STI Hz Vol.3, No.3, Part.8:(ほらいずん)学術情報流通のオープン化がもたらすオープンサイエンスに向けた成果公開プロセスと共有の変革STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00092
  • 公開日: 2017.09.25
  • 著者: 林 和弘
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.3
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
学術情報流通のオープン化がもたらす
オープンサイエンスに向けた
成果公開プロセスと共有の変革

科学技術予測センター 上席研究官 林 和弘

概 要

 近年、研究者の研究成果は主に学術ジャーナルを通じて広く共有され、査読によって質の担保を行ってきた。その科学の発展に不可欠である学術ジャーナルが電子化され、情報流通の効率が格段に向上しただけでなく、更に、オープン化とシェアリングを軸として、研究者の成果公開プロセスと共有に対する新しい試みが繰り返されている。査読前の論文を公開するプレプリントサーバーの拡大や、研究助成団体が研究成果を公開するリポジトリを運用し始めたことは、既存の出版者や図書館の存在を超えた新しい学術情報流通の枠組み作りへの挑戦とみることができ、研究者がSNS等を通じて自由な情報共有を始めている例もある。オープンサイエンス政策は、ICTを更に活用した新しい研究活動のエコサイクルの創成を志向しており、このような新しい試みが、どのように研究者コミュニティに受け入れられるかに注目が集まる。今後の国内外や研究領域の動静を注意深くみながら、日本にとって時宜に応じた柔軟な対応が望まれる。

1. 研究者の成果公開の現状と学術情報流通が抱える課題

現代の研究者は主に査読付き学術ジャーナルに論文を掲載することでその成果を世に知らしめ、その繰り返しにより研究者としての評判を得て、地位を確立している。また、研究者コミュニティごとに長く受け入れられている学術ジャーナルが存在し、その論文が主張する研究の内容は、査読(ピアレビュー)によってその質が担保されている。この、一定の質が保証された論文発表と共有が、研究を発展させる最も重要な手順であると認識されている1)。また、論文掲載は、研究費獲得や昇進の際の評価の目安に利用されている。

学術ジャーナルを巡っては、しばしば商業学術出版社による寡占化と購読費の高騰化が問題とされてきた。そして、オープンアクセス運動などにより、学術ジャーナル論文へのフリーなアクセスとその自由な再利用が10年以上前から議論されてきた。最近の報告によるとオープンアクセス論文数の増加ペースは、全研究論文数の増加ペースの2倍に達しており、エンバーゴ期間を終えて公開された論文を含めれば、世界の論文の3分の1はオープンアクセスになっているとする報告2)もある。

また、最近の学術ジャーナル発行では、研究の細分化により適切な査読者を見つけることが難しくなったことや、そもそも論文数が増えていることから、結果的に査読に時間がかかるなどの問題を招いている。あるいは、昨今の研究公正に関連して、査読の透明性の確保と匿名性のバランスやピアレビューそのものの意義が問われてもいる。そもそも、現在の論文出版の仕組みは17世紀から引き続く学術ジャーナルのモデルを漸次的に進化させ、電子化しているモデルであり、紙と物流で最適化した情報伝達の慣習を残している。

このような状況と課題を抱える中で、デジタル化やWeb活用を前提とした学術情報流通の新しい枠組み作りが提唱されてきたが、最近になってオープン化やシェアリング(共有)を軸とした実践と試行が本格的に進んでいる。本稿では幾つかの兆しとなる事例を紹介し、学術情報流通の枠組みが変化する可能性について論じる。

2.事例紹介

事例1 プレプリントサーバーの広がり

前述の通り、個々の論文は通常、学術ジャーナルの発行を通じて公開となることが多いが、査読前の論文をあらかじめプレプリントサーバーと呼ばれるサーバーに登録してオープンに共有し、追って出版者から論文を出版するという新たな論文公表及び共有のプロセスが、幅広い分野で普及し始めている3)

プレプリントサーバーは高エネルギー科学系の領域で1991年に米国ロスアラモス国立研究所で立ち上げられたものが先駆であり、現在はarXiv4)と呼ばれるサーバーに査読前の論文が多数登録されている。研究者数が限られる当該分野の研究では、もはや論文誌に成果が掲載される以前にここで最新情報を得ることがデフォルトになっており、査読プロセスによる質のチェックを経ることなしに、自己責任で内容の是非を判断することとされている。まず、このarXiv内で登録される論文の分野に広がりがみられ、現在、数学、経済、統計の論文などが登録されるようになった。続いて、2013年にはコールド・スプリング・ハーバー研究所により生物系のプレプリントサーバーbioRxivが立ち上がった5)。2016年になるとオープンサイエンスの推進を進めている米国のCenter for Open Science(COS)が、社会科学、工学、心理学、農学のプレプリントサーバーを相次いで立ち上げ、2017年8月末時点で14の領域に広がっている6)。COSはarXivも含めた各種のプレプリントサーバーを統合して検索できるサイトOSF Preprintsも開発し、このサイト6)によると2017年3月現在、約200万本のプレプリント論文が検索できるとしている。さらに、オープン化にはもともと保守的とされている米国化学会も、化学系のプレプリントサーバーChemRxivを立ち上げることを2016年に発表し、2017年8月にβ版を公開した7)

プレプリントサーバーで論文を即時公開するメリットは、時に数か月以上かかる査読や1年以上かかる既存の出版を待つことなく先取権を確保できることである。論文査読のプロセスが長い経済学のような分野では、ディスカッションペーパーを通じて、学術情報の流通を行ってきた分野もあり、これを単純に電子化したものともみることができる。また、オープンであることで、Google検索などにより多様な分野の探索が一括でできるようにもなる。

査読前の論文をオープンに公開する文化が分野を問わず根付くと、出版の仕組みや事業の枠組みが根本的に変わる可能性がある。例えば、ディープラーニングの分野では一日おきにarXivに関連の論文が投稿されて、前日公開されたarXivの論文が引用される例も生じていることがオープンサイエンスに関するセミナーで紹介された8)。既存の出版者を一切介さずにこれまでにない速さで研究成果のオープンな公開と共有、そして引用が既に現実のものとなっている。

また、オープン化が浸透すれば、学術論文を中心とした学術情報流通のマシンリーダブルな環境がより簡便に整い、今後のビッグデータ活用や人工知能との組合せにより、人が読める情報量を圧倒的に超えるデータから、個々の論文、研究の発見可能性(discoverability)が高まることが期待されている。

こうした分野を超えたプレプリントサーバーが普及をみせている一方で、あくまで査読済みの一定の質を保った論文を発表することを重視し、事前の公開を好まない研究領域が依然多いのも事実である。実際、化学系のプレプリントサーバーは2000年頃に大手商業出版社のエルゼビア社で試行されたが、投稿が伸び悩んだことから休止された9)。物理系の研究者の中でもarXivには不正確な情報が多いとして批判的な立場を取る方もいる10)。あるいは、プレプリントサーバーに登録後、その内容を最終出版物として学術ジャーナルでは出版しない論文もみられ、プレプリントサーバーで公開後の査読を行うことの重要性も議論されている11)。プレプリントの急速な普及の兆しを背景に、論文の公開の手段と質の担保の重要性が改めて議論されている。

図表1 プレプリントサーバーの活用によるオープン化と先取権の確保

事例2 非政府系研究助成団体による研究成果公開のオープン化・低コスト化の取組

従来は学術情報流通の主要なステークホルダーとはみられなかった研究助成団体の側からも学術情報の新しい枠組み作りに一石を投じる動きもみられる12)。従来の研究助成団体は、助成対象の研究について報告書の提出は義務づけしているが、その成果の公開方法や利用プラットフォームについて助成の条件とするようなことは従来みられなく、多くの研究者は別途論文を執筆して学術ジャーナルに論文を投稿している。

英国の非政府系研究助成団体であるウェルカム財団(The Wellcome Trust)は2016年11月に、オープンアクセス(OA)オンラインジャーナル“Wellcome Open Research”を立ち上げ、これまで学術ジャーナルが担ってきた助成対象の研究論文の公開を自身が持つサーバーで開始した13)。“Wellcome Open Research”では、まず、投稿された論文やデータセットを即時にオープンに公開する。その後に外部委託による査読を行い、質の保証がされた論文は二次情報データベースなど外部データベースなどにインデックスされ、既存の学術ジャーナルの論文と同じように流通する14)。こうすることで、一定の質を担保しつつ迅速かつコストを抑えた公開ができるとし、商業出版社の寡占に伴う、購読費の高騰と言う各国の研究機関、政策担当者共通の課題の解決策となる動きとして注目されている。米国の非政府系研究助成団体であるゲイツ財団(Bill & Melinda Gates Foundation)でも2017年3月に、“Gates Open Research”を2017年後半に立ち上げると発表し、この動きを追随している15)

この非政府系の研究助成団体が自身で出版プラットフォームを持つ動きは、政府系の研究助成にも影響を与え始めている。例えば、欧州委員会(EC)においてHorizon2020助成研究対象について同様の出版プラットフォームの構築を検討していることが、2017年3月にベルリンで開催されたオープンサイエンス会議において表明されている16)

図表2 非政府系研究助成団体のオープンリサーチプラットフォーム

事例3 研究者の自発的な活動による論文の共有のプラットフォーム構築

研究成果を生み出す当事者である研究者の側から、従来第三者に委ねていた学術情報流通に積極的に関わろうとする動きもみられる。こうした動きの中で、賛否両論はありながらも議論となる取組として、Sci-Hubが挙げられる。

Sci-Hub(http://www.sci-hub.cc/)とは、カザフスタンの大学院生Alexandra Elbakyan氏が始めた科学の知への無料へのアクセスをうたう学術ジャーナル論文の海賊版サイトである17)。このサイトでは本来購読費を支払わないと読めないジャーナルを含む5000万論文を超える論文を公開し、横断検索できるようにしている(2016年5月現在)。Science誌18)によると、ダウンロード数は2015年9月から2016年2月の半年間で2800万回であり、発展途上国だけでなく日本を含む先進国からのアクセスも少なからずみられ、既に多くのユーザーが存在していることを示唆している。もちろん、このサービスや研究者の行動は現在の著作権等関連法規からすると違法行為となり、Sci-Hubに関しては訴訟も起こり、実際有罪判決も各所で出されている。しかし、多くの出版者のジャーナルを横断的に統合し、当該無料提供サービス自体は研究費獲得等に悩む研究者にとって魅力的とも言え、何より多くのユーザーを獲得している現実がある。そもそも科学の原則として、科学知識は公有だという考えが科学研究に一般的(マートンノルム)な考え方でもある。また、Sci-Hubに対するアンケート結果18)をみても、海賊版論文のダウンロードは悪いと思うか?という問いに9割近くが「そう思わない」と答えている。科学の普遍的な発展のために、誰でも論文を自由に読める環境を作ること自体は否定し難く、学術ジャーナルの購読費が高騰している中で研究者の一定の支持を得ているサービスの背景に注意を払うべきであろう。

また、2010年代になると、研究者が自発的に論文をSNS上で共有し、SNSを通じたコミュニケーションが本格化している19)。文献管理ツールにSNS(Social Network Service:ソーシャル・ネットワークサービス)機能を持たせたMendeley(https://www.mendeley.com/)や、社会科学系の論文リポジトリにSNS機能を持たせたSSRN(Social Science Research Network:http://www.ssrn.com/)などが研究者の間で本格的に浸透し始めた20)。また、ResearchGate(https://www.researchgate.net21)と呼ばれるSNSでは、読者が読みたい論文があったときに、その論文の著者のアカウントに、かつての別刷り申込みのように、論文の共有をリクエストする形で、研究者がお互いの論文の交換を積極的に行い始め、新しい研究者コミュニケーションスタイルを生み出している。しかしながら、多くの出版者が機関リポジトリ等に掲載を認めているセルフアーカイブ用の著者最終版原稿(査読が済んだ直後の原稿で、出版者の手が入っていないもの)ではなく、購読費を払わないと読めない出版者版のファイルを不特定多数の研究者と共有する場合があり、著作権上の問題が残るのも確かである。

3. 学術情報流通のオープン化がもたらす変革

このように、プレプリントサーバーの広がり、研究助成団体の成果公開リポジトリ、Sci-Hubの登場と研究者SNSによる論文共有のいずれも、オープン化あるいはシェアリングの考え方を活用している。現在論文誌の発行など学術情報流通に主要な役割を果たす商業出版社や図書館に加えて、当事者である研究者や、研究者の行動に影響を及ぼす助成機関といった側から、研究をよりオープンにし、成果をより安価で公正な形で普及・発信可能な手段が具体的に提供されたことになり、研究者の成果公開やコミュニケーションの新しい局面を生み出そうとしている。

この新しい試みを支えているのがICTの進展であり、研究成果の公開と共有を進める様々なツールやプラットフォームが提供されるようになった22)。今後、例えば、一部では浸透しているプレプリントサーバーを活用した研究者の成果公開やSNSを通じた論文の共有が、研究者に広く一般的な習慣に普及していくのか、既存ジャーナルとどのような役割分担又は融合が起こるのか等が注目され、そして、その先にみえるWebインフラを前提とした新しい研究活動像に注目が集まる。

4. 今後の変化とオープンサイエンス政策

今後の変化に関して、研究助成団体の方針が研究者の行動に大きく影響を与えることが、これまでのオープンアクセスの義務化の過程などで判明している23)。近年、研究助成団体が相次いで成果公開プラットフォームを用意し、出版者を介さずに助成対象の研究成果を即時に公開し、質の保証も担保する取組を開始したことは、様々な問題を抱える既存の学術情報流通システムに具体的な解決策を提示したことになり、相当の影響を与えることになる。

同時に、研究者が論文を発表する際には、前述の通り自分の研究成果を出版し、次の研究費獲得や昇進につなげたいという動機が働き、このため、査読付きで評価の高い学術ジャーナルを想定していることが多いのも現状である。そのような学術ジャーナルの論文をコアとする研究評価の仕組みや情報産業が根付いている現実もある。行政及び公的機関においては、研究者コミュニケーションの新潮流や学術情報流通産業における非連続的で根本的な変化の兆しとその駆動要因に目を向け、新しい研究サービスと健全なビジネスモデルの構築とその支援を目指すべきである。世界では、ECの欧州サイエンスクラウド24)などオープンサイエンス政策の多くがこの新しい研究活動とそれに伴う評価や産業育成と連動する新しい研究サイクルの開発を促進することを指向している。日本でも内閣府のオープンサイエンスの報告書において、「サイエンスの新たな飛躍の時代の幕開け」という副題を冠している25)

我が国においては、今回紹介した新しい学術情報流通の枠組みや研究助成団体の取組などが広く研究者に受け入れられるかどうか、健全なビジネスモデルが開発されているか、そしてどのように浸透しているのか、国内外や研究領域の動静を注意深く観察し、行政及び公的機関も時宜に応じて柔軟に対応することが望まれる。

謝辞

本稿を執筆するに当たり、的確な助言を頂いた遠藤悟客員研究官に御礼を申し上げます。

参考文献

1) 倉田敬子. 学術情報流通とオープンアクセス. 勁草書房. 2007.

2) http://www.simbainformation.com/about/release.asp?id=4003

3) https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/index.php/ja/weekly-weakly-signals/preprint2017

4) http://dx.doi.org/10.1038/476145a

5) http://biorxiv.org/

6) https://osf.io/preprints/

7) https://www.chem-station.com/chemistenews/2017/08/chemrxiv.html

8) https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2016/20170214.html

9) http://www.sciencemag.org/news/2000/08/chemists-launch-preprint-server

10) http://www.nature.com/news/when-a-preprint-becomes-the-final-paper-1.21333

11) http://www.nature.com/news/reproducibility-don-t-cry-wolf-1.17859

12) https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/index.php/ja/weekly-weakly-signals/open_research_platform

13) http://www.stm-publishing.com/wellcome-open-research-launches-with-first-articles/

14) https://wellcomeopenresearch.org/

15) http://www.gatesfoundation.org/

16) http://doi.org/10.1038/nature.2017.21700

17) https://stfc.nistep.go.jp/horizon2030/index.php/ja/weekly-weakly-signals/sci-hub

18) John Bohannon , “Who's downloading pirated papers? Everyone,”
http://doi.org/10.1126/science.aaf5664

19) 林 和弘. 1990年代からのインターネットは学術コミュニケーションをどう変えたか. 化学. 2016年11月号.
https://www.kagakudojin.co.jp/book/b251676.html

20) https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2015/20160119.html

21) 坂東慶太. ResearchGate-リポジトリ機能を備えた研究者向けSNS-. カレントアウェアネス. 2015, (324), CA1848, p. 5-7.
http://current.ndl.go.jp/ca1848

22) https://101innovations.wordpress.com/

23) https://www.nii.ac.jp/sparc/event/2009/pdf/6/doc_Dr_Neil_Thakur_jp.pdf

24) 村山 泰啓, 林 和弘(2016). 欧州オープンサイエンスクラウドに見るオープンサイエンス及び研究データ基盤政策の展望. 文部科学省 科学技術・学術政策研究所STI Horizon. Vol. 2 No. 3,p. 49-54:
http://doi.org/10.15108/stih.00044

25) “「国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会」報告書:我が国におけるオープンサイエンス推進のあり方について ~サイエンスの新たな飛躍の時代の幕開け~”.
http://www8.cao.go.jp/cstp/sonota/openscience/index.html