STI Hz Vol.3, No.4, Part.4: (ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流)NASA Jet Propulsion Laboratory Research Technologist III /九州大学大学院システム情報科学研究院 岩下 友美 客員准教授インタビュー-人影を使って上空から個人を認証-STI Horizon

  • PDF:PDF版をダウンロード
  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00101
  • 公開日: 2017.12.20
  • 著者: 三木 清香、梅川 通久
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.4
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ナイスステップな研究者から見た変化の新潮流
NASA Jet Propulsion Laboratory Research Technologist III/九州大学大学院システム情報科学研究院 
岩下 友美 客員准教授インタビュー
-人影を使って上空から個人を認証-

聞き手:企画課 課長 三木 清香
第1 調査研究グループ 上席研究官 梅川 通久

近年、情報技術の目覚ましい発展を背景に、個人認証によるセキュリティ技術が急速に発展している。そうした中、“人影”によって、個人を特定し追跡できることに着目し、米国で活躍する日本人女性研究者がいる。

ナイスステップな研究者2016に選定された岩下氏は、米国航空宇宙局(NASA)のジェット推進研究所(JPL)に勤務し、人影に着目した個人認証手法の提案と開発に取り組む。地面に投影された対象人物の全身の影を“影生体情報”と定義し、これを用いた個人認証手法を、世界で初めて提案した。この技術により、従来の歩容認証では難しい上空(頭上)からの個人認証が可能になり、広範囲を一度に観測できるようになる。

本インタビューでは、発想のきっかけ、応用可能性、米国での研究生活等について伺うとともに、岩下先生から学生へのエールを頂いた。

NASA Jet Propulsion Laboratory Research Technologist III/九州大学大学院システム情報科学研究院 岩下 友美 客員准教授

NASA Jet Propulsion Laboratory Research Technologist III/
九州大学大学院システム情報科学研究院
岩下 友美 客員准教授

― まずは岩下先生の御研究について、簡単に御紹介いただけますでしょうか?

幾つか手がけているのですが、今回の「ナイスステップな研究者」でも特に取り上げていただいている“人影認証”が主なものになります。監視カメラなどの動画に映った人影から、個人を認証するというものです。これまで、日本のニュース番組やサイトなどメディアでも何度か大きく取り上げていただいたことがあるので、何となく御存じの方もおいでかもしれません。

ちなみに、この人影認証は“歩容認証”、つまり、歩いている姿から個人を識別するという技術がベースとなっており、私も元々はこの歩容認証を専門にしています。

― 人影認証や歩容認証とこれまでの認証の違いなどについて御紹介いただけますでしょうか?

歩容認証にしても人影認証にしても、身体的特徴で識別をしています。こういった身体的特徴に基づいた認証の仕組みは、歴史的には19世紀にフランスで、受刑者を管理するために身長や腕の長さなどを記録するようになったのが始まりだそうです。その後英国で、指紋による識別方法が確立されました。現代ではほかにも瞳の模様である虹彩(こうさい)を用いた虹彩(こうさい)認証ですとか、顔認証など様々な生体情報を用いた個人認証の仕組みがあります。指紋認証はスマートホンのログイン用に採用されてすっかり一般的になりました。

こうした認証の中で、歩容認証・人影認証の大きな特徴としては、「動き(運動)」という時間の要素が入っていることがあげられるでしょうか。また、顔認証や指紋認証と違って、 情報を提供する側の抵抗感が比較的少ないことも特徴かもしれません。

図表1 人影からの個人認証の特徴図表1 人影からの個人認証の特徴

提供:NASA Jet Propulsion Laboratory Research Technologist III/
九州大学大学院システム情報科学研究院 岩下 友美 客員准教授

― どのようなところに難しさがあるのでしょうか?

基本的には、精度面の難しさだと思います。

例えば指紋認証や虹彩(こうさい)認証を考えると、直接デバイスに触れたり顔を固定させたり、部分的であれ環境条件を固定することが可能です。一方、歩容や人影は使われる場面が基本的に実環境下であることが多いので、固定された環境条件での認証とは異なり、いろいろな影響が入ってきます。日の当たり方も一定ではないですし、動いていく方向や速度も違う。衣服も日によって違ったりしますし、靴がスニーカーかハイヒールかでも歩き方が変わる。このように、実環境下ですといろいろな外乱が入ってきますので、これらの外乱が入ってきてもロバストに同一人物を同一人物であると認証できるような仕組みを作り出すことが課題の一つです。

さらに、データの面での難しさもあります。

「人工知能」や「ビッグデータ」という言葉が一般のメディアでも取り上げられるようになってきましたが、これらもデータ、特にその量が重要です。認証の世界でも、最近日本のメーカーから顔認証に関する優れたソリューションが生み出されて空港などで活用されていますが、そこでも開発までには数万人分どころではない大量の顔画像が下地となっているようです。一方、歩容や人影についてはまだまだデータが整備されておらず、歩容では大阪大学が提供している四千人程度のデータが2017年現在で世界最大のデータベースです。このデータは近日中に数万人規模まで拡大される可能性もあるようですが、そのくらいですね。

私自身の研究でも、人影認証に関するデータの整備から自分で進めています。ちなみに、私は歩容についての4Dデータ、つまり人体の3次元計測データに歩容認証に必要な2歩分の運動データを含めたデータも作成しているのですが、こちらについてはデータベースを公開し、ほかの研究者にも使っていただけるようにして、私も含めて広く歩容認証研究の競争ができるようにしています。

― 元々先生が歩容認証・人影認証に挑まれたきっかけや背景を御教示いただけますでしょうか?

実は始めから歩容認証や人影認証に取り組んでいたわけではないのです。

大学院生の頃の指導教員だった九州大学の倉爪亮先生がとても優れた先生で、その倉爪先生のアドバイスがきっかけです。

私は元々人間に興味があるので、人に関することで私が興味を持つことができ、かつほかの方の役に立ち、喜んでいただけるものを対象に研究しています。学生時代はその中で、人の計測、特に視線計測に取り組んでいたのですが、ちょっと行き詰まっていたことがあって、そこで倉爪先生から「動作計測」という方向を示していただきました。ちょうど3次元テレビがはやり始めて、自由視点映像(視聴者が好きな視点から場面を見られる技術。現在ではスポーツ中継など、一部のテレビ番組で類似の技術が使われており、様々な角度からプレーの様子が提示されている。)などに注目が集まっていました。それで少し取り組んでみたらこれも面白くて、少ないカメラの台数でリアルタイム動作を計測する、といった研究を行いました。実時間計測となるとデータの処理速度を向上させるために分散処理なども必要になってきて、そうした技術もいろいろ勉強して興味深いテーマでした。

その後、日本学術振興会の特別研究員奨励費を頂いて、英国のインペリアルカレッジロンドンに留学しました。この留学先で、パターン認識の大御所でもある指導教員から「歩容認証が面白い」と御紹介いただいたのが第2のきっかけです。ちょうど、3次元計測は企業の方が参入してきて大学の研究者では太刀打ちしにくい状況になってきた頃で、せっかく環境も大きく変わるので何か新しいことにチャレンジしてみたいなと考えていたこともあり、時期的にも歩容認証がホットな感じになり始めたくらいの頃だったので、うまくはまっていろいろな成果を出すことができました。

次は人影認証ですね。こちらはちょっと恥ずかしいのですけれど、ある日知らない場所に出かけることになり、事前に行く先について調べてみようとGoogle Earthを眺めていました。それでいろいろ遊んでいるうちに何となく人の影が目について、この影を認証に使えるのではないかと、ふっと思いつき、そこから、という感じです。

動作計測にしても歩容認証にしても、ベースは「画像処理」あるいは「Computer Vision」などと言われる分野です。これらの分野では、影というのは邪魔なものなので基本的に消去しますが、人影認証ではこれを逆に活用するというのが面白いところかなと考えています。先日この人影認証がニュースに取り上げられた際にも、「影があることは当然目に入っていたけれど、認証に使う発想はなかった」といったコメントも頂いたところです。

― 岩下先生の成果はいろいろなところに応用も可能かと思います。事業化の取組や特許取得などはどのようにお考えでしょうか。

そうですね。歩容や人影は、個人認証だけでなく不審行動の検出などにも応用可能なので、セキュリティ関係の企業などからいろいろお引き合いもあります。自分の成果を論文として世に出すだけでなく、そこから更に製品という形にまで持って行きたいという思いもあるので、事業化も視野には入れており、特許などもいろいろと考えている段階です。

一方で、アカデミックなことへの興味も大きいので、うまくバランスをとって進められればベストですね。

― 岩下先生は現在、NASAのJPLで活動しておいでです。研究環境について、日本との違いなどお感じのことはあるでしょうか?

まだ米国に移って1年少しなので余り大きなことは言えないのですが、飽くまで個人の感想と言うことで、お話をさせていただきたいと思います。

一般には海外の研究環境が優れているというような声もよく聞くところですが、私は逆に日本のいいところに気付いたように思います。

私が日本にいた頃、競争的外部資金は研究期間が3年あるいは5年単位のものを多く頂いていました。一方、こちらに来ると1年単位のものが多く、短いものでは半年以下のものもあります。こうなると、プロポーザルを書いて予算をもらったらすぐ次のプロポーザルを書かないといけない、というような感じになって、研究よりプロポーザルを書く時間の方が長いような気もしてきます。

もちろん、次々に新しいことに挑戦できるという良さもありますし、長期の予算を取って成果が出ないこともあると思うので、一概に良い悪いの判断は下せませんが、予算の期間の面では、私は日本も良かったと考えています。

あとは日本との違いというと、軍との関係でしょうか。やはり、こちらでは軍から研究予算が出ていることも多いのですね。周りを見ていると、米国では軍に対するリスペクトが大きいので、軍事関係の予算の研究も国への貢献という意識で、積極的に行われているような印象を受けました。

― 今回、JPLに採用された経緯や背景としてはどのようなものがあったのでしょうか?また、JPLではどのような研究に従事されていますか?

実は、九州大学に助教として勤務していた際に、日本学術振興会の海外特別研究員に採用していただいた関係で、2年間JPLで在外研究をした経験がありましたので、全くゼロからJPLに来たというわけではありません。滞在時に、コミュニケーションを取れる、JPLのコミュニティでチームとして仕事ができる人間である、ということをある程度知っていただいていたので、話が早かったのかなと思います。

内容の面では必ずしも“人影認証の研究者”として採用されたわけではなく、広く画像関係の専門家としての知見を求められています。そのため、南極に行くロボットの目に関する研究や火星の探査用に画像処理する研究など、歩容認証や人影認証とは異なる研究にもトライしています。

― 海外での活動を視野に入れている学生に対して、何か一言いただけないでしょうか?

どんどん海外に出てチャレンジしてください。

私も英国に留学した際はもちろん、新しい環境に飛び込むときはいつも怖くて、足が震えるくらいです。英国に行くときは本当に、「なんで行くって言ったのだろう」と思った瞬間もありました。でも、行かないと必ず後悔すると思い、思い切って飛び込みました。結局はとてもすばらしい経験になりました。

最近見たTEDのトークで、“We suffer more often in imagination than in reality”という言葉を聞き、確かにその通りだなと思いました。

言語的にはハンデがあっても自信満々に話していると、変な顔はされませんし、分からないことはどんどん聞けば、それがキッカケでまた新たな人を紹介してもらえたりして、気付いたらうまい具合に関係が築けていました。