STI Hz Vol.3, No.2, Part.10:デジタルファブリケーションの将来シナリオ- 2030 年の3D プリンティングの経済的及び社会的影響に関する予測研究-STI Horizon

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  • DOI: http://doi.org/10.15108/stih.00084
  • 公開日: 2017.06.25
  • 著者: 蒲生 秀典
  • 雑誌情報: STI Horizon, Vol.3, No.2
  • 発行者: 文部科学省科学技術・学術政策研究所 (NISTEP)

ほらいずん
デジタルファブリケーションの将来シナリオ
-2030年の3Dプリンティングの経済的及び社会的影響に関する予測研究-

科学技術予測センター 特別研究員 蒲生 秀典

概 要

 3Dデジタルデータを用いて3Dプリンティング(アディティブマニュファクチャリング)により立体物を造形するデジタルファブリケーションは、デザインと製造を融合する新しいものづくりとして注目されている。2017年4月、ドイツ・アーヘン工科大学とベルリン工科大学の研究グループは、デジタルファブリケーションの経済的及び社会的影響に関する2030年の将来シナリオを公表した。専門家により18トピックを設定し、実現性やインパクトに関しデルファイ調査を実施、その結果を用いてシナリオを作成した。2030年の実現可能性の高いシナリオでは、デジタルファブリケーションが製品の企画から流通に至るサプライチェーン全体に影響を与えることが示された。さらに、ビジネスモデルと消費者の行動の変化を2軸とした4つのシナリオでは、それぞれマーケットエクスプローラ、コンテンツプロバイダ、サービスプロバイダ、マスカスタマイザと製造業の姿が変革する将来が描かれた。

1. はじめに

3Dデジタルデータを用いて3Dプリンティング(アディティブマニュファクチャリング(AM)注1により立体物を造形するデジタルファブリケーションは、デザインと製造を融合する新しいものづくりとして注目されている1)、2)。製造がデジタルデータ・ベースとなることで、従来の企画・デザイン・開発・製造・販売さらにはアフターケア・サービスまでのサプライチェーンを大きく変革する可能性がある。このデジタルファブリケーションのグローバル展開に向けて、将来社会を見据えた産業界、学界そして政策面での対応が求められている。しかしながら、製造技術のみではなく、経済的及び社会的影響も含めたサプライチェーンに関する研究はほとんどなされていない。

2017年4月、ドイツ・アーヘン工科大学とベルリン工科大学の研究グループは、デジタルファブリケーションの経済的及び社会的影響に関する2030年の将来シナリオを公表した3)。論文ではこれまでの予測研究のレビューと今回の予測手法や専門家パネルによる検討についても詳細に述べられているが、ここではデルファイ法注2よる予測調査結果とそれを基に作成された将来シナリオについて紹介する。

2. デルファイ調査と2030年の将来シナリオ

デルファイ調査では、文献レビュー、専門家インタビューと専門家90名によるワークショップ開催等の検討により18トピックを作成した(当初の92トピック案から18に集約)(図表1)。インターネットベースのReal-Time Delphiツール)4)を利用し、事前に選定した専門家パネル65名(産業界41名、学界24名)から回答を得た。それぞれのトピックに対し、2030年における実現可能性と、企業及び社会インパクト(最小1~最大5)の評価及び自由コメントを求めた。

デルファイ調査で実現性が高いと評価されたトピック群を用いて(図表2)、2030年の将来シナリオを作成している。シナリオでは、開発、生産、流通、知財に関する一連の製品プロセスを、AMが劇的に変える道筋を示す2030年の新しい姿が描かれている。

図表1 デルファイトピック一覧

AM:アディティブマニュファクチャリングの略(一般的には3Dプリンティングと呼ばれる)
参考文献3)を基に科学技術予測センターにて作成


図表2 デルファイ調査結果

参考文献3)を基に科学技術予測センターにて作成


AMがバリューチェーンの全ての要素に影響を与える(図表3)。デジタル化により製品開発は従来のステージゲートモデルから変革し、市場からのフィードバックにより頻繁にアップグレードがなされる(トピック9)。マルチマテリアル及び電子部品内臓製品のAM製造が可能となり製品範囲が大幅に広がる(トピック14)。サプライチェーンが全体的に変わり、例えばスペアパーツはAMによって使用現場で製造される(トピック5)。さらに個人消費者は、ファイル共有プラットフォーム(トピック17)とオンライン購買(トピック12)を利用し、データファイルを入手した後、個人や地域でシェアされたAM装置を用いて独自に作製する。従来の方法では知的財産の保護が困難なため(トピック16)、知的財産、ファイル共有、製品流通に関する新しいビジネスモデルが開発される。また、脱グローバル化(トピック3)も社会に大きな影響を及ぼす。AMは消費者に近い地域での製造を可能にする。これは世界的に拡大した生産拠点が消費地近郊に戻ることを意味する。個別デザインへの対応では、既にFabLabや3DHubsの動きがある。

図表3 実現性の高い2030年のシナリオ

参考文献3)を基に科学技術予測センターにて作成


一方でデルファイ調査の結果は、専門家の意見は広範であり、実現性に関し高い不確実性も示している。この点を明示するために、専門家間の合意度が最も低いトピックから2つの軸を作り、4つのシナリオを提示している(図表4)。横軸はAMよるビジネスモデルの変革(トピック8)、縦軸は消費者の行動の変化(トピック12)を示している。以下に各シナリオの概要を示す。

図表4 ビジネスモデルと消費スタイルを検討軸とした4シナリオ

参考文献3)を基に科学技術予測センターにて作成

シナリオ1(マーケットエクスプローラ)では、企業は新しい海外市場で試行するために製品を輸出する代わりにファイルをオンライン販売することで効率化し、地域におけるニッチな需要に応えるために利用する。しかし、市場が構築されれば、従来の事業により製品は販売される。シナリオ2(コンテンツプロバイダ)では、企業のビジネスモデルが根本的に変革する。これまでのメーカーはデザインのみを行い、デジタルプリントファイルを提供することになる。企業の主業務はファイルの「3Dプリント適性」を保証することであり、収益を得るためには価値を確保する新しい形の知的財産保護を利用する必要がある。シナリオ3(サービスプロバイダ)では、AMは主に既存のビジネスをサポートするために利用される。前述のスペアパーツの例はこれにあたり、従来の方法で経済的に実現できないニッチな製品の製造にAMが使用される。シナリオ4(マスカスタマイザ)では、全てのユーザーに個別の製品を大量生産の効率を備えつつ提供する、すなわちマスカスタマイゼーションが確立される。企業のビジネスモデルは劇的に変化する。製品需要を予測して生産できるため、在庫を持つ必要はなくなり、各個人のそれぞれの要求に的確に応えることが主業務となる。

また研究グループは、AMのための規制と政策の枠組みはまだ初期段階にあるとし、特に社会インパクトが高いと評価された以下のトピック群に対する政策検討の必要性を指摘している。医療に革新をもたらす臓器のバイオプリント(トピック15)の倫理問題や、オンライン購買(トピック12)と知的財産管理(トピック16)に関わる知的財産保護、そしてサプライチェーンが再びローカルになる生産の脱グローバル化(トピック3)に対応するインフラ検討への対応が求められるとしている。

一方で論文では、現行手法による予測の限界にも言及しており、例えばブレークスルーが必要な不連続性の高いトピックや社会的な意外な事象の分析・予測は難しいとしている。

3. 第10回科学技術予測調査結果との比較

科学技術・学術政策研究所が2013年から2015年に実施した第10回科学技術予測調査において、デジタルファブリケーション関連の12トピックを設定し、実現年に関する予測5)及び2030年のシナリオプランニング6) を実施した。マスカスタマイゼーション、オンサイト・オンデマンド生産、パーソナル生産などのデザイン・製造・サービス融合に関連した全てのトピックは2030年までに、バイオプリンティングは2035年に社会実装される。また、ICT・ものづくり・サービスが融合した2030年のシナリオの中で、ユーザーニーズのデジタルデータ化を背景に、マスカスタマイゼーションやデザイン・サービスとの一体化によるオンサイト・オンデマンドサービスを展開し、多様化した個々人や社会のニーズに対応することでQOL(生活の質)の向上や社会課題解決に大きく貢献している姿が描かれた2)。これはビジネスモデルに大きな変革をもたらすシナリオ2と4(図表4)に相当する。

科学技術全般を俯瞰した当研究所の調査では、個人や社会課題に対応しデータ駆動型となる将来社会において、デジタルファブリケーションが中核となる位置づけを示したのに対し、論文ではより具体的にサプライチェーンの変化や政策的留意点を示しており、デジタルファブリケーションの今後の方向性の指針として参考になると思われる。


注1 米国材料試験協会国際標準化会議において定義された名称。ここでは原著論文3)に則してAMの略称で記載。

注2 多数の人に同一内容の質問を複数回繰り返し、回答者の意見を収れんさせるアンケート手法。

参考文献

1) 蒲生秀典、「デジタルファブリケーションの最近の動向―3Dプリンタを利用した新しいものづくりの可能性―」、科学技術動向、No.137、P.19-26、2013年8月:
http://data.nistep.go.jp/dspace/bitstream/11035/2416/1/NISTEP-STT137-19.pdf

2) 蒲生秀典、「デジタルファブリケーション医療応用のHorizon~3Dデジタルデータの活用とバイオファブリケーションの進展~」、STI-Horizon、Vol.2, No.1、P.19-26、2016年春号:
http://dx.doi.org/10.15108/stih.00016

3) Ruth Jiang, Robin Kleer, Frank T. Piller; “Predicting the future of additive manufacturing: A Delphi study on economic and societal implications of 3D printing for 2030”, Technol. Forecast. Soc. Chang.,117,84(2017):
http://dx.doi.org/10.1016/j.techfore.2017.01.006

4) Gnatzy, T., Warth, J., von der Gracht, H.A., Darkow, I.-L.; “Validating an innovative real-time Delphi approach – a methodological comparison between real-time and conventional Delphi studies”, Technol. Forecast. Soc.Chang.,78,1681(2011).

5) 科学技術・学術政策研究所、「第10回科学技術予測調査 分野別科学技術予測」、調査資料-240 (2015年9月):http://data.nistep.go.jp/dspace/handle/11035/3080

6) 科学技術・学術政策研究所、「第10回科学技術予測調査 国際的視点からのシナリオプランニング」、NISTEP REPORT No.164 (2015年9月):http://data.nistep.go.jp/dspace/handle/11035/3079