結果に対するフィードバックを受けた点を追加した。この他、ビジョナリーの言説調査において得られた内容や、市民アンケート調査自由記述のうち価値やビジョンに関わるものを追加した。

図表1 統合したビジョン図表1 統合したビジョン

5. まとめ・考察

5.1 ビジョンの特徴

得られたビジョンは多岐にわたるが、全体として内面の豊かさなど精神性を重視するものが10程度(下位ビジョン)と多かった。ビジョンを大まかに分類すると、基本的な生存ニーズに関わるものから、個々人の生き方・暮らし方、他者とのつながり・関係性、社会のかたち・在り方、科学技術との共生・協働等に関わるものがあった。また、過去・現在・未来の継続性を重視するものもあった。

(1)基本的な生存ニーズ

食料問題・貧困問題やエネルギー問題の解決、健康に生きるなど、生存に関するリスクが少なく安全安心に暮らせるという基本的なニーズが描かれたが、全体としては少数であった。また、適正な賃金が支払われ、安定的な経済基盤のもと、社会システム全体に対する信頼度が高まっているビジョンも描かれた。

(2)個々人の生き方・暮らし方

個人の生き方・暮らし方に関するビジョンとして、固定的な属性・普通らしさから解放され、生きづらさが解消され、ありのまま・自分らしさを認め合う社会というビジョンが描かれている。一方で、好奇心・挑戦を追求し、創造性や遊びが人間の営みの中心となっているビジョンも描かれた。更に、科学技術の力も得ながら、個々人の能力が強化され、(しん)に自分らしい生き方、暮らし方をすることが可能になっている。そこでは、効率性を過剰に求めるのではなく、生活の余裕・余白を重要視し、無駄こそ豊かであるという価値観がベースにあるビジョンである。

(3)他者とのつながり・関係性

個々人がそれぞれ自分らしさや創造性を追求するだけでなく、物理的・仮想的問わず、複数の質の高い・有機的なつながりを持ち連携しあい、集合知を形成している。人や地域が縦横無尽につながり、新たな地域・コミュニティ・社会が形成され、持続性・連続性を持って次世代に継承されているビジョンである。また、自分の利益ばかり考えるのではなく、他者への尊敬と共感にあふれた、利他的な社会が形成されている。

(4)社会のかたち・在り方

このような個人の生き方や、人間関係により構築される社会は、画一的な価値観軸から解放され、多様性・包摂性にあふれる社会である。いつでもどこでも学び・働くことができ、真に自分らしい生き方・暮らし方を追求することができる基盤として、地域の独自性を()かした自律的・分散的な社会が構築されている。教育改革により新しい考え方や能動的な意識を持った人材が生まれ、活躍している。挑戦をしたい人は何度でも挑戦でき、挑戦を応援し合うシステム・科学技術・土壌がある一方で、挑戦しなくてもよい、夢を持つことを強制されない自由もある。

一方で、過剰な効率性の追及や、受け入れることができないレベルでの格差をもたらす資本主義的価値観へは疑問が呈され、脱成長社会が望まれている。他方で、現在の社会経済システムを前提としつつ改善をしていくという現実的なビジョンもあった。

(5)科学技術との向き合い方

科学技術は人に寄り添い、人の幸せのためにあるということが認知され、安心して科学技術と向き合うことができている。対立・紛争を招いたり格差・差別を助長したりするのではなく、高い倫理観を持ち偏見のない形で科学技術が存在し、社会の多様性や包摂性を促している。更に、特定の企業・国等が科学技術を独占するのではなく、人類全体への利益をもたらすというオープンな精神のもと開発・運用され、個々人の能力強化や自律型・分散型社会の後押しをしている。人工知能(AI)やロボットは人間を脅かさず、人間の身体性・感性を損なわない形で調和し、空気のように生活・社会に溶け込み、当たり前のように共生・協働しているというビジョンである。

(6)過去・現在・未来のつながり

日本の文化・原風景を破壊したり、地域の文化・歴史観・自然観を無視したりするのではなく、共同体の叡智(えいち)を継承しながら、地域の固有性・独自性を魅力としていく社会がビジョンとして挙げられた。また、日本らしさを再考して、同調圧力など、ネガティブな文脈での日本らしさを逆手にとり、万物を受け入れるという受容性を活かして、今後来る変革の時代に対応していく。AIと人間、資本主義と共生主義等、対立しうる関係のものをうまく調和させていくことで、あらゆる社会的課題への解決策も生まれるというビジョンである。

5.2 属性による違い・共通点

議論や回答を得たプロセス、参加人数等が異なるため単純な比較はできないが、属性による共通点・違いについて簡単に考察する。

(1)若者世代と全世代

若者世代ワークショップと全世代ワークショップで出されたビジョンをみると、世代を超えた共通点としては、自分らしさの追求、他者への共感・利他心、質の高いつながり、社会の多様性・包摂性など、量的な成長ではなく質的な成長や精神面を重視したものが多かったことが挙げられる。

若者世代のビジョンにおいては特に、属性からの解放、差別解消、ありのままを認め合う・支え合う、人との深い付き合いと言ったキーワードが多く表明されている。また、個々人のポテンシャルをひろげる挑戦に対しては、全世代ワークショップでは挑戦するとともに、その敷居を下げていく重要性が述べられたが、若者世代はより等身大の目線で、挑戦をしてもしなくても、夢を持っても持たなくても、どちらも認められる社会というビジョンもあった。更に社会問題や政治への関与がないことをネガティブと捉え、無関心を打破して社会を変えていくというビジョンも若者世代でみられた。複数のビジョナリーからの指摘もあったが、上向きな社会を経験した年齢層とそうでない若者世代が見る現実にはギャップがあることや、年長者や権力者がクローズドに意思決定を行うことが習慣化していて若者・少数派の意見が採り上げられていないという実感が、若者世代のビジョンに反映されているとも解釈できる。

一方で、全世代ワークショップでは、食料、健康、貧困、エネルギー不足などの生存ニーズが満たされているというビジョンも多く描かれた。また、ライフイベントの労働・学習への影響や学びや働きのフェーズの固定化などが解消されているなど、よりリアルな実体験に基づく意見が反映されたビジョンも多く描かれた。更に、研究者や企業からの参加者も多く、例えば倫理OS/AIや記憶のアーカイブ、老化研究や食料生産等の、実現手段としての科学技術がより解像度高い形で表現されているビジョンもあった。全体として、若者世代よりは幅広いテーマに関連するビジョンが描かれているといえる。

(2)市民とビジョナリー

ビジョナリーにおいても、多様な価値観軸を持つ、互いに認め合う・尊敬心を持つ、支え合うといった精神性の重視や、有用性・効率性ばかり追い求めるではなく余白・余裕・無駄を社会の中で許容していくことの重要性等、市民のビジョンと大きな方向性としては重なるところは多い。ビジョナリーにおいてより特徴的なものとしては、個々人の幸せや自分らしい生活・活動の追求を地域や共同体の集合知につなげるという横の展開だけではなく、地域の文化・歴史観・自然観と統合した上で、次世代へ継承していくという縦の展開の目線である。また、ワークショップでの議論においても共生経済や、脱成長的な考え方は表明されたが、ビジョナリーにおいてその傾向は強く、資本主義的価値観からの脱却、「足る」を知る社会などのビジョンが多かった。

科学技術への向き合い方に関して、ビジョナリーの中には、AIがオープンな精神で開発・運用していくこと、偏見を助長しないアルゴリズムの開発の重要性をうたい、実際に行動しているものも含まれていた。また、研究者やアーティストとして、人間の身体性・生身の感覚や感性を活かしていくことの重要性も語られた。更に、ビジョナリーの多くは、能動性や精神性を重視する教育など具体的なイメージを持ち、新しい時代に向けての教育の変革の重要性を強調した。

6. 終わりに

今回のビジョニングは、個人及び社会の「価値観」と「共創」に着目して、科学技術の観点にとらわれずに、「ありたい」と想う多様な未来像をボトムアップ的に描くことを目的とした。結果として得られたビジョンは、多様な方向性・可能性を示しており、ビジョン間では矛盾があったり対立したりするようなものも残している。

今日の社会において、「ありたい」未来像であるビジョンの重要性がますます高まっていると考えられる。社会課題解決や望ましい経済社会システムに向けて変革していくためには、変化のプロセスに人々が参加することが重要であるが、そのための源泉としてビジョンが必要となる。また、AIの急速な発展は社会の進展や人類の可能性を大きく伸ばす一方で、その活用の仕方によっては破壊的で人類の生存を脅かす様々なリスクをもたらし得ることも懸念されている。このような中で、多様化する個々人の価値観を見直し、我々が真に望む社会はどのようなものか、問い直していくことがより重要になっているといえる。

また、今回のビジョニングでは科学技術の発展を前提として未来像を描くのではなく、個人の自由な発想による未来への願望を検討の起点においた。科学技術の発展という視点を重視して描かれたビジョンは、社会全体のビジョンとしては偏りがあるものもあり、できるだけ多様性・包括性を持った社会全体のビジョンを描いた上で、その中で科学技術とどのように人間社会が向き合っていくべきかという道筋を見出す必要があると考えたからである。

国内ワークショップにおいては、様々なところで用いられている未来情報・外部情報のインプットを行わずに、知識ベースではない、個々人の想い・価値観をベースとしたビジョンを表現した。人々が重視する価値観に応じて、どのビジョンに親和性があるかは異なるが、価値観が近いビジョンであれば、人々が共感を持つことができると解釈できる。

過去の科学技術予測調査のビジョニングは主には科学技術専門家を対象として実施されてきた。若者世代を中心とした市民やビジョナリーを主な参加者として実施したのは、今回が初めてとなる。市民やビジョナリーの代表性・多様性確保の面からは課題があるものの、社会全体の包括的なビジョン形成には有用であったと考えられる。

一方、未来に対する議論において市民が参加することに対しては、様々な意見がある。これまで、専門性や未来志向のスキルを持たない市民が、中長期的な未来の議論をするには限界があるということもしばしば言われてきた。しかしながら、市民参加型のフォーサイト事例が欧州などで進んでいたり、社会全体として未来に対するリテラシーを身につけるべきと提言されたりしている。今回は、ワークショップにおいてフォーサイトに必ずしも慣れていない参加者が自由に意見を出しやすくする工夫や、ビジョンを「共創」するというマインドセットを取り入れる試みを行った。フォーサイトの目的やプロセスに応じて、市民参加と専門家等による検討を適材適所に取り入れていくことが肝要であり、そのための方法や課題を継続的に検討していくことが望ましい。

今後の展開として、今回のビジョニングで描いた「ありたい未来」をホライズン・スキャニング(「起こりうる未来」)やデルファイ調査(「もっともらしい未来」)等の結果もあわせて、総合的なシナリオ分析を行い、複数の「あるべき」未来像に向けた方策を描いていく。例えば、幾つかのビジョンをバックキャストの起点として用いてシナリオ分析を行うことも考えられる。その際には、人文社会科学も含めた多様な領域における専門家や市民も含めた幅広いステークホルダーの参加が必要となる。

第12回調査の結果は、科学技術イノベーション政策にインプットされることが想定されている。多様化する社会の価値観を踏まえ、政策形成に資する参照情報を豊かにしていくことが、社会のニーズに合った政策形成に向けた第一歩となる。更に進んで、政策形成過程をよりオープンにし、社会のアクターと共創することがその進化につながる。今回のビジョニングのプロセスでは、多様性とオープン性を取り込むことを意図したが、更に政策担当者との連携・協働を強化し、フォーサイトの実効性を高め、政策形成の共創を実現していくことが期待される。


注1 フォーサイト(未来洞察、科学技術予測等)を行う際には、複数の種類・モードの未来があることを認識することが重要である。例えば、予測される変化に対応するために、「もっともらしい」未来を想定する。また、社会をより良くデザインするために、「望ましい未来」を描く。更に、起こるかもしれない事態に対応するために、複数の異なる展開として「起こりうる未来」を想定する等である。このような複数の種類・モードの未来については、フューチャーコーンなどで紹介されている23)

参考文献・資料

1) 科学技術予測センター,「第11回科学技術予測調査 S&T Foresight 2019 総合報告書」, NISTEP REPORT, No. 183, 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 2019. DOI: https://doi.org/10.15108/nr183

2) S. M. Jørgensen and D. Grosu, “Visions and visioning in foresight activities,” in From Oracle to Dialogue: Exploring New Ways to Explore the Future (Proceedings the COST A22 network), 2007.

3) J. Voros, “The Futures Cone, use and history,”
https://thevoroscope.com/2017/02/24/the-futures-cone-use-and-history/, 2017.

4) 科学技術予測・政策基盤調査研究センタ-,「第12回科学技術予測調査 ビジョニング総合報告書~個々人の多様な価値観に基づく「ありたい」未来像の共創~」, NISTEP RESEARCH MATERIAL,No. 331, 文部科学省科学技術・学術政策研究所, 2023. DOI: https://doi.org/10.15108/rm331

5) L. Bonteux, “Visioning for policy: A view from the JRC with two examples,” NISTEP-JRC Workshop, 2023.(ワークショップ発表資料)

6) L. W. Schultz, “Visioning Methods: an Inventory,” Infinite Futures, 2018.(執筆者提供資料)